
なぞの美女、Madame de la Tour の最新CD情報。
(00/4/14-00/5/1)

この画像は風夢さん(http://plaza.harmonix.ne.jp/~furm/)のご好意により使用させていただきました
5月1日
BERLIOZ
Les nuits d'été |
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Katarina Karnéus(MS)
Vassily Sinaisky/BBC Philharmonic
BBC MUSIC MAGAGINE Apr. 2000 |
先日のパユの新譜でラヴェルの「マダカスカル先住民の歌」を歌っていたカタリナ・カルネウス。(このCD、実は雑誌の付録なのでもう入手は無理かも知れないわ。)
この人のことは去年の夏当たりから注目してたわけ。
そもそも何故この人に目をつけたかというと、私が好きで良く買うEMIのDEBUTシリーズで紹介された人なのね(CDZ 573168 2)。
若手の才能ある人の演奏を、安い価格帯のCDで広く紹介するのがコンセプトだから、聴く方も先入観なく楽しく聴けるわけ。
シュトラウスの歌曲やマーラー、それに以前ちょっと書いたマルクスの歌曲を歌ってたんだけど、決して気負う事なく自然に歌いこなしているところがすごく良かったわ。もちろん声もきれい。メゾなんだけど軽めの声で、そうタチアナ・トロヤノスの声に近いかな。
その時は簡単なプロフィールのみで写真とか載ってなかったんだけど、今回BBC MUSICの特集で大きく取り上げられたという事。ここではベルリオーズの「夏の夜」全曲が聴けるのね。
1曲目の「Villanelle」のひそやか、かつ決然とした歌い出し。(関係ないけど、この曲って有名な童謡に似てませんか?)4曲目の「Absence」のどことなく感じられる狂気。どこをとっても良く歌いこまれてるな、という印象よ。
で、この間のラヴェルでは、また全然違う歌い方だったから驚いちゃった。あの曲は、穏やかなところから激しいところまで、表現の振幅が大きいでしょう。そのあたりの歌い分けが見事だったのね。特に2曲目の「Aoua!」は圧巻。(フランス語の発音はあまり得意ではないみたいだから、粋って感じはあまりなかったけどね。)
声質はちょっと違うかもしれないけど、オクタヴィアンでも歌ってくれないかしら。きっとピッタリよ。
ちなみに、96年のプロムスで歌ったワイルの「銀の湖」も、最近リリースされたわね。これからが楽しみな人がまた増えたって感じ。
4月29日
MOZART
Piano Sonatas K.330,331,570 |
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A.Brendel(Pf)
PHILIPS/463 902-2(輸入盤)
ユニバーサル・ミュージック/PHCP-11198(国内盤 5月24日発売予定) |
ブレンデルのモーツァルトのピアノソナタです。有名なK331の「トルコ行進曲つき」も収録。
とても歌心あふれる美しいモーツァルト。そのうえところどころブレンデルの鼻歌まで聞こえて来るのが素敵。
K331の1楽章は変奏曲形式になってるのをご存知の方も多いでしょう。何といっても、ピアノを習った人は必ず手がける曲。(ええ、私も弾きました。この半分くらいでも位弾けてたら・・)
さすがブレンデル。テーマの冒頭から違いますね。ちょっとくせのある弾き方は、また物議をかもすかも。昔、例えばベートーヴェンのピアノソナタ等は、楽譜に忠実で、どちらかというと乾いた音が持ち味だったのに、この人はいつからこういう弾き方になったのかしら。(だから、習ってる人は真似しちゃダメよ。)
変奏を繰り返すたびに新しい発見があって、何回も聴き返しちゃった。とくに右手と左手が交差する第4変奏。これが良かった。ちょっと指の回りが怪しげな所もあるけど、許せる範囲。
K330のハ長調。この曲が面白い。まずテンポが遅め。まるでロマン派の曲のように微妙にルバートをかけながら、ねっとりと奏される第1主題には、ちょっとびっくり。「モーツァルトはこう弾かなきゃ」という概念が思いきり崩された感じ。2楽章は結構さらっとしているんだけど、終楽章でまたいろいろな事をしているわけ。装飾音の処理方法も、考え抜かれた上での奏法なのか即興的につけたのかは、一回聴いただけでは判断に苦しむわね。
全体的に濃い味付けで、好きな人と嫌いな人に別れるでしょうね。
とにかく、1つのフレーズを本当に大切にしているなと思ったの。単純な音の中に込められている物がすごく多い。それを知りたくてつい何度も聴きかえしてしまいたくなる演奏ね。
年を重ねる毎に枯れていく人もいれば、どんどん若々しくなる人もいるって事かしら。
4月27日
TAKEMITSU
I Hear the Water Dreaming |
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Patrick Gallois(Fl)
DG/453 459-2(輸入盤)
ユニバーサル・ミュージック/POCG -10272(国内盤 5月24日発売予定) |
かつて「フルートの貴公子」とか呼ばれて、リチャード・クレイダーマンみたいに騒がれていた(そういえばレーベルも同じ)パトリック・ガロワ、今だったら「パユ様」かしら。おでこの面積が広がるにつれて、芸風が変わってきて、最近ではなかなか味のある演奏を聴かせるようになってます。
確か、昔は金の楽器を使っていたのに、いつのまにか木管に変わってたわね。このCDのライナーを読むと、彼が楽器を木管に変えたのは武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」を聴いて、尺八の音に衝撃を受けたからなんだって。
で、この武満のフルート作品を集めたアルバム、全部で7曲入ってるんだけど、そのうち3曲は「海へ」の3つのヴァージョン。フルート(アルトフルート)のパートは全く一緒で、共演の楽器だけが変わっているの。アルトフルートって、木管ではないけれどハスキーな音は尺八に近いわね。ヴァージョンによって相手が違うと、微妙に演奏が変わっているのが聞き物。
この3曲をはさむように、普通のフルートのための曲が4曲。ここではもちろんご愛用の木管フルート、独特の音色ね。
なかでも、5曲目の「そして、それが風であることを知った」という、フルート、ハープ、ヴィオラのための曲はおすすめよ。もちろん、ドビュッシーの同じ編成のソナタが下敷きよね。実際にドビュッシーからの引用なんかもあって、とってもおフランス。そういえばガロワっておフランス人だったわね。
武満の曲って、楽譜をみると音の強さや変化の指定がすごく細かいの。でもそういうのって、演奏家にとってはうっとおしいんでしょうね。だから、例えばニコレなんかはわりと自分の都合のいいように吹いたりしてるんだけど、ガロワはちがうわよ。きちんと楽譜通りに吹いていて、作曲家に対する真摯な態度がとてもよく伝わってくるわ。そういえば、武満の未完の遺作というのは、ガロワのために書かれていたんですってね。
4月25日
DVORAK
Symphonies Nos.6&8 |
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Myung-Whun Chung/VPO
DG/469 046-2(輸入盤)
ユニバーサル・ミュージック/POCG-10271(国内盤 5月1日発売予定) |
3番と7番に続くチョン・ミョンフンとウィーン・フィルのドヴォルジャーク第2弾。もちろん、お目当ては「ドヴォ8」ね。
この前テレビでフランス国立管と「幻想」を演奏したのを放送してたわよね。あの時の思い入れたっぷりの顔が忘れられなくて。失礼だけど、オーケストラの人たちはあれ見ておかしくならないのかしらって、不謹慎なこと考えちゃったわ。
このCD聴いてると、ほんとにチョンの表情や仕種がはっきり浮かびあがってくるのね。この盛り上がりでアコードを決めるときは、指揮棒を両手で持って頭の上から振り降ろしてるな、とかね。
で、演奏はおもいきり起伏に富んでて、とても豊かな表現。2楽章なんか思いのたけを目一杯盛り込んだ感じの濃厚さ。それでいて、流れがとても自然だから、つい納得しちゃうのね。もう参りました、何でもやって下さいってところかな。ひょっとしたら、この人本気で「巨匠」への道を目指しているんじゃなくって。
アーノンクールのところでも書いたけど、ウィーン・フィルがまたいいのよね。艶やかな響きは独特、包み込まれてしまいそう。
でもね、肝心のフルートが、なんかさえないのよ。吹いているのは多分シュルツだと思うんだけど、いつもみたいな存在感がないのね。で、よくよく聴いてみると、ちょっと面白いことが起こってるみたいなの。つまり、フルートがことごとく指揮者のやり方に逆らってるのね。チョンがちょっとテンポを落とすじゃない。そうするとシュルツが自分の出番で必ずテンポを上げようとするの。「ここは俺のテンポのほうが正しい」って抵抗してるのかな。
だから、4楽章の大ソロなんか悲惨よ。シュルツはムキになって自分のテンポでやろうとしてるんだけど、まわりがそれについていかないものだから、結果的にはフルートがあせって走ってるみたいで、とてつもなく下手に聞こえるのね。ここは聴きもの。
4月24日
| TEMIRKANOV IN CONCERT |
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Danish National Radio Symphony Orchestra
CHANDOS/CHAN 9799 |
ロシアの巨匠(?)テミルカーノフの小品集です。オケは先日ブラームスの協奏曲で聴いたばかりの、デンマーク国立放送交響楽団。これはオススメの1枚よ。
珍し物好きのまだむには似つかわしくないアルバムですって?私だって、たまには「くるみ割り人形」くらい聴きますわよ。
しかし同じオケでも指揮者によってこんなに音が変わるとは!(ブラームスの時はなんとなく地味で暗い音だったのにね。)録音の違いもあるのかもしれないけれど、とにかく派手で明るい音。
だから最初のラ・ヴァルスから面白いのね。この曲はワルツらしくなく演奏したほうが名演といわれる傾向にあるじゃない。(クリュイタンスとかね。)しかし、テミルカーノフはそんな事考えてないわね。お約束の金管強調。ちょっとイヤミな弦のポルタメント。おげれつ1歩手前だわ。極彩色で塗りたくった感じね。でも聴衆にはおおうけよ。マ・メール・ロワもそのノリね。
で、なんといってもくるみ割り人形が白眉。この曲は楽しく聴かせてくれないと退屈しちゃうでしょ。でもご心配なく。テミルカーノフのいいところがいかんなく発揮されてるとでも言えばいいのかな。ちょっと乱暴なところもあるけど、それはライブのせいね。つい打楽器奏者がノリノリになってしまったのでは。
花のワルツの濃厚な音も素敵。ここまでやってくれると気持ちいい。
最後のガーデの曲。私は題名見てもわからなかったけど、聞いたとたん「ああ、これね」でした。この曲をおおまじめに演奏してるところを想像すると、ちょっと笑えちゃう(失礼)。
しかし最初に戻るけど、このオケと、あのブラームスのオケが同じなんて信じられないよ〜。そのくらい違う音を引き出すテミルカーノフはすごいです。でも逆に、彼のブラームスはあまり聴きたくないかも。
4月22日
RAUTAVAARA
Piano Concerto No.3,
Autumn Gardens |
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V.Ashkenazy/Helsinki PO
ONDINE/ODE 950-2 |
ラウタヴァーラは以前から好きな作曲家で、今回の新作も、実は発売前から楽しみにしてたのね。正直、現代の作品て聴いてみないとわからないでしょ。アシュケナージの委嘱によって書かれたというピアノ協奏曲第3番と昨年のプロムスで初演された「秋の庭」。どんな曲かしら。
で、聴いてみた。全く心配要らない曲ね。まあピアノがアシュケナージだものね。そんなに前衛的な作品ではないだろうと思ったの。(これが、ピーター・ゼルキンとかだとちょっと恐いでしょ?)
やはり100年前の作品といっても通用するくらいの瞑想的な懐かしい音楽で、な
ぜか武満徹の、「Family Tree」で使われたアコーディオンの郷愁に満ちた調べを思い出してしまったわ。
もちろん、至る所に不思議な音列や響きも使われているのだけど、妙にしっくりはまっていて全然違和感なし。作風としてはドビュッシーに近いかな。3楽章は鐘なども使われていてとても華やか。アシュケナージの限界といったら失礼ですが。
もちろん「秋の庭」も傾向は一緒。鳥の声を聞きながらこれから来る冬に思いを馳せると言うわけね。
風の音とも、巨鳥の翼のはばたきとも取れる音に陶然としていると、突然恐ろしい景色が目の前に広がるのね。これが素晴らしいの。そしてまた瞑想的な気分が戻ってくるというわけ。
そのまま静かな2曲目。ここがなんとも美しい。
終曲はちょっとシベリウスっぽく始まって、だんだんテンポを落としクライマックスまで気を抜くことなく聞かせてくれるのね。ここでも聞こえてくるのは鳥の声。そう、ラウタヴァーラもメシアンと同じく「鳥」の好きな人。最後の方で鳴らされる鐘は何を暗示しているのかしら。
「現代音楽なんて聞いたことない」っていう友達に聴かせてあげた。もちろん喜んでたわ。だから聴いてみないとわからないんだってば。
4月21日
MAHLER
Symphony No.10 |
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S. Rattle/BPO
EMI/CDC 556972 2(輸入盤)
東芝EMI/TOCE-55155 (国内盤 4月26日発売予定) |
マーラー大好きのラトルの、話題の10番全曲ヴァージョン(クック版)です。
ラトルがこの曲を録音したのは初めてでない事は周知の事実で、弱冠25歳でボーンマス響を振ったCDも現在入手可能。
聴き比べてみると、20年前と現在のラトルの基本的路線は変わってないところがすごいのね。例えて言えば同じ料理なのに、最高の素材と器をつかったらこうなりました。って、まるで「どっちの料理ショー」。もちろん最高の出来映えに違いないわ。
ひたすら美しいし、とにかく安心して音の流れに身を委ねることが可能なの。BPOの室内楽的な密度の高いアンサンブルも極上。
もちろんライブならではの、失敗とおぼしきところもあるけれど。とにかく素晴らしいわ。現代的なシャープなマーラーね。
で、こんなことを書くと年がばれるかもしれないけれど、私がこの全曲版を初めて聴いたのはウィン・モリス&NPOのLPだったの。刷り込みとでもいうのかしら。あの音が耳から離れないのね。
ラトルみたいにスマートで美しくなんかなくて、(当時ラトルの旧盤はまだ出てなかったの)もう徹底的にぐちゃぐちゃ。むさいプルガトリオもお気に入りだったし、変に粘っこい1楽章や終楽章の耳をつんざく不協和音を聴いてマゾ的気分に浸ったものでした。
「10代の花も恥らう乙女の生き方を変えてしまった」といっても過言ではなかったモリスの演奏。そのあとで聴いたブーレーズのアダージョには失望した記憶があるから、余程のインパクトがあったのね。
さて、このラトルを10代のうら若き女の子に聴かせたらどんな反応が帰ってく
るのでしょうね。(聴かないって?)
極めて個人的な感想でした。
4月19日
DVORAK
Symphony No.9 "From the New World" |
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N.Harnoncourt/Royal Concertgebouw O.
TELDEC/3984-25254-2(輸入盤)
ワーナーミュージック・ジャパン/WPCS-10521(国内盤) |
お待ちかねアーノンクールの新世界。私のまわりでもまたまた賛否両論を巻き起こしてます。
何しろ仕事しながらこれを掛けると面白いのね。何気なく聴いてても耳に引っかかる所があって、「おっ」と思うと同僚と目があったりして。「今のところ変だよね」「うん」そんな会話が交わされる日常。(ちなみに先日でたチョン・ミョンフンの6番・8番は、「ウィーンフィルだね」「そうだね」こんな感じ。)
私はいつかも書いたようにアーノンクール容認派。8番の演奏も好きだし、この新世界も面白いと思う。各パートの持ち味を生かして、生き生きと聴かせてくれるじゃない。シャイーの振るコンセルトへボウとは、全然違う音がするのよね。新世界というよりも別世界。
第2楽章なんかは、テンシュテットのが変な演奏といわれてるようだけど、こちらはもっと変。道草の方が面白くて帰る事を忘れた音楽。家路につく時もひたすら道を急がず、電信柱を数え、飼い犬をからかって、ついでにコンビニよって。(これは私の日常)
全てがそんなノリだから真面目な人には耐えきれないんだとか。まあ、この曲には幾多の名演があるから、あえてアーノンクールで聴かなくてもいいかもね。
同時収録の「水の精」。こちらはドヴォルジャークが最初に手がけた交響詩。ライナーに詳細な曲についての説明があるけれど、アーノンクールって、こういう曲はちょっとやり過ぎ傾向かも。「〜の動機」などを克明に浮かび上がらせる事に終始しすぎて肝心の曲の流れが損なわれてしまうのね。
しかしこの曲の「水の精」はオトコだったのね。知らなかったわ。
4月17日
SMETANA
Má Vlast |
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Uwe Mund/
Kyoto Symphony Orchestra
ARTE NOVA/74321 69963 2 |
先日のシベリウスに続く、京都市響&ムントの新作はスメタナです。
そういえば今度、都民響がこの曲を取り上げるんですってね。マスターは抽選に当たったから聴きに行くんですってよ。私のほうはその日は3年振りの大イヴェント。
「プラハの春」か、「シブヤの春」かって感じ。時間があったら寄ってくださいな。
この曲の名演と言ったら、やっぱりクーベリックかしら。伝説的なチェコフィルとの90年のライブ。DGのマーラーを愛聴していた私には、かなりショックだったわね。いままで穏やかなおじ様だと思っていたのに、実はものすごく激しい人だったのね。確かに愛国心の固まりのような曲だから、ついつい演奏に熱がはいったんでしょうね。
この連作交響詩は6曲で構成されているのだけど、おはずかしながら実は私、3曲目のシャールカを抜かして覚えてて5曲だと思ってた。何しろ全曲はあまり聞く機会がないじゃない。モルダウだけが突出して有名よね。
で、この演奏。
シベリウスの時よりも聴きやすいし、面白かったわね。弦のたっぷりした響きがすばらしい。相変わらず金管がパワー不足気味だけど、許せる範囲。ただの管弦楽曲として聴くなら合格点。
でも京都とチェコ王国にはなんら共通項ないって事がよくわかったわ。この前のシベリウスの時も、何となく物足りなかったんだけど、きっと込められているメッセージが多すぎる曲ばかり取り上げるせいかも。
フィンランディアも、ブラニークも、気持ちを高揚させるような演奏でなくっちゃね。どうしても控えめなのが惜しいの。「わが祖国」って派手に演奏すればするほど曲の本質が見えてくるのではないかしら。
これを聴いて、クーベリックを聴いて、ついでにマッケラスを聴いてそれから都民響に出掛けたらいかがですか?ねっ、マスター。
4月14日
BACH
Cantatas Nos.147&21 |
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Masaaki Suzuki/
Bach Collegium Japan
BIS/CD-1031 |
つい最近マタイを出したBCJの最新盤。カンタータ全集の第12巻です。
寺神戸亮(Vn)、鈴木秀美(Vc)というオリジナル楽器の最強のメンバーが中心になったオケは、とっても表情が豊か。指揮の鈴木雅明さんと一体となって呼吸しているのがよく分かるわ。
合唱もそんなに上手ではないけれど、気持ちは伝わってくるわね。
ただ、コラールが有名な147番では、ちょっと弱いかな。肝心のコラールがなんか無気力。
でも、お目当ての21番は文句なし。この曲は、最初は一言一言かみしめるように重苦しく始まるんだけど、だんだん明るくなってきて、最後は華々しく「アレルヤ」って、ほんと、ドラマティックな構成。この演奏はその辺の性格付けがとってもじょうず。終曲のド・ミ・ソ・ドっていうフーガのテーマなんて、一緒に歌い出したくなるような軽快さよ。
ところで、この21番は実はBCJの2回目の録音。で、前の録音(第6巻
CD-851)とは版が違うのね。今回は「ライプツィッヒ版」て書いてあるけど、これが普通に演奏されているヴァージョン。で、第6巻の方にはその前のケーテン時代にハンブルクで演奏された「ハンブルク版」と、おまけでもっと前の「ワイマール版」も入っているのね。ソリストの割り振りや調性が微妙に違っていて、異稿マニアのマスターだったら飛び上がって喜びそう。
比べて聴いてみたけど、この「ライプツィッヒ版」が、一番完成度が高いかな。イエスと精霊の対話はやっぱりソプラノとバスにやってもらいたいわよね。あと、合唱も、最初はソリで始まって、ひとくさりあってからトゥッティになるというこの形の方が絶対いいわよ。
ただね、6巻でオーボエを吹いていたポンセールが参加してなかったのは残念ね。
もっとあります。こっちを見てね。