今日の禁断 |
ミシン |
明日は選挙の投票日、今日も朝から選挙カーがやかましく走り回っていましたね。中には、こんな風に私のマンションのベランダ側の空き地に車を停めて、堂々と演説会をやっている人もいましたよ。なにかを訴えたい、という気持ちは痛いほど分かりますが、こうなってくるとほとんど「暴力」ですね。なんせ、こっちは家の中から逃げ出すわけはいかないのですから、そこへ向けて強制的にメッセージを送りつけるというのは、抵抗できないものに無理やり聴くことを強いるれっきとした「暴力」であることに、この、一見優しそうな候補者は気付かないのでしょうか。つまり、彼女がやっていることは、おそらく思想的には正反対にあるはずの「右翼」の宣伝カーとなんら変わらないのですね。普通、これだけの「暴力行為」を受けたらば、そんな人には政治を任せようなどとは思わなくなるのではないでしょうか。つまり、今回立候補した候補者たちは、このような「暴力行為」を白昼堂々とやっている人ばかりなのですから、誰も議員になる資格などないということになります。いや、でも、一切街頭演説をやっていない候補者がいたとしたら…あいにく、そういう人はだれにも分かりませんから、結局投票されることもないということになりますね。
そんな、自分の都合ばかりを優先して、他の人のことを何も考えていないのが、今の朝ドラの主題歌です。椎名林檎が自分で作った歌。彼女のことは、独特のセンスを持ったミュージシャンだとは思っていて、それなりに評価もしていたのですが、今回は見事に朝ドラにはふさわしくないものを作ってしまいました。ここで彼女が作り出した、それこそ「世界観」は、ある特定の人には受け入れられても、この時間帯にこのドラマを見ている大多数の人にとっては苦痛でしかないものなのではないでしょうか。はっきり言って、彼女の歌はヘタ、そんな人が、半音階や倚音を多用した、まるでできそこないのサティのような不自然なメロディラインの曲を歌いこなせるわけがありません。
今の多くのソングライターの例にもれず、彼女の、言葉と音楽に対する感覚も、稚拙この上ないものです。音楽の段落と言葉の段落とが、ことごとく乖離しているのですね。正直、最初はなにを言っているのか全く分かりませんでした。なんたって、「心を育ててるのね」と伝えたいはずなのに、彼女が作った音楽の切れ目はしっかり「こころ/をそ/だて/てるのね」になっているのですからね。これではまるで、「金太、待つ、神田」と同じことではありませんか(いや、逆だったかも)。
もう一つ、このドラマには決定的な「勘違い」があります。それは、「プログレッシブ・カメラ」の使用です。なんでも、このカメラを使うと、画面がとても緻密になって奥行きが出るのだとか。実際、去年の大河ドラマでは使われていましたね。それと、コンサートのライブなどはほとんどこれで撮られているようですね。確かに画面そのものは美しいのかもしれませんが、なにか、今までの「インターレース・カメラ」と比べると、映像としてのリアリティが欠けているように感じられます。映画とテレビ(インターレースのもの)を比べると、その違いが分かるはずですが、テレビの方がより滑らかな動きで、自然に見えるのですよね。それは、「フレーム」、つまり「コマ数」の違いによるものです。インターレースの場合は1秒間にほぼ60コマですが、映画では24コマなので、動きが鈍くなるのですよ。
ただ、「60コマ」というのは、実は走査線を1本おきに表示しているので、画像そのもののクオリティは落ちてしまいます。それを、きちんと1本ずつ表示しようというのが「プログレッシブ」、そのために、コマ数は半分の「30コマ」になってしまい、映画のように動きが悪くなるのです。ですから、今まで見慣れたテレビの画面とは、とても違って見えてしまうのですね。この朝ドラは、最初からもう画面が気持ち悪くてしょうがありませんでした。朝ドラぐらい、「ふつうの」画面で見たいものです。せっかく、面白い台本なんですから。 |
aventure number : 1801 |
date : 2011/11/12 |
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