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(00/7/4-00/8/29)


7月4日

 昨日は雷まじりの大雨で、殆ど梅雨のおわりのようなお天気でしたよね。集中豪雨で被害に遭われた方はお気の毒。
 しかし、今日は相変わらずのじめじめ模様、練習が始まる頃は、かなりの雨が降っていました。
 実は、今日の練習には、入団希望の方が二人やってくるというのが分かっていたので、なんか期待まじりです。エレベーターを降りたら、椅子にオーボエのケースらしきものを持った人が座っています。彼女がオーボエの入団希望者でしょうか。ホールで椅子並べを始めようとした頃に、
Vnの方もやってきましたので、コンマスにも紹介してもらって、さっそく合奏に加わっていただいてました。
 彼女が入ったせいでもないのでしょうが、今日の
Vnは殆ど全員が出席していたみたいですね。あいにく、ほかの弦がちょっと、だったので、おそろしくバランスは悪くなっていましたけどね。
 休憩時間には技術委員会で今度の定期の曲目の話。先週までの流れでは序曲は「セミラーミデ」がほぼ当確だったのですが、岩村さんから追加の曲を提示されて検討したら、あっけなく「時の踊り」に決まってしまいました。個人的には両方やりたかったのですが、どうもそれは大多数には受け入れがたい願いだったようで、あえなくボツ。
 内輪話をバラすと、じつはロッシーニ関係のトークを準備中だったのですよ。だから、この決定は非常に痛いものがあるのですが、まだまだ、たしかロジーナのアリアが候補に上がっていましたので、そちらで何とかつながってもらえれば。
 とはいっても、そこはオペラおたく。ポンキエルリもしっかりビデオがありますから、ネタに困って引き下がるようなことは、私の場合にはありえません。
 ところで、この曲の最初の有名なメロディーは「
Like I Do」というタイトルでポップスになってますよね。これを知らない人でも、ザ・ピーナッツが「レモンのキッス」という邦題でカバーしたヒット曲なら、分かるでしょう。分からない?「♪恋をした ♪女の子 ♪誰でもが ♪好きなこと〜」。知りませんか。う〜ん、やはりおやぢの世界だったのか。
 気を取り直して、前回ご紹介したFMの話。聴かれましたか。やはり、おっそろしくマニアックな内容でしたね。例の一面識も無い編集者の方も、「テリー・ライリーの
"inC"という曲は…」とか、やってましたね。かなり緊張していたせいか、だいぶ声が上ずっていたようでしたが、普段でもあんなしゃべりなのでしょうかね。高い声の人をみると、なぜか親近感がわくものです。
 トップページの写真は、「かいほうげん」のカラー版のサンプル。みんなびっくりしていましたが、問題はコストと手間。もちろん、外観に見合うだけの内容が要求されるのは、言うまでもありませんが。

7月6日

 なんだか、某乳製品メーカーの食中毒騒ぎは、各方面に波紋を投げかけているようですね。学校給食で使われなくなったりとか。これがエスカレートすると、別のメーカーのものでも売れなくなってしまうんですよね。こういうのをなんて言うか知ってます?消費者の「乳離れ」。
 何もこんな「おやぢ」を書くために臨時の日記を書こうとしたわけではありません。最近の掲示板をご覧になっていただくと分かりますが、ものすごい方がこのページを訪問されていたのです。その方とは、池田香代子さん。ゴルデルの「ソフィーの世界」などという超ベストセラーを訳されている有名な翻訳家です。グリム童話にもかかわっておられ、「魔女が語るグリム童話」のような著作もある、ドイツ語翻訳界の大御所です。
 ただ、掲示板に書き込みをされたのは、このサイトの「ドクトル・ジマク」をご覧になったから。あそこでは、字幕作家としての池田さんをご紹介していましたよね。
 正直に告白してしまいますが、あれを作った時点では、翻訳家としての池田さんのことは全く知りませんでした。「ソフィー」や「グリム」は目に付いても、翻訳された人の名前までは頭に入ってはいなかったのです。
 で、書き込みを見ると「ディレクターに注文をつけられた」などとありますし、何よりも、本文で書いたように言葉のセンスが若々しいので、てっきりこの方は若い駆け出しのおねえちゃんだと思い込んでしまいました。そうなってくると、おやぢの取る道はひとつ。若い子の歓心をひいて、あわよくば…というナンパモード。「差し支えなければスリーサイズなど教えていただけます?」 というメールを出してしまったのですよ。
 このメールはまだご覧にならなかったのでしょう。そのあと、もう1回書き込みがあって、ご自身のウェブサイトのことを知らせてこられました。そこに行ってみて初めて、この池田さんがそういう池田さん(当惑して文章がメロメロ)だと分かったのですよね。
 無知とはおそろしいもの、とうとう池田さんからメールの返事が来ることはありませんでした。(一部フィクション)
 しかし、こんなバカばかりやってるサイトでも、のぞきにくる人は確実に増えていて、昨日はなんと226ヒット!ついに一日のアクセス数が200を越えました。ご存知ない方のために、この辺のアクセス解析についてもう一度。トップページの一番下、アクセスカウンターが入ったバナーの下に、青虫のアニメーションがありますよね。この青虫の動きに合わせてマウスをクリックすると(かなりの技術が必要)、レンタルしている「アクセス解析」のページが開きます。あとはボタンを押せば、日別とか月別とかのモードでアクセス数やリンク元がわかるという仕掛けです。いわゆる「逆探知」も、これのおかげ。試されてみては。  

7月11日

 本日の全体練習、一番人数が多かったパートはどこだったと思いますか?先週あたりの流れだと「セカンド」とかになるのでしょうね。ところが、なんと、9人もの出席者を擁してランキングの1位に輝いたのは、チェロパートだったのです。最後に入ってきた公サンなどは、座る椅子が無くて取りにいったぐらい。
 ヴァイオリン関係も、ファースト7、セカンド6と、決して少なくは無かったのですが、チェロの圧倒的な軍勢の前には、為すすべもなかったということです。
 面白かったのはヴィオラ(「びよら」って書かなきゃだめ?)。最初は一人しかいなくて、そのトモユキさんに向かって指揮の鎌サンは「クレッシェンド!」とか無茶なことを言っていましたが、終わる頃には5人に増えていましたっけ。
 そして、コントラバス。まずはビッグニュースをお伝えしなければ。お仕事の都合で惜しくも退団されていたしげちゃんが、晴れて再入団ということで、練習に参加してくれたのです。彼がやめたときは、ちょっと深刻な問題がありました。しげちゃんに投稿をお願いして、G-CLEFのページを作ったところ、G-CLEFのファンの方たちとつながりが出来てしまって、リンクしていたサイトなどもあったのですが、その取り扱いをどうしたらよいのか分からなかったのです。いずれ戻ってきてくれるだろうという望みを持って、そのままにしていたのが正解でしたね。たった今リンクのページから「元団員」の「元」の字を削除してきたところです。ファンの皆さん、しげちゃんは帰ってきましたからご安心ください。
 管のほうでは、あっチャンが髪を切ってイメチェンというか、ますます○っぽくなってきて、おやぢはたじたじ。セーラー服を着てた頃から知っていますから、感慨もひとしお。
 と、ここで話がおもいきりロマンティックになったというのに、最後にむさい指揮者のことを書くのはいやなのですが、一応中心人物だというわけで。
 最近、鎌さんのやり方が変わったと思いません?今日あたりも、「うん。さっきよりずっと良くなったね。」などと、およそ似つかわしくない持ち上げ方を実践していましたしね。なかなか良いことなのでは。
 私はといえば、本業のほうで結構忙しく、その成果を別のHPにアップしたところです。はんこ→歴史の最後からリンクしている「七百年〜」がそれ。

7月18日

 岩村さんの指揮者練習の日が変更になったので、少し早めですが日程表を発行することになりました。それがわかったのが先週のこと。何でも来日するスカラ座の下振りをすることになって、急遽予定が変わったとか。そんなわけで、姫とさっちゃんからFAXが来たり、電話をやったりと、慌しい1週間でした。
 予定が変わって、会場を新たに手配することになったそうですが、幸いその日はホールが空いていて借りられたものの、別な日に押さえておいた青年文化センターの練習室が、「大きな音を出すことが出来ない」という理由で使えなくなってしまったというとんでもない事態も。打楽器の音がホールに漏れてくるのだとか。この話を聞いて、とりあえず二つの疑問がわいてきました。まず、そんないいかげんな防音工事だったのかという疑問。そして、オープンして何年も経つというのに、今まで分からなかったのかという疑問。普通に考えれば絶対あってはいけないことなのでしょうが、それが平気で通用するというのが、この青年文化センターのすごいところ。これに比べれば、○印の不始末などかわいいものです。
 なぜこんなに突っ込むのかというと、私自身が非常に不愉快な思いを何度もさせられているからなのです。使用申し込みの初日の朝一番に行ったのに、すでにふさがっていたなどという信じられないようなことが日常的に行われていたこのセンターの体質は、誰にも変えることなどできないのでしょう。
 そんなわけで、岩村さんの練習日がまだ決まっていない日程表を届けるために、まず黒松まで(今日は2ヶ所で分奏)行ってきました。6時半ごろでしたが、もう5〜6人は来ていたでしょうか。それから、管分奏の東昌寺。こちらも出足は良くて、Flパートなどは久しぶりに4人揃いました。練習もとても密度の濃いものでした
 この会場は青年文化センターのようなヤワなつくりではありませんから、いくら大きな音を出しても大丈夫ですよ。ただ、土日の日中になると本来の目的で使用されることが多いので、残念ながら指揮者練習には使えませんが。
 先週あっチャンが髪を切ってきたので、私もマネしたわけではありませんが、カットしてきました。誰もなんとも言いませんでしたけど。

7月22日

 そろそろ「かいほうげん」の発行日が近づいてこようという今日この頃、今回は新入団員が一人しかいないので、ページの下半分が大きく空いてしまいました。そこで、そのスペースを埋めるためのコラムを書いたのですが、せっかくだから団員以外の人にも読んでもらえるように、こんなところに転載することにしました。

 音楽の友社という出版社からはさまざまなニーズに応じたさまざまな音楽雑誌が発行されています。たとえば、「音楽の友」は、ファッションとしてクラシック音楽を身に付けたいと願っている有産階級と音大受験者のための情報誌、「レコード芸術」は、メーカーの提灯持ちの記事とも知らず、ここに載っているCDさえ買い揃えればマニアの仲間入りが果たせると信じて疑わない愛好者のための情報誌、さらに「バンドジャーナル」は、コンクールに出場してよい成績を修めることだけが、管楽合奏の究極の目的だと信じて疑わない中高生のための情報誌といった具合です。
 この音楽の友社から、かつて、「音楽芸術」という雑誌が発行されていました。先ほど述べたような言い方に従えば、「一部の現代音楽の愛好者、および、一部の作曲を職業としている人のための情報誌」とでもなるのでしょうか。「一部の」という注釈がつく通り、この雑誌は、収拾がつかないほどの多様性を持ってしまった現代音楽のほんの一部分、どちらかというとアカデミズムに支配されたきちんとした音楽を中心に扱っていたようです。そうはいっても、他にこのようなジャンルを扱っている雑誌はなかったという状況にあって、それなりの購読層は確保してはいたのでしょう。
 しかし、出版社としては、もともとマーケットの小さなクラシック音楽のそのまたどマイナーな読者が相手では、この不景気の中で利益をあげるのは困難であり、ついにリストラの対象となって廃刊されてしまいました。
 前置きが長くなってしまいましたが、ここでご紹介するのは、この「音楽芸術」の廃刊を惜しんだ長木誠司氏が編集を担当した、現代音楽専門の雑誌なのです。といっても、この創刊号(実はこの前に「プレ創刊号」というのもありましたが)の特集は「バッハ」。現代の視点から捉えたバッハ、現代のバッハ研究の最先端の情報などが扱われています。基本的には、一般社会では通用しないような空虚な文章の羅列ですが、それに耐える苦行の先には、現代音楽の沃野が広がって…いるかな?
ExMusica:ミュージックスケイプ発行・税込2140円)

7月25日

 このところの猛暑による夏バテでしょうか、出足は良くありません。いつもだと私が着く頃には、すでに少なくても5〜6人は来ているものなのですが、今日は泉サンだけ。音出し15分前の様子がトップページの写真ですから、いかに少ないかお分かりになることでしょう。
 全滅だったのはヴィオラ。もっとも指揮は鎌サンですからかろうじて一人はいたのですが、音を出さなければしょうがありません。1楽章はヴィオラがいなければ練習になりませんから、2楽章から始めることになりました。管楽器のほうは前半はオーボエもいなくて、久しぶりに歯抜け状態を味わいましたね。最近はパートごといないということがまずなかったため、すごく異常に感じられます。言い換えれば、常に全パートが揃っているのがあたり前のことと思われる下地が十分に育ったということ。これは長い目で見ての進歩なのでしょう。
 休憩が終わってもヴィオラは一向に増える(つまりプレーヤーが「いない」から「いる」状態になる)気配がないため、ヴィオラ抜きで1楽章をやることになりました。「悲愴」の1楽章といったらヴィオラがなければ始まらない曲。だから、あのメロディーがないことには、続くフルートは入ることができないということがはっきりしましたね。というのは、一生懸命数えていたにもかかわらず見事に落っこちてしまって、全員の顰蹙をかってしまった1番フルート(つまり私)の言い訳。自分の失敗をヴィオラパートのせいにしてしまっていいわけ?
 そういえば、フルートパートもちょっと歯抜けでしたね。いつもだと、あっチャンはそんなには遅れたりしないので、YUMIさんも一人分椅子を空けて座っていたのですよ。今来るかと思って待っていたのですが、なかなか現れません。電話もよこさないというのも珍しいこと。結局1時間ぐらい遅くなったでしょうか。ところが、やってきたあっチャンのいでたちといったら、思い切り大胆なスリットが左サイドに入ったロングスカート。椅子に座ると、1番フルートの席からは多分太ももあたりまではっきり見えたりするのでは。そ、もちろんこれはあくまで可能性の話をしているのであって、この私にかぎって、そのようなや〜らしいことをするわけはないのですが。
 ところで、YUMIさんは、あさってからクロアチアとドイツに行ってくるそうです。思わずお土産の旅行記の原稿を期待してしまう編集長。この話を横で聞いてた人が、「○マエさんとあっチャンがいっしょにクロアチアに行くんですかぁ」とボケてくれました。ほんとにニューフィルって楽しいこと。

7月29日

 このところ週2回の日記が定着しつつありますね。火曜日は練習について、もう1回はそれ以外のこと。この他に「おやぢ」の校正がほぼ毎日ありますから大変です。渋谷おやぢは情報通ですが文章力に多少の難があるため、細かいところで手を入れないと、4万人の鑑賞に耐える品質は維持できないのですよ。(そう、トップページのアクセスカウンターをご覧になればお分かりのように、通算のアクセス数がついに4万を超えてしまいました。)それから、これは内緒ですが、たまに、本当にごくたまに、おやぢの手におえないものを私が代わりに書いたりすることもあるのです。だから、時間はいくらあっても足りません。CDは聴きたいし、ビデオは見たいし、「かいほうげん」も作らなきゃいけないし。
 しかし、こうしてサイトを維持している成果がきちんと数字になって現れてくるのは、すごくうれしいものです。一人でディスプレイを眺めながら、カウンターの数字を見てニヤニヤしている姿には、ある種アブナイものを感じないわけにはいきませんがね。
 そんなわけで、少しでも良いサイトにするための努力は、日々怠ってはいません。最近開発した技術のひとつをここでご披露してみましょうか。
 普通HTML<TABLE>タグを使って表を作ると、枠が1本線にはならず、「表」というよりはレンガを積み重ねたような形になります。しかも、セルの中に何も記入しないとそのまわりの枠がなくなってしまい、大きさの違うレンガを集めたようなみっともない形になってしまいます。ところが、「ヴァド版モツレク」「ラ・ジョコンダのCD」の中にある表を見てください。ぜんぜん違うでしょう?まるでワープロで作ったものをスキャナーで読み込んで画像にしたみたいですね。実はこれは「スタイルシート」というテクニックを使って枠線の位置、長さ、太さなどを指定したのです。もちろんこれだと、空白のセルのまわりにもきちんと線が描かれていますよね。
 と、まるで自分の力でソースを書いたようなことを言ってますが、実はこれは全く偶然の産物なのです。
 このサイトのコンテンツというのは、大体ペーパー版の会報と同時進行で作っていますから、先にワープロで表を作って、それをHP作成ソフトにコピーアンドペーストしたりしています。以前使っていた「Word98」と「HPB2000」では、この作業で普通のテーブルが生成されていました。ところが、最近ゲットしたThink Padにインストールした「Word2000」と「HPB2001」の組み合わせで同じことをやったところ、ああいうものができてしまったというわけなのです。おそらく、Wordのウェブ作成機能がグレードアップしたので、こういうことになったのでしょうね。興味がある方はソースを覗いてみてください。あんなもの、とても私には書けませんって。
 ただ、これにもいろいろ落ち度があって、最大の問題は枠線が突然消えてしまうこと。しかしこれも、あくなき試行錯誤の結果、太さを変えることで解決を見ることができました。多分i-Macで見てもきちんと見えるはずですよ、あっチャン。
 ところが、この表に限らず、たとえばこのページのフォントにしても、ブラウザによっては全く見え方が違ってしまうのです。いくらきれいに見えるように作っても、それが報われないなんて、なんて悲しいことなのでしょう。最近トップページの最後につけたコメントは、そのようなやりきれない気持ちの現れです。

8月1日

 やっと今度の定期演奏会のすべてのプログラムが決まりました。前半の序曲は決まったものの、オペラアリア集の選曲がなかなか伝わってこなかったのです。というより、指揮者の岩村さんを始め、歌手の方も外国で活躍されている人が多く、連絡に手間取ったのだということです。3ヶ月前までずれ込んだというのは初めてのことですが、何はともあれ決まってよかったですね。連絡にあたった和紀クンもご苦労様でした。
 ところで、「時の踊り」の楽譜が入手できたということで、予定にはありませんでしたが、初見で一度あわせてみようということになりました。技術委員同士がメールなどで連絡を取り合って決まったことで、いちおうHPの掲示板では告知はしてあったのですがね。今日を逃すと、全員が集まるのは3週間先になってしまいますから、やるしかないわけで。
 そんなわけで、練習が始まる前にまっさらのパート譜が渡されました。フルートパートは予想通りふたりだけ。前もって「1番をやって」とメールを出しておきましたが、スコアを持ってないからさらいようがありません。ほんとに初見。私は本番は降り番のはずですが、今日はピッコロパートを吹く人がいないことは分かっていたので、一応練習はしておきましたよ。
 というわけで、文字通りの初見大会の始まりです。でも、さすが、名人ぞろいのヴァイオリン、イントロの難しいパッセージをちゃんと弾いてましたね。私もごまかしたり、落ちたり、いろいろありましたが、何とか最後までたどり着くのだからみんなたいしたものです。
 さて、休憩時間には、おまちかね、最新の「かいほうげん」が配られます。私が譜面台の上に置いていくと、みんな一瞬信じられないような顔をします。そう、今回からカラー印刷になったのですよ。一部の人にはカラーになることは話してありましたが、現物を見るのはこれが最初。人を驚かせるのが何よりも好きな私には、これほど幸福な瞬間もありません。きちんと、編集後記の文字の色の違いを読み取ってくれた方もいて、ここまでに至る長い苦難の道のりが報われた思いで、胸がいっぱいです(涙)。
 一瞬取り乱してしまいましたが、というほど大げさなものではないにしろ、アマオケの会報をカラーで印刷しているところなどないだろうと(あったりして)思うと、ちょっとぐらい自慢してもいいのでは、と浮かれてみました。
 後半は予定の「悲愴」3,4楽章。ほどほどに集まりの良い弦楽器(ヴィオラはお土産につられた?)を相手に、鎌サンはいつになく熱心に棒を振っていました。何か言った後に「ははん」と自信なさそうにならなければ、もっと凄みが増すと思うのですが、今以上に凄くなるのは危険?
 後半の練習を見学してたのは、確か前に中川塾でいっしょに吹いたことのあるオーボエの方。入ってくれるのかな?

8月4日

 前回では、カラーの「かいほうげん」のことをちょっと話題にしました。こんな機会ですので、「かいほうげん」が出来るまでの過程をちょっとバラしてしまいましょうか。
 12年前に作り始めたときから、私の職場にはコピー機があったので、それを使って印刷していました。その頃はもちろんアナログコピー。写真をそのままコピーするとえらくコントラストの強い画像になってしまうので、網目のスクリーントーンを張っていました。こんなものでも当時は画期的。「ついに写真が」と大騒ぎになったものです。
 しばらくして、このコピー機の耐用年数が過ぎたのを機に、それまで目をつけていたデジタルコピーに買い換えることにしました。熱心な営業マンがいて、写真をデジタルでコピーしたサンプルを持ってくるのですが、アナログとは比べ物にならない鮮明な印刷で、ぜひ使ってみたいと思っていたのです。その結果、「かいほうげん」の紙面のクオリティは著しく向上しました。ちょうどその頃入団して、今ではプロのデザイナーとして大活躍の和紀クンに「写真がきれいですね」と言われたことを、鮮明に覚えています。
 このデジタルコピーを使って蓄積された、写真をコピーする際のノウハウには夥しいものがあります。しかし、この機械もよる年波には勝てず、何度も修理や部品交換を繰り返しても、どうしてもうまくコピーが出来ない状態になってしまいました。そのため、最近では問題がある部分を避けて写真を配置するというレイアウト上の制約が出てくる始末です。サービスマンには「そろそろ修理用の部品がなくなり始めています」などと脅かされたりして、いよいよ買い替えを検討しなければならなくなりました。
 じつは、「かいほうげん」をカラーで印刷したいという欲求はだいぶ前からありました。いっそのこと、プリントゴッコを使って1枚1枚作ってみようかなどと、本気で考えたこともあります。そのうち、ホームページを開設してカラーの画像をふんだんに使えるようになると、なおさらペーパー版の貧弱さが意識されるようになりました。
 しかし、コピー機を買い換えるにしても、カラーの機械にしようという考えはあんまりありませんでした。数年前のサンプルを見た限りでは、カラーコピーの性能にはそれほどの魅力は感じられませんでしたし、両面印刷したときの状態も、あまり納得のいくものではありません。そこで、最新の機械の印刷見本を持ってきてもらったのですが、この辺の技術の進歩というのは本当に目覚しいもの、これなら十分使えるというレベルに達していました。
 さらに、オプションで、コピー機をレーザープリンターとして使うことも出来るとか。しかも、2ページ分の原稿を見開きで印刷する機能までついているというではありませんか。そうであれば、いちいちプリントアウトしなくても、直接印刷ができてしまうと言う素敵な話。しかし、物事はそう簡単には進んではくれなかったのでした。(つづく)

8月6日

 昨日に続いてものすごい雷でしたね。仙台七夕の初日は大変だったことでしょう。
 おとといの話の続き。レーザープリンターとしても使えるカラーコピーを購入して、最初に作ったものは、職場の行事のパンフレットでした。創業者の写真を使って、B5版4ページ、B4見開きの両面印刷です。そこで、前回申し上げた「集約」という、複数ページをまとめて印刷できる機能を使うために、片面の印刷にWord2ページ分のファイルを用意してみました。プリンターの画質の設定には「DTP」とか「CAD」とか、わけのわからないものがありましたが、とりあえず「一般」を選択、印刷を始めてみたのです。
 しかし、この「集約」モードの印刷の遅いこと。1ページだけ単独で印刷する時はなんということはないのですが、2ページ分を一度に印刷するという特殊なことをやるのはパソコンにとってはとても大変なことなのでしょう、1枚数分というとてつもない単位で時間がかかってしまいます。それでも400枚のパンフレットは作らなければなりません。思い余って、プリントアウトしたものから普通のカラーコピーをすることも考えました(こちらのほうが格段に高速)。しかし、一度やってみて、あまりの画質の違いにこれは断念せざるを得ませんでした。
 そのような時間的な問題もありますし、何よりカラーだとコストがものすごく高くつきます。「パフォーマンス・チャージ」と称して、コピー機の会社はコピー数に応じて実に法外な請求をしてきます。ですから、「かいほうげん」を印刷するときには、もちろん全ページをカラーにするのは無理だと思っていました。それに、カラーコピーだと、白黒で写真をコピーした場合でも以前よりずっときれいに印刷できるのです。だから、カラーにするのはほんの一部分だけ、残りは白黒のままでいこうと思っていたのです。
 しかし、いざ作り始めてみると、やはり白黒では物足りません。何回かやっているうちに、印刷の速度はファイルのサイズ、ということは殆どを占めている画像のサイズで大幅に異なってくることが分かってきました。たとえば1ページ目の「角田」の写真、あれの解像度を半分にしただけで、印刷時間は半分以下になりました。画質も、最終的には白黒では「一般」、カラーでは「CAD」で最良の結果が得られることが分かりました。今にして思えば、「一般」で印刷した職場のパンフレットはやはり見劣りがします。このように、本来の仕事でさんざんテストをやってから「かいほうげん」にとりかかるという、ほとんど業務上横領まがいのことをやらなければ、これだけ美しい「かいほうげん」を生みだすことはできないのです。
 団員以外の方には現物をお見せできなくてごめんなさい。でも、もしあなたがヴァイオリンなどの楽器を弾くことが出来るのなら、ニューフィルに入団しさえすれば、こんなものはいつでも見ることが出来るのですよ。

8月8日

 今日も夕方に本当にものすごい雷があって、勤務先の火災報知機がおかしくなってしまいました。普通は自力で復旧できるのに今回は何をやってもトラブルランプが消えません。ついに業者を呼ぶハメに。今日の練習は各地でパート練習。それが始まる前にいろいろやることがあるというのに、なんということでしょう。
 用事その1は日程表配り。なぜか最近は分奏やパート練習の日に発行というケースが多く、今日は金管の分を旭ヶ丘まで届けなければなりません。用事その2は、パート譜の受け取り。先週初見大会をやった「時の踊り」ですが、あのときに使ったパート譜はまさに楽譜屋から届いたばかりのもので、その場ではとりあえず全部回収して、団の持ち物としてのしかるべき処置をほどこした後、今週改めて配布ということになったのです。で、木管の分は私がとりに行くような手はずになっていたので、ついでに弦の分の日程表を預けようと、きのう事務局まで行ってきました。そこでパート譜をチェックしてみたら、ファゴットの譜面だけ入っていません。事務局でもなぜ入っていないのか分からなかったので、金管の楽譜係に問い合わせたら金管の分に紛れていたとか。それで、日程表を届けるついでにそのファゴットのパート譜を受け取るという予定だったのです。
 というわけで、日程表を入れるような適当な袋がなかったので、いつも持ち歩いているThink Pad用の袋に突っ込んで、7時過ぎに旭ヶ丘に行ってみたら、もうかなりのメンバーが集まっていましたね。ホルンなどはほぼ全員。楽譜係のホルンの仁サンも来ていたので、目的のファゴットのパート譜も無事受け取ることが出来ました。
 さて、木管のパート練習は東昌寺。車で向かう途中の坂道で、あっチャンを発見。もちろんそのまま乗せていきます。今日は何かよいことがありそう。着いてみると、オーボエ以外のパートは2〜3人づつ集まっています。木管のセクション練習をやろうにもオーボエがいなくてはしょうがないので、必然的に楽器ごとのパート練習に。
 9時半になって練習は終わりましたが、このあとに待っていたのが、例の四文字熟語「奉仕活動」。日程表の今日の欄に「木管は奉仕活動付き」とあったのを見て、みんな一体どんなことをやらされると想像していたのでしょうねえ。トイレの掃除でしょうか。廊下のワックスがけでしょうか。それは、いずれまたこの会場を使うことになる別のパートの耳には入れないほうがいいかもしれないですから、内緒ということにしておきましょう。
 ところで、家へ帰ってパソコンの袋を開いてみたら、ファゴットのパート譜が入ったままでした。そう、旭ヶ丘で受け取ったものを袋に入れて、車に置いたままにしてあったのですね。四畳半の茶室であっチャンとふたりだけのパート練習(と言いながら、ほんとは何をしてたんだか)にうつつを抜かすのは、きちんと仕事をやってからにして下さい。

8月12日

 ただいま夜中の11時。今、新しいファイルを作り終えて「ジュラシック・ツリー」を更新してきたところです。ここで、とても素晴らしいニュースをお伝えできることを誇りに思います。なぁんてかっこつけて、何事かと思われたことでしょう。実は、前から予告はしていたのですが、このサイトのページ数、つまりHTMLファイルの数が、ついに400に達したのです。
 400という数字が多いか少ないかはよく分かりませんが、サイト全体のサイズが20MBを超えているといえば、かなり大きなものだという実感は湧くのではないでしょうか。大体普通のプロヴァイダーが個人HPのために無料で提供している容量が5MB、多少太っ腹で10MBぐらいでしょう。私が加入しているASAHI-NETの場合は、大容量が売り物。それでも、入った当時は25MBでした(今では50MBになってます)。
 だから、20MBというのは、かなり大きなもの、ということは出来るのではないでしょうか。
 「ジュラシック・ページ」が最初に公開されたのが1998年の5月31日。前にも書きましたが、そのときの総ファイル数は40でした。それが一体どんなものだったのか、今では殆ど忘れてしまっていますが、今のメインコンテンツであるトーク系はあまりない、本当にオケの広報用のサイトだったのでしょうね。
 それから徐々に昔の会報に掲載したものを転載して、確かあの頃は、毎日一つづつぐらいのペースでページを作っていたような気がします。
 そのうち、ストックもなくなってしまったので、現在のようないつでも何かネタを捜しながら暮らしているという、自転車操業の日々が続くことになるのです。
 途中から始めた「日記」と、「まだむ」から「おやぢ」へと担当は代わりましたが、いずれも専門家による新譜紹介もなかなか好調。ネットならではの新しい情報の提供に、いくらかは貢献できているのではないでしょうか。
 スタート当初から、サイトの構成や壁紙などをずっと変えないできたということは、ある程度自慢してもよいのでは。言い換えれば、途中で変更する必要がないほどの確固としたコンセプトが当初からあったということの証しなのです。(証しやはさんまなのです。)
 ただ、ここまで来てしまうと、いいかげん事務的なことはオフィシャルサイトのほうに任せたいと思っているのですが、あれは一体どうなってしまったのでしょう。確か1年以上前に運営委員会にサンプルを提出したはずなのですがねぇ。

8月15日

 いよいよ今日は、恒例となった「ニューフィル夏の音楽祭」の本番です。お盆の真っ最中ということでいつもこの時期には練習が休みになります。しかし、毎週火曜日というのはみんなの顔を見ないと寝覚めが悪いという人はいっぱいいるようで、誰からともなく、こんな催し物の企画が持ち上がったのです。
 開演は7時半ということだったので、時間をつぶそうと一番町の「H」に行ってみたら、徹クンに会ってしまいました。彼は6時半開演と聞いていたそうで、やはり時間つぶし。クラシック売り場の店員さんが私のほうを見ているので顔を良く見てみたら、以前「レコライ」にいたK嬢ではありませんか。店長の話では結婚されて辞められたということだったので、すっかり本気にして、かなり前になりますが掲示板にそんな書き込みをしたものです。というわけですから、あれは無視してください。(誰も覚えてはいないでしょうが。)
 さて、定刻になったので、会場の「ブルネンハイム」に向かいます。なんだかドイツ風居酒屋といった感じの名前ですが、きっと中にはステージがあったりするのでしょう。入ってみると、すでに他のメンバーも到着していて、準備に余念がありません。定刻より10分ほど遅れて、いよいよ「音楽祭」の開幕です。
 最初に良く冷えたジョッキが配られます。そこにピッチャーからなみなみと生ビールが注がれました。今日みたいに蒸し暑い日はこれが一番。料理もジャーマンポテトやソーセージなどボリュームたっぷり。
 えっ、えっ、「音楽祭」って…もしかして、ただの飲み会?
 まあ細かいことはおっしゃらず。和紀クンが掲示板で呼びかけただけという連絡体制にしては、20人近く参加したというなかなか盛り上がった「音楽祭」(まだ言うか)になりましたよ。ちなみに参加者の内訳はというと、木管は私一人という寂しさに対して、コントラバスなどは4人参加、あとは金管と弦楽器です。
 殆どのメンバーが残った二次会は、「壱」という感じの良いお店。例によってシビアな話を始める人、日ごろの疎遠さを取り戻すかのように親密に語り合う人とさまざまな人間模様を浮かび上がらせつつ、宴はいつ果てるともしれず、進行するのでした。(写真はこちら

8月18日

 お盆休みが終わる頃には、仙台にはそろそろ秋の気配が漂い始めます。四畳半で激しく燃えた一夏の余韻を惜しむかのように、街行く人々の足どりにも心なしかけだるいものを感じる今日この頃です。(また敵が増えたな)
 さて、そのような季節の移ろいとは無関係に、ひたすらHPの更新に明け暮れている私ですが、最近とっても元気が出るようなことに遭遇しましたので、そのあたりでひとネタ。
 アクセス解析でリンク元をチェックするのはもはや日課となってしまいました。普段はほんとに常連のリンク集からのリンクしかありませんが、たまに全く私が知らないようなところからリンクされているものを発見することがあるからです。これはひそかな楽しみです。
 3日ほど前、やはり見覚えのないアドレスからのアクセスがあったので、早速行ってみたら、思ったとおり初めて見るページでした。「クラシック音楽のディープな世界へ」とあるリンク集です。その周辺のページを開いてみると、「リンク集設置の前口上」とか、なにやらこのページを作った方はかなりこだわり持ってらっしゃるようにお見受けしましたね。
 その前口上によると、このリンク集は、かなり厳選されたもののようです。そういう人のお眼鏡にかなったのがまずうれしいことなのですが、その紹介文を読んで驚いてしまいました。「アマオケですが、HPの出来は日本一ではないでしょうか。」と書いてあるのです。一応「日本の主要オーケストラ」という項目の中にあって、そこのコメントが「HPの出来にはピンからキリまであって、どちらかというとHPの出来ではアマオケの方が上のようです。」とあるのですから、素直に解釈すれば「日本の主要オーケストラの中では日本一の出来のHP」ということになりますよね。
 そう、「ジュラシック・ページ」を「日本一」と言ってくださる方が、少なくとも一人はいたのですよ。以前、指揮者の下野さんに、酒の席でですが「かいほうげんは日本一、いや、世界一だ」と言われたときと同様、とてもうれしくなってしまい、今にも舞い上がりそうな気持ちです。
 こんな時は、私はどんな異常な行動を取るか分かりませんから、接近する予定の方はご用心。(実は、先日の「音楽祭」のときにも、かなり顰蹙ものの言動が目立っていたのですがね。)
 ちなみにこのページ、リンク集からトップページにはいけなくて、さんざん苦労したあげく、やっと「ユング君のホームページ」というタイトルであることが分かりました。(ついでに、バナーのスペルは正しくは"Banner"です。)

8月22日

 もはや残暑などはどこかへ行ってしまったと思わせられるような小雨まじりの肌寒い一日でした。しかし、東京で生活している人の話だと、とても蒸し暑くて耐え切れないほどの不快感だとか。(そういえば「不快指数」という言葉を最近は絶えて耳にしませんね。あれは一体どこに行ってしまったのでしょう。)同じ日本でもさまざまですね、などとすましてはいられません。実は明日、この地獄のような大都会へ行かなければならないのです。その話はまた別の機会に。
 で、久しぶりの全体練習です。前半「時の踊り」をやっている間はチェロは誰もいませんでした。実は練習前に裕史クンが顔を出したのですが、別の用事(デート?)があるというので、パート譜だけ置いて帰ってしまったのです。そんなわけで、最近では珍しいチェロ抜き練習。しかし、この曲は意外に手ごわくて、殆ど前回の初見大会からの進歩がありません。出だしのヴァイオリンのパッセージなどは、前回のほうがずっと良かったような気が。だから、来週も予定にはなかったのに練習することになったのは当然のことでしょう。もちろん、わがフルートパートもメロメロ。ただ、二人とも(いつものふたり)代吹きかもしれないという甘さがあるので…。
 「悲愴」も、私自身は何か乗り切れず不満がいっぱいでした。1週間休むというのは、見かけ以上に重大なものなのでしょう。
 そろそろ「かいほうげん」の面倒も見なければいけないので、ボツボツ作り始めたところです。といっても、最近の流れで、画像もテキストもウェブサイトにすでに公開済みですから、それをWordに変換するだけ。究極の手抜き作業で、2日間で8ページも出来てしまいました。
 今日の練習でやらなければいけないのは、写真撮影。幸い目的の被写体はすべて撮りおえました。あとは、あやちゃんがきちんと締め切りどおりに原稿を持ってきてくれました。ピンチヒッターで急遽お願いしたのですが、これで一安心。それで、次の「素顔の団員」はヤスユキさん@びよ乱にお願いしたいということですが、異存はないですよね?それから、廣クンが、演奏会の案内をWordで送ってくれるとか。何もしなくても1ページ完成です。
 さらにうれしいニュース。あの和紀クンが、チョン・ミョンフンだか岩村さんだかの関係で、バスチーユ管の首席コントラバス奏者の講習会に参加して、その模様を投稿してくれるというのです。きっと素晴らしい原稿がいただけて、今までにない充実した「かいほうげん」が出来ることでしょう。期待して待っていてください。(と、これで書かないわけにはいかなくなったと。)

8月23日

 というわけで、東京に行ってきました。オペラ「遠い帆」の東京公演最終日です。
 最近、何かと用事を作っては東京にやってきますが、いつも気になるのが、田端付近にある「萩の月」のどでかい看板。私は確かに東京に来たはずなのに、もしかしたら仙台?と思いたくなるような光景です。
 さて、東京の残暑は、やはりハンパではありませんでした。上野駅を降りたとたん、異常ともいえる蝉時雨。ミンミンゼミやツクツクボウシが大声で泣き叫ぶその下には、暑さに耐え切れず発狂した人の群れ。腐乱死体もあちこちにゴロゴロしていますし、トマトジュースにはハエの死体、トマトケチャップにはガラスの破片が。おまけに、ナッツの中にはボルトまで。(これは来月まで待てと言ったのに)
 いやぁ、とにかくそのぐらい暑かったってことで。
 東京文化会館のロビーは冷房が完備していますから、一回はいってしまうともう外には出たくありません。だから、相当早くから入場口の前にたむろしていたら、ぼつぼつ列が出来始めたので、並んでみることにしました。指定席だから、別に並ぶ必要はないのですが。いえ、実はここだけの話ですが、昨日来た人の情報だと、先着何名様かに記念品がもらえるということだったのですよ。
 確かに、並んだ甲斐があって、もらえました。「ヒトメボレ」1年分、ではなくて1キロ。しかし、せっかくもらっておいてケチをつけるのはなんですが、ちょっとこれはあまりいい感じのものではないのでは。この前のヒレカツ先生の評論にもあるように、この作品は仙台産というローカル性を離れて、言ってみれば世界に通用する資質を獲得したものだったはずです。それなのに、東京のお客さんに「仙台のオペラに来てくれてありがとね。お礼に仙台でとれた米ッこを持ってってけさいん。」というのは、ちょっと的外れで、なんだかこの作品の品位までおとしめてしまったような気がするというのは、間違ってます?これがお米ではなく、牛タンだったら別なんですけどね。(そういう問題では)
 さきほどの「萩の月」は、じつはこれとは全く逆のパターンなのでは。こちらはあくまで「仙台土産」がそのアイデンティティ。ところが、それを忘れて全国区を目指しているちぐはぐさ。どうでしょう。
 コンサートのほうは、なんとあの東京文化会館が満席になってしまうという盛況。開演前にはダフ屋まで出ていましたから、これはもう大成功でしょう。もちろん、音楽的にもレベルの高いものであったことは言うまでもありません。ちなみに、私はクラシックのコンサートでプロのダフ屋を見たのはこれが初めてです。さすが、東京。 

8月29日

 指揮者が来る直前の練習です。どこをどのようにつつかれようがびくともしないぐらいに仕上がっている…はずでした。まあ、でも、そんな思惑通りに世の中が動かないから、人生、味があるわけで、土曜日にはそれなりの音が出るのではないかと、何の根拠もないことを言ってます。
 「時の踊り」は確かにヤバすぎ。いかに岩村さんがやさしいからといって、あまり失望させてしまうのはいけません。何とかがんばりましょう。
 結構他人の振りをして言ってますが、フルートパートはやっとみんなの将来の身の振り方(単なる先の予定)が決まって、全曲の担当がはっきりした結果、私はこの曲では一番楽なセカンドをゲットできたから。結局3人しか出られないことになって、全員全乗りというハードなローテーションになってしまいました。他の管楽器は降り番があって、「時の踊り」のときはずいぶんたくさん見学していましたね。
 弦楽器のほうも、出足は悪いもののまずまずの出席。ヴィオラもいいじゃないですか。新入団員もいましたしね。今、ニューフィルの中では、結束力、意識の高さ、おんがくせー、どれをとっても最も秀でているパートなのでないでしょうか(ぐらい言っとけばいい?)。
 悲惨だった「時の踊り」のあとは、予定では「悲惨」じゃない「悲愴」の3、4楽章だったのですが、鎌サンは何を思ったのか「全曲通す」ですと。たしかに、1度ぐらいは全部通す必要があるのでしょうが、ちょっと私自身は準備不足。しかし、始まってみると、不安だったところも割と楽に処理できたりして、なかなかいい感じでしたね。
 冷房は効いていたのですが、鎌サンは終わったら汗びっしょり。指揮をするというのも相当体力を使うものなのですね。
 実は、しできさんにチケットを貰ったので、おととい名取まで行ってフルートのコンサートを聞いてきたのですが、行き帰りの車の中で聴いていたのが、ゴロワノフの「悲愴」。これがとんでもない演奏で、テンポはすき放題動かすわ、思い入れたっぷりに歌いこむわ、同乗していたあっチャン、りっちゃん、さっちゃんの3人娘(!)は、終始大笑い。会場には、わざわざ鎌倉から吉田ヒレカツ先生もみえてましたから、また格調の高い評論が拝見できることでしょう。
 しできさんといえば、今回の歌物のデモテープのダビングと注文取りならびに販売をお願いしてしまいました。私の手持ちのCDやビデオから集めたものですが、売れ行きは好調みたい。歌っている人の名前が全問正解の方には、「かいほうげん」から粗品を進呈しましょうか。(お墓掃除用ブラシなんていかが?)

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