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怒鳴るぞトランプ。
そのボブ・ピークという人の作品には、映画のために作られた膨大なポスターがあります。その独特のタッチのポスターは、おそらく誰でも目にしたことがあるのではないでしょうか。例えば、1961年に公開された「ウェストサイド・ストーリー」や1964年の「マイ・フェア・レディ」です。 ![]() ![]() このアルバムのブックレットはこちらで見ることが出来ますが、そこで紹介されている、ここで作られた音楽の「元ネタ」であるピークのイラストたちは、本当に素晴らしいものばかりですから、一度ご覧になってみて下さい。 この録音は、スラトキンとハリウッドのセッション・メンバーのオーケストラによって2024年の6月12日と13日に行われ、次の14日には、ウォルト・ディズニー・コンサートホールで同じメンバーによる同じ曲目のコンサートが開かれています。 「プロムナード」に続いて演奏されたその1曲目は、そのピアニストをソリストに迎えてのピアノ・コンチェルトの形を取った「Rhapsody for a Golden Age」です。作ったのはマリア・ニューマンという作曲家ですが、彼女は、あの偉大な映画音楽の作曲家、アルフレッド・ニューマンの娘さん、そして、2人の兄、トーマス、デイヴィッド、さらに、従妹のランディも作曲家という「ニューマン一族」のメンバーです。 その曲の元になったのは、黄金時代のハリウッドを彩った映画俳優たちを紹介した本の表紙を飾ったイラストです。彼女は、そのイメージをそのまま、煌びやかな音楽に仕立て上げました。なぜか、そこにはドヴォルジャークの「新世界交響曲」の第2楽章冒頭のコラールや、蒸気機関車のような音楽も出てきます。 2曲目は、タイム誌の表紙を飾ったマザー・テレサのイラストに基づいた、マイケル・ダナの「Mother Teresa」。悲しげなオーボエのソロで始まりますが、そこに女声ヴォーカルが入り、サンスクリットのテキストによる歌を歌います。とても素敵な声ですが、スタジオではなく、ライブ録音のように聴こえます 3曲目は、かわいらしい2人の女の子が手に持った花火を回しているイラストによる、ハリー・グラグソン=ウィリアムズの「Two Girls with Sparklers」。軽快なワルツです。 4曲目は、カーレースのイラストによる、イハブ・ダーウィッシュの「Curva Grande」。まさに、カーレースそのものを描写した音楽で、途中で事故が起こるものの、再開されて、高らかなエンジン音とともにゴールを迎える情景が聴こえてきます。 5曲目はジェフ・ビールの「New York World' Fair 1964-1965」。そのフェアのシンボルの巨大地球儀のイメージが、音楽で描写される、いろいろな意味でお洒落な曲です。 6曲目はマルコ・ベルトラーミの「The Spirit of Sport: Jack Nicklaus」。イラストは、子供たちがサッカーに戯れているのどかな風景ですが、音楽はピチカートに乗ってチェロが華麗なテーマを歌うという穏やかな曲です。 7曲目はマイケル・エイブルズの「Unbound (Jesse Owens, 1936 Olympics)」。1936年のベルリン・オリンピックで多くの金メダルを獲得したアメリカの黒人、ジェシー・オーウェンズのイラストによる、高揚感のある音楽です。 8曲目はマーク・シャイマンの「A Song About Audrey」。最初に紹介したイラストにもあるヘップバーンへの賛歌で、シャイマン自ら渋い声で歌っています。これもライブ感のある音。 9曲目はドン・デイヴィスの「Golden Eagles」。鳥の羽ばたきを表現した壮大な曲です。「楽天」とは無関係。 最後の曲はビル・コンティの「The Great Bridge」。ブルックリン橋の100周年という渋いイラストに、重厚な音楽が付けられています。 CD Artwork © Parlophone Records Limited |
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彼らは確か、この街にもやってきてコンサートを開いていたはずですが、あいにく行けませんでした。しかし、それを聴きに行った友人が、「完璧な純正調のハーモニーだった」と言っていたので、聴きに行っていればな、と思いましたね。 そんな合唱団は、1973年に創設されていたのですね。ですから、もうすでに半世紀以上の歴史を持っていたのでした。指揮者のフィリップスもすでに70歳を超えています。もちろん、メンバーは創設時とは全く替わっているはずです。 彼らのレパートリーは、ルネサンス期のポリフォニーの合唱曲でした。なんたって、団体名の「タリス」というのは、その時代のイギリスの作曲家、トマス・タリスの名前からとられているのですからね。ウイスキーではありません(それは「トリス」)。 しかし、今回のアルバムは、1981年に生まれたアメリカの作曲家、ニコ・ミューリーの作品集だというのですから、ちょっと驚いてしまいました。彼らはいつの間に「現代音楽」などをレパートリーにするようになっていたのでしょう。 実際は、フィリップスは、現代の作曲家でも、その作曲手法にルネサンスの時代の様式が反映されている作曲家として、ジョン・タヴナーや、アルヴォ・ペルトなどともコンタクトを取っていたのだそうですね。ただ、タヴナーはもう亡くなってしまいましたし、ペルトも、もはや新しい作品は期待できないようなお年になっていますから、それでは、ということで、やはり、宗教音楽などに興味を示していたミューリーとのコラボレーションを2013年から始めたのだそうです。 ここには、そのような協力関係の中から生まれたア・カペラの合唱曲が6曲ほど収録されています。いずれも、これが世界初録音となっています。 それぞれの曲のテキストは、聖書からとられたラテン語や、普通に英語で書かれたものなどが混在していますが、いずれもちょっと聴いただけでクセになるような、なんとも手の込んだハーモニーが魅力的です。確かに美しい和声なのですが、その中に、とびきり手の込んだ仕掛けが潜まれていますから、そこにはただ美しいだけではない、予測不能のサプライズがあって、油断が出来ません。 そんな複雑な曲を、この卓越した合唱団は、美しい響きは大切にしながら、刺激的な現代風のハーモニーも嬉々として歌いこなしているように思えます。ノン・ビブラートで聴こえて来るそのメッセージは、イノセンスの中にも悪魔的なものが潜んでいるかのように、迫ってきます。 もっともインパクトがあったのは、タイトル・チューンである2018年に作られた「No Resting Place(休む場所もなく)」です。これは、この中で最も長い作品で、5つの部分に分かれています。そして、まず、それらは、旧約聖書の中の「哀歌」、いわゆる「エレミヤ哀歌」から、最初の5つの部分が使われています。つまり、この合唱団が名乗ったトマス・タリスが作った「エレミヤ哀歌」という音楽の形をそのまま使っているのですね。 このテキストは、ヘブライ文字のアルファベットをそれぞれ最初に置いて作られている、というトリッキーなものなのですが、それぞれ「ALEPH」、「BETH」、「GHIMEL」、「DALETH」、「HE」というアルファベットをメリスマで歌ったのちに、そのラテン語のテキストを歌います。しかし、それだけでは終わりません。その後には英語のテキストで、現代のしいたげられた不法移民のニュースで語られたインタビューが、まるでシュプレッヒゲザンクのように英語で歌われているのです。つまり、紀元前の故国を奪われた人々の悲しみと、現代の不条理な事件とを同じ次元で歌うという、なんともスペクタクルなことが行われているのです。圧巻ですね。 個人的には、「GHIMEL」で使われている、グリッサンドハーモニーが素敵でした。 CD Artwork © Outhere |
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各地で、夏などのシーズンオフに開催される「音楽祭」は世界中にたくさんありますが、こんな名前の音楽祭は初めて知りました。これは、アメリカのワイオミング州にある標高4,197mの「グランド・ティトン」という名前の山の前に広がる広大な国立公園の名前なのだそうです。なんでも「ティトン」というのはフランス語の「téton(乳房)」からきているのだそうです。ジャケットに使われていますが、確かに、そんな形の山ですね。 この音楽祭が始まったのは1962年なのだそうです。その年から今日まで毎年、1回も休まず開催されているようで、今年の6月から始まる音楽祭は「第65回」になると言いますから、あの「コロナ」の期間中もしっかり開催されていた、ということなのでしょうね。確かに、2024年の時に発行されたパンフレットを見ると、それ以前に撮影されたと思われる写真では、オーケストラのメンバーはマスクをしていますね。 ![]() このマーラーの「5番」は、ハイドンの交響曲第88番とのカップリングで、5週目の7月26日と27日のコンサートで演奏されていました。 なにしろ、このレーベルは音の良さが売り物ですから、ブックレットでは担当したエンジニアのエッセイなども掲載されていました。それによると、マイクアレンジは「デッカ・ツリー」だったそうです。ただ、本家のものは3本のマイクを客席から見て前に1本、後ろに2本三角形の頂点に設置するのですが、ここでは前に接近した2つのマイクを設置するという変則的なものです。先ほどの写真でも、それが分かりますね。そのほかに、いくつかコンタクトマイクがプレーヤーの前に設置されているそうです。 確かに、そのサウンドはとても輝かしいものでした。そして、楽器の解像度がとても高くなっているので、それぞれのパートがとてもくっきりと聴こえてきます。マーラーの場合、何しろそのパートは複雑に入り組んでいますから、まず、演奏するのも大変で、聴くものにとっても、なにがなんだかわからないようなところがあるのですが、ここではごく自然に複数のパートの音がきっちりと聴き取れるようになっていました。 つまり、様々なメロディラインを持ったパート同士が、くっきりと分離して聴こえてくるのですね。それによって、これまではモヤモヤとしか聴こえてこなかったところが、メインのメロディ、それに重なってハーモニーを作っているメロディ、そして、時間差で対位法的に出てくるメロディといったものの存在が、くっきりと浮かび上がって、それぞれに主張しあっている様子が手に取るようにわかるのですよ。これは、ほとんど奇跡です。 SACD Artwork © Reference Recordings |
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その合唱団は、ロンドン南部にあるトリニティ・スクールという、男子だけの学校の生徒によって結成された「トリニティ少年合唱団」です。この合唱団は「マレフィセント」や「ファンタスティック・ビースト」などの映画のサントラも歌っていたそうです。指揮は、2001年からこの合唱団の指揮者を務めているデイヴィッド・スウィンソンです。 全ての曲にピアノ伴奏が付いていますが、ここではフランス人のピアニスト、レティシア・フェデリシという人が演奏しています。彼女は、トリニティ・スクールを始めとした多くの学校で教鞭をとっています。また、トリニティ合唱団が中国に演奏旅行に行った時や、様々なコンサートで、この合唱団の伴奏を務めています。 そして、このアルバムの曲を編曲したのは、4人の現代作曲家。その中で、誰でも知っているのがベンジャミン・ブリテンです。ここでは、合唱ではなく、ソロで歌われている曲が多くなっているようですね。 その結果、この合唱団のメンバーのクオリティの高さがはっきりすることになります。確かに、そのソロは、どれをとっても素晴らしいものでした。たとえば、「O can ye sew cushions?」と「The Bonny Earl o' Moray」という2曲を歌っているフレディ・ジェミソンという子などは、素晴らしい声で、特に、後者のような低い音を出す曲では、とても表現力に富んだ歌い方を披露してくれていましたね。 もう一人、有名な作曲家もここに参加していました。それは、ビル・アイヴスです。ご存知でしょうが、あの「キングズ・シンガーズ」のテナーのパートを担当していた人です。オリジナルメンバーの後を受けて、1978年から1985年まで在籍していて、個人的にはこの合唱団の歴史の中で最高のテノールだと思える人です。退団後は「グレイストン・アイヴズ」という名前でこんなアルバムなども出していましたね。 ここで彼が提供していたのは、「On a Summer's Morn」というタイトルで、4つの異なる民謡を続けて演奏する組曲のようなものでした。伴奏のピアノがとても雄弁に作られていて、キャラクターの異なる4曲が、とても自然につながって聴こえてきます。 アイヴズは1948年生まれですが、同じ年代の1946年生まれのデイヴィッド・デ・ウォレンという人の編曲も、なかなか楽しい曲が紹介されていました。 もう一人は、この中で一番若い、1957年生まれのピーター・ホワイトです。彼が作った「From Four British Folksongs」という、4つの民謡を集めたものが聴けます。ここまでの3人の作曲家の曲の中で、その元の歌を聴いたことがあるのはブリテンの「The Salley Gardens」しかなかったのですが、このホワイトさんの曲集の中には、「Early One Morning」と「My Bonnie Lies over the Ocean」という、とてもよく知っている曲が2曲も入っていたので、うれしくなりました。前者は、こちらにあるように、「走れ並木を」というタイトルで、オリジナルとは全く関係のない歌詞が使われてNHKの「みんなのうた」で紹介されていましたから、とてもよく知っていたのですが、そのオリジナルを聴いてそのあまりの違いに驚いたことがあります。そして、今回は、別の意味で、やはり驚かされました。ホワイトさんは、ここではピアノ伴奏と合唱のビートをずらす、という何ともエキサイティングなことをやっていたのですよ。 後者は、確か、昔、英語の教科書に載っていましたが、なによりも、トニー・シェリダンがあの「ザ・ビートルズ」をバックにして歌ったバージョンがとても有名です。ところが、今回の編曲は、メロディも少し変えていたり、意外過ぎるコードを付けたりと、非常に「高度」なことをやっているのですが、それを少年たちが嬉々として歌っているのですよね。とても楽しめました。 CD Artwork © Rondeau Production GmbH |
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ここで彼女は、ニコラ・テュリエというハーピストと共演しています。フルートとハープというのはなかなか相性が良いようで、昔からモーツァルトの協奏曲を始めとした多くの作品が作られていますね。 ここで演奏されているのはタイトルにある「ファンタジー」と呼ばれているジャンルの作品たちです。日本語だと普通は「幻想曲」と訳されていますから、まあ、そんな、夢を見るようなロマンティックな曲、という感じの曲だろうな、と思うかもしれませんが、このように呼ばれている作品は、そのような面が強いことは否めませんが、もう一つ、「高度の技巧を伴う曲」といったような意味合いが含まれていることもありますから、油断はできません。 さらに、タイトルに「ファンタジー」という言葉が使われていなくても、このアルバムのようにお仲間に入れてもらえて演奏される曲もたくさんあります。 最初に演奏されているロッシーニの「アンダンテと変奏」なども、そんな好例ですね。オリジナルの形ではないはずですが、この曲はフルートとハープで演奏されることが多いようです。いかにもロッシーニらしい、軽やかで屈託のないテーマが変奏されていますが、ここでハープを演奏しているテュリエが、それをとことんチャーミングに弾いているので、もうそれだけで楽しい気分になれます。というか、このようなとても細やかな表情やダイナミクスが付けられているハープなんて、あまり聴いたことがないような気がします。 ところが、それを受けてやはりチャーミングに歌ってほしいイ・ソヨンのフルートが、なんとも薄味なんですね。もしかしたら、この曲を楽しんで吹けていないのではないか、と思ってしまうほど、それは無表情で魅力が全く感じられません。 その次のトラックは、これこそはたっぷり歌ってほしいグルックの「精霊の踊り」なのですが、やはり無表情な演奏にはがっかりさせられます。なんか、フレーズの最後で少し音がフラット気味になるのも、気になります。 これが、一旦終わったと思ったら、それはトラックの真ん中あたりで、その次に全く別の曲が聴こえてきました。この曲にこんなバージョンがあったのか、と思ってしまいましたが、それはどう考えてもグルックのスタイルではないような。 そうしたら、それが終わって次のトラックになったら、まさにその「後半」の曲が聴こえてきましたよ。明らかに編集ミスですね。念のため、他のサブスクもチェックしてみたのですが、それも同じような「症状」のようでした。それはドンジョンの曲ですから、グルックとは違っていて当然です。 まあ、そんな感じで、何とも退屈な演奏が続きますが、2曲だけ、フルートにシン・ジフンという人が加わって、フルート2本とハープという編成の曲が聴けます。この間こちらでピアノ伴奏によって聴いたばかりのゴーベールの「ギリシャ風ディヴェルティメント」と、ベルリオーズのオラトリオ「キリストの幼時」の中でこの編成で演奏されるトリオですが、これは割と楽しめましたね。ただ、やはりピッチがちょっと危ないところもありますね。 最後から2番目の曲は、サン=サーンスの「幻想曲 Op.124」というヴァイオリンとハープのための曲をフルートで演奏しているものですが、このフルートではやはりヴァイオリンの方がいいなあ、と感じるばかりです。 そして最後が、ボルヌの「カルメン幻想曲」です。ただ、これをフルートとハープで演奏するのはちょっと無理なのでは、という気がしていたのですが、やはりこのテュリエさんをしてもそれは難しかったことがよく分かる演奏でした。前奏の部分で、「なんだ、これ?」と思ってしまいましたからね。もちろんフルートは、聴き馴れたゴールウェイとは雲泥の差でした。「なめるんじゃないよ」と言いたくなります。駄菓子ではありませんよ(それは「カルメ焼き」)。 Album Artwork © Skarbo |
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ここで取り上げられているのは、2018年4月に録音された、プーランクの「スターバト・マーテル」と、2019年4月に録音されたデザンクロの「レクイエム」です。ニケとこの合唱団はこれ以前に、このレーベルからフォーレの「レクイエム」(EPRC 1005/2014年)とブラームスの「ドイツ・レクイエム」(EPRC 0019/2015年)という、2曲の「レクイエム」をリリースしていましたが、そのシリーズの最後を飾ったのがこのアルバムです。「スターバト・マーテル」というのは、亡くなったイエス・キリストの傍らで悲しみに暮れる聖母マリアを歌ったものですから、「死者を悼む」という意味では「レクイエム」と同じ範疇だと捉えられたのでしょう。 そして、そのカップリングの「レクイエム」は、全く初めて聴いた作品でした。そもそも、その作曲家の名前すら、全く知りませんでしたから。 そこで、まず、古今の「レクイエム」が網羅されている井上太郎さんの名著、「レクイエムの歴史」を繙いてみましたが、やはりそこにも載ってはいませんでした。この書籍では、基本的に録音が存在しているものを載せているようですが、おそらく、これが上梓された1999年には、まだ聴けなかったからでしょうか。 アルフレッド・デザンクロという1912年に生まれて1971年に亡くなったフランスの作曲家は、どうやらサックスの作品でその名が知られている人のようですね。「勝手にシンドバット」は作っていません(それは「サザン」)。なかなかの苦労人だったようですが、ローマ大賞を受賞したことによって、やっと作曲家として認められました。この「レクイエム」は1953年頃に完成され、1963年に初演が行われました。おそらく、その初録音は、作曲家の息子のフレデリクがオルガンのパートを担当しているこのHORTUS盤なのではないでしょうか。それがリリースされたのが1997年ですから、井上さんはまだ聴くことはできなかったのでしょう。 ![]() この形をほぼ踏襲したのが、1947年に作られたモーリス・デュリュフレの「レクイエム」だということはよく知られていますが、その後に、全く同じスタイルで「レクイエム」を作ったのが、このデザンクロなのです。 それは、オリジナルはオーケストラと合唱のために作られましたが、現在ではオーケストラのパートをオルガンにリダクションしたものが演奏されているようです。今回もそのパターンでした。さらに、フォーレもデュリュフレも、2人のソリストが加わりますが、デザンクロの場合はすべて合唱だけで歌われています。つまり、ソロが歌うのが当たり前になっている「Pie Jesu」も、合唱だけで歌われているのです。 その結果、この曲の主人公はまさにその「合唱」になりました。その和声は、なにかデュリュフレの響きに通じるところもありますし、さらにほとんど「ジャズ」と言っても構わないような斬新なハーモニーも取り入れられています。また一つ、美しい「レクイエム」を見つけることが出来ました。オリジナルのオーケストラ版もいつかは聴いてみたいものです。 カップリングのプーランクでも、この合唱は、その起伏の大きい音楽を見事に再現していましたね。 Album Artwork © Evil Penguin Classic |
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そんな業界に、「音楽現代」という新しい雑誌が加わったのは1971年のことでした。これは、先発の雑誌とは全く異なるスタイルの新しいタイプの音楽誌でしたね。地味ながら、現在も刊行が続いています。 そして、1997年に鳴り物入りで登場したのが、「MOSTLY CLASSIC」です。ただ、これは最初は産経新聞社から発行されたのですが、その後別のところに変わっていて、今回久しぶりに手に取ってみたらなんと「神戸クルーザー」という、音楽には全く無関係の会社から発行されるようになっていましたよ。いったい、何があったというのでしょうね。 今号には、指揮者の新田ユリさんが寄稿されているのと、特集が「この音楽をいま」という、最近とみに感じるようになった、クラシック音楽全体の変化に真正面から対峙しているような記事が載っているということで、読んでみることにしました。 ただ、この雑誌の厚さが、なんだかずいぶん薄くなってしまったような気がしたのは気のせいでしょうか。 その特集記事は、全体のページの半分を占めるほどのボリュームがありました。ただ、期待していた、真正面からその「いま」をテーマにしたものはそれほどなくて、最近行われたいくつかのコンサートの中から感じられた、そのテーマに即したものが書かれているものの方が多かったようでした。 その「真正面」の記事で面白かったのは、まずは石原勇太郎さんによるブルックナーのページでした。このライターさんのブルックナー観は、これまでの「評論家」とは一線を画した新しさが感じられるもので、例えば、「交響曲の『版』の記載がなくなるのが理想」というのには、共感が持てます。ちょっと問題のあるポシュナーを持ち上げているのは、ちょっと意外ですが。 鈴木淳史さんというライターさんが書かれたメンデルスゾーンも、面白かったですね。特に、彼の音楽が、たとえばワーグナーあたりからは、ユダヤ人であるというだけで「ヘイト」の対象にされていた、というのは、強烈でしたね。さらに、ナチスの時代には、ライプツィヒのゲヴァントハウスの前にあったメンデルスゾーンの銅像までが1936年に破壊されていたことも、初めて知りました。でも、それは、2008年には再建されていたのだそうです。ただ、場所はゲヴァントハウスから聖トマス教会の前に変わっています。その写真のキャプションだと、前の像もトマス教会の前にあったような書き方になっていましたね。ライプツィヒに行ったことはありませんが、その2ヶ所は同じブロック内にあるようですね。直線距離で500mほど。 ![]() そしてお目当て、指揮者の新田ユリさんがお書きになった「シベリウス 7色の交響曲」は、「この先多くのオーケストラと指揮者が7曲を取り上げる。1番人気の第2番以外の作品が並んでいるのが魅力だ」という衝撃的な事実(1年先までのプロのオーケストラの上演予定が掲載されている)に「いま」を感じないわけにはいきません。 そのリストの中に、喜古恵理香さんが東京交響楽団を指揮しての「第2番」があるのは、うれしいですね。 Magazine Artwork © MOSTLY CLASSIC |
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あの、ロシアによる不条理な侵攻が始まってから丸4年も経ったというのに、まだ終息の道には程遠い現状の中で、彼女たちは地道に活動を続けていたのですね。前回の2022年の時のアルバムではベートーヴェンの「9番」を演奏していましたが、今回は同じ作曲家の「5番」、そして、カップリングとして、マキシム・コロミーエツという、1981年にウクライナのキーウに生まれた作曲家の作品が演奏されています。彼は、ウクライナ国立音楽院でオーボエと作曲を学んだ後、ドイツのケルン音楽舞踊大学でも作曲を学んでいます。彼はオーボエだけでなく、電子楽器にも堪能で、ロックバンドのための曲なども作っているそうです。 現在彼は、キーウ交響楽団の首席オーボエ奏者を務めているそうですから、この「UFO」にも参加していたかもしれませんね。さらに、彼は、室内楽でのアルバムなども数多くリリースしているようです。 まずは、ベートーヴェンの「5番」から聴いてみましょう。かつては「運命」と呼ばれていた、うんと有名な曲で、まさにこのような「主張」のある団体が演奏したのならば、どれほど圧倒的な演奏になるのかな、と思っていたのですが、そんな予想は見事に外れてしまったようです。 なにしろ、彼らの演奏は、まず、「音楽」として、とてもまっとうなものでした。この曲は、その気になればとても「戦闘的」な演奏も可能になってくるはずですが、彼らはそんな幼稚なことはせず、きっちりとベートーヴェンの音楽をあるがままに伝えようとしていたように感じられます。 まずは、第1楽章冒頭の「ジャジャジャジャーン」が、最近の風潮である安っぽいテンポではなく、もっと重々しいものだったことには、うれしくなりました。なんでも、指揮者によればそれは「世界に向けての、私たちの今日の抵抗の象徴」なのだそうですね。ただ、そんな重苦しさはそれでおしまい、その後からは切迫感のあるテンポで、殆ど前のめりになりそうなほどに活き活きと進んでいきます。 第2楽章も、その甘いテーマがなぜか空々しく歌われていたのが印象的でした。もしかしたら、本当に平和が訪れるのはまだまだなのだ、といったメッセージだったのかもしれません。第3楽章では、最初のホルンのテーマが全く闘争心のないソフトなものだったのも、そんな気持ちの表れだったのかも。 フィナーレも、決して煽ることのない冷静さが光ります。トロンボーンのファンファーレなどもとことんクール。 そして、後半はコロミーエツが作った「ヘルソンの母たち」からの組曲です。これは彼の新作で、「ロシア当局に強制的に拘束された子供たちを救出するため、敵陣の背後へ3000マイルの旅をしたウクライナの女性たちへの感動的な賛辞」なのだそうです。 曲は13分ほどの長さで連続して演奏されますが、トラックは3つに分かれています。第1部では、とても重苦しく暗い音楽から始まります。それはやがて混沌に変わり、まるで戦場のような激しい音楽が登場します。そこでは大砲の音のような打楽器の連打が、喪失感を演出しています。しかし、その後のフルートのソロでは、救済感のある優しい音楽が聴こえます。ただ、それはまだ不安に包まれているようにも思えます。 第2部は、コールアングレが奏するのどかなテーマで始まります。それはまさに「救い」の音楽で、まるで夢を見ているよう。最後にはコールアングレが再び現れます。 第3部はストリングスによるとても美しい音楽で始まります。それを受けて、木管楽器が、別の穏やかなテーマを聴かせてくれます。後半ではさらに軽やかな音楽に変わり、キャッチーなテーマが現われます。それは、まるで願っても叶わない「ハッピーエンド」を現わしているようにも感じられます。 Album Artwork © Deutsche Grammophon GmbH |
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今回のアルバムでは、彼女がALPHAレーベルで進行中の、モーツァルトのピアノ協奏曲全集の一環として、3つの作品が演奏されています。ザルツブルク時代の第6番と第8番、そしてウィーン時代の第18番です。 パシチェンコは、同じレーベルのこちらのアルバムでフルートの伴奏をしているものを聴いていました。その時にはフォルテピアノを弾いていたので、今回もその楽器が使われているのだと思っていたら、最初の2曲では、なんだか、殆どチェンバロのような音がする楽器だったので、ちょっと不思議に思ってしまいました。まあ、フォルテピアノでも、製作者によってさまざまな音色があるようですから、そういうことなのかな、と思っていたら、最後の曲では、ごく普通のフォルテピアノの音が聴こえてきましたよ。 そこで、遅まきながらブックレット等を読んでみたら、どうやらその最初の楽器は「タンゲンテンフリューゲル」というものだ、ということが分かりました。片目と片腕が不自由な侍(それは「丹下左膳」)ではありません。おぼろげにそんな名前を聞いたことはありますが、実際にその音を聴いたのは今回が初めてでした。なんでも、世界中を探してもなかなか見つからない、とてもレアな楽器のようですね。どうやら、それは「チェンバロとフォルテピアノの間のような音」を出す楽器だというのですね。 調べてみると、実際はチェンバロとはかなり異なった構造だということも分かりました。どちらかというとチェンバロではなく、クラヴィコードの仲間なのですね。つまり、この楽器の名前「タンゲンテンフリューゲル(Tangentenflügel)」の中にある「Tangent」という単語は、クラヴィコードの部品の名前なのですね。 おそらく、誰しもが、学校では「サイン、コサイン、タンジェント」などという呪文のようなものを教え込まれたことがあるのではないでしょうか。ほとんどの人がもう忘れてしまっているでしょうが、それぞれを日本語に直すと「正弦」、「余弦」、「正接」になる、ということまで覚えている貴重な人もいるようです。 つまり、「タンジェント(tangent)」という言葉には、「接する」という意味があるのです。それが転じて、クラヴィコードという楽器の中で、鍵盤の先についていて、それが弦に接することで音が出てピッチが決まる、という金属片が「タンジェント」と呼ばれるようになっています。 ![]() ![]() また、フォルテピアノは「ハンマーフリューゲル(Hammerflügel)」とも呼ばれていて、いずれも「flügel」という言葉が付いていますね。これは本来は鳥の翼のことなのですが、それが転じて「扉」、そして、蓋が開閉するグランドピアノの意味も持つようになったのでしょう。ですから、フォルテピアノは弦を「ハンマーで叩く」というイメージですが、「タンゲンテン」だと「ただ触れる」みたいな感じになるのでしょうかね。 そんな楽器とともに、パシチェンコは名手ぞろいのこのアンサンブル「イル・ガルデリーノ」の指揮も行っています。それはもう、まるでジャズのセッションのような、様々なアイディアが飛び交う、なんともエキサイティングなものでした。 CD Artwork © Alpha Classics / Outhere Music France |
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その時には、この合唱団のことを「フランダース放送合唱団」と呼んでいました。「フランドル」というのはベルギー北部の地名のフランス語の呼び方、そして「フランダース」は英語の呼び方なんですね。さらに、そこはオランダ語圏(「ベルギー語」というものは存在しません)ですから、オランダ語だと「フラーンデレン」ということになるのです。まあ、音楽関係者の間では「フランドル」という言い方が、例えば「フランドル楽派」のように馴染んでいるのでは、ということで、今回はこちらを取ることにしました。やはり「フランダース」だと、ハワイみたいですから(それは「フラダンス」)。 さらに、このアルバムのタイトルの「ton sur ton」というのがフランス語で「音を重ねて」みたいな意味のようなので、それにも合わせてみました。 ここで演奏されているのは、すべてア・カペラによる合唱曲ばかりです。その中には、とても有名なものもありますが、全く知らない曲も少し混ざっているという、一筋縄ではいかないような選曲です。そのいずれもが、まさに人の声だけの「音」を重ねて美しいハーモニーを奏でているのですから、おそらく合唱好きの人だけでなく、多くの人がこれを聴いて幸せな気持ちになれるのではないでしょうか。 それは、先ほどのフォーレを聴いた時にはそれほどのものだとは思わなかったこの合唱団が、ここでは本当に素晴らしい演奏を繰り広げていたから、感じたものなのでしょう。女声はあくまでピュアな響きを聴かせてくれますし、それを支える男声のハーモニーも完璧でした。 ここで取り上げられているのは、全部で9曲です。いずれも10分には満たない小品ばかりです。まず、最初の3曲は、マルタンの「二重合唱のためのミサ」の中の「キリエ」、ペルトの「マニフィカト」、ローリゼンの「O Magnum Mysterium」という、ア・カペラの人気曲が勢ぞろいです。知り尽くしている曲だけに、その演奏のクオリティの高さがよく分かります。 そしてその次に、なんとルドルフ・マウエルスベルガーが作った曲、というのがありました。この名前は、ドレスデンの「聖十字架合唱団(クロイツ・コール)」の指揮者を長年務めていた方、という認識しかありませんでしたから、こんな曲があったことは初めて知りました。それは「Wie liegt die Stadt so w?ste(どうして、この都市はこんなに荒れ果ててしまったのか)」という、ドイツ語のテキストによる合唱曲でした。これは、第二次世界大戦中のドレスデンへの空襲の後に、「エレミヤ哀歌」から歌詞を集めて作られたものだそうです。重苦しい短調のハーモニーの中から、悲痛な叫びが聴こえてくる曲です。時折光がさすときもありますが、最後は短調のまま静かに終わります。 そのあと、やはり超有名な、バーバーが自らの弦楽合奏のために作った曲を合唱に編曲した「Agnus Dei」を間に挟んで、今度はベルギーの現代作曲家の曲が2曲続きます。 1曲目は1978年生まれのマールテン・ファン・インゲルゲムが作った「Hampstead Heath」。ここでは、延々と続くテンションコードの中に、クラスターが現われたりする、静かな中に頻繁に変わるシーンが魅力的です。後半ではコラール風なパッセージも現れ、最終的にはメジャー・コードに収まります。 2曲目は1963年生まれのクルト・ビッケンベルクスが作った「Never Pain to Tell Thy Love」という英語のテキストの、短い曲です。基本的にロマンティックな和声で、親しみやすい曲です。 そして、ハウエルズの「Take him, earth, for cherishing」と、プーランクの「Un soir de neige」という、いずれも9分近くかかる聴きごたえのある曲で、アルバムが締められます。 とても充実した時間を過ごせたような気になるアルバムでした。 Album Artwork © Evil Penguin Classic |
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おとといのおやぢに会える、か。
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