2861(17/11/1)-2880(17/12/15)

今日の禁断 ソニー


 今月の「コラム」は、「ジュラシック・レフト」でした。もはやここまで来ると元が何だったのか分からなくなりそうですが、いいんです。とにかく意味のある3文字か4文字の言葉であればいい、ぐらいの制約しかなくなっていますから。
 もちろん、この「レフト」にはきちんとした意味があります。コラムの中では最近起こった「レフト」に関するエピソードが語られていますからね。この間ご紹介した、演奏会でホールのマイクを使って録音したら、左と右のチャンネルが反対になっていた、というお話です。ところが、こういう「ミス」は、これが初めてではありませんでした。憶えている方もいらっしゃるかもしれませんが、4月に行われた定期演奏会では、名取市文化会館の職員がケーブルの配線を間違えて、レコーダーに接続したケーブルが逆チャンネルになっていたのですよ。そして、そんな「事故」が10月の川内萩ホールでも起こってしまいました。確かに、いずれのホールもスタッフの対応はちょっと満足には程遠いものでしたから、そんな緩みが反映された結果なのでしょうか。
 ところが、実はそれだけではなかったのです。8月に戦災復興記念館で行われた「アンサンブル大会」の時の録音を、ちょっと必要があって聴き直してみました。そうしたらそれもチャンネルが逆になっていたことに気が付きました。最初にCDを作るためのモニターをしている時にもなんだか変だな、という気はしていたのですが、そんな間違いもあるということを知ってから改めて聴いてみると、明らかに定位が反対になっていることははっきり分かります。私が出たフルート四重奏でも、フルートが右側、チェロが左側と、全く反対方向から楽器が聴こえてきますからね。
 このホールのスタッフさんは、とても気持ちのよい方でした。客席の照明まで気を使ってくれて、こっちに使いやすいようにわざわざ上の調整室まで行って声を出しながら調節してくれましたし、ホールのレコーダーで使うメディアが、こちらで用意したのでは足らないことが分かった時には、真剣にあせってくれましたからね。でも、やはり私のレコーダーに送り込んだケーブルは、左右が逆だったのですよ。
 つまり、今年は私がD-100を使って録音した3つのホールが、すべてライン出力のチャンネルを逆にしていた、という、非常に珍しいことが起きていたのでした。そうなると、当然ながらレコーダーの方には何らかの異常はないのか、ということになりますよね。ですから、まずその疑いを晴らすために、何度もCDを同じ条件でライン入力を使って録音して、モニターしてみましたよ。予想通り、定位は何の異常もありませんでした。念のためマイク入力でも試してみましたが、こちらも問題は全くありませんでしたよ。まあ、見ていると、ホールでは別にチャンネルを色分けしているようなことはなかったので、その辺はあんまり気を使わないで、「出せばいいんだろう」ぐらいのスタンスなのでしょうかね。ああいうところは。今まで問題のなかった県民会館、イズミティ、楽楽楽ホールでも、これからはしっかりチェックをしなければいけませんね。
 そんな災害が、我が家でも勃発してしまいました。長年使っていたBDレコーダーが、突然動かなくなってしまったのです。なんか、聴いたこともないようなまるでブザーのような異音がして、操作不能になってしまいました。どうやらハードディスクが壊れたようですね。いや、だいぶ前からBD-ROM、つまり買ってきたBDがかからなくなっていたので変だとは思っていたのですが、録画やBD-Rへのダビング、再生はなんともなかったので使い続けていましたが、もう6年ぐらいになりますからね。
 たまに、思い出したように起動する時もあるので、その時をねらって必要なものをダビングしておきましょう。完全にくたばるまでに、必要なものが全部ダビングできればいいのですが。幸い、もう1台、別の部屋にあまり使われていないものがあったので、当座はそれでしのげますし。
Aventure Number : 2861 date : 2017/11/1


今日の禁断 ストーカー


 今までのブルーレイディスクレコーダーがほぼ死にかけているので、そのハードディスクに残った番組を何とか保存しておこうという作業は、やっと目鼻が付きました。まずはもう1台の、ほとんど使っていないレコーダーを、今までの場所から取り外して、私の部屋の、そのダメになったレコーダーと入れ替えます。まるで、心臓移植のような作業になりますね。アンテナ(実際はCATVからの信号)とテレビの間にレコーダーが入っているので、ケーブルは入力と出力の2本、そして、テレビとの間にHDMIケーブル、さらに電源コードと、全部で4本のケーブルを外して、レコーダーを体外に、ではなく、ラックの外に出します。そして、それを私の部屋のラックに入れる時には、音声だけは別のオーディオシステムにつないでいるので、それ以外にアンプへのケーブルへの接続も必要です。
 そんな面倒くさい「手術」を無事終えて、録画は今までどおりにできるようになりました。あとは、ダメになったレコーダーに残っている番組の扱いです。もはや操作系のプログラムがどうしようもなくなっているようなので、起動にやたら時間と手間がかかるようになってしまいましたが、まあ、ハードディスク自体は何とか生き残っていたようですので、こちらはHDMIだけをテレビにつないで、音声はちょっとランクが下がってしまいましたが、ドラマを見るぐらいだったら何とかできるようになりました。ですから、とりあえず、必ず残しておかなければいけない、METのオペラなどは、BD-Rに焼きますし、連続ドラマも、こちらは保存はしないのでひたすら見続けます。
 しかし、今回移植したレコーダーは、あくまで一時しのぎですから、その方にたまってきた番組も見れるものは見ておかないと行けません。なにしろ、最終工程である新品のレコーダーとの移植のために、すでに、1TB、ダブルチューナーのレコーダーを、今日買ってきましたから、早急に「再手術」をしないことには、また取り外したレコーダーから見たり焼いたりしなければいけなくなってしまういますからね。このあたりは、本当に時間との戦いになってきます。とにかくドラマがすぐたまってしまうのに、見る時間がなかなか取れませんからね。
 今の時点では、続けて見ているのは外国ドラマ2本と日本のドラマ4本です。外国の「クリミナル・マインド12」と「エレメンタリー5」は、かなり気を入れて見ないと登場人物の名前が分からなくなってしまうので、もっと楽に見れる「奥さまは取り扱い注意」とか「刑事ゆがみ」なんかを先に見てしまっていて、だんだんたまってしまい、今回はその面倒くさい方の外国ドラマを連続して見る羽目になってしまいました。
 今のクールが始まった時には、「陸王」とか「先に生まれただけの僕」なんかも試しに見てはみたのですが、ちょっとこんなものに時間を取られるのは無駄だな、と思って、続けてみるのはやめました。そんな風に、あるところで切り捨てないと、本当に時間が無くなってしまいますからね。
 今のところ、一番面白いのが「刑事ゆがみ」でした。これの原作は、最近までずっと立ち読みしていた「ビッグコミックオリジナル」に連載されていたのですが、これはもう絵がとても入っていけなくて最初から読むことを拒否していましたから、それがドラマ化されても大したことはないだろうと思っていたら、予想に反してとてもいいんですね。原作は読んでないので分かりませんが、脚本が素晴らしいし、それを演じている2人もテンポ感も絶妙です。そして、なんと言っても音楽が菅野祐悟だというのが、たまりません。いつもの通り、この人の音楽は、絶対にドラマの邪魔になりません。ですから、最初に見て、「もしかしたら」と思って最後のクレジットを見たら、菅野さんだったので、やはり、と思ってしまいました。
 反対に、もう邪魔しまくり、うるさくてたまらないのが、今の朝ドラの音楽です。実話なんでしょうが、脚本が悪いのか、あまりに現実離れのプロットですし、そこにこの最悪のセンスの音楽では、ちょっと見続けるのは辛いかも。
Aventure Number : 2862 date : 2017/11/3


今日の禁断 スプリッター


 新しく買ってきたブルーレイ・レコーダーは、今までと同じメーカーのものでした。やはり、機能とか操作方法などがあまり変わらない方がストレスがなくていいですからね。ただ、そのスペックは、6年半前に買ったものとは、ずいぶん変わっていましたね。なにより、ダブルチューナーが一般的になっているのがうれしいですね。その上のトリプルチューナーというのもあるのですが、別にそこまでは必要ないので、ダブルで手を打ちましょう。
 大きさは、逆に小さくなってました。幅は42センチぐらいと変わらないのですが、奥行きが前は27センチあったものが、20センチまで短くなっていました。まあ、それだけ、中身の集積化が進んでいるのでしょう。でも、確かに躯体は鉄ですから、資源を無駄遣いしないというつもりなのでしょうが、こんだけサイズが小さいと、他のコンポと重ねて使う時には困ることもあります。この上にもっと大きなボディの機材を乗せるのは、ちょっと大変。さらに、フロントを他のものと揃えると、後ろの端子などが奥に行ってしまいますから、裏側から配線をやり直す時などは面倒くさそうですね。
 今回これを入れ替えた時に、それを実感してしまいました。一応機材は自作のラックの中に入っていて、そういう作業はラック全体を引っ張り出して(キャスターがついてます)後ろの狭いところに入って行うのですが、やりにくかったですね。それでも、アンテナのケーブルとHDMI、そして音声だけオーディオに接続するためのRCAケーブルと、すべてのケーブルをセットし終わりました。
 それと、もう一つの設定がありました。それは、B-CASカードです。私の場合、WOWOWと契約しているので、前のレコーダーに入れてあるカードをそのまま使おうと思っていたのですが、今回の新製品の取説に、「カードは最新のものをお使いにならないと、放送が受信できなくなることがあります」なんて書いてありますから、ここはちゃんと更新をしておきましょう。
 こんな風に、新しいカードには「星」が2つありますから、やはり古いのは使わないほうがよさそうですし。
 なにしろ、専用のデコーダーを借りて受信していた時代からのユーザーですから、B-CASカードに変わってその番号を電話で伝えるだけで手続きが済んでしまった時には、簡単になったものだと感激したものでした。それが、今回はもはやネットで更新できるようになっていますから、ログインして前のカード番号(これも、すぐに出てきます)と新しい番号を書き込んで終わりです。「反映までに15分ぐらいかかります」とありましたが、もう即刻デコードされてましたね。
 ところが、音が出てきません。いや、普通にテレビからは音は出ているのですが、いつものようにそれを消音してちゃんとしたスピーカーで聴こうとしても、音が全く出ていないんですよ。あわててまたラックを引っ張り出してレコーダーの後を見たら、なんということでしょう、そこにはアナログ出力端子がなかったのです。さっき接続したのは入力端子だったのでした。これでは、音が出るわけがありません。
 そんなわけはない、これは何かの間違いだろうと他のメーカーのカタログを調べてみたら、もはや、よっぽどの高級機種でないかぎり、アナログ出力端子が付いた機種はきれいさっぱりとなくなっていましたよ。いつごろからなくなってしまったのかは分かりませんが、確かに、今のAVアンプだと もれなくHDMIの入力と出力が付いているので、そうなってくるとレコーダーのアナログ出力は必要ないと決めつけられてしまったのでしょうかね。でも、現実には私のように普通のプリメインアンプにつないでAVを楽しんでいる人も、まだまだ健在のような気がしますけどね。だいたい、出力端子を削ってもそんなにコストダウンにつながるとも思えないんですけど。そういう愚かなことを、すべてのメーカーが一斉に行っている、というのが、なんとも不気味ですね。
 とりあえず、今まで通りにAVを楽しめるように、何種類かの方策を検討中です。ドラマぐらいなら我慢できますが、映画でさえテレビのスピーカーではあまりにしょぼすぎますからね。とんだことになりました。
Aventure Number : 2863 date : 2017/11/5


今日の禁断 ドルチェ


 風邪が流行っているようですね。きのうも、ニューフィルのフルートパートでは今回の「第9」の1番担当が風邪をひいてお休みだという連絡が朝のうちにあったので、私はとっても緊張してその日を過ごし、いつもより早く練習会場に着いてしまうぐらいでした。私が2番目でしたね。別に早く行ったとしても、逆に椅子並べなどの雑用が入ってくるので、それだけ練習ができるというわけではないのですが、やはり余裕を持って練習に臨みたいじゃないですか。つまり、私はその日は「第9」の全楽章の1番フルートのパートと、ピッコロのパートを全部吹かなければいけないのですからね。
 なんたって、「第9」は大変な曲です、私はもう20回は本番で吹いていますし、その大部分は1番のパートですから、今さら、というかもしれませんが、やればやるほどその大変さが身に染みてくるようになるんですね。ですから、この曲の1番を吹く時にはまず気合いをちゃんと入れておかないととても乗り切ることはできません。なんせ今回は1番のアシとピッコロですから、もう最初から楽勝モードに入っていましたから、それをいまさら本気モードの切り替えるなんて、なかなかできませんよ。せめて、早めに来て1番の席になじむ、ぐらいのことしかできませんね。
 でも、吹き始めるともう体が覚えているのか、それほど苦労せずに演奏できるようになっていることに気づきました。今まで何回やっても引っかかっていたところが、いともすんなりと出来てしまうんですね。やはり、このところエルガーやらマーラーといったややこしい楽譜と格闘してきて鍛えられた成果なのでしょうか。3楽章なんか、前は最後にはコントロールできないほど消耗してしまうものが、けっこう楽に終われましたからね。
 あとは、自分で言うのもなんですが、ピッコロがこのところ格段の進化を遂げていることが実感できるのも、楽に吹けた要因でしょうね。本当に、試奏で吹いてみた第一印象があまりに素晴らしかったので衝動買いしてしまったパウエルのシグネチャー、それもウェーブタイプの頭部管のモデルは、今まで味わってきた苦労は何だったのかと思わせられるほどの馴染みを見せています。前の楽器だと、たまにポイントが定まらなくて、いろいろ考えないとうまく行かないことが多々あったのですが、この楽器はそんなことは全くありません。ちょっと具合が悪いな、という時でも、なんか楽器の方で正しいポイントに導いてくれるようなところがあって、それに従っているとどんどん楽に吹けるようになっていくのですね。これは、フルートのシグネチャーの時にも感じたことでした。
 ですから、ピッコロにとっては最大の難所、4楽章の最後のプレストなども、面白いように音が出て、吹いていて楽しくなってくるほどです。ただ、これに関しては、一つだけ、この楽器でも出しにくい音がありました。それは高音のFisなのですが、これだけはちょっと苦手、というか、うっかりしていると外してしまうことが多かったりしていました。そこで、この音を出すときには右手の薬指を押さえるのが正しい運指なのですが、それを中指に変えてみました。昔、なにかで読んだことがあったんですよね。そうしたら、今まで苦労していたFisが、とても簡単に出るようになりました。ピッチも別に問題はありません。そうすると、エンディング近くの「A-Fis」と下がる音型を16回繰り返すときでも、今までは殆ど出なかった下のFisが、とても明瞭に出るようになっていました。たった1つの音が出るか出ないかで、全く吹く時のイメージが変わってしまいましたよ。ただ、これは私の楽器だけの特性なのかもしれないので、マネはしないでくださいね。
 当然、そのピッコロは1番の席で吹いたのですが、終わってから打楽器の人に「ピッコロ、真ん中だったんですね」ととても珍しいものを見たように言われました。確かにこれはなかなか珍しい光景でしょうが、私がニューフィルに入って2回目の定期演奏会が「第9」だったもので、やはりピッコロ担当だった私は、よくこの位置で休んだ本吹きの代わりに1番とピッコロを吹いていたものでした。なんせ、その本吹きはGPの時にも休んでいたのですからね。その時も、合唱団の知り合いに「ピッコロ、そこで吹くんですか?」と言われたことを、思い出しました。
Aventure Number : 2864 date : 2017/11/8


今日の禁断 オンキョー


 前の機械がダメになったので、新しく買い替えたブルーレイ・レコーダーには、アナログ音声出力のRCA端子が付いていないという驚愕の事実に対応すべく、なんとか前と同じようにオーディオ・アンプを通して年季の入ったスピーカー(NS-1000)から音声を出そうという悪あがきは、結局1週間以上経ってやっと最終的な形を見せることになりました。
 その、テレビのスピーカーだけで番組を見るという、おそらく何十年ぶりに強いられた体験は、想像以上につらいものでした。一応我が家には2台テレビがあって、リビングにあるテレビは普通に内蔵のスピーカーで聴いているのですが、それは別に苦にはなりません。まあ、普通はご飯を食べたり、こんなブログを書きながら見たり聴いたりしているので、そんなに音は気にはならないんでしょうね。番組もクイズ番組みたいなバラエティばかりですからね。
 ただ、私の部屋で見る時には、テレビに対する私のスタンスはガラリと変わります。そこでは、「テレビを見る」ではなく、「テレビを通して作品を味わう」という体験になるのです。まあ、コンサートやオペラの映像を見る、というのがメインになるからでしょうね。ですから、リアルタイムで「番組」を見るということはまずなくて、録画された「ソース」を見る、というのがメインです。さらに、普通のテレビドラマも、「作品」として味わうにはCMほど邪魔くさいものはありませんから、必ず録画した後にCMを飛ばしながら見ています。
 今回、ちゃんとしたスピーカーが使えなくなったので、とりあえずは音楽ものはすぐには見ないで、ドラマだけ見るようにしてみようと思いました。ドラマだったら、そんなに音を気にしなくても十分見られるはずですからね。ところが、実際に見始めてみると、やはり全然物足りないんですね。今まで聴いていた音にすっかりなじんでいましたから、ドラマでさえも、例えば人の声がぜんぜんウソっぽく聴こえてしまうんですよ。そうなると、バックの音楽なんて、もうしょぼくて聴いていられなくなります。ストリングスが入った音楽なんて、まるで弦楽器の音に聴こえないんですからね。やはり、こんなのを聴き続けるのは耐えられません。少しでも早く以前の環境を取り戻さないことには。
 それで、まずは最小の出費で済ませられるようにと、レコーダーからのHDMI出力を2つに分けて、1つはテレビ、もう一つは、さらにHDMIからRCAに変換できるコンバーターがあるというので、それを通してオーディオ・アンプにつなごうと思いました。ただ、ネットで調べると「確実な動作は責任を持てません」とか「電源が必要」みたいなことも書いてあるので、果たしてそんなものでちゃんと聴けるようになるかは分かりません。それでも、一応機材を揃えてセッティングをしてみたら、電源は確かに供給されているのに、見事に画面も音も出てきませんでしたよ。どうやら、HDMIというのは思った以上に設定が厄介なもののようでした。
 仕方がないので、「プランB」です。HDMIしかないのなら、それに対応したAVアンプを用意してやろうじゃないか、というプランです。アマゾンで中程度の機種が半額で売られていたので、それを買ってきました。そして昨日、ラックにあったDVDレコーダーとVHSレコーダーを「排除」して、そこに新しいアンプを押し込み、ラックの裏側に回って同軸ケーブルやらスピーカーケーブルなどを配線、これで大丈夫だろうと、テストでWOWOWをかけてみました。確かに、画面も音も出てきたので、これで一安心、と思ったら、なんだか音が変です。その時間は映画をやっていたのですが、確かに音はスピーカーから聴こえてくるのに、人がしゃべる言葉が全然聞こえません。アメリカの映画なので、日本語の字幕が出ているのにですよ。やっぱり、もう今のAVの世界では、こんなスピーカーはそもそも役に立たなくなっているんじゃないか、と思ってしまいましたね。
 でも、取説を読んでみたら、どうやらこのアンプはデフォルトで5.1サラウンドの設定になっていたようですね。ですから、それを「2.1 サブウーハー無し」に変えたら、見事にセリフがちゃんと聞こえるようになりました。まずは大成功です。今までサラウンドには手を染めたことがなかったので、センタースピーカーの役目がいまいち分からなかったのですが、どうやら映画の場合は、セリフが全部センターに入っていて、フロントのLとRだけだと、聴こえなくなってしまうのですね。
 ただ、その設定を見ていると、「4.1 サブウーハー無し」という設定もありました。これは、昔懐かしい「4チャンネル」ではありませんか。音楽を聴く分にはそれで十分なので、その辺に転がっていたブックシェルフをリアの端子につないでみたら、1つのスピーカーからは全然音が出てきませんでした。これは、スピーカーが壊れていることがわかったので、当分はサラウンドを体験することはできません。そんなところまで突っ込んでどうするの、と言われそうですし。
Aventure Number : 2865 date : 2017/11/10


今日の禁断 キャロル


 新しく入手したAVアンプは、どうやら正式名は「レシーバー」というようですね。なんか懐かしい言い方、つまり、かつてのオーディオ界の主流製品であった、「チューナーの付いたアンプ」だったのですよ。ですから、その頃の「レシーバー」には、必ず選曲用の周波数の目盛りが付いていましたから、それが全然見当たらない今回のアンプには、チューナーが入ってるなんて全く意識していませんでした。
 確かに裏面にはAMとFMのアンテナ端子が付いていましたね。ただ、もはやアンテナをつないでラジオを聴くという習慣はなくなってしまいましたから、こんなものは別に無くたって構いません。というか、いまだにこんな立派な形でチューナーが売られているというのに、ちょっと驚いてしまいました。
 それと同時に、このレシーバーは「ブルートゥース」にも対応していました。この名前、いろんな場面で耳にしていて、例えば「ブルートゥースでケーブルがいらなくなったスピーカー」みたいなものがあることは知っていました。どの程度のスペックなのかは分かりませんが、デジタルで送信するのでかなりの高音質も保証できそうだな、という印象もありましたね。ですから、ここでは「ブルートゥースでスマホと連結できる」という説明にちょっと興味が湧いてきました。これだったら、radikoで聴いていたラジオも、スピーカーから出して聴けそうな気がしてきたので、さっそく試してみましょう。つまり、自宅ではノートPCをオーディオにつなぐという発想はなかったので、それがブルートゥースで出来るのならうれしいですからね。
 「ペアリング」とやらもなんなくできて、私のiPhoneは見事にレシーバーにつながり、スピーカーからはFMの音が流れてきましたよ。今まではヘッドフォンでしか聴けなかったものが、こんな風にスピーカーで聴けると、BGMにはもってこいですね。ただ、N響定期の生中継なども聴いてみましたが、ハイレゾに慣れた耳にはさすがにしょぼい音でしたけどね。あと、たまにバッファーで止まることがありますね。
 さらに調子に乗って、サラウンドスピーカーの安いのを入手して、4.0サラウンドも再生できるようにしてみましたよ。これはついさっきセッティングが終わったばかりでまだしっかり聴いていないのですが、2Lのサラウンド・ソースを再生してみたら、確かに音がスピーカーの前の空間に広がっているのが分かりましたね。それがどうした、という感じですが、2Lの社長のリンドベリが言っていた「ステレオは白黒写真、サラウンドはカラー写真」という比喩の意味が少しは理解できそうです。ところが、BS放送で録画したBDをかけてみると、WOWOWのMETライブ・ビューイングなどは、前説はサラウンドなのに本編が始まると2チャンネルステレオになってしまうんですよね。これはなぜなんでしょう。余談ですが、今日の昼ごはんは皿うどんでした。
 きのうは、いつも聴きに行っている女声合唱団の演奏会でした。今年の5月に職場でコンサートを行った団体で、その時にすでにお客さんにチラシを配っていましたね。もちろん、正式のチラシなんかまだ出来てませんでしたから、私が適当に作ったやつです。その時に聴きに来た人は、今回の演奏会の会場にはいたのでしょうか。
 いつもながらの、ステージごとに着替えてくるカラフルな衣装で、硬軟取り混ぜたレパートリーで迫ってくる合唱は、なかなかのものでした。ほとんどのステージで完全暗譜、さらには振りまで入れるのですから、相当の練習を積んでいたことがうかがえます。特に、この写真の東北地方の民謡を素材にした合唱曲が白眉でしたね。作ったのは信長貴富、彼が本気で作るとこんなすごいものが出来上がる、という印象を新たにしました。
Aventure Number : 2866 date : 2017/11/12


今日の禁断 トーク


 今回の「かいほうげん」では、少し紙面が余りそうなので、久しぶりに私のエッセイを載せてみることにしました。テーマは「ハイレゾ」、私が体験したことが中心になっていますから、まあ読んでみてください。4ページ分ですから長いです。

■身近になったハイレゾ
 ハイレゾというと、普通に生活している分にはなんの関係もないような気がしますが、実は世の中ではすでにかなりのところに浸透してきています。早い話が、ニューフィルの定期演奏会でも、このところ毎回ハイレゾで録音を行っています。ホールでは三点吊りのマイクロフォンをステージの上に設置して、それをCD-Rに録音してくれていますが、バックアップとしてそれと同じ音声信号をホールとは別に自前でハイレゾのレコーダーを持ち込んで録音しています。
先日の演奏会では、ホールの機材がCD-R1枚で80分までしか録音できないところに最後の交
響曲の前に指揮者が少し時間を取ってその曲に関するレクチャーを15分ぐらい行いましたから、その後1時間ちょっとの交響曲とアンコールまでを演奏したり、その間の拍手や指揮者の出入りの時間を含めると、全ての演奏が終わったころには80分を超えてしまいました。そこで、最後のアンコールの途中で録音は終わってしまっていたのです。そんな時でも、このバックアップがあったので問題なく団員頒布用のCDを作ることが出来ました。
そのレコーダーで録音したハイレゾ音源は簡単にCDのフォーマットにダウンコンバートできますから、それをCDには使います。そして、元のハイレゾの音源は、公式サイトのサーバーにアップロードして、どなたでも入手できるようにしています。
 アマチュアでもそんなことができるぐらいですから、今の時代のプロの録音の現場では、40年近く前に制定されたCDのフォーマットは、すでに標準ではなくなっているのです。クラシックに限って言えば、おそらく現在新録音としてリリースされているCDの大多数のものは、録音時にはハイレゾのフォーマットが使われているはずです。そして、映像のパッケージ、DVDやブルーレイでは、すでにハイレゾが標準的な規格になっています。

■なぜハイレゾか
 それには、しっかりとした理由があります。1982年にCDという形で華々しく世の中に登場したデジタル録音(デジタル録音自体はその前から存在していました)は、音質ではそれ以前のアナログ録音には及ばないことが次第に分かってきたからです。CDに採用されたフォーマットは、デジタル録音といってもPCM(Pulse Code Moduration)という、時間軸に沿ってアナログ録音の波形を細かく切り取り、その時の音の大きさを数値化したものです(このような多分に情緒的で不正確な表現は出来るだけ現象を分かりやすくするための方便だとお考えください)。切り取った時の細かさが「サンプリング周波数」、音の大きさが「量子化ビット数」と呼ばれる単位で表わされます。当然のことですが、それらの数値が大きいほど、より元の波形に近いものになりますから、実際の音もより元の音に近づきます。
 CDの場合、その量子化ビット数は16bit、サンプリング周波数は44.1kHzでした。ここでサンプリング周波数に注目すると、それは音を1秒間に44,100回切り刻むということになります。一方、例えば純音の場合、左のようにサインカーブでその様子が表示されることがありますが、それは基点から上に上って最高値となり、さらに下に下ってきて最低値となりまた起点に戻るという「サイクル」を一つの単位として数えます。周波数の単位であるHz(ヘルツ)は、かつては「c/s(サイクル毎秒)」と呼ばれていた通り、1秒の間に何個の「サイクル」が入るかをあらわすものです。ですから、一つの「サイクル」を表現するには、上限と下限の2つの点の場所を指定しなければいけません。つまり、例えば20,000Hzの音をデジタルで表現するためには、その倍の40,000回切り刻む必要があるということです。逆の言い方をすれば、サンプリング周波数が44.1kHz(44,100Hz)の場合には、その半分の22.05kHzの周波数の音以上は表現できないということになります。実際には、それ以上周波数が高い音があるとエラーが発生するので、この場合は20kHzより高い音は最初からフィルターでカットされています。
 面倒くさいことを書きましたが、要するにPCMの場合は、サンプリング周波数の半分以下の周波数の音しか録音できない、ということだけを知っておいてください。そして、CDのフォーマットでは20kHz以上の高い音は全く録音されていない、ということも。
 もっとも、人間の耳が認識できる周波数は、ほぼ20Hzから20kHzの間だ、とも言われています。CDのフォーマットはその範囲内なのだから、なんの問題もないのだ、というのが、CDが開発された時の「大義名分」でした。あのカラヤン先生も、それで太鼓判を押してくださったのです。ところが、実際にその音を聴いてみると、アナログ録音には確かにあったはずの繊細さとか空気感といったものが失われていることに、人々は気づきはじめました。そして、その原因はカットされてしまった20kHz以上の音にあるということも分かって来ました。それに伴って、2000年頃からは、録音スタジオでは24bit/96kHzか、それ以上のPCMが使われるようになってきます。このように、量子化ビット数、サンプリング周波数のどちらか一方か、あるいは両方の数値がCDの規格である16bit/44.1kHzよりも、大きな状態で録音されたものが、「ハイレゾ(High Resolutionの略語)」と呼ばれるのです。当然ですが、それはCDで再生することはできません。

■DAT、衛星放送によるハイレゾ
 そういう意味で、最初に登場したハイレゾの録音システムはDAT(Digtal Audio Tape)ではないでしょうか。CDをそのままデジタルコピーされることを防ぎたいというCD業界の姑息な事情で、16bit/48kHzというまさにハイレゾのフォーマットが1987年に採用されました。そのフォーマットはNHKが1989年に衛星放送(BS)を開始した時にも、音楽用のBモードとして使われることになります。しかし、2000年にアナログからデジタルに変わった時に(アナログ放送は2011年まで継続)、音声フォーマットは圧縮音源であるAAC(Advanced Audio Coding)に変わってしまいました。ですから、現在の衛星放送の音は、決してハイレゾとは言えないものになっています。これは、同じソースを市販のDVDなりBDと比べてみると、誰でもわかります。BDの場合、最高のフォーマットは24bit/192kHzですからね。

■DVDによるハイレゾ
 オーディオ用のパッケージとして最初にハイレゾが取り入れられて商品化されたのはそのDVDでした。最高で24bit/192kHzまでのハイレゾに対応し、従来の2チャンネルステレオとともに5.1サラウンドなどのマルチチャンネルも再生可能な規格が1999年に統一されて多くのソフトも供給されましたが、現在ではもはや新しいソフトのリリースは全くありません。

■SACDによるハイレゾ
 それは、同じ1999年に規格化されたもう一つのハイレゾ対応のパッケージ、SACD(Super Audio CD)との競争に敗れたからです。こちらは見た目もCDと同じで、ほとんどの製品は普通のCDも聴けるハイブリッド・タイプですし、再生機器も積極的に発売されましたからより浸透しやすかったのでしょう。
 しかし、SACDの場合は、DVDオーディオと同じ2チャンネルのハイレゾ音源とサラウンド用のマルチチャンネル音源が収録されていますが、それはデジタル録音でもPCMではなくDSD(Direct Stream Digital)という、別の形でデジタル化された音源が使われていました。フォーマットも1bit/2.8MHzという、PCMとはけた違いに高いサンプリング周波数になっています。その原理は、デルタ・シグマ変調と言って、正直非常に難解なものなのですが、ざっくり言ってしまうと、PCMのように、ミクロ的に見ると階段状になっている波形を、次の階段との差(デルタ=Δ)を前の階段に加える(シグマ=Σ)ことによって、波の形を滑らかにする、というものです。
 PCMは、時間軸に沿った直線的なデジタル化(そのため、「リニア・PCM=LPCM」とも呼ばれます)ですから、途中で切ったりつなげたりという編集作業が容易に行えます。サンプリング周波数を変えるだけで、テンポを変えるようなことさえ可能です。それに対してDSDは、そのようなフィードバックが入っているので、原理的に編集は不可能だというデメリットがあります。ですから、普通は例えば24bit/352.8kHz(CDの8倍のサンプリング周波数)といった超ハイレゾのPCM(DXD=Digital eXtreme Definitionと言います)にいったん変換して編集作業を行い、その後DSDに戻すということを行っているようです。

■ブルーレイによるハイレゾ
 PCMでのハイレゾのパッケージも、頓挫したDVDオーディオのあとを継ぐような形で、メディアをBD(ブルーレイ・ディスク)に変えて開発されました。それがブルーレイ・オーディオです。これは一部では「Pure Audio」というネーミングで、多くのレーベルで採用されています。こちらの場合も最高のフォーマットは24bit/192kHz、サラウンドも5.1だけではなくさらにチャンネルの増えたフォーマットにも対応できるようになっています。再生も、普通のブルーレイ・プレーヤーがそのまま使えます。

■インターネットによるハイレゾ
 しかし、ハイレゾの音源として最も出回っているのは、このようなパッケージではなく、インターネット配信によって直接入手できるハイレゾの音楽ファイルでしょう。すでにCD以下の音質の非可逆圧縮音源(mp3やAAC)での配信はかなり広まっていますが、ハイレゾのデジタルデータは、例えば24bit/96kHzのPCMの場合、1時間の音楽では約2GBという巨大なものになってしまいますから、それほどの広がりはありませんでした。しかし、ブロードバンドの普及や、音質を変えずにPCMデータのサイズを半分近くに出来る可逆圧縮(FLAC=Free Lossless Audio Codec)の開発によって、そのような大きなファイルでも容易にダウンロードできる環境が整ったため、このような販売方法が可能になってきました。
 最近ではそのような音楽配信の躍進で、CDなどの売り上げは低迷を続けています。SACDでも同じことで、それまでSACDを販売していたレーベルでもCDだけになってしまうケースも多くみられるようになってきました。インターネットで配信されるハイレゾの音源の再生に関しても、多くの再生機器が登場し、ノウハウも蓄積されてきましたから、将来的にはこの形が主流になっていくのではないでしょうか。なによりも、DSDでは、SACDに採用されている1bit/2.8MHz(このサンプリング周波数はCDの64倍なので「64fs」と呼ばれます)の上位フォーマットである128fs(1bit/5.6MHz)あるいは256fs(1bit/11.2MHz)による音源は、現在はインターネット配信以外で入手することはできませんから。

■PCMとDSDとの違い
 PCMとDSDでは、微妙なところで味わいが異なるとされています。ただ、単に解像度という点で比較すると、24bit/96kHzのPCMと、64fsのDSDが同等だと言われています。つまり、パッケージでは、ブルーレイ・オーディオによる24bit/192kHzの方がSACDよりも解像度が高いことになりますし、個人的な印象ですが、同じ音源でこの2者を比べてみると、明らかにブルーレイ・オーディオの方がより精緻な音に聴こえます。もしかしたら、CDの規格を制定した時に間違いを犯したように、SACDもハイレゾとして聴くには不十分なフォーマットで妥協していたのかもしれませんね。

■終わりに
 正直な話、普通に音楽を聴く分にはCDのフォーマットで十分です。再生するオーディオ機器も、実際にハイレゾの配信音源をきちんと再生するための手順は、単なる音楽愛好家にとってはハードルが高いことは否めません。それでも、しかるべき再生手段を整えて、ハイレゾの音を体験してしまうと、確実にCDの音では物足りなくなってしまうことは間違いありません。無理にはお勧めしませんが、現在のデジタル録音が到達した音を、機会があれば味わってみても損にはならないはずですよ。
Aventure Number : 2867 date : 2017/11/15


今日の禁断 ニルセン


 この間書いたエッセイが仕上がったので、もう今度の「かいほうげん」のコンテンツは全部揃いました。あとは写真などを適当にちりばめてレイアウトを決めればほぼ出来上がりです。とは言っても、まだ表紙のページのネタが決まってはいませんでした。まあ表紙ですから、記事が何もなくても、なんか雰囲気だけがありそうな紙面にすればそれで済むので、そんなに焦ってはいませんでした。ところが、先週の練習のあとの会議で新田さんに出した来年秋の定期演奏会のメインプロの候補曲から、もう「これにしましょう」という返事が届いてしまったのですよ。いや、正確には「あえて順位を付ければこれが1位ですが、その他の候補とは僅差しかないので、どれでもよろしいですわよ」という言い方だったのですが、その1位の曲をやりたいのはミエミエなのでした。それに対して、今度の練習の時の休憩時間にもう1度集まって承認する、という手順を踏めば、それで正式決定になるはずです。
 ですから、これは表紙を飾るには格好のネタになりますから、ぜひ使うことにしました。問題は、それで作ったものを出すタイミングです。まあ、穏当に考えればその正式決定の次の週に出せばいいのでしょうが、せっかく決まるはずのものを1週間も取っておくのも嫌なので、今のところは印刷は来週やっておいて、休憩で決定した後に出そうと思っています。万が一、決定が覆されることも考えて、部数は出席者の分だけにしておきましょう。
 あとは、定期演奏会の時の写真集も作りました。これは、いずれ公式サイトからもリンクすることになるので、あくまで「公式」の写真ですから、Kさんが鼻の穴をほじくっているような面白い写真を載せるわけにはいきません。あくまで、忠実な「記録」としての写真集を目指して作り始めました。
 そこで、前半と後半のステージの写真を大きく使うことにしたのですが、後半だと交響曲を演奏している時には、アンコールの時だけ使う楽器があるので、その分空っぽの椅子が置いてあるのが見えます。それよりは、全員揃ったところの方がいいと思って、そのアンコールの写真を見てみたら、全員が写っているのは最後に立ちあがったところしかないんですよね。やはり、楽器を持って演奏している写真の方が、見栄えはいいですよね。
 ということで、多少現実は歪めても、写真としての価値を高めるために、ちょっとした手を加えることにしました。ベースは交響曲の時の写真。山台の最上段の下手に空っぽの椅子があります。
 アンコールの時に、この場所で演奏している写真はこういうアップのものしかありません。これを切り抜いて、
 それを合成します。
 どうです。見事に全員が揃って演奏している写真が出来ましたね。
 でも、考えてみたら、この鈴が登場するのは盛り上がって他の打楽器もみんな立って演奏している時のはずです。というか、それまでの打楽器の人の数では足らないので、わざわざ別の人が加わっているのですから、その2人が演奏しているのに他の人が何もしないで座ったまま、というのは、本当はおかしいことになりますよね。
 でも、これは作った本人だから分かることであって、何も知らないでこれだけを見たら、別に変だとは思わないのでは、という気がしませんか?現に、チラッとネットに流したら、誰も気が付かなかったみたいですから。だから、これはその「修正版」の方を使うつもりです。
Aventure Number : 2868 date : 2017/11/17


今日の禁断 デノン


 ついに雪も降ってきたので、秋ももう終わりですね。でも、今年はまだ栗ごはんを食べていないので、スーパーで栗を1袋買ってきました。そこで、まずは私の仕事の「皮むき」が始まります。去年もやったことがあるので、要領は分かっています。外の固い皮は簡単に剥けますが、面倒くさいのはその中の渋皮ですね。これはもう根気よく剥がしていくしかありません。でも、しばらくそんなことをやっていたら、こんな風に全部皮が剥けました。
 ここまでできれば、あとは愚妻に任せるだけですので、私は一人で練習に行ってきます。とは言っても、オケの合奏ではなく、いつものパフォーマンス広場での個人練習です。ですから、その前に、その近くにある行きつけの鳥料理屋さんでお昼ご飯を食べましょう。
 南光台にあるこのお店は、結構有名なのですが、ネットでの評価だと「愛想が悪い」というのがたくさん見つかります。確かに、ここでは店員さんが3人いて、一人は調理専門ですが、あとの2人、おそらく親子の女性が揃いも揃ってとてもおとなしいのですよ。別に私は気にならないのですが、食べ物屋さんの店員さんは元気がいいものだと決めつけているネット住人にとっては、あんまり評判はよくなくなるのでしょうね。でも、長いことここに通っていると、店員さんは私たちが何を注文するか分かって来たようです。私が2人分まとめて注文すると、出来上がった料理は間違いなくそれぞれの前の置かれていましたからね。
 最近は、今日みたいに私一人で行くことが多いのですが、もう席に着くなり「定食でよろしいですね?」と聞いてきます。もう、すっかり私は常連さんと認識されているんですね。なんだかうれしくなってしまいます。それこそ、何も言わなくても「いつもの、お願い」というだけで通じるような飲み屋のノリですね。余談ですが、自分では常連だと思って「いつもの」と注文しても、お店の人はそこまでの親密さを持っていなかった場合、自分の思っていたものと別のものが出てきた時に、そのお客さんはどういう態度をとるのが正解なのでしょうね。まあ、プライドがあるので絶対に「これは違う」とは言えないはずですから、間違っていたものでもさもそれが注文したものであるかのように「うん、ありがとう」と受け取るのが、店員にバカにされない対応ですね。いや、その前にすでにバカにされていますが。
 そのあと、たっぷり2時間マーラーのフルートや、「第9」などのピッコロをみっちりさらって、帰ってきたら録画してあった「オケ老人!」を見てみました。映画館で見た時には原作とのあまりの違いにちょっと不満でしたが、改めてみてみるとそれなりに完成されたものに見えてきます。ただ、相変わらずサラウンド放送のはずなのにさっぱりリア・スピーカーから音が出ないのが気になります。
 そうなんですよ。先週、小さいスピーカーを買ってきて、サラウンドのリア・スピーカーとして配線を行ったのですが、BD-ROMではしっかりサラウンドが体験できるのに、放送のソースでは最初は確かにそれぞれのチャンネルの音が出ていたのに、いつのまにかリアが全く出てこなくなってしまっていたのです。ROMでは問題がないので、これはアンプではなくレコーダーのトラブルだと、まず思いましたから、他のレコーダーやプレーヤーをHDMIでつないで試したみたのですが、プレーヤーの音声設定をいくら変えても、一向にリアが出てこないんですよ。もう何が原因なのか分からなくなって、そもそものアンテナ入力まで疑ってみました。我が家はマンションにCATVが引いてあって、契約していない人でもそこからスルーでBSや地デジのアンテナ端子につなげるようになっています。そこで、その会社に電話してみたら、対応した人はいったい何のことだかわからないようで、何度もあちこち調べていたようですが、結局「アンテナに問題はありません」とヤケになってましたね。
 ところが、その「オケ老人!」を見ている時に、アンプの前を見ていたら、前になんだかわからなくてちょっと触ってみたスイッチがあることに気が付いたので、そこをあれこれいじってみたら、なんと、音がリアからも出てくるようになったではありませんか。これだったんですね。1週間かかって、やっとまともな設定が見つかりましたよ。これで、めでたく放送のソースでもしっかりサラウンドが体験できるようになりました。
Aventure Number : 2869 date : 2017/11/19


今日の禁断 フライング


 今回の「かいほうげん」、新田さんからの返事を見て、それに団長のいつもの思考パターンを加味すれば、ニルセンの「交響曲第4番」に決まるのは100パーセント間違いないと思って、第1面にはその情報をでかでかと掲載して、印刷を終わりました。スコアまで買ってしまいましたよ。
 とは言っても、何が起こるか分からないのが世の中ですからひょっとしたら、印刷した70部がすべて資源ゴミになってしまうかもしれないという覚悟は持っていたのですが、そんな心配は全く無用でした。私の予想通り、休憩時間に開かれた技術委員会では、団長は「ニルセン以外には考えられない。もし他を選ぶのなら、新田さんを納得させるだけの理由を挙げてほしい」とまで言ってましたから、それに逆らえる人などいるわけがありません。まあ、正論なんですけどね。
 ということで、「かいほうげん」は予定通りに発行できることになり、オケとしてはこの「不滅」というか「消しがたきもの」の前に演奏する曲を決めるという段階に進むことになるのです。でも、そうなるとなかなかいい曲が浮かびませんね。とりあえず思いついたのは、同じ作曲家のフルート協奏曲です。この間はエルガーのチェロ協奏曲で仙台フィルの人をお願いしましたから、フルートだってたぶん吹ける方がいるでしょうからね。と思って、スコアを調べてみたら(エルガーの作品は、全集版が簡単に見られるようになっています)、なんとも変わった楽器編成だと分かりました。いや、ソロの楽譜は持ってるし、前から曲だけは何度も聴いていたので、ちょっと普通の編成ではないな、という気はしていたのですが、始めてスコアを見てみると、オーケストラのパートにはフルートが入っていなんですよね。木管はオーボエ、クラリネット、ファゴットが2本ずつ、金管はホルン2本とバストロンボーンしかいません。それで、オケのクラリネットもかなり難しそうなので、ちょっと現実的ではないことが分かりました。そもそも、ソリストが来ない時の代吹きは誰かがやらなければいけないのでしょうが、とても私には吹けませんし。
 まあ、それは無理でも、今まで吹ける気がしなかったものがきちんと吹けるようになるのはとてもうれしいことですね。今やっている「第9」のピッコロがまさにそんな感じ。実際に何度も本番はやっていても、一度としてちゃんと吹けたことはなく、これを納得できるぐらいに吹けるようになるのはある意味「夢」だったのですが、楽器との相性が合ってきただけで、何の苦労もなく最後まで吹けるようになっていましたからね。高音のHが楽々鳴ってくれるのは殆ど快感です。
 ただ、私の場合、調子が良いと浮かれていると、バッタリ鳴らなくなってしまうことがあるので、用心は必要です。というか、楽器に限らず、裏切られた時に落ち込まないように、極力「こんな幸せは長くは続かないぞ」というスタンスをとるようにしていますけどね。なにごとも過度の期待を持たなければ、幸せに生きていけます。
 ですから、新しくしたブルーレイ・レコーダーにアナログ出力が付いていないことが分かって、とりあえず音だけは出したいためにAVアンプを買った時も、せっかくサラウンドが聴ける機能があるのだからと設定をしてみたら、全然音が出なかった時でも、「まあ、こんなこともあるさ」みたいに悠長に構えていたら、最終的にはきっちりサラウンドになる設定が分かりましたからね。これなんかは、信じて待っていれば相手の方から歩み寄ってくれる、みたいな感じでしょうかね。
 ただ、そうなった時にまた新たな疑問が湧いてきました。再生中のモードを表示できるようになったのですが、そこで、サラウンドだと「AAC 5.1 48kHz」みたいな表示なのですが、2チャンネルだと「PCM 2ch 96kHz」と表示されるんですよね。デジタル放送の音声はAACだったはずなのに、これはいったいどういうことなんでしょう?しかも96kHz。
Aventure Number : 2870 date : 2017/11/22


今日の禁断 チータ


 確か、6月ごろにもコンサートをやっていた私の大学の合唱団のOBが、またコンサートを開きます。しかも同じ場所(萩ホール)で。年2回なんて、まるでニューフィルみたいなスケジュールですね。
 とは言っても、今回はメインはOBではなく、今の学生たちの合唱団です。第65回定期演奏会、というやつでした。これは年1回やっているコンサートですから、64年前から行われている行事だということになります。すごいですね。私が団員だったころは、たしか20何回目でしたからね。その頃は100人近くのメンバーがいたはずですが、今では20人にも満たない少人数になってしまいました。男声って人気がないんでしょうね。オトコばっかりですから。
 それっぽっちのメンバーでは、とてもフルステージは大変だろうということで、全国からOBが駆けつけて現役団員との合同のステージを作ることになっていたのでした。さらに、もう1団体、やはりOBが中心になって作られた市民合唱団も加わります。なかなかヴァラエティに富んだ構成ですね。
 萩ホールといえば、最近ニューフィルも使ったところです。あの時には、正規の駐車場が満車になってしまい、ホールの前の空き地まで使って停めてもらってもまだ入りきらない車があったそうなので、そんな目には遭わないように早めに行ってみました。でも、結局開場時間になってもまだ空きがあるという状態でしたね。私が聴きに来て、こんなに人が集まらなかったのは初めてですね。ですから、中に入って2階席に行こうと思ったら、柵があって入れないようになっていました。あえて2階はふさいで、1階を満席にしようということなのでしょうか(あとで気が付いたのですが、どうやらここは、出番ではない出演者が座っている場所だったみたいですね)。
 最初は現役だけのステージ。でも、よく見るととても現役には見えない人が一人混じっています。これは、私の3年下のOB。大学の職員で、この合唱団の指揮もしている人なので、トラで出演していたのでしょう。そのせいもあってか、人数の割には声が出ていたようですね。日本民謡を歌っていましたが、間宮のコンポの6番を暗譜で歌っていたのには驚きました。
 次が、たびたび外国公演も行っているという市民合唱団です。指揮が、やはりOBの大御所、以前、このホールでヴェルディの「レクイエム」を指揮された方です。情熱を込めて歌わせることにかけては定評のある方ですから、メンバーからの熱い思いは痛いほど伝わってくる演奏でした。
 そして、OBと現役との合同ステージで、6月にも歌っていたタダタケの「富士山」です。顔触れを見ると、しばらくこういうところには参加されてはいなかった大先輩の顔も見えたり、私の1年下で、東京の合唱団に入れ替わりで入ったので結局一緒に歌うことはできなかった人も見つけることが出来ました。ほぼ全員暗譜で、安心して聴いていられる演奏でしたね。
 6月に来た時も、泣き出した子供を外に連れ出すこともせずにほったらかしていた母親がいましたが、今回もそんな状況が起きていたのには参りましたね。こうなると、陰アナでケータイの電源を切る事を促すと同時に、「お子さんが泣き出したら、直ちに外へ連れ出してください」と言わなければいけないようになってしまうのでしょうか。それはあまりに悲しすぎます。
 ホールに入って客席に座った時に、すぐ後ろにいた別の合唱団のOBに、「出てないの?」と言われたり、トイレに行った時にすれ違った東京のOBに「はやく復帰してよ」と言われたりと、何かとこの合唱団のOBとして出演するのが当然みたいに見られている私ですが、しばらくは一緒に歌うことはないでしょうね。いや、一時期、オケと合唱を掛け持ちしていたことは確かにありましたが、今ではよくあんなことをやれたな、と思っていますからね。空いた時間があれば、フルートを吹くことに使いたいなと、切に思っている今日この頃です。
Aventure Number : 2871 date : 2017/11/24


今日の禁断 メトロ


 メシアンが残した唯一のオペラ「アッシジの聖フランチェスコ」の「日本初演」を聴いてきました。正確には「全曲日本初演」ですね。つまり、抜粋で演奏されたことは過去にあったのですが、全部演奏したのは今回が初めてということです。なんせ、編成も巨大なうえに演奏時間も長大ですから、よっぽどの事がない限り全曲が演奏されることはありません。おそらく、私もこれを逃したらあとは聴く機会などないだろうと思ったので、半年前からしっかりチケットを入手していましたよ。いや、そう思っていた人はたくさんいたようで、一般発売の初日には全席が完売していたそうですね。なんたって私は、この曲のCDとDVDは全て(と言っても、合せて3セット)持ってますから、なんとしても生で聴きたかったのですよ。
 実際に私が聴いたのは、正確には「初演」ではなく、3回目の公演でした。本当の初演は先週の19日の日曜日、そして、祝日の23日ときのうの日曜日という、「休日」の3日間でした。これは、読売日本交響楽団とびわ湖ホールとの共同制作で、23日はびわ湖で行われています。19日と26日はサントリーホールです。完売したのはその東京のチケット、びわ湖の分はいくらか残っていたようですね。いずれにしても、演奏時間が正味4時間半(合唱やオケの出を除くと、4時間20分ほど)、その間に35分の休憩が2回入りますから、全部で5時間40分、とても平日に演奏することなんか出来ません。
 編成も、16型の弦楽器に、7.4.7.4.-6.4.4.3という管楽器、打楽器奏者が10人、オンド・マルトノが3台、それに9人のソリストと120人の合唱で、総勢241人(たぶん)です。木管は、持ち替えなしでフルートあたりはフルート3、アルトフルート1、ピッコロ3という内訳、クラリネットには、まずオーケストラのステージでは見ることのできないコントラバス・クラリネットが加わっています。ただ、これだけの編成だと普通は入るはずのハープと、そしてティンパニがありません。おそらく、メシアンにはティンパニが使われる作品がなかったような気がします。これだけの人数を集めるのはどんなオーケストラでも無理ですから、大量のエキストラが雇われることになります。そんなことも、これまで演奏されなかった要因でしょう。
 もちろん私は日帰りで帰ってこなければいけませんから、2時に開演したものが、終わるのは7時40分ということなので、帰りの新幹線のチケットを買う時にかなり迷いました。8時16分東京発という最終のひとつ前のはやぶさを取ったものか、あるいは、それより1時間20分もあとの最終のはやぶさにするか、ですね。その間にも何本かの新幹線はあるのですが、いずれも最終のはやぶさより仙台に着くのは遅くなってしまいますからね。そこで、私が出した結論は、最終を買っておいて、その前のはやぶさに間に合うようなときには乗車変更をする、というものでした。なにしろ、予定通り終わったとしても、そこから地下鉄とJRを乗り継いで果たして8時16分までに東京駅の新幹線乗り場まで行けるかどうかは全く保証できませんからね。
 ただ、ネットで空席状況を検索してみると、そのはやぶさは前々日にはすでに「×」になってしまいましたから、その時点で可能性はなくなっていたのでした。ところが、前日の朝に見るとそれが「△」に変わっているのですね。キャンセルが出たのでしょうで。でも、きのうになったらもう「×」でしたね。やはり、日曜日のこの時間は混むことになっているんですね。実際、最終のはやぶさでは、デッキも立っている人で一杯でした。
 サントリーホールはロビーがすっかりクリスマスモードになっていました。
 私の席は、もうそこしかなかったので仕方なく買った1階席の後ろから2列目の右寄りです。2階席が上にかぶっているので、ちょっと心配でしたが、それほど問題はなく、ステージの音はしっかり聴こえてきました。ステージでは、ピッコロの人が夢中になって練習していました。オーケストラでピッコロが3本というのも、まず見られない光景ですが、そこで彼ら(彼女ら)がさらっているのは、確かにものすごく大変なところでした。高音ばっかり出てくるんですよね。曲の中ではもう何回も出てくることになるのですが、練習の甲斐あってか、ほぼ完璧に吹いていましたね(1ヵ所だけ外していたかも)。とても私にはできません。
 そして、お目当ての3台のオンド・マルトノを探します。1台はオルガンの脇にありました。
 あとの2台が2階席にある、という情報は知っていたのですが、ちょっと座っているところからは見えないな、と思っていたら、LB席の一番後ろの高いところから、スピーカーが顔を出していました。
 ということは、もう1台は反対側のRB席の上ですね。ここからだと見えません。確かに、演奏が始まると、左側の楽器はしっかり音が聴こえてくるのに、この陰になった楽器はあまりよく聴こえませんでした。これはちょっと残念でした。このオンド・マルトノたちは、今まで録音を聴いていてもいまいちその存在がはっきりしなかったのですが、これはもうものすごい使われ方をしているのが、今回とてもよく分かりました。ですから、きちんと右も聴こえてくる「サラウンド」で聴いてみたかったものです。悔しいので休憩時間にそばで写真を撮ってみました。
 このホールは、まるで「劇団四季」のように、館内での撮影に対しては神経質で、休憩時間でも係員がそばにいると制止されたりしますから、結構大変です。
 演奏に関しては、とにかく生でこの曲に接することが出来てとても幸せでした。とは言っても、実際に5時間半もの間拘束されて聴かなければいけないというのは、想像以上にハードな体験でした。私がそう思うのですから、慣れない人はそう感じるのは当たり前で、休憩が終わったら明らかに空席が増えてましたね。そもそも私が座ったところも、左端が2つ最初から空いてましたし。
 休憩中ではなく、演奏中にも堂々と出ていく人がいたのには笑えましたね。5人はいたでしょうか。もっとも、2幕などは2時間休みなしですから、トイレが我慢できなくなっただけなのかもしれませんが。
 こんなことを言っていいのか分かりませんが、メシアンの音楽というのは基本的にどの作品を聴いても同じなんですよね。ですから、彼の手の内はもう分かっていて、それだから親近感もおぼえることが出来るのですが、これだけ長い時間にそれだけのものしかないというのは、逆に言えばとてつもなく退屈な音楽になってしまうんですよ。正直、この作品がこれだけ長くなる必然性を見つけることが出来ませんでした。
 一応「オペラ」と謳ってはいますし、実際にオペラとして上演された映像も見ていますが、ここにはほとんど「物語」というものは存在していません。あるのは「エピソード」だけなんですよ。ですから、ドラマとして見ると退屈なのは当然です。結局、ほとんど音楽だけで進んでいくのですが、その音楽の中には基本的にドラマを見出すことはできませんし。もしかしたら、宗教的な素養があればもっと積極的に「ドラマ」を感じることが出来るのかもしれません。あいにく、私にはそこまでの知識も体験も不足しています。
 ただ、そんな中でも確実に感動的な瞬間は何度もありました。これを手掛かりに、あとは「続けて」ではなく、「分けて」録音などを聴きながら、その追体験をしてみようかな、と思いました。
 そんな感動を与えてくれたのは、ほとんど合唱のシーンでした。この合唱団は新国立劇場とびわ湖ホールの合唱団の合同演奏のようですが、とにかくものすごい声が出ていました。勝手にメシアンは肉食人種だと思っているのですが、そんなギラギラとした肌触りが見事に伝わって来るのですよ。その代わり、ピッチがちょっといい加減だったのはご愛嬌。第7景の冒頭ではこの合唱のクラスターが出てきました。メシアンのクラスターなんて、かなり珍しいものですね。この第7景だけは、他の場面と違ってそんなメシアンのルーティンではない、実験的な試みがあって、スリリングでしたね。3台のオンド・マルトノの呼び交わしも素敵、今までの録音では、この楽器のこれだけの存在感は全く感じられませんでした。これこそが「生」の醍醐味です。
 半面、オーケストラの弦楽器が、なんか「草食」系なんですよね。ハーモニーも美しいし、とてもピュアな音は聴かせてくれるのですが、メシアンには確かにそれも必要だとは言っても、もっと「肉食」的な部分があってもいいのでは、と思ってしまいました。フルートのパートは、フルート3本+アルトフルートで4声のハーモニーを出したかと思えば、3本のピッコロで、グロッケンと一緒になって超高音の鳥の鳴き声に挑戦したり、目が離せませんでしたね。全員キー・タップだけで演奏、なんて場面もありましたね。でも、なんと言っても圧巻は打楽器でしたね。特に後ろに横一列に並んだシロフォン、シロリンバ、マリンバの人たちは本当にすごかったです。
 そんな、変拍子だらけのほとんど曲芸のようなスコアに挑戦している指揮のカンブルランも、そういう意味ではブラヴォーなのですが、全体的にいまいち心に響いてこなかったのはなぜなのでしょう。この人のメシアンはCDで何回も聴いているのですが、そのたびにやはり同じような物足りなさを感じていました。一つには、演奏時間。どの曲も、極端にテンポが遅いんですよね。この曲の場合も、今までのこの曲の録音、録画だと、初演の小澤などは3時間52分しかありませんし、1998年のナガノのCDは4時間6分、2008年のメッツマッハ―のDVDは4時間8分。しかし、カンブルランはそもそも予定の時間を15分もオーバーしていましたから、確実に4時間15分は超えていました。聴いていて、特にテンポが遅いという感じはしませんでしたが、メシアン特有の唐突な音楽性の切り替えの部分が、何か不自然に聴こえてしまいました。結局、それが退屈感につながってしまったのでしょう。
 ソリストでは、フランチェスコのヴァンサン・ル・テクシエと、天使のエメーケ・バラートが素晴らしかったですね。急遽代役となったレオーネのフィリップ・アディスは、ちょっと声がさびしかったですね。
 この人たちは、基本的にコンサート形式の上演ということですのであまり大きな仕草などはしないのですが、自然な感情の発露としての動きはしっかりと見せていました。ただ、中には全く無表情で歌うことだけに専念している人も(特に日本人のキャスト)いたので、そういう人が逆に目立っていましたね。仮にもオペラ歌手なのでしょうから、もう少し「お芝居」をしてほしかったものです。
 あとは、ホール側のミスですが、字幕がとても見づらかったですね。オペラハウスで使う字幕マシーンではなく、ステージの後ろにたらしたシートにプロジェクターで投影していたのですが、その場所だから字が小さいし、色も薄いのでぼやけて見えました。それと、陰アナでとてもしつこく「指揮者がきちんとタクトを下してから拍手をしてください」と言ってましたが、これも余計なおせっかいですね。こんな注意は初めて聞いたので、吹き出してしまいましたよ。そもそも、音楽は指揮者が手を上げた時に終わるものだってありますからね。そんな指揮者だったら、腕を上げて「やった!」と思った瞬間に拍手が欲しいと思うんじゃないでしょうかね。彼は、拍手を受けるためには、それからおもむろに「タクトを下ろす」作業を行わなければいけないんでしょうね。実際にこの曲の最後に起こったそのような拍手は、なにかとても白々しいものに感じられてしまいました。というか、聴いた感動を表現するのまで、指図されるのは不愉快です。過剰なまでの撮影禁止は、ほとんどヒステリーですし。
 実は、私の隣に座っていた男は、演奏中に小さなノートを開いて、ペンでなにかを書き込んでいました。おそらく、演奏の感想をその場で事細かに記録しておいて、あとでブログかなんかにアップするのでしょう。まあ、別に他人の趣味に口出しをする気はありませんが、そんなことをやっていては、肝心の音楽が味わえなくなってしまうのではないでしょうかね。というか、はっきり言ってものすごく邪魔でした。拍手のタイミングを指示する暇があったら、「演奏中は、隣の方の迷惑になりますので、メモを取ることはおやめください」という案内こそ、やってほしいですね。
 ためしに、カーテンコールの前に席を立って、そのまま東京駅に向かってみました。銀座線を新橋で乗り換えて、ホールから20分で着いてしまいましたね。これだったら空いていれば楽々乗車変更も出来ましたね。これからは(そんな機会はありませんが)、最初からこの時間で取りましょう。というか、この最終の2つは日曜日はいつも満席、間にもう1便欲しいですね。
Aventure Number : 2872 date : 2017/11/27


今日の禁断 プリウス


 かつて横綱だった某横綱力士が引退しましたね。まあ、暴力沙汰では仕方がありませんね。それにしても、こういうことが起こると決まってメディアが取り上げるのが、「横綱の品格」というやつです。横綱たるものは、相撲が強いだけではなく、人間的にも優れていなければいけない、という常套句ですね。でも、彼らは単に相撲がほかの人よりも格段に強かったから横綱になれただけの話ですよね。それ以外に、人格に関してなにか試されることなんかありましたっけ?面接とか。「国技」とか言ってますが、相撲はプロスポーツの一つにすぎないのですから、そもそも「礼儀」とか「品格」なんて必要ないはずです。塩をまいたりするのも、単なるルーティンですよね。土俵入りは、華やかなアトラクションでしょうし。ですから、別の横綱が取り組みに物言いをつけたと非難されましたが、プロスポーツとして公正な判断を望んでいた彼の姿勢は、賞賛されても、咎められることはないはずですよ。
 いや、そんなことよりあの事件で一番気になったのが、暴力をふるった横綱が属しているチームの監督が乗っていた車です。テレビで被害者のチームに謝りに行くときにその車が出てきたのですが、それが「観音開き」のドアだったのに、びっくりしてしまいました。今の車で、こんな風に開くドアが付いているのなんかありませんからね。まあ、取っ手が真ん中に付いているのはありますが、これは後ろのドアが「開く」のではなく「スライド」しますからね。そういう車は、昔はありました。「トヨペット・クラウン」という、トヨタの最高グレードの車でした。
 確かに、フロントグリルの形なんかも「クラウン」そのものですよ。しっかり、今の車には絶対にない金属製のバンパーも付いてますしね。もちろん、バンパー自体は今でもしっかりありますが、それはポリウレタンで出来ていて、そこに車体と同じ塗装が施されているのでもはや車と一体化していますから。でも、その頃はエンジンも1.5リットルぐらいですから、今だったらほとんど「小型車」ですね。そんな小さな車に、よくあんな大きな体の人たちが乗れたなあとは思いましたね。そもそも、なんでそんな半世紀以上前の車があるのかが不思議でした。
 でも、そのことを相撲と車の両方に詳しい職場の社長に話したら、「確か、ちょっと前にクラウンを復刻した車が出ていたぞ」というのですね。なんか、知り合いの別の社長もその車を買ったのだとか。確かに、それだったら分かります。
 さっそくネットで調べたら、すぐにその「復刻車」のことは分かりました。それはトヨタの「オリジン」という車だったのです。なんでも、2000年にトヨタがそれまで作った車が1億台を超えたので、それを記念して限定発売されたものなんですって。ベースは当時の「プログレ」という、3リッター車、そこに手作りでクラウンそっくりのボディを乗せたのですね。
 価格は700万円なのだとか。20年前の国産車としてはかなりの高額品ですよね。そういう「高級車」に、乗っていたんですね。というか、あの車は東京から九州まで持ってきたのでしょうか。まさか、レンタカーではないですよね。
 まあ、今の車はどのメーカーも同じようなデザインになってしまっていますから、こういうデザインは逆にユニークに感じられます。そう考えると、今のデザインはこれから何十年か経った時に、同じように評価されることはあるのでしょうかね。というのも、最近はLEDを使うようになってデザインの自由度が増したために、とんでもない形のランプが付いていたりしますからね。一番笑えるのが、これです。
 ちいさなLEDを並べれば「線」になりますから、それを使ってこんなまるでネオンサインのようなテールランプを作ることだって出来てしまいます。デザイナーの得意げな顔が浮かんできますが、これに出っくわすと、私にはどうしてもまっとうな車とは思えなくなってしまいます。電飾だらけのトラックみたいな、最悪の装飾にしか見えないのですよね。
 ブレーキランプを点けるとこうですよ。私だったら、絶対こんな派手で悪趣味な車には乗りたくないですね。
 フロントも大嫌い。なんか狡賢い猫が、唇の端を上げてにやついているようには見えるものですから。
Aventure Number : 2873 date : 2017/11/29


今日の禁断 カンタロー


 さるテレビドラマを見ていたら、夫婦仲が良くない妻が、友人の妻たちに高校時代から付き合っていた自分の夫のことを語っていました。その時に、「彼はとても目立たない人でした。なにしろ、高校時代のブラスバンドではピッコロみたいな目立たない楽器でしたから」と言ってたんですよね。世の中では、ピッコロって、そんなに目立たない楽器だと思われているのかと、愕然としましたね。それとも、ブラスの中ではピッコロなんてそんなには目立たないのでしょうか。少なくとも、私が属しているオーケストラでは、ピッコロはもう目立ちまくってしょうがない楽器ですよ。音を間違えたりピッチが悪かったりしたら、もう恥ずかしくてたまりません。ですから、そうならないために、必死で練習しなければいけないことになるんですよ。
 この間のニューフィルの練習では、「第9」と一緒に演奏する合唱曲の伴奏の初合わせでした。去年はすでに出版されていて他の団体が演奏した映像なんかもあったのですが、これは全くの新曲、このコンサートのために新たに編曲されたものですから、音源なんてあるはずがありません。そもそも、オーケストレーションが終わってスコアとパート譜が届いたのが、この練習の2週間ほど前でしたからね。
 ただ、音楽は冬にちなんだ有名な歌をメドレーにしたものですから、みんなで合わせればそれはきちんと分かってくるはずです。自分のパートだけを吹いてみても、聴きなれたイントロだったりしますからね。ただ、中には単純なバッキングだけで、それがどんなふうにメロディに絡むのか分からないようなのもありますけどね。なにしろ、パート譜は完璧に自分のパートしか書いてないとても素っ気ないものでしたから。普通は、何かしらガイドのようなものは書いてあるものなのですが。
 それと、ここでも私は持ち替えでピッコロを吹くようになっているのですが、どうやらそこはソロなのではないかと思われるパッセージがありました。ここだけはきちんとさらっておかないと、と思って吹き始めると、なんだか音が違うのではないかというところが見つかりました。「ドソミド/ドラファド/ドラ♭ミド」という変なコード進行なんですよ。なんてことない唱歌ですから、普通は「ドソミド/ドラファド/ドラ♭ファド」の方が絶対おさまりが良いですよね。「ドラ♭ミド」だと増和音ですから、そんなコードにはなかなかお目にはかかれませんよ。
 ですから、これは絶対に「ドラ♭ファド」だと信じて、しっかり練習をしておきます。でも、念のためきちんと確認は必要だろうと、合奏の前にスコアを見せてもらいましたよ。そうしたら、そこは確かにソロ、というか、グロッケンとのユニゾンでした。まるで、この間聴いたメシアンみたいなオーケストレーションですね。これは絶対に間違えられませんね。ところが、そのユニゾンは確かに「ドラ♭ミド」だったのですよ。どちらのパートも同じ音ですから間違いではありえません。まあ、なかなかしゃれた編曲なのだな、ということで納得です。
 そんな準備を経て、いよいよ最初の初見合奏が始まります。まあ、拍子もまともだし、きちんと数えてさえいれば変なことが起こるはずはありません。そこはニューフィルですから何事もなく曲は進みます。ただ、なにしろメドレーですから、曲の変わり目でテンポが大幅に変わるのには要注意でしょうね。それは、練習指揮者はきっちりと数えてくれていますから、任していれば大丈夫です。ところが、曲が「トロイカ」になると、フルートは2本で軽快なソリの鈴のリズムを刻みだします。それを吹き終わった時、一瞬テンポではなく、何拍子だったのか分からなくなってしまいました。歌が入る部分になったら、もうどこが頭なのかも全く分からなくなって、2人揃って見事に落ちてしまいましたよ。
 それでも、そんな落伍者はもはやかまってもらえるわけもなく、曲はどんどん進みます。次はさっきのピッコロ・ソロの出てくる「ペチカ」、その音型はペチカの燃える情景描写でしょうから、そんなに遅いはずはないと、四分音符4つを1拍と数えて吹き始めました。でも、全然周りとあっていないような気配、ついに指揮者は我慢できなくて停めてしまいましたよ。
 そもそも、落ちたところからは完全に数えられてませんでしたし、そのピッコロは本当はその半分の早さで吹くべきものでした。まあ、最初の合わせなんてこんなものですよ。来週本番の指揮者が来るときには、完璧に吹いてやりましょう。
 そんな、ピッコロのミス一つで合奏が止まってしまうほど、この楽器は目立っているんですからねっ。
Aventure Number : 2874 date : 2017/12/1


今日の禁断 マルミガヤ


 最近は、新聞を取っている人が少なくなっているみたいですね。ニュースはテレビやネットで見れば十分、わざわざ買ってまで同じ記事をよくことはないということなのでしょう。正直、私も新聞は購読していますが、もはや惰性で続けているだけで積極的に取る必然性は感じていません。しいて言えば、いしいひさいちの連載マンガを読みたいからでしょうか。もし、それがなかったらとっくの昔に止めていたでしょうね。
 なにしろ、最近の新聞はあまりに広告が多すぎます。極端な話、広告のチラシをお金を出して買っているようなものですからね。それと、地方版もなんだかなあ、というような企画があったりしますから。最近は、もろ「ブラタモリ」をパクったのではないかという特集で、仙台の知られざるスポットを探ろうという賞もない企画を続けていますから。
 ただ、今日もその連載だったのですが、タイトルに「北山五山」というのがあったので、ちょっと興味がわきました。これはぜひ読んでみなければ。これがその記事の全文です。画像をクリックすると、もっと大きいPDFが見られます。
 確かに、この中では「北山五山」と呼ばれている複数の寺院の名前が紹介されていますね。いろいろ問題がある、「『輪王寺』は北山五山なのか」という点も、「2種類ある」という玉虫色の解決でお茶を濁していますし。そもそも、仙台藩は「北山五山」を正式に決めたことはないのだそうですね。ただ、本当はその前に「伊達五山」というものがあったのだ、ということに関しては、ここでは全く触れられていません。それだけではなく、その「伊達五山」と「北山五山」との関係を正確には把握できていないのでは、というおかしな文面もあるのですよ。それが、これです。
 まずは、これはいくつか曖昧なところがあるので、正確な情報が伝わってこないという「悪い文章」の見本みたいなものですね。最初に「周囲には」とありますが、それはどこの「周囲」なのかは、この前の文脈で仙台であることは明らかです。ところが、ここにある伊達政依が鎌倉時代に居たのは仙台ではなく、今の福島県の桑折というところでした。そしてそこに「伊達家ゆかりの寺院」を作ったんですよ。政宗がやったのは、「それらに加えた」のではなく、その「伊達五山」をそのまま仙台の北山に持ってきたということなんです。つまり、この文章全体がお粗末な事実誤認ということになりますね。
 事実誤認はまだまだ続きます。それはこれ。
 「青葉神社」は確かに政宗を神体とした神社ですが、今の場所に作られたのは明治初期、決してどっかから「移って来た」わけではありません。いったいどこからこんな情報を仕入れたのでしょう。
 ほんと、こんないい加減な新聞、すぐに解約したほうがいいのに。
Aventure Number : 2875 date : 2017/12/3


今日の禁断 チャイコフスキー


 我が家のサラウンド・システムは、どうやら生活の中にしっかり入ってきたような感触があります。なんせ、私が使っている部屋は、ドアが邪魔になってリア・スピーカーを理想的な場所には設置できないというネックがあったものですから、なんとかそこをクリアしようといろいろ試みましたよ。その結果、ほぼ理想的なポイントが見つかったので、あとは使い込んで微調整を行えば完成、という段階に入りましたからね。
 前から予想はしていましたが、これが最も効果的に使えるのは映画でした。もちろん、オーケストラやオペラでも、しっかり音場がスピーカーの前に広がってそれなりの「立体感」は感じられるのですが、それはあくまでコンサートホールやオペラハウスの空間を疑似的に再現したもので、特にサラウンドにしなくてもクオリティ的にはそれほどアップしたという気にはならないのですね。それが映画になると、そこからは今までは感じられなかった製作者の意図までがはっきりと感じられるようになってきます。彼らは一つの表現手段として、このサラウンドというテクノロジーを使いこなしていることがよく分かるのですね。それは、ひいては映画における音楽の役割すらも変えてしまうほどのものなのではないかとすら思えてきます。つまり、サラウンドの中での音楽自体は、それほどキャッチーである必要はなく、ただ音場を巧みに操作することによって、観客に直接感覚的に訴えかける術を、製作者たちは手に入れてしまったのではないか、という気がするのです。
 もちろん、それはハリウッドの大規模な作品に一番当てはまります。さらに、それだけではない多様性も、製作者のセンスによって自由に使いこなすこともできるのではないか、というのも、ある日本の作品を見て感じました。それは、音楽にはそれほどサラウンドは使わずに、もっぱら風の音とか川の流れのような自然音をサラウンドとして、かなり控えめに使っていました。ちょっと物足りないな、と思っていると、家の近くに雷が起きるというシーンで突然フルにサラウンドを活用して、見事な雷鳴を再現してくれました。音響スタッフは、まさにこの雷鳴に命をかけていたのではないか、と思いましたね。
 そんなさまざまな思いが、ほとんどBSや地デジを録画したものから体験できてしまうというのも、うれしいですね。今まで普通に録画していたものは、ほとんどがそんな最高のサラウンドのソースとして味わえるのですからね。
 そんな最新のテクノロジーとは正反対の、半世紀前に作られたLPレコードからも、新鮮な感動が味わえることもありました。たまたま駅前のお店で中古レコードを販売していたので、覗いてみたら、こんなのが目についたので買ってきました。
 いずれもイギリス・デッカのLP。左のカラヤンは1965年、右のストコフスキーは1964年の録音、いずれもカッティングはイギリス、プレスは左はイギリス、右は日本です。発売されたのはどちらも1965年です。左は輸入盤に日本のキングが解説書と、オマケの「生写真」を付けて販売したものですね。
 もうジャケットはかなり傷んでいましたし、解説書にはこんな書き込みまでありました。
 おじさんからのプレゼントだったのでしょうか。
 これは、メモ用紙代わりだったとか。
 まずは、カラヤンの方。これはLPは聴いたことはなくて、CDとブルーレイ・オーディオでしか聴いてません。ブルーレイではかなりいい音だったのですが、この新しい(というか、古い)LPはそれ以上の音でした。盤面に少し擦れキズがあったのでちょっと心配だったのですが、スクラッチ・ノイズは皆無、そこからはまさに録音されたばかりの新鮮な音が聴こえてきましたよ。ブルーレイでは、弦楽器の音だ明らかに経年劣化していることが分かってしまいます。
 ストコフスキーの方は、これと同じLPを持っていました。もう手放してしまいましたが、ごく最近復刻盤が出たので、それも買ってました。
 でも、このLPは、マスターテープの転写がものすごいことになっていました。同じ時期に出たCDではそれは全くなかったので、それはカッティングの際の転写(プリエコー)なのかな、と思っていたので、劣化していないテープからカッティングしたLPを、改めて聴いてみたかったのですよ。
 さっきのおじさんのプレゼントを聴いてみたら、プリエコーは全く聴こえなかったばかりか、やはり弦楽器の音が別物でした。最新のLPは「180g重量LP」とか言ってましたが、元のテープが悪ければどうしようもありません。それは、新しいCDでも違いがはっきり分かるのですが、10年ぐらい前に作られたCDでは、かなりLPに近い音が聴けましたから、その間にかなり劣化が進んだのでしょうね。半世紀前のテクノロジーをなめてはいけません。
Aventure Number : 2876 date : 2017/12/6


今日の禁断 タキシード


 もうだいぶ昔の話になりますが、8月にニューフィルのアンサンブル大会の時には、係の人が固定カメラで録画もしていました。録音の方はすでに私が即刻CDを作ってほしい人に配ったのですが、その録画はいつまでもDVDなどになる気配がないので、もうそういうことはやらないのかなと思っていたら、この間の練習の時にいきなりWさんからディスクを1枚渡されて、「これを、ファイルに保存しておいてください」と言われました。記録として、今までの演奏会のすべての録音と録画を保存してありますから、ちゃんとそこに入れておいてほしい、ということなのでしょう。それを見た時には、確かめる時間もなかったのでなんでCD?と思ってしまいました。そもそも、あの録音はCD1枚には収まりませんからね。
 帰ってからよくよく見たら、それはブルーレイディスクでした。録画はしても、なかなか編集したり焼いたりできなかったんですね。さっそく見てみましたが、少人数のアンサンブルなのでとてもはっきり写ってました。あいにく、私は常に端っこにいたので、横顔しか見えませんでしたが、こまごまとした動作ははっきり分かりましたね。眼鏡を上げたり楽器を吹いたり、落ち着きがないですね。
 音の方はすでに私が録ったので聴いていましたが、こちらはカメラのマイクで録ったのでしょうから、いい意味でアラが目立たなくて気持ちよく聴けましたね。ただ、レベルがオートで変わっているようで、急に音質が変わったりするのでびっくりしますが。でも、フルートアンサンブルでは、私は4番を吹いていて低音でメロディを吹くところがあったのですが、それがとてもパワフルに聴こえましたね。まるでゴールウェイみたい(なわけはありませんが)。遠くで聴くとこんな風に聴こえるんだったら、けっこううれしいですね。
 枚数限定で、掲示板から注文できるみたいですよ。
 話は変わりますが、今朝職場に行ったらこんな旗が立ってました。
 そういえば、前からこんなチラシが置いてあったのも思い出しました。
 なんでも、こういう全国的な組織があるそうで、仙台では2回行われることになっているうちの1回が、私の職場だったんですよ。いったいどのぐらいの人数が集まるのか気になったので聞いてみたら、男女合わせて80人ですって。ですから、2回に分けて午前と午後に40人(20組)ずつやるんですって。結構な規模ですね。なぜか、女性の方が申し込みが多かったので抽選になったのだそうです。普通は男性の方が多いようですけどね。やはり、こういうところでやるのは、信用が出来ると思われているみたいですね。
 せっかくなのでちょっと覗いてみたかったのですが、「本番」は、角田第9と同じ今度の日曜日ですから絶対無理ですね。
 その角田第9は明日がリハーサルなのですが、明日だと楽器倉庫が開けられないので、今日のうちにトラックに積み込んでおく段取りになっていて、さっきその手伝いに行ってきました。毎回当番が決まっていて、今日は木管が担当だったんですよね。8時からという予定だったのですが、15分前に着いたらもう始まっていて、8時にはほとんど終わっていました。こういう手際よさは、もうすっかりニューフィルの日常になっています。そして、明日と明後日は角田までの往復です。今のところ雪が降ることはなさそうなので、楽に行ってこれることでしょう。忘れ物をしないようにしなければ。
Aventure Number : 2877 date : 2017/12/8


今日の禁断 トナカイ


 今年も、「第9」の季節となりました。ニューフィルでは毎年角田市の団体から依頼を受けて演奏を行っていますから、まさに年中行事です。もちろん、会場は角田ですので、前日と当日は現地まで行って、あちらの合唱団とのリハーサルと本番ですから、片道1時間強の道のりを2往復しなければいけません。これが結構大変なんですけどね。特に帰り道が、もう仙台市内では「光のページェント」が始まっていますから道路は大混雑ですので、注意が必要です。
 今年はきのうがその本番でした。ですから、おとといの土曜日のお昼過ぎに、角田までのドライブです。バイパスを過ぎると、ほとんど車が通らないような一本道になるので、そこまで行ってしまえばあとは楽ですね。堤防沿いの細い道を走るときは、いつも、なんて辺鄙なところまで来てしまったのだなあ、と思ってしまいますね。
 会場の「かくだ田園ホール」につくと、役員さんたちが入り口に立っていて案内してくれていました。その中に、事務局長(?)のNさんもいましたね。私はいつも走り回っていてお名前を呼ばれていますから、一方的に存じ上げているのですが、その方が私に「いつもFacebookでお世話になっています」とあいさつしてくれたのには、驚きました。確かに、私はネットで角田のこの団体とかこの方とは相互にやり取りしていましたが、あちらは私の顔までは知らないはず、まあ、どこかに写真ぐらいはあるでしょうが、それで私本人をきっちり認識してもらえたのは、うれしかったですね。
 それから、いつものようにオーケストラだけの「第9」の3楽章までと、合唱を加えての4楽章、それに前曲の子供合唱も入るメドレー曲のリハーサルが始まります。私のパートは、どちらもピッコロがメイン、去年まではそんな時にもものすごいプレッシャーを感じたものですが、新しい楽器に変えてからというものは、そんなものとはさっぱり無縁となってしまいましたよ。フルートも2番ですが、メドレーの編曲がとても素敵なフレーズがいっぱいあるので、それも楽しいですし、こんなに楽でいいのかな、と思ってしまうほどです。
 それでも、この編曲にはピッコロのソロみたいなところもあるので、そういう意味での緊張感はありましたね。合唱のテンポが微妙に指揮とずれているところにそのソロが入る、なんてスリリングなところもありましたしね。それと、1か所、ワルツの前で指揮者が仙台でやった時にうまくフルートとピッコロが入れないところがありました。どこで入るのか、さっぱり分からないんですよね。それで、ひとこと「ここ、分かりません」と言ってみたら、しっかり振り方を変えてくれていました。そうなると、今度は別のところで分かりづらくなってしまい、そこだけは本番でうまく行くかどうか不安でしたね。まあ、結局うまく行きましたけど。
 その合唱が、なんだかいつもよりとても安定していましたね。最初の「ヴィバルディ」(プログラムにそう書いてありました)で女声が聴こえてきた時には、声がとてもまとまっていて、びっくりしてしまいました。そのあと入ってきた男声も、とても柔らかな声でしたね。安心して一緒に演奏できる合唱でした。今年から新しい指導の方がいらっしゃったそうですが、おそらく基礎的なことからじっくりと練習を重ねてこられたのでしょうね。
 こども合唱団も、こちらはとても元気が良くて気持ちいい演奏でしたね。「カンタロー!」という叫び声まで入れてましたし。これは、あとで写真を見ていたら、しっかりこんなポーズをとっていたんですね。
 こちらも写真を見て初めて知ったのですが、クリスマスの曲の時にはしっかり「かぶりもの」を使っていたんですね。いつの間にこんなのを持ち込んでいたのでしょう。
 「第9」では、ソリストが全員角田では初めての人ばかり。アルトとテノールの方は今まで仙台で何度も聴いたことがある人ですが、ソプラノとバスは初めて声を聴きました。ソプラノの方は、コンディションが悪かったのでしょうかねえ。ちょっと残念でした。こちらの合唱も、人数は80人ほどでしょうか、ちょっとフル・オーケストラの中では埋もれてしまいそうだったのですが、男声などは少ないなりにとても頑張っていたようですね。でも、マーチではピッコロは極力抑えて吹いてみました。おそらく、前の楽器だったらそこまでのコントロールは出来なかったでしょうね。
 お弁当は、これも恒例のずんだ弁当、これにお肉かお魚が一品付いていれば、もっとうれしいのですが。
Aventure Number : 2878 date : 2017/12/11


今日の禁断 ストラヴィンスキー


 角田の「第9」が終わって、翌々日にはニューフィルの次の定期演奏会へ向けての練習が始まることになります。でも、その日は朝から雪が降り積もっていて、もしかしたら雪かきをしなければいけないような感じでしたから、私は長靴を履いて出勤です。でも、おそらく夕方までにはもう雪は融けていそうな降り方だったので、一応普通の靴も持っていきます。案の定、駐車場の車にはしっかり5センチぐらいの雪が積もっていましたが、道路はすでに雪はすっかりなくなっていて、職場への坂道も何の問題もありませんでしたし、駐車場もほとんど雪は融けていたので、長靴も必要なし、やっぱり普通の靴を持ってきて正解でした。長靴で練習に行ったりしたら、ちょっと恥ずかしかったでしょうね。
 でも、やっぱり夕方にはまだ少し雪もちらついていましたし、おそらくこのままだと道路も凍ったりするでしょうから、練習場での出席者の出足はちょっと鈍いようでした。私が音出ししようと席に座った時には、ヴァイオリンには1人しかいませんでしたからね。でも、次第にポツリポツリと集まってきました。入団希望者のような人もいましたね。
 と、ヴァイオリンの席から、いきなり「バキッ!」というような音が聴こえました。そっちを見ると、床の上に楽器が落ちていました。手が滑って落としてしまったのでしょうか。かなり大きな音がしたので、もしかしたら壊れてしまったのかもしれません。その楽器の持ち主は、楽器を拾い上げて手に持ったら、遠目には下を向いて涙ぐんでいるようでした。大変なことをしでかしてしまった、というような雰囲気が、体全体から漂ってきましたよ。周りの人も心配して声をかけたりしていますが、その人は泣きじゃくるだけです。
 でも、あとで聞いてみたら楽器には別に問題はなく(そのあと、ちゃんと弾いてました)、あまりの出来事で一瞬パニックに陥ったようですね。いや、私でもフルートやピッコロでそんなことが起こったら、とても冷静ではいられませんから、気持ちはよく分かります。
 その日の練習は、チャイコフスキーの5番と「火の鳥」、私は「火の鳥」は降り番なので、まずはチャイコフスキーのトップでだけ、ピッコロの出番はありません。この曲はもう本番で3回も吹いてますから、難なく吹けてしまうだろうと思っていたのですが、さらってみると意外と面倒なところがあって、思い出すまでに時間がかかりましたね。というか、そもそも私はこの曲はあまり好きではありません。パートを決める時にも、できれば「火の鳥」の方をやりたかったのですが、その願いはかないませんでした。とにかく、フルートは吹いていて面白いところが全然ないんですよね。今までやった他の交響曲、「1番」、「4番」、「6番」だそれぞれに吹きごたえがあるところがあるのですが、この「5番」はそれがありません。まあ、聴いていればそれなりに楽しめるのですが、演奏している時にはほとんど魅力が感じられないという(もちろん、フルート・パートだけですよ)珍しい曲です。
 休憩時間に委員会があって、雑談でこの前の「第9」の印象などが聴こえてきましたが、やはり私と同じことを感じていた人は多かったようですね。合唱はとても素晴らしかったんですけど、ソリストの何人かは・・・。
 後半の「火の鳥」は、もう帰ってもよかったのですが、どうせいつかは代吹きをやる時があるはずですから、その時のために一通り通すところを聴いてました。やはり大変な曲なので、交響曲のようにほぼ1回で通すというわけにはいきませんでしたが、やったことがある人も多かったので、けっこうちゃんと演奏出来てましたね。これだったら、本気でさらわないと。
 今年中の合奏は、来週でもう終わりです。職場の方も年末のDMの発送準備で大わらわ。徐々にあわただしくなっていく気配です。
Aventure Number : 2879 date : 2017/12/13


今日の禁断 ポッド


 サラウンドで録画したBDを見るのは、私の新しい習慣となりつつなります。これで見ると(聴くと)、ストーリーは全然つまらない映画でも、全く別の魅力を発揮するようになるから、不思議です。確かに、昔映画館でそれがつまらないと思った時には、もっぱら音響を楽しんでいたような気がしますからね。いくらつまらなくても、これがあればわざわざ映画館まで来た価値があるとまで思っていました。それが、自宅でもほぼ同規模のものが実現できるようになったのですから、これだったらもう映画館に行く必要もないかな、とも考えてしまいます。いや、実際は映画館の音はでかいだけでクオリティはそんなによくはありませんから、自宅の方が繊細さから言ったら私にとっては優れていると思えてしまいます。なにしろ、隣や前の人を気にしたりすることは全くありませんからね。
 そんな、もっぱら音だけを楽しむために見たのが「パッセンジャー」です。これも、予告編などを見ても全く見る気はおきなかったのですが、ある時たまたまかけたWOWOWシネマでこれが流れていて、その音がサラウンド的にとてもすごかったので、これはきちんと見てみようと別の放送時間に録画しておいたんですよね。
 そのサウンドは期待通りで、とても満足しました。ストーリーの方もまあまあ楽しめます。5000人を乗せて地球外のコロニーに向かう宇宙船の中だけで物語が進むので、画面にはその宇宙船の内外しか出てきません。そこで繰り広げられるのは、目的地に着くまでの間は人口冬眠で眠っていなければいけないものが、小惑星の衝突で発生したエラーで予定より「90年」前に起きてしまった男の物語です。食料などには不自由しないものの、なにしろ、他の乗客はみんな冬眠中ですから、それが1年も続くとさびしくなって、冬眠していた女を作為的に目覚めさせてしまうのです。
 そうなれば、やることは一つだけ、というラブストーリーが展開されることになるのですが、もちろんそれだけでは済むわけはなく、さまざまな事件が起こって最後は・・・。
 その恋人たちは、宇宙服を着て外に出てデート、というしゃれたことをやったりします。無重力の宇宙空間での、文字通りのランデブー、楽しかったでしょうね。でも、演じる方は大変で、ワイヤーで吊り下げられながら、そも無重力のような演技をさせられるのですからたまったものではないでしょう。もちろん、映画を見ている人はそんなことなんかはまったく気づかずに、ロマンティックな宇宙遊泳を見ることになるのです。
 ところが、そのシーンで、バックが真っ暗なところから明るい星雲になった時、その、決して見えてはいけないワイヤーがしっかり見えてしまっているのですよ。しかも二人分。
 私が気が付くぐらいですから、当然誰かは気が付くはずですよね。編集の段階であのハリウッドのスタッフがこんなことに気が付かなかった方が驚きです。でも、もしかしたらこれはそういうことをわざと見せる「コメディ」だったのかもしれませんね。
 サラウンドといえば、もちろん映画で体験できますが、それはオーディオの世界でもやはりBDで味わえます。ブルーレイ・オーディオというやつですね。これも、最初からサラウンドで録音してあるものは今までとは違った聴き方が出来るようになりました。そこで、もう一つのハイレゾ・ソースであるSACDでもしっかりサラウンドの音源が用意されているので、それを再生することはできないかと考えてみました。しかし、かつてはSACDのサラウンドにも対応していた「ユニバーサル・ディスク・プレーヤー」とか言っていたものが、最近は市場から姿を消してしまったような感じなのです。おそらく、今SACDのサラウンドを再生できる機械を作っているメーカーはほとんどなくなってしまったのではないでしょうか。私が職場で使っているOPPOのプレーヤーは、そんな数少ないモデル、いつかは、これにもAVアンプをつないで、サラウンドを体験してみたいものです。
Aventure Number : 2880 date : 2017/12/15

(17/12/17-18/1/29)