1761(11/8/24)-1780(10/1)

今日の禁断 朝日

 この前「完全復活」を果たした小澤征爾は、2回目の公演はドクターストップがかかって降板してしまったそうですね。代役は、合唱指揮などを担当していたピエール・ヴァレーという人です。小澤自身はあと2回残っている公演には、這ってでも出るつもりなのだそうですが。このニュース、仙台で発行されている版の朝日新聞には載ってませんでした。ネットでは一時「紳助引退」の次にランクされていた大ニュースだというのに。というか、それを見てあちこちと探し回ったのですが、なかなか知りたい情報が見つからなくて。許せないのは、おおもとのサイトウキネン・フェスティバルの公式サイトでは、このことに関して何のコメントも出していない、ということです。関連のボランティアのサイトではちゃんと写真入りで報じているというのに。この「隠ぺい工作」は、紳助が「ヤクザと写真なんか撮ってない」と言っているのと同じ程度の、たちの悪い振る舞いなのではないでしょうか。
 ニューフィルは、聞かれてやましいことなどなにもありませんから、きのうも新聞社からの取材を受けていました。この間とは別の新聞社が、やはり「被災者」としての練習の様子を記事にしたいのだそうです。今度はオトコがやってきました。

 あいにく、木管は全員正規メンバーが揃っていたのに、弦楽器がちょっと少なめ、彼はヴァイオリンやヴィオラの誰も座っていない空いた椅子の上に立って写真を撮っていましたね。前もって連絡しておけばもう少し集まったのかもしれませんが、なんせ私が事務局長から連絡を受けたのが、音出しの2時間前ですから、それからみんなに連絡することもできません。でも、逆に「被災地」ならではの窮状、みたいな受け取られ方をされたかもしれませんね。実際に沿岸部で津波の被害に遭った団員が久しぶりに出席していたというのに。あ、そういえば、隣県の内陸部で被害に遭って、仙台に帰って来られなくなった団員も、久しぶりに顔を見せていましたね。
 そういえば、来週の週末には、もう末廣さんとの練習なのですね。火曜日は分奏の予定ですから、みんなで合わせるのはこれが最後になってしまっていました。まだまだ先だと思っていたのに、世の中はどんどん先に進んでいくのですね。ブラームスはなんとか形になっては来ましたが、グリーグはかなりヤバい感じですから、少し長めに時間をとってやっていたのですが、まだまだ指揮者の前で演奏するには不十分なところが多すぎ。管楽器は勢いでなんとかなっても、弦楽器が大変だな、という感じです。というか、この曲、弦楽器だけが演奏していて管楽器はおやすみ、というところがかなり多いのですよね。なおさら弦は裸になってしまってアラが目立ってしまうのでしょう。まあ、先は長いのですから、焦らず一歩ずつ、ですね。
 実は、この前の週末は、恒例のJAOのフェスティバルが福岡で開催されていました。なんせ震災後ですし、九州は遠いので、今回はニューフィルからは2人しか参加してませんでした。でも、行ってきた人は3人なのですがね(つまり、他のオケと掛け持ちをしていて、そっちのメンバーとして参加した人が1人)。そんなことはすっかり忘れていたものが、ニューフィルから福岡のオケに「転勤」になった人のブログでそのことを知り、さっそく行ってきた人に「かいほうげん」のための原稿依頼です。もちろん快諾してもらえましたから、これであと2回は「かいほうげん」は安泰です。
aventure number : 1761 date : 2011/8/24


今日の禁断 ドビュッシー

 前回、「サイトウキネン・フェスティバルの公式サイトでは、小澤降板についてなんのコメントもなかった」、と書いたら、その少し後に「指揮者降板について」みたいな記事が出ましたね。ここを見ていたのでしょうか。それはあり得ませんが、その次の回も結局出演出来なかったのに、いまだに何の音沙汰もないようですね。そんなんでは、とても「公式サイト」とは言えません。
 ほんと、最近は、ウェブ・デザインもしっかりしている「公式」サイトが増えていますが、そんなふうに、見かけだけは立派なのに、内容がお粗末なサイトはよく見かけます。業者に発注して体裁のよいものを作るまでのところは出来ても、そのあとのケアが追い付かないのでしょうね。サイト運営で最も大切なことは、こまめな更新、それがないことには、いくら見栄えが良くてもそっぽを向かれてしまいます。
 最近、私がよく使っているHMVの通販サイトが、大規模なリニューアルを行いました。何の予告もなかったのにあるときアクセスしてみたら「ただいまメインテナンス中で、アクセスできません」という表示があってびっくりしたのですね。別に急に注文するようなものもなかったので特に問題はなかったのですが、勝手に何日も休まれては、焦ってしまいます。ほどなく「メインテナンス」は完了したのでしょう、新しくなったサイトはなんか微妙にデザインも変わっていました。なんでもローソンなどと共通のポイント制度を導入したので、そのための変更が必要だったようですね。普段使っているようなところの操作性はほとんど変わっていなかったのでまずは一安心、と思ったのですが、試しによく行くレーベルの新譜案内のページをあちこちのぞいてみたら、一つだけ、以前とまったく変わってしまっていたところがありました。それはNAXOSという、贔屓にしているレーベルなのですが、前はものすごいアイテムが見られたものが、たった一つしかなくなっているのです。それも、そのレーベルとは全く関係のないアイテム、これは明らかにリンクミスです。ここが使えないとかなり辛いので、「お問い合わせ」みたいなフォームから、その状況を改善してくれるようにお願いしてみましたよ。もっとも、そういうことに迅速に対応してくれることはまずないだろうという、「ダメモト」モードでの投稿でしたがね。確かに、数日して「善処させていただきます」みたいなメールは届きましたが、そんなのもただの形式的な返事だと思っていましたよ。
 ところが、それからすぐ、そのリンクは見事に改善されて、前と同じ状態に戻っていました。ちゃんと、こちらの要求にこたえてくれたのですね。いや、考えてみれば、明らかなミスだったので、それを直すのは当然のことなのでしょうがね。それに、たまたまNAXOSだけは私が見つけたので直ったのでしょうが、私の見ないようなところで、同じようなミスが起こっていることだってあり得ます。言えば直してくれるはずですから、見つけたらすぐに連絡するようにしましょうね。
 まあ、他人のことだったらいくらでも言えますが、私のサイトだって、他人が見たらいろいろエラーを抱えているのでしょうね。最近も、大昔に作った記事に対して、「とてもためになりました」というようなお褒めのメールを頂いたりしたのですが、その人はさりげなく「貴ページでは『前打音』が『全打音』になってますね」、と、ミスを指摘してくれていました。10年以上もこんな間違いに気付かなかったなんて、なんとも間抜けです。というか、よほどのことがない限り、自分が書いたものを改めてチェックするなどということはやりませんから、他の人が気付かない限り、永遠に間違ったままのものがネットをさまようことになってしまうのですよ。ですから、もし何か見つけたら、ぜひご一報ください。お礼ははずみますよ。
aventure number : 1762 date : 2011/8/26


今日の禁断 こけし

 来週は、いよいよ合唱コンクールの県大会です。今年は、やはり例年のようには会場が確保できませんから、毎年使っている名取のホールのような大きなところは使えませんでした。結局、なんとか探し当てたのが「けやきホール」という、さる大学の校内にあるホールです。ホール自体もそんなに大きなところではありませんから、リハーサルやら着替えやらはかなり窮屈なところで行うようになっているみたいです。そもそも、キャンパスの中ですから、車なんかは止められませんし、そのあたりは住宅地の中で普通の駐車場なんかほとんどありません。ですから、そこに行くまでが大変になってしまいます。ただ、この学校の場合は、なんとキャンパス内にJRの駅があるのですよ。ですから、パリンカの場合は、そのJRの便を最大限に利用するために、愛子駅のそばにある広瀬文化センターで練習をやる、という手配をしたようですね。あそこには広い駐車場がありますから、車はそこに置いて、コンクールの本番は電車に乗って受けに行く、というスタイルです。
 そういう予定ですから、今日の練習はいつもより2時間早く始まりました。少しでも長い時間練習したいと思っても、1時ごろから始めたのではほとんど人が集まりません。それで、折衷策でこんなことになりました。
 実は、今日の練習の時には、今度の定期演奏会のチラシが渡されるというので、楽しみにしていました。今回は、私が演奏会のチラシのデザインを半分ぐらい担当したのですが、そんな、自分が作ったものが大量に印刷されるというのは初めてのことでしたから。

 これが、その現物です。画像をクリックすると、PDFがダウンローで出来ますから、印刷して手にとって見るもよし、パソコンのディスプレイで見るもよし、私とRYOママの共作を、ご覧になってみてください。私は、練習の途中でしたが、楽譜も見ないでこのチラシを隅から隅まで眺めて、いとおしんでいましたよ。いや、もうコンクールの曲はすっかり暗譜してしまったものですから、別に楽譜を見る必要なんかありませんからね。ですから、歌っている時間でも、ついでにそんなことが出来るようになったのです。つまり、そんな、他のことをしながらでも自動的に歌えてしまうぐらいのレベルでの暗譜が、今回は出来てしまったということです。
 そこまで歌いこまれているというのに、私は、その県大会には出ることはありません。つまり、だいぶ前に書いたとおり、ニューフィルの末廣さんとの練習が入っているものですから、どう頑張ってみても両立させることは出来ないのですよ。コンクールの参加者もやはりこんな時ですから少なめ、それで、出番も早くなってしまったのですね。ですから、私はコンクールの前の日まではしっかり練習に出ますが、本番だけは出ない、ということになりました。でも、参加者が少ない分、ほぼ間違いなく東北大会には進めるはずですから、その時にはちゃんと歌ってきますよ。
 そんなコンクールの元締めの団体の一番偉い人は、昔からの知り合いですが、最近、その人の先生にあたる、作曲家で指揮者でもあったF先生のトリビュート・コンサートが開かれました。私は本来ならそれに出演する立場だったのですが、都合が悪くて欠席、聴きにも行かなかったのに、なぜかプログラムだけが手元にありました。そこに、その先生の昔の写真があったのでご紹介します。「(当時)」というのがおかしくて。私が知っている先生は、すでに「当時」とは全く違った風貌でしたから。
aventure number : 1763 date : 2011/8/28


今日の禁断 タトゥー


 WOWOWが10月から新しい放送を開始するという噂は、ついに全国紙のカラー見開きの広告によって、誰の目にも触れるような形で伝わることになりました。契約者にはだいぶ前から、「3局になる」という連絡は来ていたのですよね。ロゴも変わるんですね。
 ただ、最初、この「3局」というのを見て、ちょっとがっかりしてしまいました。今でもすでに「3局」にはなっていて、時折同じWOWOWであっても全く別の番組を3通り流していることがあって、それが、一日中続くようになるのが、今回の改変だと思ってしまったのですよ。実は、「3局」に別れた時には、画面はハイビジョンではなく今までと同じDVDスペックの画質になってしまうのですよね。つまり、そうなるとせっかく今まで楽しんできたハイビジョンが全然見られなくなってしまうという「改悪」だと思ったのですよ。放送業界もいろいろ大変でしょうから、ついにWOWOWもこんなことになってしまったのか、これだったら、もう解約した方がいいかな、とか思いましたね。
 しかし、それは完全な誤解でした。10月からは、「ハイビジョンが3局」になる、ということだったのですね。これだったら大歓迎です。つまり、スタンダードのDVD画質は、もうすっかりなくなって、1日中3チャンネルがすべてハイビジョンになるのですからね。もちろん、それで料金が上がることはなく、今までと同じなのですから、なんと太っ腹。なんでも、今までアナログBSに使っていた衛星がもう必要なくなったので、そこに新たにWOWOWが電波を送ることになったそうですね。
 ただ、そうなってくると映画などは確実に本数が増えますから、見たいものも増えてくるのでしょう。もう、ハイビジョンの映画を見てしまうと、今まで見てきたものをすべてこのスペックで見なおしたくなってしまいますから、大変です。結局、HDの「こやし」になってしまうのでしょうね。とても、映画館に行っているヒマなんかありません。
 そんな充実したAVライフを送っているというのに、その状況が危機にさらされる事件が勃発してしまいました。今、私のマンションでは、地震の被害の修理中、外壁だけではなく、部屋の中に出来たクラックも、しっかり補修してくれることになっています。その部分の壁面は管理組合に下りた地震保険でまかなえるので、我々は費用を負担する必要はありません。すっかり新しい壁紙を貼られて、見違えるようになることでしょう。でも、やってくれるのはそこまでで、そうなると被害に遭っていない壁は前のままですから、かなりみっともないことになってしまいます。それを見こんで、この時とばかりにリフォーム業者が押し寄せてきました。そこで、この際だから壁紙もカーペットも全部新しくすることにしたのですよ。畳なんかはもう擦り減って中身が出てきかけていますからね。
 そうなってくると、そんな工事の時には家具を全部動かさなければいけません。いや、動かすのは業者がやってくれるのですが、私としては「業者が動かせる」状態にしておかなければいけないのですよね。今のAVシステムは、アンテナやらHDMIやらが、自分でも分からないぐらいに錯綜しています。このままでは、とても他人が動かすことなど出来はしないのですよ。ですから、そのためには大幅にシステムの場所と配線をすっきりしたものにしなければいけないのです。そう、もしかしたら、ケーブルを全部外してチューナーやらレコーダー、アンプなどを、この前作ったラックの下に収めたとしても、はたして元通りに接続できるかどうかという保証は、全くないのですよ。
 この間、WOWOWの「グレイズ・アナトミー」で腕の移植手術をしているときに、血管や神経をつなぐ作業を「音や画面が出るようにする」と言っていましたが、まさにあの手術のような、細心の注意が必要とされる複雑極まりない作業が待っているのです。はたして、工事が始まるまでに「移植」は完了できるのでしょうか。
aventure number : 1764 date : 2011/8/30


今日の禁断 秋の子

 去年の「禁断」を読み返してみると、今頃はまだ30℃を超えるような暑い日が続いていたのですね。本当に、「異常気象」にふさわしいとんでもないお天気でした。ですから、今年は過ごしやすいこと。「平年並み」というのが、こんなに快適な状態だったとは、と、再確認です。そんな風に、「禁断」は私にとってはちょっとしたことを振り返るツールにもなっています。昔は日記なんかつける習慣はなかったのに、前身の「ニューフィル日記」から数えたらもう10年以上も続けてきているのですからね。このぐらいの蓄積があると、たいがいのことは振り返って事実関係を確認できるようになります。もちろん、それは私が読んで分かることで、他の人が読んでも正確なことは決して分からないような書き方をしていますから、そういう意味では何の価値もありません。それが、ネットで「日記」を公開する時の大前提です。そんなことも分からないで、ネットで飲酒したことを書いて顰蹙を買う高校生がいたりするのですから、困ったものです。あと、自分のツイッターに飲酒運転していたことを書いて退学させられたほんとにアホな大学生もいましたよね。いったい、こういう人たちは、ネットをなんだと思っているのでしょう。
 私は、ツイッターに関してはいまだに懐疑的なのと、逆にこれだけ広がっているのに反発も感じていて(流行に乗るのは大嫌いです)、おそらくこれから始めることはないだろうと思っています。ただ、一応、フェイスブックのアカウントだけは取ってはみました。でも、別に何もしないでほっておいたら、いつの間にか「知り合いかも?」という人が何十人も集まっていて、ちょっと薄気味悪い思いをしているところです。こちらも、なにか発展させるような気配はありません。
 そういえば、私はネットでお金を出して音楽をダウンロードするということも、一度もやったことがありません。というか、そもそも歩きながらヘッドフォンで音楽を聴くという習慣が、全くありません。音楽は、きちんとスピーカーと向かい合って聴きたいな、と思っている古いタイプの人間なものですから。当然のことながら、iPodなんか持ってませんし。ただ、そろそろ騒がれ出している「PCオーディオ」には、ちょっと興味がわいています。なによりも、CDあるいはSACD以上の音質の音源が手に入るというのが魅力です。ま、先の話ですが。
 もちろん、大切なのは「音」ではなく「音楽」なのだ、ということはよく分かっています。この前の「2Cellos」みたいに、とてもショボいカーラジオの音でも、そのインパクトは伝わってくるのですからね。さらに、カーラジオだと、自分からは絶対に聴くことがないような音楽も耳に入って来て、思いがけなくうれしくなることもありますから。この間も、大嫌いなCHARAの声が聴こえてきたのですが、歌っていたのがオフコースの「Yes-No」だったので、我慢して聴いていました。あまりいじらない、割とオリジナルに忠実なカバー、もちろん、オリジナルとは正反対の内を向いた歌い方は虫唾が走るぐらいいやなものでしたが、そのうちに、「これって、女子が歌う歌だったんだ!」と思い始めるようになってきました。「君を抱いていいの?好きになってもいいの?」という歌詞は、もちろん小田和正が歌っているのですから、当然男子から女子に向かっての言葉だと思っていたのですが、今や「君」というのは、歌の世界では男子に対する二人称に変わってしまいました。ですから、そう思って聴くと、これは見事に女子の歌になっているのですよ。
 「Yes-No」が作られたのは1980年、「君」が初めて男子に対して使われた歌「春よ来い」が作られたのが1994年ですから、当然小田和正にはそんな意識はなかったはずです。でも、その別の意味を、CHARAはしっかり読みとっていたのですね。
aventure number : 1765 date : 2011/9/1


今日の禁断 宇宙

 決して十分とは言えない環境で練習を続けてきたニューフィルも、ついに演奏会本番の指揮者を迎えての練習が出来るようになりました。まずは「復興」の第一歩と言えるでしょうか。
 台風が上陸して、その影響で各地で大雨が降っているというのに、ここ仙台では、まず、お寺のポンプ室から大型楽器類を運び出す時には、風は強いものの雨の気配は全くありませんでした。それどころか、青空さえも見えてきましたよ。今まで練習の時にはずっと雨が降らなかったという「ジンクス」は、こんな時にもしっかり生きていたのですね。
 久しぶりに、靴を履いたままで合奏が出来る会場に末廣さんを迎えての指揮者練習が始まります。こういう、言ってみればいわくつきの演奏会に巡り合うのも、やはり末廣さんとの深い縁のなせる業なのでしょうか。まずは、「皆さん、お元気なようで、安心しました。やっと仙台に来れました」という第一声です。なんか、ずしりと重いものを感じます。そうしたら、続いて「チューニングをやり直してください」と、手厳しいご指摘です。「私は、ネジを巻きなおすために、定期的にこちらへ来ているのです」ですって。これでこそ、末廣さんです。今回は、「震災後」なんて甘えているわけにはいきません。あくまで、本気で音楽に立ち向かうモードでなければ、と、その時気付かされるのです。

 まずは、ブラームスから。とりあえず1楽章を通したところで、ちょっと今までにはなかったような、「ブラームスの楽譜について」というお話が始まります。時には、「スタッカートって、どんな意味ですか?」というような質問をぶつけたりします。みんな答えられずにモジモジしていると、なにか答えが出てくるまで辛抱強く待っています。「巨人」や「チャイ4」の時だったら、これで切れてそのまま帰ってしまっていましたから、気が気ではありませんが、どうやら最近はそんなことはなさそう、あくまで忍耐で勝負してくれそうです。
 末廣さんとブラームスをやるのは、大昔の「2番」以来のことです。その時には、たとえ練習の時でも、代奏を呼んできて大人数でやらなければ意味がない、といったようなことをさんざん言われたような気がしますが、今回は「左手(指揮者の、つまりヴァイオリン)がさびしいですね」と、あっさりしたものです。その代わりに、ブラームスの音符の意味については、もうしっかり手の内を見せてくれて、これさえきっちり出来るようになれば、あとは大丈夫、といったやり方です。それをどれだけ実際に弾けるようになるのか、あるいは、逆にどの程度で見放されてしまうのか、まさにこれから真剣勝負が始まるのです。
 休憩後のグリーグでは、ブラームスとは全く別の音楽づくりを目指していることが、やはり事細かに説明されました。こちらの方は、口で歌ったものを真似させるという、殆ど古典芸能の世界です。逆にこういう方が、習得は難しいかもしれませんね。
 いずれにしても、こんな刺激的なことが、12月まで続くことになります。久しぶりにきっちりと「ねじを締めて」もらえそうな気がします。そんな感じで1日目は終わりました。明日も、気は抜けません。
 私は、その足でパリンカの練習に向かいます。なんせ、明日はコンクールの県大会ですから、最後の仕上げ、もちろん会場はいつものところなので、私は最後の戸締りに行かなければなりません。県大会には、そんなわけで出られませんけどね。しかし、最後の方で一緒になって歌っていると、この期に及んで楽譜にかじりつきで指揮者を全く見ていない人がいるのですから、信じられない思いです。別に見てなくてもいいのですが、それでことごとく音が飛び出すのでは、たまったものではありません。暗譜とは言わなくても、せめて曲の最後ぐらいは楽譜を見なくても歌えるようでなければ、いやしくもコンクールに出る団体のメンバーの資格はありません。
aventure number : 1766 date : 2011/9/3


今日の禁断 ナン

 きのうは、ニューフィルの指揮者練習と、パリンカのコンクールの県大会とが見事にぶつかってしまいました。仕方なく、コンクールの方は休ませてもらったのですが、もし、私が出ないために東北大会に進めなくなったりしたらどうしようと、本気で心配していましたよ。いや、そんなことはあり得ませんがね。逆に、私がいない方が良い成績を残せたりして、それはそれで不安になってしまいますが。
 結果的には、審査対象の中では(「緑」はシードでした。それでも歌うんですね、一応)、「地酒」は「カラシ」に次いでの2位でしたので、大健闘だったのではないでしょうか。ということは、やはり私がいない方が・・・。
 そんなことも知らずに、1日中オケの練習で汗を流していた私です。午前中はグリーグ。私はピッコロです。最初の「朝」はフルートのソロで始まるのですが、その歌い方に関しては、前の日に末廣さんからなんともめんどくさい注文が出されていました。今まで普通に聴いていたのとは全然違うやり方なのですね。当然、その場で指示通りに吹くことは出来なかったのですが、それが一晩経って見事に希望通りの歌い方になっていましたね。Mすー、やるもんです。それに続くオーボエもきっちり真似していましたし。
 昼休みは1時間とってありました。団長が、末廣さんと一緒に近くのファミレスに行きましょうというので、ついていきます。結局5人が参加。注文を決める段になって、末廣さんはしきりと「キッズ・メニュー」にこだわっています。ドラえもんとかのランチ(むかしは「お子様ランチ」と言いましたね)をどうやったらオトナが食べられるのか、なんてことで盛り上がります。一応おとなしく「マグロ丼」かなんかに落ち着いたようですが、今度はテーブルにあったかき氷のPOPを見つけて、「これ、食べてみたい!」と言い出しました。結構なボリュームのある抹茶アズキでしたが、結局食べきれなかったようですね。なんか、かわいい末廣さんでした。
 あれこれ話し込んでいるうちに、もう練習が始まる時間になったので、あわてて店を出ます。歩くとかなり時間がかかるので、それから歯を磨いたりして中に入ったら、もうチューニングが始まっていましたよ。私は、まだ楽器も組み立てていないというのに。しかも、そこで始まったのがなんとフィナーレ、フルートの大ソロが出てくる楽章ですよ。あせりますね。実はこのソロ、私は今まで2回本番で吹いたことがあるのですが、その時は常に6/4で感じて吹いていました。伴奏は3/2なのですが、わざとその様に書いたのだ、と解釈していたのですね。そんな風に書いてある本もありますし。しかし、前日の練習で末廣さんは明らかにソロも3/2であるように振っています。正直、その時はパニックになってしまいましたよ。なんとかホルンの裏打ちに乗って、落ちないようにするのに精いっぱいでした。ですから、半日かけて頭の切り替えをして、昼休みにはたっぷり吹きこんでから練習に臨もうとしていたのですが、そんな余裕もなくいきなりとは。
 でも、確かにここは3/2で吹いた方が合理的、というか、ブラームス的になりますね。細かいところも注意されたのですが、6/4の頭ではついていけないところでした。
 練習が終わると、車を横付けにして楽器を運び出します。私は、先に行って鍵を開けておこうと近くの駐車場から車を出して職場に向かいますが、なぜか、あとから出たはずの楽器が先に着いていました。しかも、たまたま通りかかった社長に鍵を開けてもらって、もう楽器をしまい始めていましたよ。ここでも遅れをとってしまいました。でも、別にかき氷を食べていたわけではありませんからね。
aventure number : 1767 date : 2011/9/5


今日の禁断 ワーグナー

 土、日とみっちり指揮者練習があっても、定期の火曜日の練習がなくなることはありません。ですから、きのうもやはりお寺の会館で、いつものように練習がありました。この前使った会場と比べると、広さもそれほど変わりませんし、もうすっかりここに馴染んでしまっている人もいるかもしれませんね。この前の末廣さんの様々な注意を確認しながら、ブラームスの合奏が続きます。
 しかし、前回の「3/2」は、他の人も当惑していたみたいですね。練習指揮者は「とても振れない」ですって。私は、こんな(どんな?)性格ですから、指揮者がやれと言えば、おとなしく、それに従う、というか、本当はこれは3/2だったのだ、と思いこむことから始めてしまいますから、もう6/4には何の未練もないのですが。
 そんなわけで、普通だと、その音すらも外部に漏れることがありませんから、ここでそんなことが行われていることなど気づく人もいないはずなのに、実は闇の中で密かに耳をそばだてている集団がいたのです。なんてね。実は、この会館は母屋からは完全に遮断されているので、まず音が聴こえることはないのですが、別の建物が、中庭を隔ててすぐ目の前にあって、そこに間をはさえぎるものはなにもないために音は届いていたのですね。ただ、普段だとそこはこんな夜中には誰もいません。ですから、そんなことに気づく人もいないのですが、きのうはちょっと違っていました。実は、わが社の本社筋にあたる名刹、京都の東福寺という、秋になると「通天橋の紅葉」(↓)が多くの観光客を呼ぶことで有名なところが、震災のボランティアのために一番偉い老師に引き連れられてやって来ていて、ゆうべはそれをねぎらう食事会が開かれていたのですね。本来ならば、ニューフィルが練習に使っている「会館」で行うものなのでしょうが、そんなに人数も多くないので、その「書院」が会場だったのですよ。

 そこで食事をしていると、ニューフィルの音はもろに聴こえてきたのでしょうね。それに老師はいたく興味を持ったそうで、「ちょっと行って、聴いてみようか」ということになったのだそうです。そこで、みんなして会館にやって来て、ちゃんと聴こうと思ったら、その時はちょうど休憩になっていたのですね。それでも、メンバーが音出しをしている様子などを、興味深げにご覧になっていたそうです。いや、実は私はその時には別室で技術委員会をやっていたので、老師のお姿を拝見することは出来なかったのですが、あとで社長に聞いたのですね。色んなことがあるものです。
 その委員会の席では、今度の定期演奏会の曲目に追加があることが知らされました。末廣さんとの協議の結果(というか、殆ど飲み会の席で、ということですが)「ペール・ギュント」の前にもう1曲演奏することになったのです。最初は、最近のこういうコンサートの定番、バッハの「アリア」では、などということだったのですが、それではあまりにも追悼色があり過ぎるということで、同じグリーグの「過ぎし春」をやることになりました。「過ぎにし春」ともいう、弦楽器だけの、おそらくどこかで必ず聴いたことのある美しい曲です。なんでも、グリーグの初恋の人は日本人で、これはその人の名前なのだとか(杉西はる・・・ありえねぇ)。
 ちょっと物悲しいけど、「アリア」(念のため、この曲を良く「G線」と言っていますが、それは独奏用に1音低く移調したバージョンのことで、オケでやる場合は「G線」だけでは弾けません)ほど暗くはない曲で始まって。最後はアンコールで明るく終わる、という流れなのだそうです。当然、アンコールの曲目は当日までヒ・ミ・ツ。
aventure number : 1768 date : 2011/9/7


今日の禁断 新国

 震災からもはや半年、明日とあさってに開催される「ジャズフェス」では、両日とも午後2時46分から1分間、参加バンドが一斉に「A」の音を出すのだそうですね。これは、ちょっとすごいかもしれませんよ。なんせ、仙台中で「A」のロングトーンが鳴り響くのですからね。これを聴くためだけに、街中に出かけていく価値だって、あるかもしれません。バンドの場合は「A」ではなく「B♭」だ、なんて野暮なことは言わないでくださいね。
 そんな感じで、一時はどうなる事かと思っていた音楽関係のフィールドでも、確実に「復興」がなされていることが体感できるようになってきました。コンサートの会場や、練習のための会場も相当数が元通り提供されてきていますしね。パリンカも、やっと前に使っていた市民センターが復活したので、今週からは今までの会館からはおさらば出来ることになりました。丸5か月、やはり長かったですね。ただ、ニューフィルの方はもう少し先になりそうですが、今日旭ヶ丘のあたりを車で通ったら、市民センターのまわりが足場に覆われていましたから、こちらもほどなく再開することでしょう。
 市民センターの隣の青年文化センターに行く途中に、それは見えたのでした。このホールもすっかり元通りの盛況、7月に来た時にはまばらだったロビーのチラシ置き場も、今日は満杯、様々な催し物がこれからはどんどん開かれるようになったことが、よく分かります。

 この写真、分かりますか?左端の上から2番目にあるのが、私が作ったパリンカのチラシです。こうしてみると、横長もいいもんですね。こういう並べ方をすると上の方が隠れてしまうので、普通に縦長で真上にタイトルを入れたりすると、見えなくなってしまうんですね。お隣の安田祥子と由紀さおりは、首がなくなってますし。次回からの参考にしましょう(別に、私が作るとは限りませんが)。
 ここに来たのは、毎年行われている女声合唱団の演奏会を聴くためでした。関係者が2名出ているものですから。いつものように、いかにも年を重ねたという練れたハーモニーが素敵でした。たまに、こういう合唱団ならではの「振り」も入ったりするのですが、それもごく控えめで、あくまで歌うことを重視しているという姿勢には、好感が持てます。

 休憩時間に、この間東京でオペラを歌ってきた知り合いのKさんに会ったので、少し立ち話。ちょっとしたミスをしたことが、大々的に広まっていたので、ちょっとその話はしにくいかな、と思っていたら、自分の方から話し出したので、「真相」を知ることが出来ました。実は、このカンパニーは末廣さんも関係しているので、この間の昼食の時に「見に行きましたか?」と聞いてみたら、行ってないというので、その話を教えてあげたのですよ。そうしたら、末廣さんは、「僕が振った時には、そういうことは全然なかったな」と言ってましたね。で、それをKさんに話したら、彼は「そんなことはない」と言うのですね。さては、末廣さんもやっていたのか、と思ったら、Kさんは「『パリアッチ』で、必ず私が間違えるところがあったんです」ですって。分かります?私は、末廣さんは「指揮者」として「そういうこと」はやっていないと言ったのだと思ったのですが、Kさんはそれを自分のことだと思ったのですね。そういう謙虚さ、いいですね。
aventure number : 1769 date : 2011/9/9


今日の禁断 ニューヨーク

 9月11日なんですね。あれから「10年」経ったことに関しては何の感慨もありませんが、「半年」ということには、とてつもない重みを感じます。そもそも、「絶対悪」ではあり得ない「テロ」と、「絶対悪」である「原発」とを比較すること自体が無意味なことなのですからね。
 そんな、ちょうど「半年目」にあたる日に、パリンカが以前と同じ会場で練習を再開出来た、ということには、なにか象徴的な意味を考えないわけにはいきません。同じように、この日に無事2日目を迎えた「ジャズフェス」の会場の一つである西公園のそばを通る時には、半年前の日常がやっと戻ってきたことを、しみじみと感じていました。そこから片平丁に入っていくと、片平の市民センターは同じ姿で建っていました。裏の駐車場のラインを少し引き直して、余計に車が止められるようになっていたぐらいは、変わっていたところでしょうか。それと、駐車する車の中に置いておくカードが、新しいものになっていましたね。
 今日は、少し長めの集中練習ということだったので、スタートが早まっていましたが、私はその前に早目の晩ご飯を食べて行ったので、ちょっと遅れてしまいました。これも、実は新鮮な体験でした。この半年間、私はパリンカの練習には決して遅刻することが許されなかったのですからね。いや、別に強制されたわけではありませんが、あくまでも会場を使うことに関しては職場には決して迷惑をかけまいと思っていましたので、当然、メンバーが来る前にはそこに行って鍵を開けておく、ということを続けていたわけです。まあ、早めに行っても、その分、楽器が置いてある部屋でフルートをさらっていれば、時間が有効に使えますからね。ほんと、休みの日に自宅でフルートを吹くなんてことは、まずもって不可能ですから。
 ただ、愚妻とちょっと遠くまで買い物に行った時などは、帰る時間を気にしなければいけませんから、あからさまに不機嫌になられたりしたのが、ちょっと困ったことでしょうか。これからは、そんなこともなくなることでしょう。
 この週末は、そんな買い物にも行けないほど、あちらは練習のスケジュールがタイトでした。なんたって、全国出場が各方面から期待されていますからね。そこで、土曜日などは練習のない私は、またまた「土曜大工」に励むことになるのです。というのも、来週には地震でヒビの入った室内を工事することになっているので、壁側の家具類を動かさなければなりません。ところが、私のAVシステムは、移動させることなどは全く考えないで設置してありましたから、とてもシロートには動かせないような複雑なものになってしまっています。そこで、それをまとめてキャスターをつけた台に乗っけてしまおうと思ったのですね。
 まず、この間テレビのラックを作った棚板を買ってきて、裏側にキャスターをつけます。キャスターを固定するネジが、いつも使っている「+2」のドライバーだとちょっと小さかったので、変な力が入って作業がはかどりません。近くのホームセンターで「+3」のドライバーを買ってきてやってみたら、全然楽でした。また工具が増えてしまいましたよ。

 これを前に置いて、

 まず左のスピーカーを移します。

 次は真ん中のテレビ。

 そして右のスピーカーを移し、今まであった台とコンクリートブロックをどかして、壁に押し付ければ出来上がりです。

 アンテナやHDMIのケーブルが、まるで胃カメラのようになっていますが、いずれは、デッキやアンプが置いてある左側の壁面もリフォームすることになっていますので、それまでには、それらを全部テレビの下に移動しなければなりません。私の部屋の改造は、まだ始まったばかりです。
aventure number : 1770 date : 2011/9/11


今日の禁断 グリーン

 前回キャスターを取りつける時に、ドライバーで力を入れ過ぎたので、手のひらにマメが出来てしまいました。今日見てみると、マメがつぶれた跡が、ハート形になっていましたよ。ちょっとキュート。

 そして、私の家の補修工事が始まりました。マンション全体はもう殆ど終わっていて、かなり大きなクラックなどもきちんと樹脂を注入された上に塗装を施して、前と変わらないようなきれいな姿に変わりつつあります。そして、各戸の内側の壁のクラックも、日取りを決めてそれぞれ行われてきました。私の家は、殆ど最後のスケジュールになっています。なぜそんなに遅くなったのかについては、ちょっとした行き違いのせいなのですが、希望の日にちを書いた用紙を、業者が見事に読み間違えてくれたせいなのですね。つまり、工事は全部で4日間にわたって行われるのですが、「都合のいい日を第4希望まで知らせてくれ」と言ってきたので、4日間続けて大丈夫な日の、それぞれの最初の日を4個書いてやったのですよ。そうしたら、業者はその4個の日に工事を入れる予定を入れてしまったのです。普通考えれば、そんなことはあり得ませんよね。1日仕事をして、1週間ぐらい休んでまた1日、という具合です。その間は、壁に面した家具などは動かしておかなければなりませんから、もう部屋の中はメチャメチャですよね。それに気が付いて、あわてて直そうとしたら、もう最初の頃の続いた日は全部他の部屋の予定が入っていて、結局最後の日からの分しか取れなかった、ということなのですよ。ほんとに間抜けですね。
 そんなわけで、1日目が終わった時には、壁に何やら注入口が残されていましたよ。明日はここから樹脂を注入、あさってはそれを取り除いて、最後の日には壁紙を張り替える、という予定です。もう、今日は普通に布団を敷くこともできませんから、私なんかは書斎に寝なければなりません。もしこんなことが3週間も4週間も続いていたとしたら、と思うと、ゾッとします。
 そんなバタバタしている時でも、合唱団の予定はやってきます。再来週は盛岡まで行って東北大会に出なければなりませんから、早目に新幹線のチケットを買っておこうと、近くの駅のみどりの窓口に行ってみました。ちょうどその日から、東北新幹線は震災前のダイヤに戻るそうなので、そんな記念すべき日に震災後初めて乗ることになるのですね。なんだか、興奮してきます。時刻表も、だから、昔使っていたのと同じものがそのまま使えるので、それで時間を調べておきましょう。窓口に行ってから、あれこれ面倒くさいことをやっていると、後に並んでいる人に迷惑ですからね。
 しかし、そのみどりの窓口に行ってみると、先客が2人いて、1人目がまさにそんな面倒くさいことを駅員との間でやり取りしている真っ最中でした。よくいますよね、こういう人。会員証みたいなものをいっぱい持ってきて、おそらく他の人の分も一緒に買っているのでしょう。なんだか、駅員さんも機械の前で頭を抱えてしまっていますよ。勘弁してくださいよ。
 でも、そんな初老の男の人が、なんだかよく知っている人に似ているのですね。まさかとは思ったのですが、その人がサインをしている用紙をのぞき見してみると、やはり、そこにはその人の名前が書いてありました。なんでこんなところにいるのか、不思議でしたが、帰り際に「○○さん」と声をかけると、あちらも思いがけないような顔をしています。私が「盛岡までのチケットを買いに来ました」と言うと、「県大会での課題曲は、素晴らしかったねえ」と言ってくれましたよ。そう、その人は、パリンカでその課題曲のレッスンをしてくれたあの先生だったのです。「でも、自由曲はあと一歩だね。頑張ってね」と言って、先生は駅を出て行かれました。
aventure number : 1771 date : 2011/9/13


今日の禁断 ジグソー

 いつも、お寺の会館でニューフィルが練習をする時には、座敷にいつも置いてある会食用の机をまず片づけなければなりません。この机は、特に和室で使うように作られたもので、木製で畳の上でも違和感のないデザイン、高さも少し低めになっています。

 よく会議室などに置いてある机のように、これには前に目隠しのための板が付いています。向かいに座った人が、スカートの中を「盗撮」しないように、との配慮ですね。この机を部屋の隅に寄せておくのですが、なんせ15個もありますから、少しでも広さを確保するために、半分は折りたたんで上に重ねるようにしています。足が畳めるんですよね。その時には、目隠しの板も外します。これだけは、折りたたむのではなく、ぶら下がっているのを外すだけです。だいたい、置く場所も決まるようになってきましたね。7枚まとめて置いておきます。
 おとといの練習の時も、そんな風にして、いつもの手順で会場のセッティングが終了、ブラームスとグリーグの練習が始まります。後半に行われたグリーグでは、曲によって楽器編成が違っているので、まずは大きな編成、「帰郷」とか「山の魔王」を先にやって、次第に薄い編成という順序で進められます。そうすれば、もう出番がなくなった人たちは、そこで帰ることが出来ますからね。これが、オーケストラと合唱との一番の違い、オケでは、自分の出番がなければ帰ってもかまいませんが、合唱では、そもそも「全員参加」が原則ですから、そんなことはあり得ません。本当は、コンクールの直前になっても、まだ楽譜にかじりついて指揮者を見られないような人は、休んでもらった方がいいのですがね。ま、中には、そういう人には「声を出すな」と言うぐらいの合唱団もあるそうですが、パリンカではそれすらもやっていません。一応、私は自由曲のパートではパートリーダーみたいな立場になってしまっているので、そういう、コンクールに出るにはあまりにも習熟度が不足している人には、タイミングもわきまえずに変な音を出されるといやなので、とりあえず曲の最後だけでもしっかり指揮者を見るようにアドバイスしてみましたよ。でも、その人は何の事を言われているのかさっぱり分からない様子、最悪ですね。もう、こういう人とは関わりを持ちたくはありません。
 そんなことを言っている間に、トロンボーンなどはいつの間にかいなくなっていました。「ソルヴェーグ」になると、もう管楽器はフルートとクラリネットしか要りませんから、ピッコロの私も楽器をしまって、自分の譜面台を片づけます。それだけではなく、もう必要のなくなった椅子などもさっさと片付けてしまいましょう。そうすれば、少しは早く終われますからね。掃除機のセッティングもやっておきましょう。
 そして、弦だけの曲は結局時間が足らなくて途中になってしまいましたが、1日の練習は終わりました。掃除機をかけた座敷には、また元通り机を並べます。人手が多いから、早いですね。と、畳んでおいた机に取り付けるための板が、2枚足りません。間違えて1つの机に2枚付けてしまったのかとも思いましたが、そもそもそれは無理、部屋中くまなく探しても、どこにも見当たりません。まるで「神隠し」ですね。不思議なこともあるものです。
 次の日、点検のためにもう一度会館に行ってみました。前夜にはかけられなかった内側からの鍵をかけて、しまい忘れていたスチール製の長机を納戸に入れようと思ったら、なんと(納戸)、そこには前の日に探していた板が2枚あったではありませんか。きっと、先に帰ってしまったメンバーが、いつもの置き場所を知らないで、ここに置いてしまったのでしょうね。これで、一件落着です。よかったよかった。
 そういえば、ポンプ室を見回ったら、外に、ティンパニの下に敷いておくシートが落ちていましたね。これはなんだったのでしょう。
aventure number : 1772 date : 2011/9/15


今日の禁断 ジンジャー

 4日間にわたったプチ・リフォームは終了しました。地震でクラックが入ってしまった構造壁のクロスをはがし、クラックにパテやエポキシを充填して補修、クロスを貼り替える、という一連の作業、その間は、作業する壁の前は空けておかなければいけませんから、和室は箪笥や仏壇が部屋の真ん中に陣取っているので、寝ることもできません。その点、私の書斎は、例のキャスター付きのボードの上にテレビやスピーカーを乗せてしまいましたから、ちょっと指先で触っただけで簡単に移動・・・出来るはずだったのですが、実際にやってみると結構重たくて、かなりの力は必要でした。でも、なんとかその日の作業が終われば本来の場所には戻すことが出来るので、かろうじて寝る場所は確保できましたね。
 最初の3日間は、ほんの2時間ぐらいで作業は終わったのですが、最後の日のクロス張りはそうはいきませんでした。全部で7面の壁や天井に新たにクロスを貼るのですが、新築時と違って、リフォームだと、エアコンとかコンセントといった、あとから付けたものがあるので、そこをきれいに切り抜いて貼らなければならないのですね。結局、3人がかりでやっても、夕方までかかってしまいました。でも、仕上がりは意外と雑、あちこち気泡が入ったようにデコボコがあります。文句を言ったら、それは下地の問題で、湿気が抜ければきちんと平らになるのだそうです。確かに、今日あたりは、もうほとんど目立たないようになっていましたね。
 部分的にきれいになった部屋の中(他の壁は、後ほどリフォームの予定)、やっと落ち着きを取り戻したので、青年文化センターまで行って新しく出た「まちりょく」をもらってきました。私が作った、最初で最後のパリンカの案内が載ってますね。このフリーペーパーでは、原稿の端が少し消えてしまうのは分かっていたので、それに対応できるようにまわりはすべて余白にしてありましたから、なかなかすっきりしていますね。と、思わず自画自賛。普通のチラシをそのまま送ったようなところは、なんだかまわりが白くなっていて、ちょっとみっともなくなっていましたからね。


 その時に、お隣の市民センターを見てみたら、地下鉄側の壁面には足場が組んでありました。こちらも、「リフォーム」の真っ最中。

 4階の、小ホールの窓が開いていたので、中が見えますが、脚立を使って作業中のようですね。大ホールはどの程度進んでいるのでしょう。

 センターのサイトによると、11月にはもうこのホールを使った催し物の予定がありましたから、その頃にはすでに工事は終わっているはず、あとは、正式な再開を待つばかりです。
 そういえば、この前ニューフィルに取材に来た○日新聞の記事は、一向に出る気配がありませんね。こういう状況になったのでは、もはやお寺の会館を借りて練習している意味も薄れてしまったのでしょうか。私は、ボツになったのは(いや、まだわかりませんが)、別の要因があるのではないかと思っています。あの時に、「追加取材」ということで電話が来た時に、当然相手も知っていると思って「○北にも記事が出ました」と言ってしまったのですね。あちらを真似して、取材に来たのだ、と。しかし、どうも彼はそれは知らなかったようなのですね。自分のところのスクープだと思っていたら、すでに商売敵に先を越されていたことを知って、いまさら載せることもない、ということになったのでしょう。あくまで憶測ですが。

 そういえば、今日ヨドバシに行ったら、いきなり受付の横に「Wコロン」がいたので、びっくりしてしまいました。ラジオの公開番組だったのですね。こんなところまで落ち込んでしまったなんて、やはり、もう「ととのいました」のブームは去ったのですね。というのも、あくまで憶測です。
aventure number : 1773 date : 2011/9/17


今日の禁断 リモコン

 テレビやスピーカーを簡単に動かせるように作ったキャスター付きの台は、その直後のリフォーム工事の時には期待通りの働きをしてくれました。そこで、さらにその機能を高めるために、1週間経ったのを機に、さらに改良を重ねることとなりました。作った当初はテレビの下の棚の中にDVDなどを収納していたのですが、それはあくまでも仮の姿、本来はそこにアンプやレコーダー・プレーヤーなどを入れるつもりで設計を行っていたのです。それらの機材は、ここに引っ越してきてから20年以上、ずっと、この棚の左手の壁に作った棚の中に置いてありました。もはやそこは彼らにとっては終の棲家のような状態、天寿を全うするまで、ずっとそこで仲間に囲まれて生活するつもりでいたことでしょう。それを、今になってそこを引き払って新天地に移ってもらいたいという話が起こったのですから、そう簡単に承服できないと思うのは当然のことでしょう。
 しかし、私は粘り強く交渉を続けることをやめませんでした。なにしろ、そう遠くない将来には、98.3%以上の確率で、彼らの住んでいる場所が丸ごと移動しなければならなくなるという可能性が叫ばれています。それは、部屋全体のリフォームを行うためには、避けて通れない事態なのです。どのみち、その場所を動かなければならないのなら、それを少し早めてもいいのではないか、と。
 そんな私の熱意に動かされない人などいるはずがありません。ついに彼らはこの転居に同意してくれました。あとは、そのタイミングだけの問題です。ある程度まとまった時間があって、その時間内には録画の予定などが入っていないことが、最も重要な要因となるでしょう。おそらく、転居にあたっては、アンテナのケーブルも一度は外さなければなりませんからね。それがうまく元通りになればいいのですが、万が一、受信障害などが発生してしまったら困りますからね。
 そこで選ばれた日が、きのうでした。日中はほぼまるまる作業に充てられるという予定です。たとえ作業に問題があっても、録画の時間までにはしっかり対応できるだけの余裕もあることでしょう。
 しかし、きのうは暑かった。ただでさえ汗っかきなのに、こういう配線などのチマチマした仕事をしていると、なおさら汗をかくというのが私の体質ですから、首からタオルを下げて、まさに汗まみれになって引っ越し作業を行わなければなりません。ただ、一番厄介だと思われたアンテナの配線は、以前のものをそのまま丸ごと持ってくることが出来ました。相対的な接続は全く変えないで新しい棚に運ぶことが出来たのですね。とにかく、もはや自分でも分からないほどの複雑な配線になっていましたから、それがそのままだったのはありがたいことでした。と思ったのですが、そこでテストでレコーダーからの信号をテレビに送ってみると、「接続されていません」という、エラーメッセージが出ているではありませんか。地デジは映るのですが、BSが全く見られなくなっているのですよ。仕方がないので、その複雑な配線の山と格闘です。そうしたら、なんだか、明らかに間違った配線が見つかりました。分配機で分けた先のケーブルが、どこにもつながっていないのですよね。しかも、まったく必要のない分配機なども見つかりましたよ。そういえば、数年前に、アンテナではなく、CATVのケーブル経由で受信できるようにマンションで工事を行い、その時にCATVの人が少し配線をいじったことがありました。それがおかしかったのですね。なぜか、間違ったまま、見られた状態が続いていたものが、引っ越しを契機に悪いところが見つかってしまった、というような感じでしょうか。不思議なこともあるものです。

 とにかく、アンテナのケーブルは余計なものもなくなってすっきりしましたし、これで、しばらくは引っ越しをしなくても済みそうなシステムが構築できました。CD、VHS、リージョンフリーのDVD、そしてBDと、新旧のメディアが1ヶ所に集結して、これから新しい生活を始めることになりました。あ、これは、あくまで自宅でのAVシステム、「おやぢ」のための再生装置は、これとは全く別のものです。
aventure number : 1774 date : 2011/9/19


今日の禁断 郡山

 いま、テレビの画面が、周囲にフレームが付くようになっていますね。生活に必要な情報をエンドレスで流そうという、あの時と同じ状況になっているということなのでしょう。確かに、名古屋で100万人が避難したり、東京では山手線が運休して、渋谷や新宿は帰宅客でごった返すという、半年前の悪夢がまた繰り返されています。あの時と違うのは、自宅のテレビでそんな様子を冷静に見ることが出来る、ということでしょうか。
 いや、そんなのんきなことは言ってはいられません。どうやら、JRは在来線だけではなく、新幹線も止まってしまったそうですね。K子さんは帰ってこれたのでしょうか。実は私自身も、あさってはコンクールのために、新幹線で盛岡に行くことになっています。こんな状況になっていたら、と思うとゾッとします。予報では、明日にはお天気は回復するということですから、あさっては大丈夫でしょう。なにしろ、新幹線が動かない、という段階で車などに切り替えたとしても、それでは間違いなく遅刻してしまいますから、動いていてくれないとどうしようもないのですよ。まあ、その時はその時、私一人ぐらいいなくたって、銀賞ぐらいは取ってこれるでしょう。
 仙台では、きのうから雨が降っていました。もちろん、ニューフィルの練習が始まる頃にも降っていました。ついに、「練習日には雨が降らない」というジンクスは破られてしまったのでしょうか。いいえ、きのうは全体の合奏ではなく、パートごとの分奏の日だったのですよ。ですから、会館を使うのは木管だけなので、大きな楽器を運ぶ必要はありません。なんて悪運が強いのでしょう。ニューフィルは。
 というわけで、私は木管のパート練習に精を出すことになるのです。きのうはブラームスだけ、なんせ長いので、必要なところをピックアップして、納得のいくまで細かいチェックです。リズムを整えたり、ピッチを合わせたり、ダイナミックスを確認したりと、全体の合奏ではなかなか指摘されないようなところを丹念に仕上げていきます。最近、他のオケに参加してやはりブラームスを演奏してきた人がいるのですが、その人が、しみじみと「やっぱり、ニューフィルは音がまとまっているなぁ」と言っていましたよ。きちんとお互いの音を聴いて、それぞれに歩み寄りながらアンサンブルを作るという、基本的なことが、別のオケでは全然出来ていなかったのだそうです。
 これは、私にとってはとてもうれしいことでした。私自身、数年前までは、そんな精密なコントロールなんかは、とても出来なかったものですから。ですから、パート練習のたびに、さんざん文句を言われていましたね。確かに、高音などはある意味勢いで出すようなところがありますから、例えばオーボエとオクターブでユニゾンなどという場面では、オーボエに合わせて低くしようとすると、音そのものが出なくなってしまっていたのですよね。特にピアノでは、まず無理でした。まあ、でも、言われてばかりでは癪なので必死に練習を続けていくうちに、なんとか他の木管と同じレベルで合奏できる程度までに上達してきたみたいですね。正直、昔はいやでたまらなかったパート練習が、最近では楽しくなってきましたから。もしかしたら、わたしのそんな「成長」が、さっきの人の言ったことにも関連していたのかもしれないな、と思ったら、うれしくなったのですね。
 まあ、フルートは何年もレッスンを受けていましたし、基本的なことは身についているはずなので、努力をすればある程度の「成長」は出来るものなのでしょう。というか、他の仲間は、やはり同じようにきちんとした修練を積んだ人ばかりなのですから、私だけがいい加減なことをやっていたのでは、そもそも迷惑なことになってしまいます。みんなは「楽しむ」ために集まっているのですから、その足を引っ張るような人にはいてほしくない、と思うのは当然のことですからね。
 でも、合唱ではそれは微妙。「楽しみ」のレベル設定が恐ろしく低い人がいたりしますし、そもそも私自身が、歌うことに関してはいまだに精密なコントロールがきかない状態なもので、ニューフィルみたいな充実感が、いつまで経っても得られないのですよね。やはり、音楽は楽しくないことには。
aventure number : 1775 date : 2011/9/21


今日の禁断 牛タン

 いよいよ、私の合唱での最後のステージとなるコンクール東北大会@盛岡です。台風の影響で、きのうまではJRの在来線はズタズタ、新幹線も一部運休があったりしていましたが、今日は真っ青な空が広がるコンクール日和、しっかりやって来い、というお告げの現れなのでしょうか。
 もしかして、新幹線が遅れたりしているといやなので、少し早めに駅に行くことにしました。指定券は10時38分発の「はやて」を買ってあったのですが、新幹線は全く平常通りに運行していたので、駅に着いた時には1時間以上の待ち時間がありました。ですから、もっと早いのがあればそれに変更しようと、みどりの窓口で見てみると、9時43分発の「はやて」がありました。これだったら、盛岡に着いてから昼ご飯を食べても練習には間にあいます。さっそくそれに変更、すぐに乗りこみます。
 車内は結構混んでいて、私の2人掛けのシートの窓際の席には、すでに通路側に人が座っていました。「すみません」とか言いながら、中に入ります。と、その、年の頃は40前後、色の白い美しい女性が、「この列車、『くりこま高原』にとまるのでしょうか?」と聞いてきましたよ。なんでも、大宮の次にノンストップで仙台に止まったので、もしかしたらそのあとは盛岡まで止まらないのでは、と心配になったようなのですね。いや、私もそのつもりで乗ったのですが、チケットを見せてもらうと、確かに各駅停車しか止まらないその駅までの指定券でした。そこで、もらったばかりの携帯時刻表を見てみたら、確かに、私が乗ったのは、仙台から先は各駅停車という変則的な「はやて」だったのですね。同じ時刻表で調べると、そのあとに出る10時11分発の「ノンストップ」の「はやて」の方が、先に盛岡に着いてしまうではありませんか。どっかの駅で停車している間に、追い抜かれてしまうのですね。そんなこと、みどりの窓口では教えてくれませんでしたよ。それが分かっていれば、ゆっくり仙台駅でお弁当などを買う時間もあったのに。
 でも、いいんです。ほんの少しですが、最初に買ってあったのよりは早く盛岡に着けますし、なんたって、くりこま高原までは、その美しい人妻と、楽しくおしゃべりが出来たのですからね(多少、脚色入ってます)。
 岩手大学や盛岡一高などがある一角の公民館で2時間ほど練習をした後、向かった岩手県民会館は、なんか、ホールには似つかわしくない外観でした。

 ロビーには、南部鉄器のシャンデリアのようなものがあって、いかにも「文化」、という感じがムンムン。

 ステージに立って客席を見ると、なんだか宮城県民会館とよく似ています。私は、もちろん全曲暗譜、しかも、隣の人が練習の時に必ず間違える個所などもしっかりフォロー出来るような配慮さえできるほどの落ち着きようです。こういうことは、オーケストラの現場ではよくあること、そういう能力は知らないうちに身に着いていたのでしょう。そんな可能性を、最後のステージで体験出来たのですから、もう心残りはありません。パリンカの皆さん、本当にありがとうございました。
 盛岡と言えば焼肉と冷麺、いつか行った駅前の焼肉屋さんで柔らかい焼肉をしこたま食べている間に、愚妻の携帯にコンクールの審査結果が届きました。今年も全国大会出場ですって。おめでとうございます。その時点では、パリンカの成績は分かりません。あとで聞いたら、「ダメ金」に限りなく近い銀賞だったそうです。こちらも、おめでとうございます。そういう合唱団で歌えたのは、私の誇りです。
 仙台駅に帰ってきたら、ホームの天井がまだ工事中でした。そういえば、今日は震災以前のダイヤに「復旧」した日でしたね。本当の復旧は、まだまだ終わりません。
aventure number : 1776 date : 2011/9/23


今日の禁断 モーツァルト

 WOWOWが10月からフルハイビジョンによる3波放送を開始することは、新聞などでも大々的に宣伝されていますね。私のように契約している人に対しては、毎月番組表が送られてきますから、その実態をさらに詳しく知ることが出来るようになります。それによると、放送開始の10月1日には、METから「生中継」が行われるのだそうです。すごいですね。民放でオペラの生中継なんて。もっとも、これはMETがずっと行っている「ライブ・ビューイング」をそのまま使って、いかにもWOWOWが「生放送」しているように見せるだけのものなのでしょうがね。それでも、日本では映画館や、たまにはNHKの放送で「生の録画」しか見られなかったのですから、これは画期的なことです。もちろん、それが何回も続くということではないのでしょうね。「生」は、おそらくこれ1回きり、でも、そのあともなんだか毎週「オペラ」を放送する予定が組まれていますよ。これはなかなか楽しみです。
 しかし、こんなクラシックをWOWOWが放送することに関しては、過去に苦い思いを味わされていますから、油断はできません。そもそも、私がWOWOWと契約しようと思ったのは、その頃は確か月1回ベルリン・フィルの定期演奏会のライブを放送していたからなのですよ。これはかなりおいしい話でした。しかし、それは長続きすることはなく、いつしか「ベルリン・フィル」は番組表から姿を消してしまっていました。やはり、そういうマニアックなことを続けるには、民放としてはいろいろ苦しいことがあったのでしょう、というのは、かなり良心的な解釈で、これははっきり言って「騙された」こと以外のなにものでもありません。
 ですから、今回の改変でオペラがプログラムに加わったからと言って、それでこの放送局が過去に行った「詐欺」を赦せる気にはなりません。どうせ、いずれは、オペラなんか全く扱わなくなってしまうのは間違いのないことなのですからね。まあ、とりあえずMETの「リング」だけでも全部録画し終わるまでは、この路線を貫いていてほしいものです。
 合唱コンクール東北大会に続いての怒涛の音楽漬け3連休の後半は、末廣さんとのニューフィルのリハーサルです。そこでは、たびたびその「ベルリン・フィル」が登場していましたね。つまり、音楽は指揮者ではなく、あくまで演奏家自身が作るものだ、というのですね。ベルリン・フィルなどは、そういうことが出来ているのだ、ということを、こともあろうにブラームスのフィナーレの変奏の、フルートの大ソロが出てくるところを「教材」にしてやり始めたのですから、大変です。ここは、「ソロ・フルート」と、「オケ全体」とのやり取りなのだそうです。すべての(と言っても、編成は少なめですが)オケは、フルート1本を相手にして、お互いを聴きあってアンサンブルしなさい、ということで、本当に指揮をしないで、我々だけで演奏させられたりしましたよ。これはものすごいプレッシャーですよね。オケには「いい音で」と要求しています。当然、私にもそれに見合うだけの「いい音」が要求されるのですからね。もしかしたら、末廣さんは本番でもここでは指揮をしなかったりするかもしれませんよ。なんせ、彼は「カルメン」の「間奏曲」で、ハープの前奏が終わって私のソロが始まったら、指揮をやめてしまったという「前科」があるのですからね。

 そこで、オーボエのIさんから、トラでオーボエ・ダモーレを吹く東京のアマオケの演奏会のチラシをもらいました。なんでも、被災地の石巻市民交響楽団からもトラが参加、その中にニューフィルの団員もいるのですね。さらに、石巻のメンバーによる室内楽が、開演前にロビーで演奏されるのだそうです。実は、そんな話を前に聞いていて、そのメンバーの中に、知り合いのフルートのKさんもいたのですね。なんだか、聴きに行きたくなってしまいましたよ。東京まで。
aventure number : 1777 date : 2011/9/25


今日の禁断 ザリガニ

 この前、指揮者練習をやった時には、会場がさるホールなので、例によって私の職場のポンプ室に置いてあった大型楽器を運び出しました。その日はまさにお彼岸の真っ最中だったので、私はみんなが来る前にそこの鍵だけ開けて、待っている間に他の仕事を片づけていたのですね。思いのほか自販機の「綾鷹」が売れていて、補充しなければ、というようなことです。それが終わって、楽器運搬の様子を見に行くと、なんだかみんなの様子がヘンでした。「中に、水があふれている」というのですね。除湿機もしっかり働いているので、そんなはずはないと思って見てみると、確かに床が水浸しになっています。さいわい、ティンパニなどは濡れた形跡はありません。というか、その水は上から漏ってきた、という感じではないのですね。床の上だけ、なんだか真ん中辺に集中的に水があふれているのですよ。まあ、とりあえず雑巾で水を吸い取って、そのまま除湿機をかけておきました。
 そして、その次の日の練習が終わって、私は、この前のように楽器に先を越されないようにと、真っ先に会場を出て、早々とポンプ室の前で待機していました。まだ何も入っていないその部屋の床は、除湿器のおかげですっかり乾いています。そこを調べてみると、床の真ん中にはマンホールがあるのですね。まあ、ポンプ室ですから、排水用の配管などがあるのでしょう。その鉄製のふたを開けてみると、なんと、あふれんばかりの水が入っているのですね。ということは、おそらく、この前の台風の大雨の時にあまりに降水量が多かったので、このマンホールから水が逆流したのかもしれませんね。それが、前の日の水の正体だったのでしょう。
 でも、この程度のことですんで、よかったですね。もっと水があふれて、ポンプ室の中全体が水であふれたりしたら、大変なことになっていたところでした。コントラバスは、もちろん水に浮かんでいたでしょうが、ティンパニって、水に浮くものなのでしょうか?なんて、本当にそんなことになっていたら、せっかく震災の被害を免れたというのに、台無しになってしまいますよ。
 あとで聞いてみたら、その台風の大雨は、庫裏の方にも少し被害を及ぼしていたそうですね。池の水があふれて中庭が水浸しになってしまい、土台の中から建物の中に水が入ってきたのだそうです。これは、この「ばっくなんばあ」の一番最初、10年近く前に起こったことと全く同じではありませんか。あの時と同じように、地下にあった井戸ポンプが水に浸かって壊れてしまったのだそうです。前にそういうことがあったので、そのあとすぐに排水用のポンプを設置しました。それは、常に気持ちがよいほど働いてくれて、どんなに大雨が降っても決して水があふれることはないようになっていたのですが、今回の大雨はそれでも間にあわなかったのでしょうか。でも、そのポンプを点検してみたら、なんだかフロートが排水口をふさぐような形になっていましたね。おそらく、そのために排水能力が落ちてしまって、増水に対応できなかったのかもしれませんね。
 そんなすごい雨だったのですから、ほんとにポンプ室はあの程度で済んで、よかったというべきなのでしょうね。
 今日は、久しぶりにその会館での合奏でした。指揮者練習の直後だったせいか、あまり出席も良くなく、始まる前に楽器を運ぶのにも、いつも早く来ている人がいなかったので、なんだか拍子抜けでしたね。いつの間にか、冷房を入れなくてもそんなに暑くならないような季節になっていました。そういえば、もうボツになっていたと思っていた朝日新聞の記事が、なんだかまだ掲載する予定でいるのだそうです。もう、旭ヶ丘の市民センターが再開するのも時間の問題ですから、あまり掲載が遅れると、ちょっと間抜けなことになってしまいそうな気がしますよ。
aventure number : 1778 date : 2011/9/27


今日の禁断 永作博美


 BSで、井上ひさしの「雨」をやっていたので、録画して2日がかりで見てしまいました。3時間以上かかるんですよね。これはもちろん今年上演されたものを収録したものだったのですが、実は、私はこれが初演された時に見に行っているのですよね。その頃は大宮に住んでいて、東京には毎週のようにコンサートを聴きに行っていましたし、たまにはこんなステージも見に行ったりしていたのですね。なんとも優雅な時代でした。というか、この頃聴いたり見たりしたものが、今でもしっかり私の中には財産として残っていますので、やはり「若いうち」の経験は大事なんだな、と、感心しているところです。
 井上ひさしは大好きな作家で、それまでに単行本はほとんど読破していたのですが、彼の本来のフィールドがそもそも台本書きで、当然のことながらそれまでに面白いお芝居をたくさん作っていたので、それもぜひ生で見てみたいな、と思っていたところに、ちょうど「雨」の初演の情報を見つけたので、西武劇場(今のパルコ劇場)まで出かけて行きました。実は私は中学校時代には演劇部に入っていたこともあって、実際にお芝居をやったこともあり、一度はちゃんとした芝居を見てみたかったのですよね。おそらく、ちゃんとした劇場でしっかりチケットを買って見に行ったのは、これが最初だったと思います。
 それは、なにからなにまで素晴らしいステージでした。照明や舞台転換によって、瞬く間に設定が変わってしまうという段取りの良さあたりから、もう感激しているようなありさまです。そして、なにより素晴らしかったのが、もちろん井上さんの台本です。何の予備知識もなく見に行ったので、この作品の最後に現れる大どんでん返しには、心底驚いてしまいましたよ。もう、最後のシーンになったら、そのショックでしばらく放心状態だったのではないでしょうか。これこそが、井上戯曲の最大の魅力なのでは、と、その時は思いました。
 確かに、そんなどんでん返しは彼の一つの手法ではあったのでしょうが、その後はちょっと別な方向へ行ってしまったようですね。しばらくして新しい作品をテレビでやったりしているのを見てみても、テーマ自体は深く重くなっていくのに、私が最大の魅力だったと思っていたものが段々希薄になっていくのですね。それは、おそらく作家としての「進化」だったに違いありませんが、私にとっては物足りないものでした。
 今回、30何年かぶりに全く新しい演出、もちろん俳優も全く別の人で(初演の時は名古屋章と木の実ナナでした)上演されたステージを見て、やはりこのどんでん返しのすごさを反芻しているところです。それと、これは「言葉」に生涯こだわっていた井上さんならではの、「言葉は、アイデンティティそのもの」というメッセージがしっかり織り込まれていたことも、再確認です。なにしろ、9割は山形弁でセリフが語られるというものでしたから、そもそも東京の人はどのように感じて見ていたのか、と思ったことも思い出しましたよ。私が、言葉に関して少なからぬこだわりがあるのも、井上さんからの影響が少しはあるのかな、などと、不遜なことを考えたりもします。
 とりあえず、最近気になってしょうがない「言葉」が、ラジオのDJなどが頻繁に使う「あらためまして」という言い方ですね。つまり、番組の最初にそのDJがまず「こんにちは」とか言って、一旦CMなどを挟んでもう一度しゃべり始める時に、ほぼ例外なくこの「あらためまして」を最初にくっつけてあいさつするのですよね。気持ちは分かりますよ。最初に出てきた時には聴いていなかった人もいるかもしれないので、そこで「あらためて」ご挨拶、という思想ですね。だったら、「あらためて」でいいじゃないですか。それを丁寧にしゃべっているつもりなのでしょうが、「〜まして」と付けると「あらためる」という動詞を丁寧に言った「あらためます」の意味が入ってしまって、単に「もう一度」という意味から離れて、「何かを改める」という、ちょっと違った意味に変わってしまうのではないでしょうか。ですから、DJがこの言葉を発すると、「おまえは、いったい何を改めたいのだ!」と突っ込みたくなるのですよ。そんなことには気づきもせず、ただの慣習で「あらためまして」と言っている人たちは、本当に愚かに思えます。
aventure number : 1779 date : 2011/9/29


今日の禁断 ソニー

 いよいよ、今日からWOWOWの3波フルハイビジョン放送が始まりました。なんと言っても、METからの生中継ですから、録画も間違えないように念を入れます。いや、最近のBDレコーダーときたら、どんなに頑張っても間違えようのないくらい親切な造りになっていますから、もともとそんな心配は無用なのでした。
 そんなわけで、無事「生放送」は録画できました。しかし、それを再生してみると、私はとんでもない勘違いをしていたことに気づかされることになるのです。WOWOWの案内では、METのオペラを「生中継」してくれるように書いてあったはずだ、と思っていたのですが、実際に「生」だったのは、オペラの最後のカーテンコールの部分を、舞台袖から見る、ということだけだったのですね。それも、恐ろしく段取りの悪い中継で、ホストの宮本亜門が台本を出して読み返しているところまでもしっかり映っているという、手際の悪さです。そして、その最後に、「今年のライブ・ビューイングは映画館で見て頂き、WOWOWでは、以前のものを放送いたします」ですって。確かに、番組表を良く見るとそれは分かることにはなっているのですが、あの煽り方では勘違いしない人の方が珍しいと思うのですがねぇ。またまただまされてしまいました。WOWOWさんには。というか、WOWOWもピーター・ゲルブにまんまと乗せられてしまったな、という気がするのですがね。要するに、「ライブ・ビューイング」の宣伝を、1時間かけて大々的に行った、というだけの話なのですよね。わざわざNYにまで行って。
 まあ、それでも、BDでオペラのコレクションがどんどん増えて行くのはありがたいことです。なんと言っても、私が買ったBDレコーダーはHDDが500Gのものが、なんと4万円台で買えたのですからね。出たばかりのころは20万円とか言っていたのですから、それを思うとこれはもうタダ同然、我が家の久々のヒット商品でした。ところが、最近ヨドバシに行ってみると、同じもの(いや、正確には一つ先の品番)が3万円台で売られているではありませんか。チューナーが1個しか付いていないものが型落ちしたので、そんなに安くなってしまったのですね。これをほっとく手はありません。茶の間のレコーダーはまだVHSなので、さっそくその後継として買ってきましたよ。でも、いざ、それを愚妻に使わせようとすると、こんなに簡単な操作になっているというのに、「難しすぎる」と言ってますよ。「機械オンチ」というのは、困ったものです。
 「言葉オンチ」というのが前回の話でしたが、「あらためまして」みたいに、余計なものをくっつけておかしくなっているものが、他にもありました。それは、「NPO法人」という言葉です。似たようなので「NGO団体」というのもありますね。今では誰でもそんな風に言っているみたいなので、おそらくなんの抵抗もなく感じられるかもしれませんが。私には気持ち悪くてしょうがありません。確か、この言葉が最初に出てきた頃には単に「NPO」や「NGO」と言ってませんでした?最後の「O」は「Organization」ですから、そこにすでに「法人」や「団体」という意味が入っているのに、そのあとにさらに「法人」だの「団体」ですから、普通の感覚ではなんとウザいこと、と思ってしまいます。でも、なぜかこういう言い方は他にもよくありますよね。最近はあまり見ませんが、ひところは「期成同盟会」というのがありました。「市電廃止反対期成同盟会」みたいな感じ。でも、これも最初は「期成同盟」だったんですよ。「同盟」と「会」という同じ意味の言葉を並べても不思議に感じない人たちは、何事にも「会」とか「法人」という収まりのよい言葉でまとめたい、という意識があるのでしょうか。去年の今頃は「山形県県民会館」というところにも行ってきましたし。
aventure number : 1780 date : 2011/10/1

11/10/3-11/10