1781(11/10/3)-1800(11/10)

今日の禁断 ジャズフェス

 この前、「ガスト」で食中毒騒ぎがあった時には、いつもよく前を通っているお店も、閉店になっていましたね。月に1回ぐらいは食べに行っていたところなので、他人事とは思えませんでした。そこは、同じ敷地にお店が2軒建ってます。昔は「バーミヤン」と「夢庵」だったのですが、いつの間にか「カフェ・レストラン」と「お箸ガスト」になっていましたね。それぞれに、窓ガラスに「閉店中」と書いた紙が貼ってあったりして痛々しい感じでした。それが、やっと先週から再開されると聞いた時には、なんかホッとした思いでした。「お箸」の方に「夢庵」時代からずっといる、とても働きもののウェイトレスさんがいて、その人がどうなっていたのか、ちょっと心配だったんですよね。
 ところが、再開した後そこを通ってみたら、いつの間にか「お箸」が「ステーキガスト」に変わっているではありませんか。外観が全く変わって、色も違うし、なんか西部劇風の外装になっていますよ。いつの間にこんな工事を行っていたのでしょう。と言うか、なんというタイミングのよさなのでしょう。当然内装も変わったのでしょうから、これだけの工事をするためには、普通にやっていれば何日か休まなければいけないものが、あんなことの後、再開、即、新店舗オープンですからね。
 きのうになって、実際にその「ステーキガスト」の中に入ることが出来ました。ここは、県内では2軒目のお店だそうですね。もちろん、入るのは初めて。まあ、ガストのことですから、単にステーキやハンバーグが中心のメニューのお店だろうという認識だったのですが、入ってみるといきなりサラダバーが広々としているのに、驚かされました。席に着くと、なんかものものしく店員さんが「ご注文の仕方はおわかりでしょうか」などと聞いてくるので、特別なやり方でもあるのかと思ったら、「すべてのお料理に、サラダバーが付きます」というのですね。しかも、「ご飯、スープ、カレーはお代わり自由です」というではありませんか。「カレー」って何だろうと思ったら、それは確かにカレーでした。大きな鍋にたっぷり入っていて、ご飯にかけて食べられます。これはすごいですね。
 隣の学生風の人が食べているのを見たら、ご飯はお皿に山盛りにしていましたね。私なんかは、料理が来る前に少しだけカレーを食べてみたら、それだけでお腹がいっぱいになってしまったぐらいです。敢えて牛肉は避けてチキンのグリルを食べてみたのですが、やわらかい肉で、皮だけカリッとなっていて、おいしかったですよ。それに食べ放題のサラダとスープとご飯とカレーが付いて1000円ですからね。くれぐれも、食中毒だけは出さないで、続けて行ってほしいと願うばかりです。
 普通の店員さんは赤いシャツを着ていましたが、例のお姉さんはブルーのシャツでした。偉くなったのかもしれませんね。元気に走り回っていましたよ。
 そんな人よりもっと気になるお姉さんが、なんと、新聞に写真入りで載ってました。「新聞」とは言っても全面広告なのですが、なんか新聞社から封筒が届いたのに、私には見せないでこそこそしていたので、こっそり中を見てみたら、こんな(認証がかかっています。「ばっくなんばあ」のIDとパスワードで通ります)目立つ写真でした。名前までしっかり入っていましたし。私あたりはなんとも誇らしい気持ちになるのですが、本人にしてみれば気に入らない写真なのかもしれませんね。難しい年頃です。
aventure number : 1781 date : 2011/10/3


今日の禁断 鹿踊りの始まり

 久しぶりに、生のオーケストラを聴いてきました。「アジア・オーケストラ・ウィーク」という催しが今行われていて、きのうまでは東京のオペラシティでそれぞれのオーケストラが一晩ずつコンサートを行っていたのですが、今日は、そのうちのニュージーランドのクライストチャーチ交響楽団と、地元仙台フィルの合同演奏会です。お分かりのように、この2つのオーケストラは、共に大震災の被害に遭った都市を本拠地にしているというつながり、そういった「意味」もこめられたコンサートなのでしょう。
 間際に大量の招待券をばらまいたようですが(私も、その恩恵にあずかりました)、それでも会場は半分ぐらいしか入っていません。私の席なんか、同じ列に3人ぐらいしか座っていません。さびしいですね。
 まずは、仙台フィルの単独ステージ、片岡良和の「抜頭によるコンポジション」という、1961年の作品から始まります。日本の音素材を使った曲なのですが、最近聴いたばかりのチェレプニンのピアノ協奏曲第4番と、精神的に非常に近いものを感じてしまいました。時代的に、片岡さんも、チェレプニンに影響を受けていた可能性はなくはないかも。ただ、祭囃子のような音楽で安直に盛り上げるのは、この頃の作曲家の悪い癖。
 この前合唱を聴いた時に、この青年文化センターのコンサートホールの音が、震災前と変わっていたように感じたのですが、今回オケを聴いてみても、やはり同じような印象を受けました。ここで仙台フィルは何度も聴いているのですが、こんなにキレの良い音で聴こえたことはなかったような気がします。
 次が、クライストチャーチの、やはりご当地作曲家、クリス・クリー・ブラウンという人の、こちらはまだ新しい「アイススケープ」です。パンフレットにはしっかり「南極がモチーフ」と書いてあるのに、指揮者がわざわざ始まる前に「ナンキョク!」と叫んでいたのは興ざめ。でも、このオケが演奏を始めると、音の「格」が仙台フィルとはまるで違うことが分かります。考えてみたら、このホールで外国のオーケストラを聴いたのは初めてなのではないでしょうか。木管のソロは、どんな時にでもきっちり聴こえてきます。金管は、締りのある音でホール全体を満たしてくれます。弦楽器も、特にコントラバスなど、存在感がまるで別物ですよ。この企画、仙台フィルにとっては残酷なことになってしまいましたね。
 フルートの首席はアンソニー・ファーナーという人。調べてみたら、やはりただものではありませんでした。イギリスでワイやベネットに学んでいるのですね。ゴールウェイのレッスンも受けているとか、どうりで、あの怪物のような音も納得です。
 最後のチャイコフスキーの交響曲第5番は、「合同演奏」です。あの狭いステージで「合同」って、どうするのだろうと思ったら、弦は1プルト増やしただけ、それぞれのプルトに仙台とクライストチャーチが仲良く並ぶという配置でした。管は首席がクライスト、2番が仙台という、ありがたいシーティングです。ホルンの1番はちょっと、でしたが。指揮者が出てきても3番フルートがまだ座っていないという「事故」があったりしましたが、演奏は大いに盛り上がりましたね。なんたって、1楽章の終わりで盛大な拍手が起こるのですから。このステージでは、クライストの降り番のメンバーが客席に来ていたので、お客さんも増えていましたし。
 ニューフィルだって、「被災地のオーケストラ」です。だいぶ前に、それで取材に来ていた朝日新聞に、やっと記事が載りました。こちらです。お分かりのように、これは全国版、日本中の人が、この写真を見たことになります。記事は、最初の方だけにちょこっとあるだけなので、拍子抜けですが。
aventure number : 1782 date : 2011/10/5


今日の禁断 コール青葉

 この前仙台フィルとクライストチャーチ響のコンサートに行った時に、モギリで立派なプログラムと一緒にたくさんのチラシをもらいました。もう、ごく普通にあちこちでコンサートなどが開かれるようになっていることを、ここでも思い知らされます。宮城県は確かに「被災地」ですが、こんな街中は、もうそんなことを言って甘えていられるような状態ではなくなっているのでしょう。とは言っても、ニューフィルの本来の練習場はまだまだ「工事の真っ最中」なのだそうですから、使えるようになるのはだいぶ先の話になりそうです。
 そのチラシの中に、「METライブ・ビューイング」のチラシも入っていました。WOWOWにはすっかり騙されましたが、今年はMOVIX仙台で、今シーズンのオペラの(ほぼ)リアルタイム上映が行われることになったのだそうです。去年までは利府のMOVIXでしたよね。それで、震災の後で再開された時には、その期間にやる予定だったものがすべて中止になって、本当にがっかりしたものでした。ところが、そのチラシによると、今シーズンの演目に先駆けて、去年のものを集中的にやってくれる予定だというのですよ。詳細はこちら
 これは、ライブ・ビューイングのサイトですが、なぜか、それを上映するMOVIX仙台のサイトではこの件について何も触れていないのでちょっと不安になってしまいます。まあ、大元がやると言っているのですから、間違いはないのでしょうが。去年やった時には5000円だったものが、「型落ち」しているので3500円で見られるというのも、ありがたいところです。でも、一番見たいと思っている「ワルキューレ」は5000円と変わらないのが、ちょっと癪ですね。はたして、その日に見に行くことは出来るのでしょうか。カウフマンのジークムントですから、ぜひ見たいのですがね。
 その前にやっておかなければならないのが、あたらしい「かいほうげん」の発行です。つい忙しさに紛れて、気が付くと前の号を出してからもう2か月も経っていたのですから、これ以上は待てません。来週の火曜日の11日にはぜひ出すつもりです。ただ、いつものことですが、間際になっていろいろなネタが飛び込んできたものですから、もう編集はギリギリまで終わらないはずです。なにしろ、9日に東京のトリフォニーで行われるアマオケの定期演奏会に、ニューフィルのメンバーもトラで参加、開演前のロビーコンサートでは、石巻の知り合いが演奏するというのですから、出来ればそんな写真も入れたいじゃないですか。それは、撮ってみなければ使えるかどうか分からないので、紙面のレイアウトが決まるのはその写真がゲット出来てからになってしまいます。それ以外にも、最近は他のオーケストラの「被災地支援コンサート」に、弦楽器の人がだいぶ参加していましたから、その情報も集めているところ、本当に11日になんて発行出来るのでしょうか。
 もう一つ、不安材料があります。うっかりして、コピー用紙を注文するのを忘れていたのですよ。さっき見てみたら、なんとか80部ぐらいなら作れそうな紙は残っていましたが、もし印刷ミス(たまにありますから)なんかをしてしまったら、足らなくなってしまいます。注文はしたのですが、ちょうど連休になってしまったので、届くのはまさに11日、どうなることやら。
 でも、未来のことをあれこれ考えて悩むのはやめましょう。今朝の空には、こんな素晴らしい虹がかかっていました。なんか、とても励まされる思いです。「あの虹に続く道を、歩いていこう」ですね。ちょっとクサいですが。
aventure number : 1783 date : 2011/10/7


今日の禁断 大八車


 以前はどこででも売っていた「トロピカーナ」のグレープフルーツジュースが、なぜここの近所では手に入らなくなってしまいました。オレンジとかアップルならあるのですが、私が愛してやまないグレープフルーツだけが、ベニマルやウジエでは置いてないのですね。仕方がないので、メイラクが作っているセブン&アイブランドのジュースで我慢しています。まあ、これだったらそれほど遜色ないかな、と思いかけてきた頃、愚妻が「トロピカーナ、買ってきてやったよ」と、ダイエーあたりから買ってきたのですね。久しぶりに飲んでみると、メイラクとは全然違っていました。というか、これを飲んでしまうと、もうメイラクには戻れないな、という気になってしまうほど、おいしかったのですね。知らないでいれば幸せに過ごせるのに、ということは、世の中にはたくさんあるものです。
 ダイエー以外にも、間違いなく置いてあるのがMALLの西友です。そこで、他に見たいものもあったので行ってみました。とりあえず、賞味期限までには飲みきるぐらい、ということで、3本買っておきましたから、しばらくはこれでもつことでしょう。その時に西友の中を見てみると、さすがにこの間中の「ザンショ」はなくなっていましたが、そのトニー谷風のポスターの代わりに、やはりレトロな画質の、これは口の部分がガマグチの取っ手になっている二木てるみ風の女の子の写真がありました。そこに書いてあるのが「バスプラ」というコピーです。「ザンショ」のあとは「バスプラ」ですか。またまた、なんだか新しい言葉を使い始めましたねぇ。西友は。
 でも、「バスプラ」って何なのでしょう。この程度の業界の略語などは、どんなものでもまず解読出来る自信があるのですが、これにはちょっとたじろいでしまいました。まあ「プラ」は「プライス」の略であることは、間違いないでしょうが、問題は「バス」です。「バスト」、でしょうか。「バスト」の「プライス」、大きさによって値段が違うとか。そんなものまで西友では売っているのでしょうか。巨乳は1000円で貧乳は200円とか。それはそれで興味がありますが、ちゃんと調べると、これは「バスケット」なんだそうですね。一つ一つが安いので、かご一杯買ってもお安い価格だ、という、分かったような分からないような説明でした。
 その他にも、衣料品売り場では「エコヒート」という言葉があちこちにありました。これは分かります。単に「エコ」と「ヒート」をくっつけただけの安直な発想ですね。というか、なんだか「えこひいき」されているみたいです。
 別にえこひいきをしなくても、BDの方がDVDより優れているのは明らかです。それは、トロピカーナとメイラクとの違いよりもはるかに大きなものです。オペラなどではその威力は存分に発揮されていますから、WOWOWでやっていたMETの「ラインの黄金」などは、ルパージュの、まるでサーカスのような演出もしっかり見ることが出来ました。舞台装置自体は、とてもシンプルなものですが、それを細かく動かしたり照明を変えたりしていろいろなシーンに対応させるというアイディアが売り物なのでしょう。なんだか、「劇団四季」のジーザスのジャポネスク・バージョンみたいな感じ、別に新しい事をやっているわけではありませんし、完成度という点では完全に「四季」に負けてます。でも、最大の見せ場の冒頭に現れるラインの乙女たちの宙づりでは、現れた途端客席から拍手が沸き起こるという、いかにもアメリカらしい反応がありましたね。ただ、それに慣れてしまうと、最後のワルハラへの入場は、とてもお粗末に見えてしまいます。ロープがはっきり見えてしまうので、なんの面白みもないのですね。
 大掛かりな装置にばかり手をかけていて、肝心の歌手たちの動きに、あまり意味を持たせられなかったのが、敗因なのかもしれません。もっと悪いのは、やはりキャスティング。ターフェルのヴォータンは、いくらなんでもひどすぎます。
aventure number : 1784 date : 2011/10/9


今日の禁断 リコー

 「かいほうげん」は、無事発行できました。なんせ、日曜日に東京で行われたコンサートの模様が、火曜日には印刷されてみんなに配られているのですから、すごいものです。しかも、私は実際には行っていないのに。前々回に書いたことを読んで、おそらくほとんどの人は私が東京に行ったのだ、と思ったはずですが、そうではありませんでした。行きたいのはやまやまだったのですが、なにかと野暮用が重なって実現は出来なかったのですよ。
 でも、写真はぜひ欲しかったので、コンサートに参加する人に頼んで、写真を送ってもらったのですね。それと、私はこのコンサートで石巻のオーケストラが呼ばれた経緯がいまいちわからなかったのですが、その人は、パンフレットまでスキャンして送ってくれました。これで、私が行かなくても、必要な情報はすべて入手できました。Iさん、本当にありがとうございました。
 同じ紙面には、山梨のオーケストラが石巻で演奏会をやった時に、ニューフィルのメンバーが参加した記事もあるのですが、こちらも、やはり実際に行った人から写真とコメントを送ってもらいました。それは、こんな写真。最初から顔をフレームに入れないで撮ったのだそうですから、ここに載せても大丈夫でしょう。

 こちらも、せっかくだから私も聴きに行って、演奏しているところの写真でも撮ってこようかなと思っていたのですが、結局、石巻に車で行くのは大変なような気がして、断念してしまいました。このところ、なんだかフットワークが鈍くなってきて、そんな人任せが多くなっています。震災以降、遠くまで行ったのは、この間の盛岡ぐらいですからね。愚妻なんかは、来月青森で行われる合唱コンクールの全国大会に「はやぶさ」で行ってくるのだなんて張り切っているというのに。なんせ、その日は末廣さんの練習があるので、私は一緒には行けませんし。
 そんな感じで、居ながらにして集めた情報をまとめて、全部の紙面を作るのには、ギリギリきのうまでかかってしまいました。ですから、印刷は今日ぶっつけで行わなければいけません。前にも書いたように、肝心のコピー用紙が足らないものですから、1枚も無駄には出来ないのですよ。せめて午前中にでも用紙が届けば、余裕を持って印刷できたのでしょうが、やはり連休明けで、そんなに早い時間に持ってくるわけはありません。仕方ないので、団員に渡す分だけ(他にも、「友の会」の人たちに渡す分があります)を、あるだけの紙を使って印刷してみようということで、いつもよりちょっと少なめの設定で印刷を始めました。結局紙が届いたのは2時過ぎだったので、やはり早く印刷を始めておいて正解でした。これを待っていたのでは、練習に間にあわないところでした。
 ところで、「かいほうげん」のバックナンバーが、ニューフィルの公式サイトからダウンロード出来ることは知ってました?「ホーム>データ>かいほうげん」でたどると、最近のものではサムネイルが表示されていて、そこからダウンロード出来るのですよ。ただし、それにはIDとパスワードが必要です。誰か、お知り合いのニューフィルのメンバーに聞いてみてくださいね。
 ただ、出来れば、「電子書籍」ではなく、製本されたものを手にしたいと思うかもしれませんね。私のように、製本まで出来るプリンターが使える人はそうはいないでしょうからね。そんな方は、ご一報くだされば便宜を図るのに吝かではありませんよ。
aventure number : 1785 date : 2011/10/11


今日の禁断 堀北真希

 この間、「幸せの黄色いハンカチ」の最新のリメーク版を放送していましたね。もちろん、これは1977年の山田洋二監督の映画が元ネタになったもので、これまでにすでに何回かリメークされていたものです。ハリウッドでも、「The Yellow Handkerchief 」というタイトルで、ウィリアム・ハートとマリア・ベロ主演の映画が作られていました。これは最近WOWOWで見たのですが、マリア・ベロが演じた奥さんがかなり強烈なキャラで、面白かったですね。
 ただ、私の場合、この「〜ハンカチ」というタイトルには、今でも違和感があってしょうがありません。やっぱり、「幸せの黄色い」とくれば、そのあとに続くのはなんと言っても「リボン」なんですよね。これは、1973年のドーンのヒット曲「Tie a Yellow Ribbon Round the Ole Oak Tree」の邦題です。これがヒットしていたころに私はバンドをやっていて、この曲をカバーしていたのですよ。ドーンのバージョンではなく、それをカバーしたレイ・コニフのバージョンを完コピしたというあたりが、合唱出身のアレンジャーらしいでしょ?バンドのアレンジは、私が譜面を書いていたのですよね。なんかのコンテストに出た時に、他のバンドの人が「このアレンジの楽譜、ありますか?」なんて聞いて来たこともありましたね。どっかで買ったのかと思ったのでしょう。
 映画とこのヒット曲とは、もちろん全く同じ題材を扱っていますから、歌にあった「リボン」を単純に「ハンカチ」と置き換えて、あの歌詞をふくらませて脚本を書いたのかな、と思っていたのですが、実はそうではなく、映画と歌とは、共に同じものを素材にしていたのですね。映画のクレジットでは「原作:ピート・ハミル」とありますが、その人が書いたコラムが元になっていたのです。
 最新のテレビドラマ版は、設定がかなり変わっていましたね。映画はロードムービー仕立てで、北海道の各地を巡るという設定だったのですが、今回はそんなに遠くへは行ってませんし、そもそも、「ハンカチ」を見に行くのには車ではなく漁船なのですから、ちょっと、という感じでしたね。もっとも、映画の方も、かなり余計なシーンがあったような気はしますし、全く意味の分からない殆どタイアップのようなところもあったので、そういう意味ではこちらの方がすっきりしていたのかもしれませんね。
 これは地デジで録画しておいたものをあとで見たのですが、DRモードで録画しておくときちんとチャプターが付いていました。それが、きっちりCM明けのところに付いているのですよね。ですから、CMが始まった時にチャプターを送ると、瞬時に次のシーンが始まるという、とてもありがたい機能が大活躍です。今までだと、CMを早送りしていても、CMそのものは目に入っていたのですが、それがスッパリとなくなってしまうのですから、これは便利です。
 最近は、テレビの視聴率が最高でも20%を超えることがないと言って嘆いている向きもありますが、こんな風にリアルタイムではなく録画で見る人が増えているのも、その要因なのでしょうね。民放としては、CMを見てもらわないことには放送を行っている意味がなくなるのですから、こんな「CMとばし」はそれこそ局の根底を揺るがしかねないものなのではないでしょうか。というより、そんな放送局のあり方自体が、今は問われているはずです。朝のワイドショーなどでは、チャンネルを変えても全く同じ記者会見などを放送していることが良くありますね。どうでもいいような芸能ネタを、4つぐらいの局で同時に報じているなんて、どう考えても異常です。この際、放送局を2つぐらいなくしても、日常生活には何の影響もないような気がするのですが、どうでしょう。
aventure number : 1786 date : 2011/10/13


今日の禁断 津軽海峡

 ユニクロがニューヨークの五番街にショップをオープンしたというニュースを見ていた愚妻が、突然「♪五番街へ行ったならば、ジョニーの家へ行き」と歌いだしました。確かに「五番街」と言えばこの歌しかないという、有名な歌ですね。でも、なんだかちょっと違うような。「ジョニー」ではなく「マリー」ではないかというような気がしたのですが、そんなことは口が裂けても言えません。あとでこっそり調べてみると、やはり私の記憶は正しくて、「♪マリーの家へ行き」でした。「ジョニー」の方は「♪ジョニーが来たなら伝えてよ」でしたね。全く別の歌でした。両方とも、ペドロ&カプリシャスの初期のヒット曲で、確か作家チームも阿久悠と都倉俊一と同じだったはず、こんがらがるのは当然なのでしょう。
 ユニクロと言えば、最近アンジェラ・アキと山崎まさよしがCMに出演していますね。最初は新聞に出ていたので「モデル」かな、と思ったら、テレビではしっかり「歌手」でした。ただ、そこで山崎まさよしが歌っている「浜辺の歌」が、どうにも気になってしょうがありません。オリジナルとは違うメロディを歌っているのですよね。6/8だと3小節目になる「♪(さ)まよえば」という歌詞の部分が、本来だったら「ソーミーレドレー」(in C)のところが「ソードレミーレドレー」となっているのですよ。YouTubeでも聴けますから、確かめてみてくださいな。
 まあ、こういう人たちが多少原曲を変えて歌うというのは良くあることなのですが、この場合はそんな高等なセンスを披露したというのではなく、単に「間違えて覚えてしまった」という次元の話のようにしか聴こえないので、なんともみっともない感じなんですよね。まわりの人が注意したりはしなかったのでしょうか。それとも、そんなことは「口が裂けても」言えないものだったりして。なんたってプロの「歌手」ですからね。面と向かって「違いますよ」とは言えないかもしれません。
 困るのは、これを聴いてそのまま覚えてしまうお子さんたちがいるのではないかということです。そもそも、今の大学生以下の子どもたちはこんな「唱歌」なんて全く知りませんから(本当ですよ。「赤とんぼ」さえ、聴いたことがないのだとか)こんなCMによる大々的な露出があれば、間違いなくこれがオリジナルのメロディだと思ってしまうはずですからね。
 こんな風に、最初に作られた歌が、そんな心ない扱いによって変えて歌われたことによって、そちらの方が正しいもののようになってしまっている例を良く知ってます。それは、いずみたくが作った「いい湯だな」という曲です。もともとはデューク・エイセスの「にほんのうた」シリーズの中の一つとして作られたものなのですが、それを後にザ・ドリフターズがカバーした時には、全く別のメロディに変えられてしまっていました。「♪湯気が天井から」のところが、メロディもリズムも全然違っているのですね。もちろん、華々しくヒットしたのはドリフのバージョンですから、デュークのファンとしては「本家」デュークの歌があたかも間違って歌っているように思われるのには、いつも腹が立っているのです。
 オーケストラの曲の場合は、楽譜がありますからそんなに違ってしまうことはあり得ません。でも、指揮者の解釈によって楽譜の行間がずいぶん変わることはあります。ブラームスの交響曲第4番フィナーレの12番目の変奏曲を、6拍子ではなく3拍子で演奏するというのも、そんな「違い」の一つです。それを聴くことが出来る演奏会のチラシが、きのうやっと出来てきましたので、これから目にすることもあるでしょう。震災によって1年以上間が空いてしまったニューフィルの定期演奏会は、12月11日の日曜日の午後3時から、仙台国際センターで開催されます。
aventure number : 1787 date : 2011/10/15


今日の禁断 ファーナー

 震災以来7カ月以上が経って、やっとニューフィルの練習会場だった旭ヶ丘市民センターが再開しました。明日から、利用が開始されるというのですね。待ちに待った、というか、これでやっと以前どおりの練習が出来るようになるのですね・・・と、普通は思うはずですが、そうはいきません。まず、そこを使うためには予約して場所を確保しなければいけないのですよ。それが、確かきのうとおととい、センターの窓口で行われたはずです。しかし、そこで提示された条件としては、「みんなが公平に会場を使用できるようにするために、月に1回しか借りられない」というものでした。それでは、ニューフィルのように毎週練習に使いたいところにとっては全く意味がありませんね。なにしろ、会場も重要ですが、もっと大事なのは楽器です。大型楽器を保管する場所も貸してもらえるので、ずっと旭ヶ丘を使ってきたのですが、いくら楽器を置かせてもらっても、月1回以外の練習で他のところを使わなければならないのだったら、その都度楽器を運び出さなければいけないのですから、保管庫を借りる意味もありません。
 そんな状態は、以前のようなネットによる申し込みが始まる来年1月まで続くのだそうです。ですから、年内は会場は使えるようになったのに、借りることが出来ないために使えない、という不思議なことになっているのですね。確かに、ネットで空き状況を確認してみると、年内はすべての日のすべての時間帯が「×」になっていましたね。まあ、表向きはそうでも、今までの縁があるのでなんとか便宜をはかってくれるのではないか、と考えるのは、甘いことなのでしょうか。パリンカなどでは、片平の市民センターが再開した時には、すぐ毎週借りられるようになっていましたけれどね。エピスだって、福沢市民センターを毎週使っていたような。まっ、その辺は団長あたりの腕の見せ所なのでしょう。
 ところで、10月5日に行ったコンサートでの、クライストチャーチ交響楽団のフルート奏者があまり素晴らしかったので、ネットでいろいろ探してその人の公式サイトを見つけ、経歴などを調べてみました。そのサイトでは彼が録音したCDも買えるようになっていたのですね。その曲目を見ると、なんだかゴールウェイのデビュー当時のアルバムの曲に良く似ています。そこで、「もしや」という思いで、そのCDを注文してみました。クレジットカードで決済出来るのですが、その支払いは「Pay-Pal」とか言う別のところにリンクしています。そこで必要なことを書き込んで送信すると、ただちに領収のメールは来たものの、それはそのフルーティストのサイトに支払った、ということしか書いてありません。肝心の、いつ頃発送してそれがいつごろ届くのか、というような知らせは、全くないのですね。そんなことは普通の通販サイトではあり得ないことなので、ちょっと不安になってしまいます。金だけ取られて、物は届かない、とかね。まあ、送料込みで25ニュージーランド・ドル、日本円では1522円なのだそうですから、来なくたってそんなに落ち込むほどの額ではありませんが。
 その注文をしたのが10月6日でした。それが、なんと、今日届いてしまったのですよ。すごいですね。AMAZONだって、外国に注文するとこんなに早くは届きませんよ。その荷物を見てみると、住所なんかはボールペンで手書きでした。差出人の欄には、そのフルーティスト本人の名前と住所が書いてありますよ。こんな個人的な取引だったのですね。

 そのCDは、レーベルも何も書いてありませんでした。プライベート盤なのですね。それはともかく、演奏はなんとも期待外れのものでした。コンサートで聴いたあのパワフルな音など、全く聴くことはできない、かったるい演奏だったのですね。「タンブーラン」なんて、ゴールウェイの半分のテンポですよ。良く見ると、これは20年ぐらい前に録音したものなのですね。その20年間に、あれだけの変化があったのでしょう。このジャケットの写真はあまり似てませんが、サイトにあった最近の写真は、まさに、あのとき吹いていた人の姿でしたから。
aventure number : 1788 date : 2011/10/17


今日の禁断 杜の響き

 前回は、再開した旭ヶ丘市民センターの会場の借り方についてあんなことを書いていましたが、蓋を開けてみれば、申し込み開始の3日後からはネットで空室をいくらでも取れるようになったのだそうで、結局、12月分までの必要な部屋をすべて押さえることが出来てしまいましたよ。ほんとに、一寸先は闇、ですね(ちょっと意味が違う?)。つまり、来週の火曜日からは前のように毎週ここの大ホールを使えるようになったのです。ついに、というか、やっと、というか、これで練習会場に関しては「完全復旧」が達成されたことになります。本当に良かったですね。
 ということは、私の職場を使っての合奏というのも、きのうが最後のものとなったのでした。そして、土曜日には指揮者練習があるので、その時にポンプ室から楽器類を運び出したら、そのあとはもう旭ヶ丘の楽器庫に収納できるので完全にこことお別れ、ということになるのです。なんか、感慨無量ですね。ほぼ半年にわたって、いろいろ不自由をかけたこともありましたが、公共の施設にはないような暖かさだけは提供できたのではないか、とは思っています。せっかく、襖や机を元に戻す技術が継承出来たというのに、それが生かされることがなくなるのは、ちょっと残念な気はしますがね。練習が終わったら、「もう、来週からはここは使えなくなるんですね」としみじみと語っている人がいました。「また震災があったら、よろしくお願いします」などと不謹慎なことを言っている人までいましたね。なんにしても、震災後の一つの「思い出」を作ることが出来たのは、私にとっても幸せなことでした。新聞にまで取り上げられましたし。
 そして、チラシの印刷も出来上がり、定期演奏会へ向けての宣伝活動も本格化してきました。なんでも、今回から、今まで演奏会の時のチラシの挟み込みを行っていた業者が新しいところに替わって、演奏会だけでなく、ホールや市民センターにチラシを届ける仕事も代行してくれるようになったのだそうです。ということは、今まで私がまわっていたところも行かなくて済むようになるのかな、と思ったのですが、全部に行ってくれるわけではなく、チラシだけでポスターは引き受けてくれないので、結局、私の仕事が大幅に減ることはないようです。ですから、今日の午後、いつもの通り市内の施設をくまなく回るポスター・チラシ作戦を開始することになるのです。考えてみたら、前回この「作戦」を敢行したのは、3月10日だったんですよね。あの時と全く同じコースを走って、同じところにチラシを配っているというのも、なんとも感慨深いものがあります。どこかで「やっと演奏会が開けるようになったのですね」ぐらいのことは言われるのでは、と期待していたのですが、そんなところは全くなかったのも、もはやそのような状態は既に乗り越えていたという風に思うことにしましょう。確かに、行った先々でチラシの置き場などを見てみると、もう新しく置く場所はないほどの盛況ぶりでしたからね。
 その訪問先に、仙台レコードライブラリーもありました。前回は、いつもの通り国分町のお店に行ってみたら、そこは空っぽになっていたので、ついに・・・と思っていたのですが、あとで調べたら、その少し前に木町の方に引っ越していたのですね。そこで、今回は新しくそのお店に行ってみました。マンションの1階、入口には居酒屋風の店があって、なんだか、という感じだったのですが、一番奥にあるレコライのお店に入ってみたら、そこは前のお店の3倍ぐらいありそうな広大なスペースでした。そこに、LPの棚が所狭しと並んでいるのですね。最近は、またLPの価値が見直されているようですので(私も、「新譜」のLP6枚セットを買ったばかり)、お客さんも結構いましたね。時間のあるときに、ゆっくり名盤を漁ってみようと思いました。いや、絶対に近いうちにまた行ってみるつもりです。
aventure number : 1789 date : 2011/10/19


今日の禁断 ありがとう

 やっと、「ジュラシック・ページ」ではなく、「ジュラシック・パーク」のBDが発売されるのだそうですね。3本まとめて「究極の三部作」とか言って、大々的に宣伝しているようです。というか、もうとっくの昔にBDになっていると思っていたのですが、まだだったんですね。これほど「BD映え」する素材もないというのに。でも、私はすでにだいぶ前にWOWOWでやっていたものを録画してありますから、こんなものを買う必要はありません。かなり懐かしい思いで、じっくり見なおしているところです。「3」は劇場では見ていなかったので、DVDを買いました。それだと、最初のパラセールのシーンがいかにも合成のようにチャチに見えてしまったのですが、BDだとそんな風には見えませんでした。普通、解像度が上がってアラが見えてしまうはずなのに、逆に自然に見えてしまうのですから、やはりBDのほうが優れているのでしょうね。
 「1」などは、VHSしかなかった時代ですから、その、かなり立派な箱に入ったVHSを買いましたよ。それが、ハイビジョンで放送されたものをそのまま録画出来るようになったのですから、すごいですね。もっとも、それが公開されたのがほぼ20年前だったことに気が付いて、愕然としているところですが。
 そんな、録画三昧の生活ですから、時には時間が重なってしまうこともあります。今ではダブルチューナーが主流なので、そんな時にも対応出来ますが、私の場合は敢えて安さにこだわってシングルチューナーのを買いました。でも、そのあと愚妻用にもう1台同じものを買いましたので、実質的にはダブルチューナーになったことになります。そんな風にして録画して、BDに焼いたものを、やっと見終わったところです。それは、ウィーン・フィルが今年の6月にシェーンブルン宮殿で行ったコンサートのライブ映像です。話には聞いていたものを、やっと現物を見ることが出来ました。しかし、コンサートというよりはもっぱらその「周り」を写すことに終始していた映像だったので、ちょっと期待はずれ、いや、もともとそんなものですから、期待する方が間違っているのでしょうが。なんせ、演奏の間広い敷地内で大々的にライティングを行ったり、最後には花火まで上げるんですから、すごいものです。ベルリン・フィルのヴァルトビューネも、いずれはこんなことになってしまうのでしょうか。
 映像監督が、去年の「ニューイヤー」でものすごい「絵」を見せてくれたカリーナ・フィービッヒでした。彼女(なんでしょうね)はここでも「高い場所」にこだわったカメラワークで迫ります。庭園内に配置された客席を上から撮った映像がこれ。

 最初、クレーンを使っているのかと思ったのですが、それにしてはあまりにも動く範囲が広すぎます。そこで、「もしや」と思ったのが、「いきものがかり」の横浜球場コンサートで大活躍していた空撮カメラです。それで、演奏はそっちのけでもっぱらカメラ探しに励む私でした。本当に使っているのなら、絶対どこかで写っているはずですからね。案の定、それはいたるところで見つかりました。まず、ステディカムが客席の中を走っている時の上空です。

 そして、指揮者のゲルギエフの後ろで動いているカットも見つかりました。宮殿の前の黒い「インベーダー」みたいのが、空撮カメラです。

 もう一つ、最後の曲が「展覧会の絵」だったので、期待していることがありました。こちらに書いたように、以前の演奏ではゲルギエフはこの曲の最後で、バスドラムにちょっと変わったリズムで叩かせているのですよ。それを、今でもやっているのかどうか、楽しみだったのですね。結果は、見事に同じことをやってくれていました。やっぱり、ヘンですね。
 この会場のシェーンブルン宮殿というのは、もちろん行ったことなんかありませんから、画面を見ているといったいどこがどうなっているのか分からないほど広いのに驚かされます。「新婚旅行」でここに行って来たことを得意げに話していた知り合いがいますが、その人なんかはさぞや甘い思い出に浸りながら見れるのでしょうね。
aventure number : 1790 date : 2011/10/21


今日の禁断 カダフィ

 きのうときょうは、末廣さんの練習でした。会場は、この前の2回のような狭っくるしいところではなく、今までニューフィルが指揮者練習の時に使ってきた「普通の」サイズのホールの一つ、交流ホールです。ここはもちろん旭ヶ丘にありますから、終わればそのまま市民センターに楽器を運びこむことが出来て、晴れて今までどおりの練習場の形態が「復旧」することになるのですから、なんか象徴的な場所ですね。
 ですから、まずはきのう、土曜日に、今まで半年仮住まいしていた楽器を運び出します。なんせ、屋外から運び入れなければいけないという不便なところでしたから、雨なんか降ったら大変だろうな、と思っていたのですが、今まで楽器を運ぶ時には常にお天気が良かった、という、恐るべきジンクスに支配されていたのですよ。1度だけかなりの雨降りの日があったのですが、その日はちょうど打楽器の人がお休みだったというのも、やはり「ジンクス」のうちなのでしょう。ところが、きのうに限って、朝からの雨模様、やはり良いことばかりは続かないというのが世の常なのでしょうか。
 しかし、楽器を運び出すお昼ごろになったら、奇跡的に雨が小降りになってきましたよ。まあ、バス椅子など多少濡れたものもありましたが、肝心のティンパニは無事でしたから、一安心です。
 でも、その、少し湿ったバス椅子を、たまたま指揮者のところに置いてしまったそうなのですよ。そうしたら、末廣さんに「だれかお漏らししたんですか?」と言われて、あわてて取り替えたのだそうです。

 そして、久しぶりの、こんな広いところでの練習が始まりました。やっぱり吹いていても音が伸びていて気持ちがいいですね。少なかったヴァイオリンにも何人かエキストラが入って、格段に良い響きになってきましたし。
 末廣さんは、2日間とも全く別の個所を注意するという、相変わらずの引き出しの多さを見せつけてくれていました。なによりも、演奏会までの段階を踏まえて、きちんと仕上げる設計図が完全に出来上がっているのでしょうね。ヴァイオリンも、フルメンバーが揃ったところで、さらにハイレベルの要求が出てくるのでしょう。
 そして、いつもながらの「お笑い」も、ふんだんに盛り込まれていました。チェロとコントラバスのボウイングが違っていたので、パートの中で指揮者そっちのけであれこれやり始めたら、すかさず他のパートに向かって「今日はお天気が良くて、よかったですねえ」なんて、絶妙の突っ込みを入れたりして(爆)。あ、「リズムが『どんぶり勘定』になってますよ」とも言ってましたね。
 2日間の練習が終わると、いよいよ楽器を「古巣」に戻します。重い物は何人かで運びますが、軽い椅子などは一人で持って行くなど、人海戦術ですぐに終わってしまいました。大ホールの鍵が開いていたので、いったいどんな風に修理をしたのかのぞいてみると、こんな感じでした。上が震災前、下が今日の写真です。

 前は吊り天井の間に間接照明が入っていたのですが、それは取り外して、すべてベタに天井に照明器具が埋め込まれているようでした。これだと、今までより暗くなってしまうかもしれませんね。

 1階のバスプールのエレベーターの壁も、すっかり変わっていましたよ。タイルは全部はがして、塗料を吹き付けてありました。また、毎週ここに通う日々が始まるのですね。
aventure number : 1791 date : 2011/10/23


今日の禁断 チャイコフスキー

 あーっ。またやってしまった。間違って、「おやぢの部屋」の原稿1回分を削除してしまいました。職場で書いたものをUSBメモリーに入れて、自宅のパソコンに取り込もうとしたのですが、テキストファイルの名前が、なぜか似たようなものが2つあって、片方はもう使った古いもの、もう一つが、今日作ったものだったのですね。それを、両方とも同じだと思って片方を削除して、別のをパソコン内の同じ名前のテキストファイルにコピーして、開いてみたらもうそれは必要のないほうの原稿だったのですね。削除した方が、今日作ったものだったのでした。USBメモリーの中で削除したので、ゴミ箱にも入っていませんから、もう完全に消えてしまいました。仕方がありません。あした、思い出しながらもう1回作ることにしましょう。まあ、前にも同じようなことがあって、その時にはなんとか復元できましたから、多分大丈夫でしょう。なんせ、悪いのはすべて私なのですから、誰を恨むわけにもいきません。いつまでも悔やんでいないで、こんなこともあるさ、とあきらめて、新たな一歩を踏み出す方がよっぽどストレスが少ないでしょうし。
 それにしても、急に寒くなりましたね。今日はニューフィルは木管パート練習、これは震災前と同じで、いつもの会館で行われます。外は寒くても、障子や襖を閉めておけば、そんなに寒くはないだろうと思っていたのですが、人が集まってアンサンブルが始まっても結構寒い感じでした。そこで、今期初めて暖房を入れてみましたよ。まあ、こんなことがすぐ出来るのが、この会場のいいところです。しばらく動かしていたら、だいぶあったまってきたので、あとはもう暖房を切っても大丈夫でしたよ。
 そういえば、同じ時間に再開した旭ヶ丘を使って練習しているパートもいたはずです。どんな感じだったのでしょうか。まあ、来週は全員が集まるので、分かることなのですが。しかし、その「来週」には、もう「角田第9」のための練習が始まるのですね。いよいよ、「第9」と「定期演奏会」の練習がごちゃごちゃになって行われるという、全く初めての経験が始まることになります。とりあえず管楽器の人は大体メンバーは入れ替わるのでしょうが、弦楽器はそのままでしょうから、大変ですね。寿一さんの練習の間に、末廣さんの指示を忘れないようにしなければいけませんよ。
 「第9」の1週間あとに定期演奏会をやったと思ったら、そのあとにはすぐ次の定期演奏会の練習が始まります。これも、いつもより間隔が短くなっているので、大変です。というか、今年の春までにすでに行われていた指揮者練習の「続き」をやる、というスタンスですから、その、前の練習の蓄積があるというのが前提になっているのですね。しかし、1年近く間が空いて、その間には別の演奏会が2回も入ったというのですから、はたしてそのまま積み上げられるのか、というのは、やってみなければわからないことになります。
 しかも、メインのプログラムでは、私は全く蓄積のないところから始めなければならないことになってしまいました。今年は私はメインは降り番だったので、代吹きぐらいはやることはあっても、真面目に本番モードでさらってはいなかったのですが、来年はなぜか私がメインのトップを吹かなければならないことになってしまったのですよ。
 これは、私にとってはかなり大変な事態です。もちろん、それを完ぺきにこなす自信は、たぶんあるでしょう。パリンカをやめて少しはヒマになるかと思ったら、こんな風にどんどん別のところで忙しくなってしまいます。世の中はそんな風になっているのでしょう。やはり、逆らわずに、前に進むしかありません。
aventure number : 1792 date : 2011/10/25


今日の禁断 レコ芸

 前回の「禁断」を書いているときは、もう眠くて眠くて、あまり深く考えることなく「データがなくなった!」と焦っていましたが、よく考えてみたら職場のパソコンにはまだしっかり残っていたのですね。こういう失敗をしないために、USBメモリーはコピーだけに使って、元のデータは必ず作ったパソコンに残しておくと決めたばかりじゃないですか。自分で作ったセキュリティを忘れて大騒ぎしているのですから、困ったものです。これで、無駄なことに時間を使わなくて済みました。良かったですね。
 なにしろ、一時は「おやぢ」のネタがすっかりなくなってしまってどうなる事かと思っていたのですが、ここにきて出荷が遅れていたものがどんどん入ってきましたから、もうその気になればいくらでも書ける状態になっています。あ、あくまで書く気になれば、ですがね。そんな時に、イギリスのAMAZONに注文したCDが、1週間も経っていないのに手元に届いてしまいましたよ。それは、さっそく聴いて、おそらく明日アップ出来るはずです。なぜ、そんなに早く書けたかというと、私が大好きなリゲティの「レクイエム」の新録音だったからです。他の人に先を越されたので、少しでも早くアップしたかったのですね。
 久しぶりにこの曲を聴いたのを機会に、今までちょっと心に引っかかっていたことを調べてみようと思いました。こちらが、この曲に関して昔書いたものなのですが、映画のサントラに使われた音源の正確な録音データがなかったので、キューブリックはこの曲をどのようにして知ったかが謎だったのですよ。その頃は、いくらネットを探しても満足のいく回答は得られませんでしたから、もしかしたら、今だったらもっと別の情報が探せるのではないかと思ったのです。それは見事にヒットしました。コンテンツの中の「追記」からリンクを張ってありますので、ソースを見てください。実は、私もトラヴィスにメールを出して、CDは送ってもらえましたが、そのあと正確なデータをきいても答えてはもらえなかったので、この方が代わりに聞いてくれたようなものですね。
 これで、積年の謎は「ほぼ」解けました。キューブリックは、アレックス・ノースにテンプ・トラックを渡す直前に、この曲をラジオで聴いたのでしょう。当時の唯一の音源だった初演者のギーレンのWERGO盤は、録音されたのが1968年の11月ですから、レコードが出たころにはもう映画は公開されていましたからね。
 もう一つ、その「初演」の正確なデータも、別のところで知ることが出来ました。初演が行われたのは1965年の3月14日、ストックホルムで、ギーレン指揮のスウェーデン放送管弦楽団と合唱団です。ソリストはWERGO盤やトラヴィスの演奏と同じリリアナ・ポリとバーブロ・エリクソン、合唱指揮はエリック・エリクソンです。エリクソンはこんなところでも「歴史」を作っていたのですね。さすがは合唱の神様です。ソリストにもエリクソンさんがいますが、これはやはり関係者なのでしょうか・・・などと言っていると、ますます「謎」は広がっていきます。まあ、こんな風にどうでもいいようなことを調べるのが、私のひそかな楽しみなのですから、じゃまをしないでくださいね。ほんと、こんな風に見事に話につじつまがあった時には、言いようのない喜びが感じられますからね。でも、そんなことは到底理解できない人が大多数、仕方がありません。
aventure number : 1793 date : 2011/10/27


今日の禁断 メイラク

 もう10月も終わりですね。もう最近は時間が進むのが信じられないほど早くなっていますから、ひと月なんて経つのはあっという間です。10月中にはぜひ終わらせておきたいことがたくさんあったのですが、ついつい面倒くさくて後回しにしていたら、もう月末なんですよね。でも、なんとかそれらも片づけることが出来ました。やっぱり、締め切りギリギリにならないと動き出さないというのは、全人類共通の悪い癖です。
 そんな中で最大のものが、定期健診でした。去年は、とうとう締め切りにも間に合わなくて、今年になってから受けることになってしまったので、なんとか、ぜひ10月中に、と、強い意志で頑張っていたので、行くことが出来たのでしょう。別に、痛いことをされるわけではないのですが、私の場合緊張すると血圧が上がるといういやな癖があるものですから、常に高めに出てしまって、そのたびに言い訳するのが面倒くさいのですね。それと、例の「メタボ測定」です。なんせ、最近はとみに体が重く感じられるようになって、確実に規定値をオーバーしているという感触があったのですよね。夏も秋もあんなに暑かったので、ついついグレープフルーツジュースをがぶ飲みしていたせいなのでしょう。一日で一箱空けたりしていましたからね。案の定、今年は3センチオーバーしていました。
 そんなに月日の経つのが早いというのに、震災の復興はなかなか進んではいないようです。いや、沿岸部の津波の被災地はもちろんのことなのですが、私の職場のような内陸部でも、いまだにその爪跡は消えてはいないのですから、そもそもそんなに簡単に元通りになるようなものではなかったのでしょう。その象徴的なものが、例の鐘楼です。
 実は、お得意さんが、こんな珍しい写真を持ってきてくれました。

 これは、鐘楼が出来た時の記念法要の模様、今から45年前のことです。写真はかなり褪色していたので、出来る限り修正したのですが、それでもなんとも古めかしい色合いです。それでも、真新しい白木の柱などは、よく分かりますね。
 それが、3月にはこんな風になってしまったのですね。

 そして、それから半年以上経っても、まだこんなありさまです。

 とりあえず瓦礫の撤去は終わっても、再建には程遠い、という状態ですね。やはり人出が足らなくて、とてもこういうところまではなかなか取り掛かれないのだそうです。同じ場所で倒れてしまった石灯籠も、まだそのままになっていますしね。そういえば、お隣の神社の石で出来た鳥居も、震災で崩壊したものはまだ片づけられることもなく、参道に転がっていましたね。
 まあ、別にさしあたって必要なものではないので、業者に余裕が出てきた頃に、きちんと直してもらえば、それでいいことなのでしょう。いや、でも、そんなことを言っていたら、「さしあたって」の除夜の鐘には、とても間に合いそうにないような事態になっていましたよ。仕方がありません。今年の大みそかは「鐘抜き」で、煩悩を取り去っていただきましょう。
aventure number : 1794 date : 2011/10/29


今日の禁断 あきら

 東野圭吾の新刊を買おうと本屋さんに行ったら、すぐ隣に中山七里という人の「おやすみラフマニノフ」という文庫本が平積みになっていました。全く知らない作家ですが、タイトルにつられてパラパラ眺めてみたら、なんだかかなりマニアックな音楽用語などが飛び交っています。これは、もしかしたら私が読んでも対応できるぐらいの音楽的な内容を持った本なのかもしれない、と、買ってみました。

 確かに、各章のタイトルにはイタリア語の表情用語らしきものが掲げられていますから、それなりのセンスの持ち主なのだろうと察しはつきます。ただ、そのイタリア語が、普通の作品にはまず使わないようなものですから、本物のマニアなのか、単にマニアを気取っているだけなのかの区別は、しっかり読んでみるまでは分かりません。
 内容は、一応ミステリーのようでした。音楽大学で高価な楽器が盗まれたり、ピアノに水が掛けられてダメにされたり、そんな犯人探しに、天才ピアニストが一役買って解決する、というメインのプロットがある中で、主人公であるヴァイオリン専攻の男子学生が、学生オケのコンサートマスターを任されて、苦労の末コンサートを大成功に導く、という、どこかで見たことのあるような別のプロットが絡みます。そう、これはまさに、「のだめ」と同じ手法でクラシックの世界を描いた小説なのですよ。
 「のだめ」では絵がありますが、ここでは文章だけで音楽を表現しなければなりません。いや、絵があろうがなかろうが、「音」を紙の上で描くのですから、そもそも無理は承知の上で、付き合う他はありません。ここで作者がとったのは、まるで「曲目解説」のように、細かいアナリーゼを行いながら、曲の流れを描くという方法でした。さらに、その間に、聴き手として、あるいは弾き手として感じているであろう事を、情感豊かに書き添えてあります。まあ、おそらくこれ以外に、きちんと「音楽」を伝える方法はないような気がしますが、これは全く音楽を知らない人にとってはちょっと厄介なものになりそう。「第2主題」とか「イ長調に転調」などと言われても、その概念が伝わらないことにはイメージを抱きようもありませんからね。つまり、ある程度の知識がないことには、これは単にクラシック・マニアが、訳の分からないことを言っているとしか受け取れないものなのですね。
 でも、これだけ熱心に書かれていると、全然意味が分からなくても、ある種の「迫力」として伝わってくることはあるかもしれません。「良く分からないけど、なんかすごいことが起こっているみたいだな」みたいな感じでしょうか。多分、そちらの方に作者は賭けたのでしょうね。
 実際、水害にあった避難所で、たまたまそこにいた「天才ピアニスト」と、ぶっつけの暗譜でチャイコフスキーのヴァイオリン・コンチェルトを演奏する時の描写などは、かなり引き込まれるものでした。しかも、舞台が舞台ですから、それがごく最近の「避難所」とオーバーラップして(もちろん、これは去年の作品ですから、そんなことは作者の想定外)音楽がそのようなシチュエーションで果たせる役目なども、疑似体験できることになります。いや、正直言って、ここだけではなく、いたるところで述べられている「なんのために音楽をやるのか」という作者の主張は、充分傾聴に値するものです。
 あと、主人公の名前が、一応謎解きの伏線になっているのですが、それもなんだか他人とは思えなくて。
 ヴァイオリンの奏法など、もしかしたら専門家?と思わせるところもありますが、おそらく作者は熱烈なクラシック・ファンではあっても、実際に音楽の現場に携わっているわけではないような気はします。そう思う根拠はとりあえず2つ。まず、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏するオーケストラで、ヴァイオリンがファースト、セカンドとも「8人」ずつ、というのは、いくらなんでも少なすぎます。学生オケだったら「8プルト」ぐらいがスタンダード。そして、例の避難所コンサートでのチャイコフスキーが、どう読んでもヴァイオリン・ソロから始まっているのですが、この曲はまずオーケストラの前奏があるので、まずピアノ・ソロから始まるはずなのですがね。
aventure number : 1795 date : 2011/10/31


今日の禁断 シャンデリア

 いよいよ、再開なった旭ヶ丘でのニューフィルの合奏が始まりました。先週から使えてはいたのですが、その時はパート練習のローテーションだったので、全員が集まるのはきのうが初めてだったのですよ。久しぶりに広々とした空間での練習です。楽器を置いておくスペースもきちんとしていますから、今までのように床にしゃがんで楽器を組み立てることもありません。ただ、予想していた通り、今まであった間接照明をきれいさっぱり取り払ってしまったために、部屋の明るさがずいぶん変わっていましたね。実際に照明が点いた状態を、震災前と比べてみてください。

 この暗さは、楽譜を見る時にはかなりの障害になります。あちこちのパートから「暗いよ〜」というような声が上がっていましたね。私も、もっと明るいに越したことはない、と思いましたが、仕方がないことなのでしょう。でも、見る限り、以前の照明器具をそのまま使っていたようですが、これらを全部LEDに替えるというような発想はなかったのでしょうかねえ。
 きのうからは、定期の曲目を一時中断して、「第9」に向けての練習になっています。そこで、まず「第9」で肩慣らし、ということでしょうか、オケの現場から長いこと離れていた「び」さまが、本当に久しぶりに楽器を持って現れました。いや、今までもちょくちょく練習場には顔を見せてはいたのですが、その時には「クリップホルダー」やら「メモ帳」などは持ってきても、楽器はなかったのですね。ついに現場復帰、当然宴会復帰でしょうから、楽しみです。
 今年の「第9」も私は2番、まあ、将来を見据えて若手にトップの経験を積ませる、ということにはなるのかもしれませんが、依頼演奏でそんなことをやっていていいのか、という思いもありますし、難しいところです。そんなことよりも、もう4楽章が始まるというのに、ピッコロ担当がまだ現れないのが、気になります。3楽章のヒマな時に携帯をかけてみても、通じませんし。仕方がないので、万一に備えて、私が代わりに吹くように楽器だけは準備しておきましょう。もちろん、音出しなんかしている暇はありません。
 そして、とうとうマーチが始まってしまいました。ファゴットやクラリネットがリズムを刻んでいる間にあわててピッコロの楽譜を出して、吹き始めます。前は本当に緊張して、最初のDがまともに出なかったものですが、このところコンスタントにピッコロを吹いているので、それは難なくクリア、オクターブ上がるところの音程も、替え指を使ってきれいに決まったな、と思えるほどでした。調子に乗って、最後のB♭をオクターブ上げたりして。結局、本吹きは最後まで姿を見せなかったのですが、あとで聞いてみたら、一斉送信で欠席のメールを私にも出したと思っていたようですね。なにかの手違いで、それが届いていなかったのでした。何回もメールはチェックしたのですがね。こんなこともあります。
 練習が終わって、事務室の前にまだ以前見た震災直後の写真が貼ってあったので、それを眺めていると、中から館長さんが出てきて、あれこれ解説してくれました。なんでも、地震が起きた時にはあのホールではダンスの人たちが練習していたんですって。怖かったでしょうね。天井はあの通りですが、見えないところで、空調のダクトが全部だめになっていたそうですね。とりあえず、元通りにはなりましたが、これは単なる「復旧」、とても「復興」とは言えないような工事です。ぜいたくは言えませんが。
aventure number : 1796 date : 2011/11/2


今日の禁断 ヘアー

 この間、末廣さんの指揮者練習が行われていた10月の23日に、例の、カーネギー・ホールにまで行って歌ってきた「合唱団『萩』」の、「凱旋コンサート」が、萩ホールで開催されていました。もちろん、私は聴きに行くことは出来なかったのですが、一応公式サイトを作っているので、その模様を掲載してほしいと、主催者から写真とプログラムが送られてきました。写真を見ると、お客さんもたくさん入っていたようで、大成功だったようですね。
 プログラムを見てみると、私の名前までちゃんと載っていましたよ。もうすっかりバックレて、サイト作りしかやっていなかったのに。それはそうと、NYではあちらの合唱団が1ステージ分あったのが、それを仙台まで呼んでくるわけにもいきませんから、指揮者の関係している高校の生徒さんがその分出演することになっていました。音楽専攻の人たちの集まりなのだそうです。写真で見ると、みんな色とりどりの格好をして、なんかかっこいい感じでしたね。プログラムを見てみると、そこで歌っていたのは、その指揮者が、私が合唱団に入っている頃に仙台で最初に行った「ポップス・コンサート」の時のレパートリーでした。なんか、懐かしいですね。というか、そんな何十年も前のものをそのまま今の高校生が歌えるというのが、ちょっとすごいことではないでしょうか。このO先生のヴィジョンは、時代を超えたものだったのですね。

 彼らのステージの、こんな写真があったので、「萩」の公式サイトに載せてみました。メンバー表を見ると、なんだか知った人の名前がありました。送られてきた写真は50枚以上、その中に、このステージのものが6、7枚あったような気がします。もし、ご希望があれば、元の写真をお送りしますよ。
 きのうは、お天気も良かったし、街中に買い物に行ってきました。もうデパートではクリスマスの電飾が始まっているのですね。でも、最初に見た時には感動すら覚えた滝のように落ちてくるLEDの飾りも、3年目ともなると新鮮さがなくなってしまいましたね。
 なんでも、「区民祭り」とかいうことで、市役所前は一部通行止めになんてごった返していました。一番町では、「すずめ踊り」が繰り出していましたし、まさに秋の一日を精一杯明るく盛り上げているようでした。と、そのずっと後ろから、今度はなんだかずいぶん暗〜い、というか、ちょっと怖い一群が日の丸や軍旗をなびかせながら歩いてきましたよ。確か、きのうは「文化の日」だったはず、そんなイメージとは程遠い、およそ「非文化的」な集団ですから、いったい何事かと思ってしまいます。でも、そこで掲げられているスローガンを見て、納得がいきました。そもそも11月3日というのは、明治天皇の誕生日だったのですね。天皇家を敬うことにかけては誰よりも気合の入っているその人たちは、この日がそういう大切な日であることを、ぜひ国民の皆さんに知っていただきたい、という、悲痛なお願いを訴え続けていたのですよ。
 知ってました?「文化の日」=「明治天皇の誕生日」って。私は初めて知りました。というか、それでやっと一つ疑問が解けたことがあります。それは、なぜこの日が「ハッピーマンデー」にならないのか、という疑問です。天皇の誕生日だったら、そりゃ日にちをずらすのはまずいでしょう。確か、神武天皇の即位の日が元になっていた「建国記念日」も、そのために2月11日が動くことはないのですからね。
 ですから、戦闘服姿のおっかない人たちが心配しなくても、とっくにこの国ではそんな「配慮」がきちんとなされているのですよ。逆に、この国で一番大切にされていることが何なのかという「本当のこと」を教えてくれた彼らにこそ、感謝しなければいけませんね。
aventure number : 1797 date : 2011/11/4


今日の禁断 キムタク

 WOWOWの「3波ハイビジョン」は、相変わらず膨大なBDのソースを提供してくれています。この間は三谷幸喜の大特集をやっていて、朝から晩まで彼の映画や舞台のライブ映像を放送していましたね。大半は既にDVDで録画してあったものなのですが、それらをすべてBDで録画し直すという、とても楽しい仕事が待っていました。そんな中で、彼の監督第1作、1997年の「ラヂオの時間」は、いつ見ても面白いですね。久しぶりに見直して気がついたのですが、この頃はみんなメガネが大きかったですね。当時はそれが普通で当たり前のように見ていたのに、段々メガネが縦方向に小さくなってきて、今ではもうこの時代の半分ぐらいしかなくなってしまっていますよね。まだ14年しか経っていないというのに。メガネが小さく、軽くなっていくに従って、三谷の映画も面白さがどんどん軽減していくように感じられるのはなぜでしょう。映画と一緒に、最新のドラマもやっていたのですが、「2時間ワンシーン、ワンカット」という方法論にこだわったあげく、見ていて全然面白くないものになっていました。ときどき、明らかにテンションが下がっているのがミエミエの棒読みのセリフが出てきたりしていましたからね。
 去年公開されたばかりの「Space Battleship ヤマト」も放送されていましたね。これは、ぜひ劇場で見てみたかったものですが、BDで見る限り、何のストレスも感じられないほどのスケールの大きさがありました。全然知らなかったのですが「Always」の山崎貴が監督とVFXだったんですね。いや、実はアニメも全く見たことはなかったので、原作が松本零士ではなかったことも、初めて知ったぐらいです。その程度の認識しかありませんでしたから、初めてそのプロットを知って、去年の上映で良かったなあ、と思ってしまいましたね。放射能で汚染された地球を救うために、「放射能除去装置」があるというイスカンダル星へ向かう、というのが骨子なのですからね。今、こんな映画を上映しようと思ったら、いろいろ差しさわりが出てくることでしょう。でも、「放射能除去装置」だけは、ぜひ欲しいですね。
 さすが「白組」と思わせられるようなものすごいVFXは存分に堪能できましたが、台本はかなりいい加減でしたね。というか、あくまでアニメでこの物語に親しんでいる人を対象に作られていますから、この映画だけ見たのでは理解できない設定が多すぎるのですよ。まあ、一見さんはお断り、といった、いやらしいマニア根性がちょっと鼻につくような。それと、これはどうでもいいようなことなのですが、宇宙空間でもヤマトの艦内にはちゃんと重力があるのですね。「2001年」には、宇宙ステーションのように遠心力を使わないことには重力は作り出せませんでしたが、「2199年」にもなればどんなところでも重力を発生できる画期的な技術が開発されていたせいなのでしょうね。
 乱歩の「芋虫」が原作の「キャタピラー」もやっていたので録画はしてあるのですが、まだ見てません。
 WOWOWでは、映画だけではなく、スポーツ中継などもふんだんに見ることが出来ます。あいにく私はスポーツにはあまり関心がないのでまず見ることはありません。もったいないですね。ところが、最近、とんでもない「スポーツ」があることを、たまたま見ていたチャンネルから知ってしまいました。それは、「ランジェリー・フットボール」です。名前からしてとんでもないものですね。まったく縁もゆかりもない単語が2つ並んでいますよ。「ランジェリー」は、もちろん「下着」、それも女性専用の「下着」ですから、「オトコのスポーツ」であるフットボール、つまり「アメフト」とはなんの関係もないように思えてしまいます。そんな、相反するカテゴリーを合体させたのですから、これはすごいものでした。まさに下着姿の女性が、アメフトをやっていたのですからね。

 「ガーター」までついているのが、すごいですね。「ビーチ・バレーボール」といういやらしいスポーツがありましたが、これはいやらしさから言ったらその比ではありません。もちろん、私はこういうものが大好きです。
aventure number : 1798 date : 2011/11/6


今日の禁断 ツタヤ

 私のマンションの駐車場の、私の車のスペースは、一旦敷地の端の植え込みまで車を寄せてから、バックで入れるような位置にあります。ですから、毎回車を入れる時には、植え込みの前の同じ場所に車を停めることになります。と、ちょうど真正面の位置にクモの巣があって、そこにクモがいることに気がつきました。いつ車を入れても、同じ場所にじっとして、ただ獲物を待っているような感じでしたね。
 いつしか、車で帰ってくると、そのクモにあいさつするのが、毎日の習慣になってしまいましたよ。「ただいま」とかね。「今日は、虫はとれたかい?」なんて言ってみたりします。良く見ると、クモの巣にはカラカラになったゴミみたいなものがついていますから、それが獲物の残渣なのでしょうね。それが、彼(彼女かも)の日々の生活なのでしょう。
 しかし、きのうの夜、帰って来て同じように挨拶しようとしたら、もう彼(彼女)はそこにはいませんでした。一つの出会いが終わったのでしょう。もう冬ですね。
 ニューフィルに練習に行く前に、東仙台のショッピング・センターに行って晩ご飯を食べるのは、もうすっかり習慣になってしまいました。ほとんど、というか、常に、食べているのはモスバーガーなのですが、最近は少し食傷気味。まあ、寒い冬場は「お汁粉」があるので目先が変わっていいのですが、それでも毎週だと飽きてしまいます。そこで、なにか新しいものを試してみようと行ってみると、なんだか新製品が出たような感じで、大々的に宣伝していましたから、それを食べてみることにしました。今日からだったんですね。

 チキンは大好きですから、楽しみです。モスの黒コショウチキンなんかは、絶品ですからね。しばらくして、テーブルに運ばれてきたその「ごまだれチキンバーガー」は、なんだかバンズがずいぶん小さめです。普通のバーガーの半分ぐらいしかないのではないでしょうか。中に入っているチキンも、やはり小さめです。まあ、別に大食いではないので、構いませんが。でも、そのチキンを一口かじってみると、あまりおいしくありません。というより、「臭い」んですね。まあ、最近は臭くないチキンなんかはそれこそ「すぎもと」にでも行かない限り食べられないようになっていますから、多少のことは我慢できるのですが、これはちょっとひどすぎます。よっぽど下味をつけてごまかさない限り、ごまだれだけではとても満足のいく味にはならないような肉なのでしょう。もう、これは二度と食べることはないでしょう。
 このショッピング・センターはかなり広いので、モスの近辺と本屋さんぐらいしか行ってなくて、全部のお店を把握できていませんでした。すぐそばに工具屋さんがあって、なかなかマニアックな工具が置いてあるのでじっくり見ていたら、店番の人がなんだか万引きを警戒するような目で見ていたので、もうそこに行くのはやめにしましたし。それで、ちょっと遠くまで行って、他になにがあるのか見てみたら、思い切り目立たないところに「丸亀製麺」があるのに気付きました。実は私はうどんが大好きなのですが、こういうセルフの讃岐うどんのお店にはまだ入ったことがありません。なんか面倒くさそうで、いつも前を通り過ぎるだけなのですね。というか、本当は、自分の知らないシステムのお店に入るのが、ちょっと怖いんですけどね。なんか、ばかにされそうで。でも、モスが駄目だと分かったのがいい機会です。今度は思いきって、この未体験ゾーンに入るだけの勇気がわいてくるかもしれません。それがいつのことなのかは、誰にもわかりませんが。 
aventure number : 1799 date : 2011/11/8


今日の禁断 町田

 録画しまくったWOWOWの三谷幸喜の芝居を、少しずつ見ているところです。その他にも、なぜかNHKで三谷幸喜のドキュメンタリーもやっていたのですね。その中で、その最新のドラマや芝居のメイキングもやっていたので、「立体的」に作品を味わえるという「寸法」(末廣風)なんですよ。その芝居、最初はどこかのスタジオで稽古をしていたのですが、公演も近づいてきた頃には、劇場にある稽古場に移動、間際のダメ出しという段取りになりました。そのシーンの前に、その「劇場」が入っている建物が画面に出てきた時、私にはそこがどこなのか、すぐに分かりました。まず、その建物は、まわりにあまり高いビルがないようなところで、ひときわ目立つにんじん色の高層建築だったのですね。もうお分かりでしょうが、それは名前も「キャロットタワー」という、三軒茶屋にあるビルでした。10年以上前に、ここまでオペラを見に来たことがあったのですね。
 その次に、その劇場の客席が映って、その時の記憶がよみがえりました。なんか、ゴシックっぽい内装と、客席の傾斜がやたら急だったことを思い出しましたよ。2階席などは前に落っこちそうになる、ちょっと怖いシートでしたね。その「世田谷パブリックシアター」で、三善晃の「遠い帆」の東京初演をやったので、はるばる見に来たのですね。ホール・マニアの私ですから、一度行ったところは忘れません。そのあとロビーのシーンも出てきましたが、そこも完璧に覚えていましたし。
 そんな、「おなじみ」のホールで行われた「ベッジ・パードン」のビデオは、なかなか楽しめました。途中でなんだかあまり意味のないような、ちょっと残酷な設定があったのですが、それは実は重要な伏線だったのだと、最後に気付くという、計算されたプロットはさすがですね。そこで、最後にヒロインがしゃべるあるセリフは、それを変更するところがドキュメンタリーでしっかり触れられていたために、思わず涙が出るほどインパクトがあるものでした。本編が終わってからのトークで、三谷本人がそのことに触れていましたが、ドキュメンタリーで実際に行われていたことと、彼がそこで言っていたことが微妙に食い違っていたのが、興味深いところです。「思い込み」という奴なのでしょうね。実際にはそうではなかったのに、そういう思いがあったために事実とは別の記憶になって残ることは、よくあります。
 でも、このように作者であり演出家でもある三谷が、公演に関するすべてのことを仕切っているのを見ていると、彼のさまざまの「芝居」は、彼がいないところでは決して完全な形では上演することは出来ないだろうな、と思ってしまいます。台本だけあれば、他の人が演出してもそれなりに成立する「戯曲」とは、根本的に違うものを、彼は作り上げてしまったのでしょうね。ですから、井上ひさしのように、作者がいなくなってもずっと上演され続けるようなことは決してなく、彼の生命とともに、彼の「芝居」の生命も終わってしまうのでしょう。いや、実際はまだ生きていても、演出家として動けなくなってしまったら、それで終わり、ですね。武満風に言えば、「持ち運びできないもの」なのでしょうね。
 ところで、さっきのドキュメンタリーでは、三谷がご近所に赤十字の募金をお願いして回っているシーンが出てきます。なんでも、今年は町内会の「班長」になってしまったので、そんな仕事がまわってきたのだそうです。私も、やはり赤十字やら赤い羽根の募金集めにまわっていましたから、妙な親近感を持ってしまいましたね。いや、実はそれだけではなく、そのすぐそばの自宅で彼の奥さんだった人の荷物を運び出している、というのがそこのメインだったのですがね。「これはきついです」と彼は語っていましたが、そこに親近感を抱くことは、私にはないはずです。
aventure number : 1800 date : 2011/11/10

11/11/12-12/19