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バックナンバー18
7月3日
梅雨の晴れ間、夕方になって少し雲も出てきましたので、楽器とパソコンを積んだまま車を旭ヶ丘の駐車場に置いて、地下鉄で駅前のCD屋さんに行ってみました。お目当ては、娘に頼まれた倉木麻衣のアルバム。本当は明日発売なのですが、新譜は前の日には入荷しているので、山積みになっていました。鬼束ちひろと一緒に買ったら、キャンペーン中だったようで、おまけに「せんす」をもらってしまいました(5000円以上お買い上げ)。お店のロゴが入った、本物の扇子です。
当然、練習が始まる前には、みんなに見せびらかします。あっチャンもなかなか気に入ったみたいですが、扇子を持たせて写真を撮るのはやめました。だって、ロゴは"Virgin"ですからね。さっちゃんあたりだとさまになるのでしょうが。
写真といえば、気が早い話ですが、今度の「かいほうげん」で紹介できそうな新入団員が全部で5人いますので、出席した時に捕まえようと待ち構えていました。しかし、成果はといえば、結局2人しか撮影できませんでしたということで、再来週はパート練ですから、なんとしても来週出てきてもらわないと。よろしく(見てるかな?)。
今日も、低弦の充実ぶりには、目を見開かされました。演奏、ではなく、出席なのですが、Cb7人、Vc9人というのは、殆ど本番並み。誰にも文句を言わせないだけの人数、しかも、全部来ればもっといるというのですから、しばらくは安心していられることでしょう。そう言えば、一時減少気味だった団員総数も、このところ持ち直して、また90人の大台に乗ったことですし。
そうなると、取り残されているのがVnパートということになりますが、ご安心ください。今日の退屈な練習を最後まで見学していた入団希望者は、2人ともVn、これで、他のパートを見返してやれる日は近い・・・?
ところで、来年の春の定期の指揮者が、長田雅人さんに決まりましたね。実は、まったく偶然なのですが、ちょっと前に世田谷フィルというアマオケから「フォーレのレクイエムを演奏するので、資料のページにリンクさせて下さい」というメールが来てたので、そこに行ってみたら、なんと、そこの音楽監督が長田さんだったのです。何の根拠もありませんが、そんなことがあれば、今回の共演にほんの少し因縁めいたものを感じてもいいのかも知れませんよ。髪を染めた長田さんとは、来年再会です。
というわけで、一時閉鎖していた掲示板も再開しました。逃げてばかりいないで、堂々と立ち向かえば、犬の方が尻尾を巻いて逃げていくことでしょう。
いやぁ、暑いですね。今日も各地で30℃以上の気温が記録されたとか。もはや、夏真っ盛りという錯覚に陥ってしまいそう。
そういえば、あさっては七夕ですね。ところが、仙台に住んでいると、うっかり7月7日を七夕だなどと言おうものなら、近所の人々の冷たい視線を覚悟せねばなりません。仙台人にとって、七夕はあくまで8月の行事、7月に短冊をつけた笹竹を飾ろうものなら、その家の主人は、次の日には簀巻きにされて広瀬川に浮かぶことになるのです。
そんな怖い映画がありましたね。「悪魔の七夕」。それから、やはり怖い映画では、高層ビルが火事になるというパニックもの「七夕インフェルノ」も忘れられませんね。もちろん、明るいラブストーリーもチェックしておきましょう。メグ・ライアンとトム・ハンクスが共演した、「七夕メール」。小さな絵本屋さんの店主と、そこを閉店に追いやった大型書店の社長というかたき同士が、実はメル友だったという、他愛のないお話でしたね。
私の専門分野のオペラ関係でも、七夕に縁のある作品は数多く作られています。なんといっても代表的なものは、ワーグナーの、上演に4夜を要するという大作「ニーベルングの指環」の最後を飾る「神々の七夕」ではないでしょうか。その大詰めで、神々の力の象徴、ヴァルハラ城の前にはドイツ中から集められた笹竹が山と積まれ、火が放たれるのです。愛馬グラーネに乗ったブリュンヒルデは、その火の中に飛び込み、竹槍で背中を刺されて倒れたジークフリートとともに、天に昇って星になり、天の川をはさんで、1年に1度の逢瀬を・・・。それから、ヴェルディにも「七夕有れ!」という傑作がありましたね。
時事ネタだと、コンピュータまかせで合格判定ミスをやっていた「七夕大学」は、仙台の隣町のお話。仙台出身で大リーグで大活躍の末、とうとうオールスターに選ばれたという「七夕選手」(花形選手、ね)、佐々木投手はご当地の誇り。
8月になって本物の七夕が終わると、20日には広瀬川で灯篭流しが行われます。その時の歌は、もちろん「七夕し」の「精霊流し」。今年は、ニューフィルにはお座敷はかからないのでしょうか。
いかがですか?少しは寒さを感じてはいただけましたでしょうか。これからいよいよ夏本番、私の駄文が皆様の明日の活力を生み出す原動力になってくれれば、これ以上の喜びはありません。ご迷惑でしょうが、これからも、皆様のお役に立てるよう、益々技に磨きをかけ、精進にいそしむ所存でございます。
7月7日
掲示板にりっちゃんの書き込みがあったので、ちょっと調べてみたら、七夕が7月7日というのは旧暦の頃からの年中行事だったのですね。したがって、本来は月遅れの8月7日あたりが、昔からの時期と一致するということで、やっぱり仙台の方が正しいということが、めでたく判明しました。あのリンクにある資料を見てみると、旧暦の行事を新暦に、単純にそのままの日付で移しかえたのは、明治政府の仕事。しかし、中央ではこれが徹底されたものの、権力があまり及ばない地方では、昔からの慣例が生き残ることができたのだそうです。近代化を急ぐあまり、実情を無視して勝手に日にちを変えてしまうといお上の本質は、100年以上経っても、「ハッピーマンデー」の中に生き続けているのでしょう。
ところで、ついさっき、さる女声合唱団の演奏会に行ってきたところです。指揮をしていたのが、たなばた(たまたま)・・・今回の第九の合唱指揮の佐藤淳一さんというのもあったのですが、全くの義理コンサート、別に期待もしていませんでした。しかし、最近の女声合唱、というか、これは「お母さん合唱」という範疇に入るのでしょうが(昔はママさんコーラスといってましたね)、かなりレベルが上がっているのでしょう、全曲暗譜で歌ったり、振りを付けたりと、なかなかの健闘振りには、正直びっくりさせられました。
指揮の淳一さんといえば、ニューフィルにも縁が深く、最近では5年前の中新田の第九、さらに、14年前の第10回記念定期の第九のソリストとして共演しているのですね(ちなみに、このときは菅英三子さんという、現在では日本を代表する方とも共演をしていました)。この淳一さんが、なんと、最後のステージの日本のヒット曲集になったら、指揮をしながら自ら歌いだしたのです。
淳一さんは、テナーの中でも、例えば「魔笛」のタミーノあたりが似合いそうな、ペーター・シュライアーのような声の質ですから、「なごり雪」を歌い始めたとたん、まるでエヴァンゲリストのレチタティーヴォを聴いているような錯覚に陥ってしまいました。バッハと伊勢正三が、何の違和感もなく連想できたというのには、ちょっとびっくりしましたが、それは、言葉がとてもきれいに聞こえてきたことと無関係ではありません。日本のクラシックの作曲家が、歌詞をメロディーにのせるために苦心惨憺している間に、フォークシンガーは、いとも簡単に難題を解決していたのだということが、はっきり分かった瞬間でした。
伴奏ピアニストが、このような曲に欠くことが出来ないリズム感をほんの少しでも持ち合わせていれば、この淳一さんの説得力のある小田和正や桑田佳祐もさらに完成度が高まっていただろうと思うと、ちょっと残念ではありましたが。
7月10日
毎日暑い日が続いて、体調を崩したりしていませんか?頭痛と下痢がひどい時は、仕事を休んで寝ているのが一番。しかし、ニューフィルの練習場は、この時期になればきっちり冷房を入れてくれますから、とても快適です。寒すぎない程度の、適度の温度設定というのが、心憎い気配りです(「温度設定」を変換したら、最初は「音頭設定」が出てきました。「いえろうさぶまりん音頭」かなんかで涼しさを出そうというのでしょうかね)。
おととい、少しさっぱりしようと髪をカットしたばかり。早めにやってきたあっチャンが、今回は目ざとく「髪、切りましたね」と言ってくれました。この間切った時は、全く気付かなかったというのに、この変わりようはいったいなんなのでしょう。
今日は、タンホイザーの行進曲の初合わせです。いろいろ手違いがあったようで、パート譜がやっと揃って、晴れて練習できることになりました。いつものことながら、スタート時にはかなり少なめの人数、ヴィオラはだれもいませんでしたし、かっこいいファンファーレを聞かせてくれるはずのトランペットも1人だけ、できれば3声部のハーモニーを聞きたかったところですが、人がいなければどうにもなりません。この曲が終わるまでトランペットはずっと1人だけ、かわいそうに、最後にはばてて成仏してしまいました。
この曲は、私のピッコロパートは楽勝もいいところですが、後に控えているのがあの大曲ですから、何のたしにもなりません。後半はその大曲の2楽章をやったのですが、真面目に吹いていたらとても大変でした。いかに手を抜くかということだけを考えて演奏するようになったら終わりでしょうが。
その頃になるとヴァイオリンあたりも結構人数が増えていました。しかも、先週2人入団希望者があったばかりだというのに、さらにもう1人、新人が。いよいよヴァイオリンパートにも運がまわってきたということでしょうか。
ところで、今日は練習場に見慣れない一団がやってきていました。練習指揮の崇サンは、実は小学校の先生なのですが、なんでもそこの放送クラブかなんかが、「先生の趣味の時間」みたいなテーマで取材に来ていたのだそうです。最後にホルンだけ別撮りするとか、細かいことをやっていましたね。私も、その取材の様子を取材しようと機会をうかがっていたのですが、写真を撮ろうと思ったら、別のアクションを起こしたり、なんか予想不可能な不思議なパターンで行動していたので、あまり良い絵は撮れませんでした。
7月12日
「絵本」のことを少しばかり書かせてください。何を隠そう、私はひそかな絵本愛好家(ついでに童謡マニアですが、それは別の機会に)、安野光雅の作品は殆ど全部持っています。もっとも、そもそもこの方面に入ったきっかけがエッシャーですから、安野のものでも、初期の「だまし絵」系のものが大好き。「旅の絵本I」、「あいうえおの絵本」などは、今でも時々読み返しています。最近はちょっと考えすぎに走ってしまっているようで、かつてのようなインパクトに欠けているのはちょっと寂しい気もしますが。
「あおくんときいろちゃん」で有名なレオ・レオーニや、「ごちゃまぜカメレオン」のエリック・カールといった、絵本の可能性を最大限に追求した人たちの作品も大好きです。ちょっとマイナーですが、チャールズ・キーピングというイギリスの作家もお気に入り。
そんな中、理屈抜きに、「絵」の魅力にとりつかれたのが、岩崎ちひろです。最初に「あめのひのおるすばん」を見たときの衝撃は、今でも忘れられません。水彩絵の具の微妙なぼかし具合や、絵筆ではコントロールできないような不思議な造形に、なんとも言えない魅力を感じてしまったのです。黒一色で描かれるのが当たり前だと思っていたグランドピアノが、白や緑に「ぶちて」いても、ピアノらしさが決してなくならないばかりか、まるで音が聴こえてくるようなリアリティさえ持っていたのですから。
その片鱗でも味わってもらいたいと、「素顔の団員」の私のページに、この絵本の表紙の画像をリンクしてみました。ところがこの画像、スキャンするために、何十年ぶりかで現物を本棚から出してみたところ、真っ白だった表紙はシミだらけでしたし、全体に黄ばんだような色調になってしまっていたので、かなりの手間をかけて「修復」したものなのです。いつも使っているフォトレタッチソフトで、まず、古い写真の色を直すフィルターをかけたら、一発で昔の繊細な色がもどってきました。大変だったのは、シミの除去。こればかりはワンタッチでは無理ですから、絵筆ツールで丹念に塗っていきます。「ギャラリー・フェイク」の世界ですね。新しいものを買わずに、あえて初版本を修復したというところに、こだわりを感じてみてください。
ついでですが、画像の下にMIDIも貼り付けてありますので、お暇があったら聴いてみてくださいな。作った本人としては、人間の一生のうちには、確かに純粋な気持ちで外界と接することが出来る時期があったのだと、いまさらながら想い返され、大いに感傷的になってしまったのですが。
7月17日
連日、雷や大雨が続いていますが、ご近所に被害はなかったでしょうか。被害というほどではありませんが、夕べの大雨の時には、衛星放送が全く見れなくなってしまいました。アンテナに落雷でもしたのかなと一瞬心配になりましたが、しばらくしたら又見れるようになって、無事「ER」を見ることができました。きのうの話はとってもヘヴィーな内容で、見終わったら涙が出てくるほどでしたから、これを見逃さずに済むことができて、本当に良かった。
さて、今日のパート練習、木管は例によって東昌寺ですが、集まりはいつになく悲惨でした。なにしろ、一番最初に会場に姿をあらわしたのが、別の用事でやってきた金管のしできさんというぐらいですから、すごいものです。コンクールの資料にと、私が持っていたボロディンの「イーゴリ公」のビデオを借りにきたというわけ、まだ明るかったので、普段は暗くて見えない中庭などを喜んで見ていかれました。
あまり人も集まらないので、そのうち、私もちょっと中座。実は、来週発行予定の「かいほうげん」に掲載する新入団員は、全部で5人という、久しぶりの大盤振舞なのですが、まだ肝心の写真を撮っていない人がいるのです。それで、今日練習に来ていれば撮ってしまおうと、他のパート練習の会場に行ってみたのです。さいわい、旭ヶ丘に行ったら、首尾よく目指す彼女が来ていて、しっかり画像をゲットすることができましたし、あと1人、こうへいくんは結局間に合いませんでしたが、電話で連絡がついて、手持ちの画像を送ってもらえることになりましたから、何とか全員の写真が揃うことでしょう。
東昌寺に戻ってみると、さっきから増えていたのはあっチャンだけ、フルート3人(全員!)、クラ、ファゴット各1人では、とても練習にならず、楽器を置いて話に花が咲いていました。さきほどの「ER」の話で、「グリーン先生日本に来てたんだってね」とか、「キャロルは最初の回で自殺してたんだよ」とか、「ウィーバー先生は監督もやってるんだね」とか、オーケストラには全く関係のない話で盛り上がります。
いくらなんでも、少しは音を出さねばと、私が引っ張り出してきたフルート四重奏の楽譜を、クラの泉サンに読み替えてもらってやってみたりして、いつもとは一味違ったパート練習は終了しました。まあ、別に私あたりは何をやっても楽しければそれで構わないと思ってしまいますが、中には、わざわざ時間を作ってきたのに、これではあんまりと感じている人もいるはず。これが昂じて、「行ってもたいしたことはできない」からと欠席する人が出てくるような事態になることだけは避けたいものです。実はもうすでにそのような態度で臨んでいる人がいるのではという私の猜疑心は、事実無根だと葬りさられることを、切に願っています。
7月21日
3ヶ月間にわたって繰り広げられた、「オペラ座の怪人」のロングラン公演は、本日千秋楽を迎えました。たった今、会場から帰って来たばかりです・・・と言いたいところですが、しり上がりに人気が上がってきたこのミュージカルですから、とても千秋楽のチケットなどは手に入れることはできません。行ってきたのは、おとといの公演。前にも書きましたが、にわかファントムマニアと化した私の妻が、八方走り回ってチケットを集めまくり(結局、彼女は6回行きました)、そのおすそ分けが私にも廻ってきたというわけ。
千秋楽でこそありませんでしたが、会場はこの前来た時とはなんとなく雰囲気が違っていました。入り口では「大入袋」も配られていましたしね。中身は「The Phantom of the Opera in Sendai」と書いてある携帯ストラップ。いいだろ〜。
取れたのは、一番安い2000円のチケットで、なんと一番前の左端。PAのスピーカーのまん前です。まだ時間があったので、この前来た時から気になっていたPAのブースを覗きに行ってみました。1階席の一番うしろの左端が、かなり広いスペースを取って、黒幕で覆われたブースになっています。うしろの通路からその中が見えるようになっていたので、怪しまれない程度に機材のチェックをしてみました。コンソール卓は普通のコンサートで見かけるようなちゃちなものではなく、録音スタジオにおいてあるような、本格的なもの。エフェクターが卓の下にびっしり詰まっていて、無数のLEDが煌いています。そして、オペレーターの背後にあたる場所には、マルチトラックのオープンデッキが4台。まさかアナログということはないでしょうが、テープ幅が2インチぐらい、洗濯機ぐらいの大きさの、往年の24チャンネルデッキみたいなやつが4台ですよ。これはちょっと意外でしたね。録音の現場ではもはやMOとかハードディスクが主流になっていますから、いまさらオープンデッキなんて、考えてもみなかったのです。しかし、こういう、何が起こるか分からないようなところで使うのには、テープの方が信頼性があるのでしょうね。
そのテープのリールに「高井版」と書いてあります。もちろん、これはカラオケで、口パクなどではないのですが、ファントムの声だけは前もって録音してある部分があるので、その日の役者によってテープが違うのでしょう。この配役だというのは、前もってホームページで調べてありましたから、これも楽しみ(前に書いた良いほうのファントム)。
そんなわけで、ちゃんとしたファントムも聴けたし、終わりにはアンコールと舞台挨拶まであって、ほとんど千秋楽のような気分も味わえ、すっかり私もファントムマニア。
7月24日
記録的な猛暑、一歩外に出れば倒れそうになるほどの日差しを浴びることを覚悟しなければなりません。だから、冷房がきちんと効いている練習場はまるで天国のようなものです。楽器を吹いても汗は出ないし、快調そのものです。
しかし、第九の3楽章はそれとは別の問題。出だしのEの高音は、私のような小心者にはとても辛いものがあります。まあ、そのうちもっと大きくなったら、難なく吹けるようになるのでしょうけれどね。
後半のタンホイザーは、崇サンがお休みなので、なんと、コンマスの敬一郎クンが指揮をかってでました。すれた指揮者にはないような新鮮な目で、的確な指摘をしてくれていましたよ。「ここはあとでやりましょう」とか、パート練習のポイント探しみたいでしたけど。でも、結局、練習指揮というのは、ある面では基本的なアンサンブルのチェックをきちんとしてくれればいい訳ですから、あまり深く掘り下げない方が良いのかも。
ところで、今回の「かいほうげん」は、まさに山あり谷ありの修羅場からの産物です。一番の誤算はプリンターの不調。階調補正を行っても、いつの間にか色調が変わってきてしまいます。ページによって色がガラっと違っているのはそんなわけですから、あまり気にしないで下さい(言わなければ分からない?)。「おやぢ」のジャケ写は、時間があれば印刷し直したかったのですが、いつもながらの綱渡り進行ですから、ちょっと無理でしたし。
アンケートも、窮余の策で集計結果をそのまま綴じ込み。結局、初の20ページが達成できたのですが、手抜きの感は否めません。その埋め合わせではありませんが、アンケートの原文を半日かけて打ち込んで、アップしてありますから、見て下さい。120人以上の生データですから、ちょっと大変でしたが、このデータがあれば、次回の「かいほうげん」は楽勝です。
ところで、今日のあっチャンネタは?実は、今日はお休み。なんでも、明日健康診断があるので、体調を整えなければいけないため、練習をパスしたのだそうですよ。あ、でも、聞きまちがいかもしれない。ケンコウ診断ではなくてケッコン診断だったかな。しかし、前の日に体調を整えなければいけないような結婚診断って、いったいどういうものなのでしょう。ちょっと興味がわきますね。
7月27日
「ジュラシック・ページ」は、コンテンツの多さにかけては、決して他の個人ホームページに引けを取ることはありません。このサイトのすべてのコンテンツに目を通した人などいないに違いないと、自信を持って言い切ることができます。もっとも、全部見たからといって、その人の人生観が変わって、より賢い人になれるとか、今まで暗かった人格が急に明るくなるとかいったようなことは、まずあり得ません。それどころか、物事をまっすぐに見ることができないひねくれものになってしまうのがオチではないでしょうか。おまけに、所構わずおやぢギャグをぶちかまして、周囲の顰蹙をかうことも、必至です。
しかし、そういった内容はともかく、量に関してだけは自慢できるというもの。ただ、最近では、それが災いして、いろいろなところで破綻をきたしているのも事実です。具体的には、読んでもらう時に便利なようにと、あちこちからめぐらしたリンクの更新が、ついおろそかになってしまっています。最初に作ったときには、一応全サイトをチェックするのですが、しばらく使わないで置くと、すっかり忘れてしまうのですね。つまり、作った本人ですら、その全貌が把握できないほど、肥大化が進んでしまったということです。
そんな状態を見るに見かねたのかどうかは分かりませんが、おととい、Vaのお助けマンから、こんなメールが届きました。「会社でADSL使ってサーバ構築中なんですが、ついでに 'jurassicページ'の全文検索作っちゃったのでよかったら遊んでみてください。」
つまり、何かキーワードを入れてやると、「ジュラシック・ページ」の中にあるすべての文書から、その言葉が含まれているものを瞬時に抜き出してくれるという、とても便利なシステムを作ってくれたということなのです。この辺のプログラムについては、私は全くの素人ですから、こういうことを成し遂げるのにどの程度の労力を費やさなければならないかということに関しては、皆目知識がありません。しかし、わざわざ他人のサイトのためにこんなことをしてもらえるなんて・・・感激です。
せっかくですから、トップページの一番下からリンクしてありますので、遊んでみてください。使い方の注意ですが、最初の画面では検索できないので、いったん「検索方法」というリンクから英語のページを開いて、そこから検索してみてください。もちろん、日本語なら日本語、英語なら英語が含まれるページが探せます。若干、反応が鈍いようですので、うまくいかなくてもあきらめず、何度か繰り返してやってみた方が良いでしょう。さらに、お助けマンのコメント。
「くれぐれもいつ止まるかわかりませんので、お遊び程度に。」
7月31日
今日は、練習に行く前に、こんな計画を立てていました。仕事が終わったら、少し早め、5時半頃にいつもの旭ヶ丘の駐車場に車を入れて、いつものセブンイレブンでパンか何かを買って軽く腹ごしらえをしたあと、青年文化センターのコンサートホールで6時から開かれる演奏会を前半だけ聴いて、それから、開始時間に間に合うように市民センターへ。
演奏会というのは、あっチャンが出た高校のオーケストラ。なぜか、OGとしてあっチャンが出るだけではなく、りっちゃんまでもエキストラに駆り出されていたのです。さらに、しげちゃんもパートのコーチとして出演とのこと、これは、ぜひ聴いてみたくなるではありませんか。
ところが、5時前から、いきなりものすごい勢いでにわか雨が。傘をさしてもずぶぬれになるくらいの、すさまじい夕立です。これではとても外を歩くことはできないので、急遽計画を変更、セブンイレブンはあきらめて、まっすぐ青年文化センターの地下駐車場に入ることにしました。ここには売店はあっても、パンなどは置いてありません(なぜかカップ麺はありましたが)。仕方なく、キットカットを2箱買って、当座の空腹をしのぎます。
演奏のほうはというと、あの上手なあっチャンをもってしても(1番を吹いてました)、一体どこに合わせたらよいのか分からなくて混乱している様子がありありとわかるという、ものすごい音程、まあ、こんなもんでしょうということで、休憩前まで聴くつもりだったのを、2楽章の途中で切り上げて、練習場へ行くことにしました。
練習が終わったら、某東昌寺で技術委員会です。来年の春の定期の曲目を決めるためのものですが、最近はみんなツボがのみこめてきたようで、あまり横道にそれるようなことは無く、敬一郎クンの見事な進行のもと、12時前には当初の目標を達成して、候補曲を指揮者のもとに送る段取りがついてしまいましたよ(候補曲目は、公式掲示板にあるはずです)。
っと、肝心の練習はどうだったのでしょう。開始時には弦も管もスカスカだったのが、終わりごろにはだいぶ充実してきて、曲りなりにも2楽章と4楽章をちゃんとやることができました。演奏会が終わって駆けつけたあっチャンも、マーチには間に合って、買ってきたばかりのピッコロを披露することができました。これで、フルートパートは全員ピッコロ持ち、「星条旗」でもなんでもできますよ。先週泣き言を言っていた私も、開き直って堂々と換え指を使ってみたら、何とかさまになりそうで、一安心というところですか。しかし、来週は分奏、再来週にもう1回合奏が入ったあとは、もう末廣さんが来てしまうのですね。今回は充分時間があったはずなのに、この仕上がりの状態は一体どうしたことでしょう。
8月3日
今度の「第九」では、合唱は仙台市内の合唱団の有志の方にお願いしています。いろいろスケジュールの都合とかがあって、はじめのうちはなかなか思うように人数が集まりませんでしたが、団長の崇サンの骨折りで、どうにか目標に近いものが達成できそうです。それで、今日はその合唱団の結団式、というか、初顔合わせということで、私も取材に行ってきました。
開始時間は7時からなので、家でご飯を食べてからいつもの旭ヶ丘へ。この時間というのは、いつも駐車場が込むみたいで、10台近くの車が待っていました。写真をとったらすぐ帰るつもりだったので、その辺に路駐して4階へ行ってみたら、ピアノを囲んで椅子がたくさん並べてあります。ニューフィルから来ていたのは崇サンだけ。まあ、合唱団の練習ですから、別にオケのメンバーが立ち会うこともないのでしょうが、もう少し関心があってもいいかな・・・とか。
今日集まったメンバーは、全部で50人ぐらい、本番の半分ぐらいでしょうか。アルトが一番多くて、半分近く、その次がソプラノ、男声は例によってすごく少なくて、テナーとベースを合わせても10人いたかな?
時間になったので、まず崇サンがニューフィルを代表して挨拶と、指揮者、伴奏者のご紹介。続いて、合唱指揮の佐藤淳一さんが前に出られて、ご挨拶です。合唱の世界というのも案外狭いものらしく、お話を聞いていると、メンバーのほとんどが淳一さんと何かしら関係があるみたいですね。「いろいろな団体でやっていたことを、一つにまとめるよう頑張りましょう」ということです。
あとは、早速練習です。オケとは違って、最初は発声練習とかのウォームアップから始まって、屈伸運動とか柔軟体操とか、いろいろなメニューがあるみたいですね。そして、仕上げはカデンツ。例のI→IV→I(2転)→V→Iというハーモニーの練習ですが、全員現役の合唱団員、声が出た瞬間からきれいにハモッていたのはさすがですね。さっきのような人数ですから、バランス的にはちょっと、ですが、これはみんな集まれば解決できるでしょうから。
そのまま、「第九」が始まります。驚いたことに、ほぼ全員がしっかりベーレンライター版のボーカルスコアを用意しています。たしか、仙台フィルでは何回もやっていますから、仙台フィル合唱団の団員は、その時に用意したのでしょうね。「第九」を歌ったことのない人などいないみたいですから、音取りなどしなくてもいきなり合わせられるのでしょう、例のフェルマータまで、何の問題も無く通してしまいました。そこまで聴けばもう安心、きちんと方向付けさえしてもらえれば、きっと素晴らしい合唱ができることを確信して、家へ帰ってきました。
8月7日
仙台七夕の2日目、きのうに続いてとても真夏とは思えないような肌寒い陽気です。雨も少し。東北3大祭(最近は「花笠」も入れて4大祭?)であろうが無かろうが、練習はちゃんとやりますので、分奏の会場の仙台駅東口のパルシティへ向かいます。私は、花火大会の日に自転車で仲の瀬橋を走ったりするような無謀なシロートではありませんから、七夕の時の交通事情は熟知しています。東五番丁→北四番丁→東七番丁→X橋という、もっとも空いているだろうと思われる道を通って、いつもの駐車場へ向かいます。確かに、ほんの少し渋滞があったり、駐車場の入り口で待たされたりはしましたが、普通の日とほとんど変わらない時間で駐車できましたよ。
仙台七夕といっても、人がたくさん集まるのはほんの一部分、このあたりは、はっきりいえば「駅裏」ですから、そんなににぎわってるわけではありません。それから、予定通り、駅の中を通って反対側にある本屋さんに行ってみました。こちらは、もうすこし「いかにも」という雰囲気にはなっていましたね。浴衣姿の女性とか、結構歩いています。ちょっと浴衣では寒いのではなどと、余計な心配もしてしまいますが。実は、ラジオで「今年はミニの浴衣が流行」と言っていたのを思い出したのですが、あいにく、これまで実物は見たことがありませんでした。ところが、本屋さんのあるビルに入ったら、いましたねえ、ミニが。
ここで、唐突ですが、この浴衣に対しての私の考えを述べさせていただきたいと思います。はっきり言って、これはとても醜いものです。洋服で太ももを出せば、確かにある種の魅力をその中に見出すことはできるでしょう。しかし、和服でそのようなことをしてみても、全く効果はないのだということを、デザイナーは知るべきです。事実、丈の短い浴衣なんて、昔、それこそ子守りかなんかをさせられている田舎の小さな子のようなファッションですよ。貧乏臭さこそ感じても、性的魅力などこれっぽっちもありません。ただ、中には厚底にルーズソックスというミニ浴衣がいましたから、こうなるとファッション以前の問題ですが。
怒り狂っているうちに、分奏も終わりに近づいてきました。終わって外に出てみると、竹こそチラホラたっていますが、吹流しなどは雨が降っていることもあって、はずされていました。七夕なんて一体どこでやっているの?というぐらいの寂しさ、明日は晴れてくれると良いのですが。
8月9日
今、神戸が熱く燃えています。「第5回神戸国際フルートコンクール」という一大イヴェントの真っ最中だからです。4年に1度開催されるコンクールですが、おそらく、日本国内で行われる国際コンクールでは、もっとも高いレベルにあるのではないでしょうか。入賞者の顔ぶれを見るだけで、それは分かります。第2回で1位を分け合ったのが、今や世界でもっとも有名なフルーティストであるエマニュエル・パユと、ちょっと地味ですが、実力ではパユに負けないペトリ・アランコですからね。さらに、現在私がもっとも魅力的だと感じているエミリー・バイノンも、第3回の時に出場していますが、3位にしかなれなかったというレベルの高さ。日本人で入賞したのは、1回目に2位となった佐久間由美子ただ一人、それ以後は、開催国の入賞者は全く出ていないのです。
今年のコンクールを注目するようになったのは、このページでもお馴染みの瀬尾和紀さんが出場すると聞いたから。もうすでにあれだけのキャリアがある人が、何をいまさら、と最初は思ったのですが、瀬尾さんはまだ27歳、これだけビッグなコンクールでさらにグレードアップをはかろうという気持ちは納得できます。
さらに、出場者の顔ぶれを見てみたら、DENONレーベルからたくさんのCDを出している美人の売れっ子フルーティスト、高木綾子さんとか、なんと、仙台フィルの団員の戸田敦さんなどという名前が。これはもう、無視なんかできっこありません。
予選は3次まであって、それぞれの段階でだいたい半分ずつがふるいにかけられることになります。その辺の細かい情報を知りたいと思って、公式のサイトに行ってみたのですが、1次が終わってもなんのお知らせも出ていません。仙台のコンクールでもそうでしたが、この手のものはあまりあてにはできません。幸い、瀬尾さんの公式サイトの掲示板には、多分瀬尾さん自身からでしょうが、逐一管理人さんに連絡があって、即座に結果を知ることができました。「1次を通過されたそうです」と書かれると、直ちにファンの応援の書き込み、というパターン、なかなか熱いものがあります。同じようなことが高木さんの掲示板でも行われていて、「3次には日本人が6人残りました」とか、こちらは、全員の名前まで分かっている人が書き込んだりして、そうとうイッてます。
今は3次予選が終わった段階で、あさってのファイナルに進んだのは、日本人2人を含む6人、その中にはもちろん瀬尾さんも入っていますよ。あとの一人は高木さんではなく、斎藤さんという方、戸田さんは1次で失格だそうです。
8月12日
前回の日記でご紹介した神戸のフルートコンクール、きのうファイナルが終了しましたが、残念ながら、瀬尾さんは上位入賞は果たせなかったようです。「ようです」と書いたのは、現時点ではこのコンクールに関する確実な情報が何一つ得られていないため。一応公式サイトというものはあるのですが、これが全くの役立たず、一体何のためにサイトを立ち上げているのかと思ってしまいます。ここに審査結果がアップされるのは、来世紀のことでしょう。今までまめに情報が寄せられていた瀬尾さんの掲示板にも、結果についての書き込みは待てど暮らせど入ってきません。高木さんの掲示板に至っては、悪質なウィルスがらみの書き込みがある始末。
そんな時、さるルートから、待ちに待った審査結果が流れてきました。しかし、その情報源というのが、あの悪名高い「2ちゃんねる」だというのです。「恥」という言葉を知っているまっとうな社会人だったら決して覗きに行ったりはしない、もし、スレッドを立てたり、書き込みをしようものなら、それは「人間をやめる」ことに等しいとさえ言われている、あの無法掲示板です。発信元が決して分からないのをいいことに、見るもおぞましい書き込みがその醜さを競い合っている掲示板、しかし、背に腹は代えられません。私の中の良識には一時黙っていただくことにして、見に行きました。
確かに、おそらく正しいであろう情報は得られました。しかし、その代償として味わわされた嫌悪感は、当分の間消えることはないでしょう。
この掲示板に書き込むような人とは、決して友人にはなりたくないと思っています。もっと言えば、ここを見に行くような人とも、絶交してしまいたいという気持ちになったものですが、そうなると見に行った私自身はどうなるのかという素朴な疑問が生じるので、これは一時保留。
こんなことを書くと、このページをネタにスレッドを立てられてしまうかもしれませんね。私とは住む世界が違う場所での話ですから、一向に構いませんが。
できれば触れたくは無かった嫌な話題でしたので、お口直しに明るいニュース。篠崎靖男さんがアシスタント・コンダクターとして就任したロスアンジェルス・フィルの公式サイトに、篠崎さんの写真入のプロフィールがアップされました。「常任指揮者や客演指揮者のリハーサルに立会い、青少年向けのコンサートなどを指揮」するというのが、篠崎さんのお仕事。2回ばかり、本番のスケジュールが載っていましたが、いずれも「トヨタ」の青少年コンサート。しかし、チャンスさえつかめれば、「世界」はもはや手の中です。
8月16日
とうとう夏らしい暑さが戻ってこないまま、今年のお盆は終わろうとしています。西日本では猛暑だというのに、ここ宮城県は、東風(やませ)が吹き込んでまるで秋のような涼しさです。東風というのは、東北地方でも北部の岩手とか青森のものだと思っていましたが、こんなところまでやってくることもあるのですね。しかし、私の職場ではいつに変わらぬにぎやかさ、東風が吹こうが雨が降ろうが、毎年の恒例行事を欠かすことはありません。ただ、冷夏の影響が端的に現われているのが、コーラの自販機の売り上げ。例年だと1日2〜3回は補充しないと売り切れが出てしまうのに、今年は大量の在庫が残ってしまいました。
涼しさといえば、七夕の時にナンパした3人のミニ浴衣のコたちも、寒がってましたっけ。駅前で写真をとってあげたあと、お茶を飲みに行って意気投合してしまい、続いて行った先は・・・ちょっとここには書けません。(この段落、ネタはヤスユキさんから提供していただきました。)
今週は、そういうわけで練習はお休みです。田舎に帰ってのんびりしている団員の方々もいらっしゃることでしょう。姫なども田舎の東京(これは面白い言い方ですね)から電話をよこして、仙台の涼しさを羨ましがっていましたね。あっ、電話といっても、これは日程表のデータの連絡、そんな、誤解を受けるようなものではありませんからね。
お盆休みのひと時、第九のことも楽器のことも忘れて、ご先祖様の霊を慰めるのも一興でしょう。私なども、忙しさにかまけて、3日も楽器に触らなかったのですから。
ところで、トップページのカウンターは、休むことを知らずにアクセス数を加算しています。そして、ついに、今晩中か、明日の朝ぐらいには10万ヒットを達成することになりました。ほぼ、丸3年でここまで来れたのも、ひとえに皆様の温かいアクセスのお陰です。いまだに方向性が定まらないまま、好奇心のおもむくままに駄文を書き散らしているサイトですが、これからも見捨てずに、ご愛顧の程よろしくお願い致します。熱意だけは充満しているつもりですから。
もっとも、中には何かまずいことが書き込まれてないかチェックするためにという、悪意に基づくアクセスも無いわけではないのでしょうが、それはそれで当人は真剣なのでしょうから、許しましょうか。
8月21日
台風が近づいているということで、午後あたりから、なにやら雲行きが怪しくなって、生暖かい風が吹くようになっていました。ちょっと遅めに駐車場に着いたら、大きな楽器を抱えたぶっちークンが、こうもりがさを持って出てきたところ。そうか、練習が終わる頃には降り始めてるかもしれないなと思って、私も車に積んであった傘を持って練習場へ向かいました。
しばらく涼しい日が続いていたというのに、練習が始まったとたんこの暑さです。そんな中、前半の練習指揮の鎌さんは、見るからに暑くなるような雰囲気を全身から発していました。顔は真っ赤、ボタンをはずしてはだけた胸も真っ赤、シャツのすそが半分ズボンからはみ出しているのが、一層暑さを誘います。練習が始まって動き出すと、ものすごい汗が吹き出ているようで、メガネをはずして顔を拭いているのを見てると、こちらまで汗びっしょりになってしまいます。
そんなわけで、コンディションは最悪なのですが、なんと、今日は、音出しの時点でホルン以外の管楽器がすべて揃っているという、奇跡的なことが起こっていたのです。特に、オーボエがきちんと居るというのはとても助かります。フルートのまずさも、オーボエがいれば少しはカバーされるというもの、久しぶりにやる1楽章も、なんとなく乗り切れそうな気がしてきたものです。
しかし、後半にやった3楽章は、いけません。私にとっては、いかに場数を踏んでメンタルな弱さを克服できるかが、これからの勝負。来週は、もう末廣さんが来てしまうというのに、そんな悠長なことは言ってはいられないのでしょうがね。
練習が終わって外に出たら、やはり雨が降っていました。大型の台風は、依然勢力を保ったまま、近畿地方を北上中なのだそうです。お気をつけ下さい。
ところで、このページではお馴染みのフルーティスト、瀬尾和紀さんは、コンクールも無事終了して、この前の土日は東京のCDショップでミニライブを行っていました。とても素晴らしかったという報告が、さる筋から伝えられてきましたが、同時に、この2週間ぐらい仙台に滞在しているという情報も流れてきました。奥さんの実家が名取なので、お休みを取ってパリから里帰りということなのでしょう。もしかしたら、思いがけないところで、ひょこっり瀬尾さんに出っくわすことがあるかもしれませんよ。
名取といえば、名取市民のしできさんから、「だったん人の踊り」が入っている「イーゴリ公」のビデオを貸してあげたお返しにと、ビール酵母を使ったカステラなどというものを頂いてしまいました。「ビーテラ」という名前のこのお菓子、実は名取の名物だったんですね。
8月25日
今、テレビで大曲の花火大会の生中継を見ているところです。まさに日本一と言うべき、桁外れに豪華な花火を居ながらにして楽しめるのですから、これはたまりません。会場には60万人の見物の人が集まっているとか、大曲市の人口の数倍、もしかしたら数十倍の人が一晩に集まるのですから、すごいですね。ただ、花火はすごいのですが、選曲のセンスが独特で、違和感を感じないではいられないものが殆どだというのは、残念ですね。音楽というのは映像を生かしも殺しもするもの、その点で、多くの花火師の方々は、大きな勘違いをされているのでは。(花火師アチャコ・・・だれも分からないだろうな)
そんなこととは関係なく、今回このサイトの中で人名を訂正した部分がありますので、ちょっとひとこと。
今私がもっとも注目しているフルーティストの一人に、エミリー・バイノンという、現在ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席奏者を務めている人がいます。この方の素晴らしさを少しでもお伝えしようと、CDの紹介やコンサートの感想など、機会あるごとにご紹介してきました。ただ、最初に国内でCDを発売した業者の表記では、彼女の名前を「ベイノン」と発音していたので、今までずっとこれに従ってきたのです。もちろん、本人は「バイノン」と発音しているということは知っていましたが、最初にその表記でリリースされた、さる国内の会社のCDの内容があまりにも劣悪だったので、そのイメージが連想されてしまうのを避ける意味で、あえて「ベイノン」にこだわっていました。
ところが、最近、やはり私が注目しているフルーティストである瀬尾和紀さんが、先日出場されたさるコンクールのことについて語られたエッセイの中で、このコンクールの審査員の一人だった彼女のことを「バイノン」と表記されていたのです。実を言えば、さっきはああ言ったものの、趨勢はもはや「バイノン」ですから、訂正するきっかけを探していたようなもの、こうなってくれば、もはやいつまでも「ベイノン」にこだわる理由もありませんので、サイト内の表記をすべて直すことにしました。
ここで役に立ったのが、先日ご紹介した、お助けマンによる全文検索システムです。「ベイノン」で検索したら、なんと17個もの文書が見つかりました。あとは、それぞれベイノン→バイノンと「置換」を行えば、文書内は一発で訂正が完了、ほんの10分程度でサイト内のすべての「ベイノン」が「バイノン」に変わってしまいましたよ。
もちろん、この作業を行ったのは、この日記を書く前のことだったのは、言うまでもありませんが。
8月28日
2年半ぶりの末廣さんです。音出しのちょっと前に携帯に電話がかかってきたので(ちほさんから遅刻の連絡)、よく聞こえるようにホールの外に出て電話を受けていたら、そこの椅子に末廣さんが座っていたというわけです。「お久しぶりです」とか言い合ってみましたが、なんか印象が今までとは違っています。全体的に丸くなられたようにお見受けしましたが、どんなものでしょうか。
「なにがなんでも最後まで通しましょう」というわけで、第九が始まりました。いつもながらの的確な指摘、分かりやすい棒で、いつの間にか時間が過ぎてゆきます。実は、私は最初はものすごく緊張していて、冷汗ダラダラでアンブシャーが決まらず、かなり悲惨な状態だったのですが、あるときから無用な力が抜けて、少しは楽になり、末廣さんのジョークを楽しめる余裕も出てきたかな、という感じです。一番受けたジョークは、もし合唱団が聞いたらただでは済みそうにないので、ここに書くわけにはいきませんが。
曲りなりにも全曲通して、ぴったり5分前には練習を終わらせるという、いつもながらの鮮やかな手さばき、低弦中心に人も集まっていたことですし、今回は「巨人」のときのようなことはない・・・のではないでしょうかね。
「一月たつのは早いわねぇ」とさっちゃんが言ってたとおり、休憩時間には新しい「かいほうげん」を配達。出席者が多いので、いつになく残りが少なくなりました。今回は、土日をしっかり休んでも楽々間に合うような早めの進行だったので、今日の午前中にはすべて完成するはずでした。ところが、最後のページの裏側を印刷している時に、なにか足らないような気がしてきました。そう、休団者が2人分、前もってFAXでもらっていたのを記入するのをすっかり忘れていたのです。
いまさら印刷をしなおす時間はありません。幸い、最後のページには、まるでこの事態を予測していたかのように、おあつらえ向きの空白があったので、宛名ラベルに印刷して、貼り付けたというわけなのです(ラベルを印刷するのにも一騒動あったのですが、それはいいことにして)。
しっかり土日を休みたかったのは、例の瀬尾さんに会う時間を取りたかったから。最初はいつでも会えそうだったのが、お互いの都合がなかなか合わなくて、結局、その上に偶然も重なって、日曜日の夕方に男4人で喫茶店に入るという、ある種あやしい状況が実現したのでした。リサイタルの時はちょっととっつきにくい印象でしたが、今回はお互いのホームページと言う共通の話題があるので、なんの障害もなくスラスラと話が出来たのでは。瀬尾さんは「おやぢの部屋」がお気に入りだそうで、「あの文章力はすごいですね」と持ち上げてくれましたが、執筆者のことを良く知っているものとしては、それは買いかぶりと断言せざるを得ません。
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