0221(03/9/9)-0240(03/10/12)

今日の禁断 迎賓館

 もう夏は終わってしまったと思っていたのに、急に今日みたいな蒸し暑い日がやってくるから、油断は出来ません。外に出てちょっと体を動かしただけで、滝のように汗が流れて来るという体験は、出来ればもう少し前にしたかったものです。夕方になっても一向に暑さは衰えず、練習場の冷房がこれほど有り難く感じられるのも、久しぶりの体験でした。
 しかし、おととい充実した指揮者練習をやったばかりとあって、集まりはあまり良くありません。何しろ、私が少し遅めにホールに行ったらば、そこにいたのはあっチャンと「か」くんだけだったのですから。その次あたりにやってきたのが、あさってにはルクセンブルクに出発するというひろこさんです。2年間、外国で語学の力を生かしたお仕事につけるというのは、とてもうらやましいし、すごいこと、それにしても、こんなギリギリまで練習に参加するほど愛着のあるニューフィルですから、帰ってきたらまた仲間になるのでしょう。それも楽しみ、2年なんて、あっという間ですから(4年があっという間という体験を、つい最近したばかり)。
 そういえば、りえさんもドイツから帰ってきたばかり、あともう一人、スペイン帰りの人がいて、お土産のキャンディを配っていましたが、外国など難なく行き来できるようになっているのですね。聞いたところでは、げんきくんもフランスにいるのだとか、国際化の波は、否応なしにニューフィルにふりかかろうとしています(あっチャンはフィンランドですし)。
 とりあえず、国内での演奏会を成功させるための練習は始まりました。時間になれば和紀クンのタクトは振り下ろされるのです。シューマンだけという今日の予定、私は、アシを吹くことになったので、実際に吹く部分の確認をしてみましょう。どうやら、あまり吹くところはなさそう、まあ、飾りのようなものですから。それよりも、アンコールに決まったハンガリー舞曲ではピッコロが入るので、そちらの準備の方が大変そう。結構目立つところがあるので、手は抜けそうもありません。シューマンで吹くところがない時に隣の部屋でこっそり、ほんとに小さな音でさらってみたのですが、席に帰ってきたら、「聞こえてたよ」と言われてしまいましたし。
 おとといの6号に負けじと半袖で臨んだ今日の練習ですが、終わり頃にはあれほど快適だった冷房が、逆に寒すぎるように感じられてきました。夜も深まれば確実に秋の気配、駐車場の車のウィンドウには、空気中の湿気が冷却されて、おびただしい水滴が付着していました。
aventure number : 0221 date : 2003/9/9


今日の禁断 入浴剤

 人間の記憶など全く当てにならないということが、またまた露呈されてしまいました。208でネトレプコのドレスの色を「緑の(青、だったかも知れません)」などと書いてしまいましたが、このたび晴れてBSで放映されたのでもう一度見てみたら、何と彼女が着ていたのは茶色というか、黄色というか、金というか、とにかく青や緑とは縁もゆかりもない色だったのです。「緞帳の前」と書いたのも記憶違い、確かに幕には違いないのですがそれは紗幕、その表面に青い色の模様が付いていたので、おそらくその色がドレスと混同されてしまったのでしょうね。
 それはともかく、もう一度聴いてみても彼女の声はものすごいものでした。まだ30ちょっとの若さ、これからが楽しみです。そこで、「おやぢ」にあったデビュー・アルバムを私も聴いてみました。そこでびっくりしたのは、バックをつとめているオーケストラ(某ウィーン・フィル)のあまりのひどさ。特に、木管のアンサンブルなどガタガタもいいところです。しかし、ネトレプコの張りのある声を聴いていると、そんなものもあまり気にならなくなってくるから不思議です。卓越したパーツがひとつあれば、ほかが見劣りしても全体としては汚点とは感じられないと言うことがあるのでしょう。
 今度の定期演奏会でも、瀬尾さんにはそのような役割を期待したいものです。でもって、われわれはウィーン・フィル。そんな瀬尾さんをフィーチャーした先頃の「企画書」の成果が、実際の印刷物となって現れてきました。掲示板でもお知らせした「ぱど」がそう、9号から「見ました」というメールをいただいていたのですが、うちには入ってこないと思って「あとで見せて」と打った直後、郵便受けに入っていたというものです(のすださん、お騒がせしました)。
 表紙を開いてすぐのページに、「9月度読者Present!」という目立つコーナーがありました。その中でもひときわ人目をひくのが、右上にある瀬尾さんの写真。少し前に、焼き増しして送った写真がこんな風に使われているなんて、何か不思議な気がします。同時に森口さんの写真も送ったのですが、そちらは見向きもされなかったようですね。コメントのスペースが少なく、曲目などが一切載っていないのが気になりますが、この瀬尾さんの写真だけで訴求力は十分でしょう。このプレゼント、別にコンサートのチケットに限ったものではなく、多岐にわたっているのもなかなか。一番大きなスペースをとっているのは、「アイリスオーヤマ」提供のペット用ドライブシートですし、そのほかにもお食事券(最初に「汚職事件」と変換されるのはお約束)とか洗顔セットとか、その脈絡のない逞しさにはある種のエネルギーさえ感じることが出来ることでしょう。しかし、ほかの媒体からは音沙汰がありませんが、どうなっているのでしょう。「りらく」は楽勝でしょうが。
aventure number : 0222 date : 2003/9/11


今日の禁断 すし処岩井

 劇団四季の「オペラ座の怪人」に狂いまくった愚妻のお供で、何回か宮城県民会館へ通ったのは、2年以上前のことでした。あの大騒ぎがまた巡ってきます。今年の年末から、やはり同じ会場を借り切って、同じ作曲家の「キャッツ」を上演することは、もうご存じのことでしょう。何しろ、そのために会場を使えなくなったアマオケが、来年の春の定期演奏会の会場をイズミティに移したぐらいですからね。そして、開演するのはまだまだ先なのに、チケットの発売が今日から始まりました。といっても、それは一般を対象にしたものではなく、「四季の会」というファンクラブの会員を対象にしたものです。そう、「オペラ座」に味を占めた愚妻は、また劇団四季が仙台でロングランをやるということが決まった時点で、チケットを買う上で数々の恩恵を受けられる「四季の会」の会員になってしまっていたのです。1週間早く、電話やインターネットで優先的にチケットを購入できるという特典を最大限に生かすために、その申し込みが始まる今朝の10時からは、我が家はまさに戦場と化してしまいました。電話はオペレーターがでるものと、プッシュ式の打ち込みの2種類、それにインターネットと、万全の布陣で臨むという責務が、私にも課せられます。ところが、10時ちょっと前に四季のサイトにアクセスしてみたら、「ただいま、インターネット予約システムは大変混雑しております。恐れ入りますが、もう一度やり直してください。」という表示、もうすでにかなりの人がアクセスしてきているのでしょう。10時ちょうどに、手分けしての電話作戦が始まります。それほどのことではないのですが、機械に強い私がプッシュ式、そういうのは苦手な愚妻はオペレーター、しかし、案の定電話は全くつながりません。「こちらはNTTです。ただいまおかけになった番号は・・・」というメッセージを、いったい何十回聞いたことでしょう。しかし、10分もしたら難なくつながってしまったのにはちょっとびっくりしました。そして、もはや無くなってしまったと思っていた一番安いチケットがまだ入手できたのにも、さらにびっくり。今回は、マチネーなどの安い席で数多く見に行くという作戦だそうで、調子に乗って、8回分のチケットを、その場で申し込んでしまいましたよ。もちろん、全部プッシュの打ち込みで。その間、オペレータの電話は1度してつながることはなく、インターネットも相変わらず(実は、これを書いている夜になってさえも)アクセス不能の状態が続いていたのです。
 これで「キャッツ」は一安心、定禅寺ジャズフェスでも聴きにいくことにしましょう。そのミュージカルの会場のすぐ隣のビルの前は、そんなバンドの演奏には格好のスペースになっています。行った時は、さる職場のビッグ・バンドがやってましたが、トランペットでは白髪の、まるで越後の縮緬問屋のご隠居様のような人が一生懸命吹いていました。きっと、お寿司が好きなのでしょう(これは、あと2週間ほどしないと分からないネタ)。そんなほのぼのとしたバンドの次に演奏したのは、同じビッグ・バンドでも見違えるようなカッコよさ、一口にアマチュアといってもそのレベルはさまざまなのは、どこの世界も同じです。
aventure number : 0223 date : 2003/9/13


今日の禁断 グリーンベルト

 ケルビーニはミサ曲を作ったことによって「引きこもり」を克服したようですが、「禁断」も、長い引きこもり生活を終えて、やっと世間の荒波にさらされるトップページに戻ってきました。「amadeusのアンテナ」のように、わざわざこのページの更新をチェックしている人がいるのですから、別に隠しておく必要もありませんし(「はてなアンテナ」というこのサイト、なかなか使えそうですね)。そうかと思うと瀬尾さんのように、日記があることを知らなかった人もいたりしますから。
 昨日と今日は、「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」を堪能しました。今年は13回目、すっかり年中行事として定着した感があります。年々規模が拡大しているようで、今年の参加グループは580とか。だから、会場も「定禅寺通り」だけではとても間に合わなくて、市の中心部をほぼ網羅した広大な地域に拡散しています。もちろん全部聴いて回るなどと言うことは不可能ですから、おのおのお目当てのグループが出る場所と時間を探したりとか、あるいは何の当てもなく歩き回っているうちに、なんとなくその辺から音楽が聞こえてきたりとか、楽しみ方は全く自由です。この「なんとなく」というのが、かなり重要なポイントになってくるのでしょう。コンサート会場でも何でもない普通の生活空間が、この二日間だけはどこへ行っても音楽が演奏されている場所になっているというのは、考えてみたらものすごいことですから。定禅寺ビルの前でビッグバンドが「メイドン・ヴォイェッジ」を演奏しているすぐ向かいのパークビルの前では、5ピースのコンボが「スペイン」をやっていたり、ちょっと足を伸ばして仙台メディアテークに入れば、そこではア・カペラで「ミスター・ベースマン」を歌っていたりとか。言ってみれば、風景の中に音楽が何の違和感もなく入り込んでいるという本当の意味での「環境音楽」(この言葉は、これを提案したマリー・シェーファーの概念を離れて、実にさまざまの誤った解釈がなされています)が見事に実体化している素晴らしいもの、これは、仙台市民が大まじめになって誇るべきイベントです。もちろん、そのSMTで歌われていたジョニー・シンバル(九重祐三子とパラダイス・キングがカバーしてましたね)の曲が全くハモっていなくても、ビッグバンドがアンコールでもう一度演奏したブルース・ナンバーが全く同じソロの繰り返しであっても、そのような些細な未熟さをあげつらう必要は全ないことは、言うまでもないでしょう。「非日常」としての音楽が、「日常」の定禅寺通りのけやき並木の中で展開されていたという現象自体が重要なのですから。
 そんな、トランペットのハイノートが町中に響き渡る非日常を満喫していた時、突然、別の方向から澄んだフルートの音が聞こえてきました。そのバンドが見えるところに行ってみると、そのフルートの主はなんとYUMIさん!ボサノバを気持ちよさそうに吹いていましたっけ。終わってから声をかけると本当にびっくりしたように「何でいるんですか?!」ですって。びっくりしたのは私の方なのですけどね。そういえば、ベースを弾いていたのはもしかしたらSMさん(すごいイニシャル)?
aventure number : 0224 date : 2003/9/14


今日の禁断 シャイン

 ひろこさんは無事ルクセンブルクに到着したそうですね。今日からは、もうお仕事が始まるそうです。頑張って下さい。これで、JPに海外からアクセスする人がまた増えました。このサイトが国際的に羽ばたくことを阻むことは、だれにも出来ません。マスターが出不精の分、せいぜい外国のモニターの中で活躍して頂きましょう。
 ルクセンブルクは平日ですが、日本では今日はお休みです。利府のMOVIXは毎週月曜が「メンズデー」、祝日でも男性の入場料が1000円となるとあっては、行かないわけにはいきません。評判の「パイレーツ・オブ・(ザ)カリビアン」でも見に行くことにしましょう。久しぶりの利府では、チケット売り場の様子が少し変わっていました。以前は指定席を買っても、券が出てくるまでどこに座るのか分からなかったものが、カウンターにはちゃんと座席表が用意してあって、「どの辺をご希望でしょうか?」と聞いたりするのです。この件で前にここに文句を書いたことが反映されたわけではないのでしょうが、これは嬉しい変わりようでした。本当は、最初からこういう風にしてくれていれば、もっと良かったのですが。
 この作品、すでに見てきた私の数少ない知人(のさらに知人だったりしますが)は、一様に「面白かった」と言っていましたから、大いに期待をしていました。そして、期待通り、思い切り楽しむことが出来ました。その要因として最初にあげるべきは脚本です。デタラメ放題のプロットが横行しているハリウッド映画には極めて珍しいことですが、これは脚本が素晴らしい出来、最初から最後まできちんと計算し尽くされた話の展開は、見るものを失望させることは決してありません。その盤石の脚本の上で繰り広げられるアクションシーンは、ですから、全てのシーンがきちんと意味を持っていて、あまたの安っぽいアクション映画のような「アクションだけのためのアクション」に堕することはないのです。もっとも、あまりに完璧な脚本だったため、決めセリフが自然に予想できてしまったりもしますが。「いえ、彼は(鍛冶屋ではなく)海賊です」とか。ジェフリー・ラッシュのクルーが、呪いのためにゾンビと化するという設定は、まるで「さまよえるオランダ人」、ノイエンフェルスあたりだったら、喜んで演出しそうなプランですね。
 音楽は、「K-19」でブレイクした、ハンス・ジンマー門下のクラウス・バデルト、多少雄弁すぎるスコアは、邪魔になる一歩手前で、見事に物語の色づけに貢献しています。例によってポリリズムや変拍子ををさりげなく使った、緊張感あふれる音楽、その中でジョニー・デップのコミカルなテーマが逆に印象的です。彼が演じるこの海賊の船長、実はかなり深みのあるキャラクターなのですから、このテーマは本当はミスマッチかも知れませんが。
 例によって、戸田奈津子の字幕は耐えられませんでした。「吹き替え」と「字幕」を選べるようになっているぐらいですから、字幕の担当者も選べるようにすれば、こんな雑な仕事は難なく淘汰されるはずです。
aventure number : 0225 date : 2003/9/15


今日の禁断 西村雅彦

 岩村力さんがN響の定期演奏会を指揮した模様が、FMでは当日生で放送されましたが、テレビの放送についてはさまざまな情報が飛び交っていました。私もNHKのサイトの番組表を毎日チェックしていたのですが、一番可能性がありそうな明日の朝の「クラシック倶楽部」だけが、なぜかいつまで経ってもタイトルだけで、内容が発表されませんでした。それが更新されたのが、おそらくほんのちょっと前のことだったのでしょう。やはり、BSのその時間帯で、ハイライトで放送されます。全曲放送は、次の日のハイビジョン。詳細は掲示板に書き込みましたので、見てください(と言っても、これを目にする頃にはもう終わっているかも知れませんが)。ハイビジョンでないと全曲は見れないというのが、心憎い気配りですね。このあたりの見極めは、まさに見事としか言いようがありません。数年前、クラシックファンがN響定期やオペラを見るためにBSを取り入れた習性を、ハイビジョンにそのまま応用されては、ひとたまりもありませんね。私がハイビジョンを導入する日は、限りなく近い将来なのでしょう。
 その岩村さんのニューフィルでの曲目が決定しました。厳正な投票の結果、次点のシベリウスをわずか1票差でおさえて、晴れて栄冠を獲得したのは、ブラームスの1番でした。岩村さんとブラ1と言えば、かつて東京ローカルで放送されていた「マエストロ」の中で、早稲田オケを指揮している映像がありました。岩村さんが最初に来ることになった時に、参考にとビデオを回覧したので、記憶にあることでしょう(あの時、パートごとにと全部で16本のビデオを回したのですが、私のところに戻ってきたのはたったの2本だというのは、おそらくあまり知られていない事実です)。なにはともあれ、今や確実にランクの上がった指揮者となった岩村さんとブラ1というのは、楽しみなことです。
 という、先の話よりも、週末に迫った指揮者練習の方が当面は重要なことなのですが、今日あたりの練習でもいまいち緊迫感に欠けるのはなぜなのでしょう。もちろん、しかるべき準備は怠りはありません。今までの「語録」に代わって、森口さんの場合は「お約束」というタイトルになったエクセル・ファイルは、最終的に私のところに到着、なぜか締め切り後に送られたものが別シートになっていたので、それを集約して印刷するというのが、暗黙の私の仕事です。その、配られた「お約束」を元にシューマンをやったのは後半、前半は「はげ山」とアンコールです。「はげ山」では、りえさんではなくてエキストラのコが1番を吹くことになって、私とは初めてのお手合わせ、それなりに経験を積んできたとはいえ、全く初めての人とやるというのは、私でも相当に緊張するものです。でも、かなり合わせやすい人だったので、一安心。しかしアンコールのピッコロは、やはり大変、とりあえずそれらしく聞こえるようには吹いていますが、実はかなりヒヤヒヤものです。
aventure number : 0226 date : 2003/9/18


今日の禁断 八景島

 この間の指揮者練習の時には、休憩時間にお腹がすいて何かお腹に入れたくても、時間が無くて、結局マドレーヌを恵んでもらうというみっともないことになってしまいました。15号のような親切な人がいつもいるとは限りませんから、今日はきちんと食べるものを用意していきましょう。お彼岸の真っ最中なので、ギリギリまで仕事をして、そこから一番近い、地下鉄の駅のすぐそばに最近開店したばかりのセブンでパンでも買おうとお店に入ったら・・・ヴァイオリンケースを抱えた見たことのある人が。一瞬「何でここに」と思ってしまいましたが、それは31号、この前も一緒に来た29号と、地下鉄のロータリーで待ち合わせているのだそうです。てことは、すぐそばに29号もいるということ、すごい偶然ですね。
 もはや、本番まで1ヶ月を切ってしまったこの時期ですから、そろそろ弦にはエキストラも入って、なかなか充実した陣容になってきました。シューマンは初めて全曲通したのですが、森口さんは「なかなかいいですよ」ということ、「練習の時に、言うべきことは言っています」と、最初の練習のあとに飲み会でおっしゃっていたのですから、これは本心だと信じて間違いはないでしょう。あくまでそのオケの実力を出し切るために全勢力を注ぐ、そんな感じなのでしょうから。
 ハチャトゥリアンは、肝心の所はソリストが来て合わせる時のためにとっておくことになりました。だから、私の数少ない出番の箇所も、半分以上吹かないで済みました。今日の森口さんのテンションはオペラに誘因されたものなのかも知れません。経歴を見るとオペラの方面での経験が豊富ですから、言葉の端はしにオペラのタームが登場しました。クラリネットのソロは、「オペラのソリストが会場の一番良い席のお客さんに向かって歌うように」とか、シューマンのイントロは「パルジファル」のグルネマンツのモノローグのバックのようにとか、なかなかユニークな指摘です。パルジファルをきちんと聴いた人であれば、さぞ的確なイメージが伝わることでしょう。というか、そういう方面からのアプローチの大切さを思い知らされました。
 休憩には、やはりお腹がすいたのですが、6号が淹れてくれたコーヒーとか、どこからともなく回ってくるお土産(ベルギーへの新婚旅行!)がふんだんにあって、結局買っていったパンは手つかず、なんせ、大きな袋にパンを入れて配って回っている章サンなどもいましたから。
 今夜は家族が誰もいないので、晩ご飯を外で一人で食べようと、練習が終わってロイヤルホストに行きました。お目当てはディモズパンケーキ。たまには一人っきりで食事もいいなと思いつつ中に入ったら、すぐそばの席で2人連れのカップルが手を振っています。ご想像の通り、それは○っチャンと「◇」クン、「一緒にどうぞ」というので、図々しく同席してしまいましたよ。もちろん、「あとは若い者同士でごゆっくりとな(黄門風)」と、早めに席を立ったのは言うまでもありません。
aventure number : 0228 date : 2003/9/21


今日の禁断 君が代

 私はご存じのように、かなりのオペラ好き、まあ、メインはワーグナーとモーツァルトではあるのですが、プッチーニの作品でもほぼ全部CDで聴いたりビデオで見たりはしています。その中で唯一「蝶々夫人」だけは、故あってまともに見たことがなかったのです。それは、この作品をとりまくあまりの胡散臭さのせい。舞台が日本、日本のメロディーがあちこちにちりばめられ、いかにも日本人好みのストーリー、そして、突出して有名なナンバーの「ある晴れた日に」。なまじ日本的な部分が日本人に受け入れらているだけ、例えば「浅草オペラ」に取り込まれた時には、見るも無惨な俗物に変貌していましたし、何よりもがっかりさせられるのは、「寅さん」の中に出てきた旅回りの一座に見られるような、とことん「大衆化」に堕した醜い姿でした。そこでは、「ある晴れた日に」は、チンドン屋のレパートリーとして見事にハマっていたのですから。
 そんな風に、今まで故意に取り組むことを避けてきた「蝶々夫人」と、正面から対決しなければならなくなる日がやってきました。チェコのピルゼンにある「ティル劇場」というオペラハウスの引っ越し公演が、県民会館であったので、それを見に行ったのです。正直言って、期待に胸をふくらませて、という状態にはなれませんでした。一応有名なオペラなのだからきちんとチェックをしておこうという、ある種の義務感みたいなものしかありませんでした。しかし、殆ど聴いた覚えのない前奏曲が聞こえてきた時、変な話ですが、これは紛れもなくプッチーニの音楽であることがはっきり意識されたのです。「ボエーム」や「トスカ」と何ら変わらぬ、あのいかにもキャッチーな響きにふんだんに彩られたベル・カントの世界がそこにはありました。今まで敬遠してきた最大の理由である日本のメロディーやアメリカ国歌の引用は、この流れの中ではパロディとしての性格が実にきちんと聞こえてきます。そうなってくると、ある時からは完全にこのドラマの中に引き込まれてしまっていた私がありました。まるで映画を見ているように、自然に繰り広げられる物語、音楽は見事にその物語の語り部としての役割を全うしています。「ある晴れた日に」だって、実はそれほど感傷的なものではないと分かった時の驚き、正直、オペラを見てこれほど感情移入が自然に出来る体験というのは初めてのことでした。当然のことながら、悲しい話が進んでくれば涙もあふれてこようというもの、幕が下りたら、顔中涙と鼻水でしょっぱくなっていましたっけ。
 そんなわけで、見事トラウマを克服できた私は、プッチーニの新たな魅力にとりつかれてしまったのでした。そういえば、生でプッチーニのオペラを見たのは、これが最初のことだったのですよ。もちろん、ヒレカツ先生も同席していましたので、私とは違った、もっと冷徹な感想がいずれ公になることでしょう。しかし、何しろご高齢の先生のこと、最近では黄門様のように「3合飲むと記憶障害が起こる」そうですから(このネタが分かるのは、1週間後)、完成はいつになることやら。
aventure number : 0229 date : 2003/9/23


今日の禁断 ボエーム

 お彼岸が終わったら(正確にはまだ終わってはいませんが)というか、お彼岸の最中から、季節はすっかり秋、場合によってはふ・ゆに限りなく近いたたずまいになっています。風邪をひいている人はいませんかぁ〜。
 そんな季節のせいでもないのでしょうが、今日の練習の出席状況は悲惨でした。コンマスが体調が悪くて欠席したので、ファーストは2人、チェロは最後まで誰も来なかったという、寂しさです。人のパートのことは言ってはいられません。フルートも、夕方にあっチャンからメールが届いて、「代吹きなど、お願いします」ということで、一人欠席です。「など」というのが、意味深ですね。そもそも、指揮者も予定の和紀クンが遅れてくるということで、鎌サンが代振りですから。木曜日は、やはりこんなものなのでしょう。しかし、演奏会は確実に近づいてきます。前からお知らせしていましたが、いよいよ地下鉄の駅にポスターが張り出されました。
 これは北仙台駅ですが、このように地下鉄の全ての駅で改札口の横の専用の掲示板に、3週間にわたって張り出されるはずです。この他にも、町中のプレイガイドや楽器屋さんには、これと同じポスターが貼られます。これから演奏会までは、仙台市内は瀬尾さん(と、森口さん)の顔で埋め尽くされるのです。
 普段は割り当てられたチケットを配りきるなどということはまずないのですが、今回は瀬尾さんがソリストということで、フルート関係者にお願いしていたら、手持ちがすっかりなくなってしまいました。ほとんど配る当てのない人からチケットを恵んでもらって、さらに配りまくりましょう。私の前回比がそのまま全体に適用されると、当日の県民会館はお客さんが通路にまで立ち尽くすということになってしまいます。果たして、実際はどうなることでしょう。
 その県民会館で聴いてきたオペラ、ヒレカツ先生も気に入ったようで、早速評論が出来上がってきましたよ。実は、この歌劇場、10月には東京で「売られた花嫁」をやるということで、見に行きたいなと思って主催者に問い合わせてみました。そうしたら「完売です」という答え、やはりあれだけのレベルのものが破格の値段で見れるとあっては、好きな人は殺到するのでしょうね。何たって、全部ガイジンですし。だから、日本人だけで上演したものが果たして見るに堪えるのか、これは一度確かめてみたいところです。
aventure number : 0230 date : 2003/9/25


今日の禁断 佐久間学

 WOWOWで放送されていたドラマ「TAKEN(テイクン)」が終わりました。1話が1時間半という長めのものが全部で10話、言ってみれば、「大河ドラマ」、かなり壮大な物語です。何せ、60年、4代に渡ってのお話なのですから、きちんと見続けるにはかなりの根気を必要とします。最初のうちは、登場人物の関係を把握するのに一苦労、1週間も経てば前の話など忘れてしまっていますから、いったいこの人は、誰の子供だったんだろう状態に陥ったことも少なくありません。それでも辛抱強く見続けていたのは、このドラマが始まった時にも書いたダコタ・ファニングの魅力です。結局、ごちゃごちゃした人間関係に悩まされたのは前半だけ、後半にファニングちゃんが演じるアリーが登場してからは、もうその愛らしい姿に釘付けになってしまい、夢中になって見続けましたよ。
 ストーリーは、地球外生命体と人類との物語、エイリアンはなぜ地球を訪れ、地球人と接触を試みたか、その謎がついに解き明かされるという、言ってみれば単純なものです。とは言っても、このテーマは今まで色々な形で取り上げられていたので、それを集大成する意味できちんと「前史」を描ききる必要があったのでしょう。それが制作者の思惑通りの成果を上げたかどうかと言う点は議論の分かれるところでしょうが、少なくとも後半のアリーを巡っての展開は最後まで引っ張られるだけの力はありました。もちろん、エグゼキュティブ・プロデューサーがあのスティーヴン・スピルバーグですから、ウケねらいが最優先、見るに堪えないデタラメなプロットは数限りなくありますが、そこはファニングちゃんのかわいさに免じて、許してあげましょう。ただ、ファニングちゃんが「取ってあげるね」と言って、アブダクトにあった人たちのインプラントが鼻から外に出るようにした時に、父親のチャーリーには何の変化もなかったのはなぜなのでしょう。そんな些細なことにこだわっていては、アメリカ版「かぐや姫」とも言うべきこの巨大なドラマの真の意味を掴むことは出来ないのでしょうがね。そんなことより、これからの私たちには、ファニングちゃんの成長の過程をつぶさに見守ることが出来るという、幸福な体験が待っているのです。ドリュー・バリモアやナタリー・ポートマンのように裏切られることは決してないと思っているのですが。
 話は変わりますが、あの大ヒット音楽コミック「のだめカンタービレ」の「CD」というものが、発売になったそうです。言ってみれば、紙の上の世界でしかないコミックが描いている「音楽」を、実際に「音」として聴くことが出来るという、素晴らしい企画です。確かに、「エロイカ」みたいな有名な曲でしたら読みながらある程度「音」を頭の中にイメージするということは可能かも知れませんが、例えば真澄が卒演で演奏したジョリヴェの「打楽器協奏曲」とか、真一の叔父さんの音楽への思いを蘇らせたエルガーのヴァイオリン・ソナタなどのように、かなりコアなファンでも聴いたことがないような曲は、イメージしようがありませんからね。吹奏楽版の「青きドナウ」も聴いたことはありませんし。そんな曲が聴いてみたいという願いも、決して裏切られることはないと思っているのですが。
aventure number : 0231 date : 2003/9/27


今日の禁断 間違い電話

 もう9月も最後、しかし、お天気の方はもっと先走って、なんでも「冬型の気圧配置」というものになっているのだそうです。お陰で、今日の昼間はまるで木枯らしのような強い風が吹いていたみたいです。「みたい」といったのは、例によって今日は「かいほうげん」の追い込み、外に出てゆっくり季節の移り変わりを肌で感じるなどという余裕はなかったからです。お手元に渡った(欠席した人、あるいは団員以外の人には分かりませんが)、最新号を見てみると、2ページ目にJAOの大きな写真が2枚入っています。これは、参加した3号から提供してもらったもの、出来ればメンバーの顔がちゃんと見えるようにと、サービス判をあの大きさまで引き延ばしてあります。レイアウトの関係で、印刷する時にはこのページと同じ面となる、後ろから2番目のページにも画像をめいっぱい入れてしまったので、これをプリントする時が大変。1枚出てくるのに、優に2分以上かかるというものすごさでした。それだけならいいのですが、連続してプリントしていると自然に止まってしまったりします。このままだったら、またサービスマンコールかなと焦りましたが、普通のサイズのファイルになったら何事もなかったので、単に処理能力を超えていただけなのでしょう。○コーのプリンターは。
 出席といえば、フルートパートは見事100%を達成、セカンドもほぼ全員出席という快挙。しかし、そのほかのパートはとても寂しいという、各パートの出席状況の格差が明らかになった、今日の練習でした。前半にやった「はげ山」は、そんな、何かスカスカした感じの中で、打楽器の人(トラ?)が、ドラの叩き方のサジェスチョンを受けていました。後半はシューマンで、当然ドラはなく、楽器を小ホールに運んでしばらく練習をしていたのですが、それが、あっチャンとちほさんのツボに嵌ってしまいました。「かやの木コンサート」のお寺の和尚さんが来ているみたい、というのです。ドラを叩く音が、宗教活動に酷似しているというのでしょう。2人とも自分で言ったことに受けてしまって、演奏中に吹いてしまう始末。吹いては楽器は吹けません。
aventure number : 0232 date : 2003/9/30


今日の禁断 新名所

 最近、車のコマーシャルでちょっと気になる曲がかかっています。歌詞は車の名前が入ったオリジナルなのでしょうが、その早口言葉の感じが何かに似ています。メロディーも聴いたことがありますし。「何だったかなぁ〜」と、奥歯に物が挟まったような(ちょっと違う?)思いにしばしとらわれたあと、まるで霧が晴れるように思い出した曲がありました。それは、森山加代子が歌っていた「月影のナポリ」、「チンタレッラディルッナッ」という、意味不明のかけ声が印象的な、60年代のオールディーズです。当時の例に漏れず、これはイタリアのヒット曲のカバー、この頃は、イタリアの曲がヒットチャートをにぎわすということが結構あったのですね。オリジナルのタイトルが「Tintarella di Luna」、あのかけ声そのまま、ちゃんと意味があったのです。直訳すれば「月による日焼け」、それが「ナポリ」ですか。
 そんな、昔の曲を使ったコマーシャル、最近多くないですか。例えば、浜崎あゆみがやっている缶コーヒー、「BOSS、いつもそばにい〜てね」というやつは、ナット・キング・コールのヒット曲、ベルト・ケンプフェルトが作った「L-O-V-E」が原曲。「LOVEは世界のこ〜と〜ば」という、お馴染み漣健児の訳詞で、日本語でも良く歌われている名曲です。ところが、このBOSSバージョンは何か聴いていて居心地の悪さがつきまといます。オリジナルの持つ何かが足らないのです。実際、これはAABB/AABAという構成の原曲の後半だけ、しかもAが抜けたABAという形に変わったものになっています。Aの4小節が無くなったことによって、この曲は構成感の乏しい、間の抜けたものになってしまっていたのでした。もし私がベルト・ケンプフェルトだったなら、「BOSSの原曲はL-O-V-Eだ」などと言われても、決して納得しないでしょう。そのぐらい、これは、原曲の美しさを無惨にたたき壊した、ひどい仕事です。
 同じように、やはり車のコマーシャルで、フランシス・レイの「男と女」をクレモンティーヌがカバーしているものも、私は許せません。原曲の持つ変拍子の不思議な魅力を全く無視した均等なビートは、この曲の本質すらも危うくするもので、これはもはやカバーと呼ぶことは出来ません。ビール(発泡酒)のコマーシャルで、ジプシー・キングスが「ボラーレ」の後半で、音を倍の長さにしているのにも、同じような嫌悪感しか感じることはできませんし。
 ところで、ビールではありませんが、演奏のあとにアルコールを飲みながら演奏者と軽いおしゃべりが出来るサロンコンサートなどというと、もうそれだけで引いてしまいますが、その演奏者が瀬尾さんとローラン・ワグシャルとなれば話は違ってきます。定期の翌日、二次会の疲れがなければ北山の某所に。18名限定といいますから、申し込みはお早めに。
【禁断崩し・・・0231「佐久間学」】
 「外題の解説があったらい〜な〜」などという声がどこからともなく聞こえてきました。秘密は秘密のままにしておく方が美しいのですが、差し障りのないものだけでも謎解きをする、というコーナーです。
 佐久間さんというのは、「のだめカンタービレ」に登場する音楽評論家。もちろん物語の登場人物で実在はしないのですが、このCDでは、この方がライナーを書いているというのです。こんな他愛のないことで、ファンは大喜びするものなのです。実際には、あがりはんたさんが執筆しているという噂も。
aventure number : 0233 date : 2003/10/2


今日の禁断 灰ならし

 仙台の繁華街は、休みの日には多くの人でごった返します。もちろん、人々の目当てはさまざまなお店、こんな時に店を休みにしてせっかくのお客さんを逃してしまうなんて、普通の感覚では考えられません。ところが、この、かつては城下町だったことがある都市では、こんな町中でも日曜日には堂々と休んでしまう習慣を持つお店が存在するのです。かつて「仙台商人」と呼ばれた威張りくさった商人が今も残っているという、貴重な、言ってみれば文化遺産のようなものなのかも知れません。久しぶりに土曜日に町に来たので、そんなお店のひとつ、おおまちにあるさる文房具店に、やっと行くことが出来ました。これで、仙台中の文房具店を探しても、おそらくここにしか売ってない、プリントゴッコ用のB5のマスターを買うことが出来るでしょう。そもそも、B5のプリントゴッコなどというものは(もっと言えば、ハガキ用のプリントゴッコでさえ)、最近では誰も使ってはいないはずですが、私の職場ではこれが必需品、お土産を入れる袋を手軽に印刷するためには欠かせないアイテムなのです。
 確かに、そのお店にB5のマスターはありました。しかし、それは、いかにも売れ残りという風情の、ほこりにまみれたものが1ケースだけ、おそらく、これが仙台で手に入る最後のマスターだったのでしょう。「もうプリントゴッコは使わないからね〜」というお店の人の言葉が、妙に印象的でした。確かに、年賀状にしても最近はパソコン印刷が主流、かつてあれほどのシェアを誇ったプリントゴッコは、今では見る影もありません。これが時代の流れというものなのでしょう。
 時代が流れれば、物事の価値観も当然変わってきます。あるいは、今までに無かった新たな価値観なども登場することでしょう。「インターネットの常識」などというものも、そんなひとつ。ネット社会がかつては考えられないほど拡大したのに伴って、「常識」にしても変わらざるを得ない状況になってきているのは、もしかしたらあまり気づかれてはいないことなのかも知れません。私がこのサイトを始めて、すでに6年目に入っているわけですが、その間だけでもこの「常識」が、従来のものでは対応できないものに変わりつつあるということを身をもって体験してきました。さまざまな苦い体験(一時など、掲示板を閉鎖せざるを得ないほどひどい個人攻撃を受けたこともあります)を経て学んだ最大の「常識」は、「自分のサイトに関しては、全て自分が責任を負わなければならない」ということです。ネットにアップするということは、その時点で誰が読んでも構わないことを表明しているわけですから、反論されることも、リンクされることも、揚げ足を取られることも全て承知の上と見なされるのは、これも「常識」なのです。したがって、今ウェブマスターに求められるのは、何をされても動揺しないだけの隙のなさです。それから、決して他人は当てにしないこと。Auftakt(アウフタクト)をずーっと「アーフタクト」だと思いこんで使っていたのをだれ1人として指摘してくれなくて、それが間違いだと分かった時の恥ずかしかったこと。
【禁断崩し・・・227あがりはんた】
 私が「Magi」をクビになったあと採用されたライターのペンネーム。ファッショナブルなセンスはピカイチで「のだめカンタービレ」をいち早く紹介してくれました。前回も書いたように、CD化にあたっては大騒ぎをしていたので、ライナーぐらい書きかねないと思ったのですが、カノジョに言わせると「それは無理だ。」とか。
aventure number : 0234 date : 2003/10/4


今日の禁断 漣健児

 FMなど普通は車の中で運転中にしか聴きませんが、実は、私が毎週、エアチェックまでして必ず聴いている番組が一つだけあります。それは日曜日の午後2時、東京FMからネットされている「サンデーソングブック」です。浮き沈みの激しい民放FMの番組の中にあって、11年間ずっと同じ内容でON AIRされ続けてきたという、希有なプログラムです。実は、この前身はかつてNHK−FMで放送されていた「サウンド・ストリート」という番組。私は、その頃からの熱心なリスナーです。ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、これは山下達郎が作っている、基本的にはオールディーズのプログラム。今「作っている」と言いましたが、それは決して比喩ではなく、達郎本人が文字通り手作りで送り出しているものなのです。使われる音源は、ほとんど全てが達郎個人のコレクション、オールディーズですから、もちろんCDだけではなく、アナログ盤も使われます。そこからが、達郎のこだわりなのですが、そのような音源をそのまま送り出すのではなく、現在のハイレベルの新譜と比べても遜色がないように、「プロツールズ」というハードディスクレコーダーを使って、昔のショボい録音を、見違えるようなクリアな音に復元してから使っています。「こんないい音でチャック・ベリーが聴ける番組なんて、どこを探してもありません」と自慢するだけあって、確かにその分離の良い音には驚かされます。それが、きのうの放送分では、さらに「良い音」を届けるために、もっと進んだテクノロジーを導入したことを紹介していました。なんでも、「プロツールズ」のプラグインで、スクラッチノイズを消してしまうソフトが安く手に入るようになったというので、早速その成果を実際に聴かせてくれたのです。そのドーナツ盤の「板起こし」からは、見事にスクラッチノイズが消えていました。これは確かに画期的なこと、これをSPレコードに応用したら、どうなるのでしょうね。
 そんな、音へのこだわりだけではなく、もちろんMCも達郎ですから、そのトークも魅力的。そこからは、私が参考にしたネタも数知れず。さらに、最近は10代や20代のリスナーも増えているようで、50代の達郎が読み上げる彼らのハガキが、不思議なミスマッチを生み出しています。「『しつこ』ってなんですか?」とか。
 最近の話題は、もっぱら達郎のパートナーである竹内まりやの新譜についてのものです。これは、いつものオリジナルではなく、全曲カバー、しかもそれはまりやが子供の頃に聴き慣れていた、今で言うオールディーズばかりという、すごいアルバムです。発売は10月末ですが、もちろんプロデュースは達郎ですから、その中の曲が早速(これが初めて)ON AIRになるのも、この番組ならでは。アビー・ロードのスタジオ1で録ってきたというストリングスに乗せて歌われる、コニー・フランシスも日本語で歌っていた「ボーイ・ハント」、これを聴けば、絶対アルバムが欲しくなることでしょう。それにしても、「Where the Boys Are」という切ないタイトルが「ボーイ・ハント」などという好き者みたいな邦題になってしまうなんて。
【禁断崩し・・・234灰ならし】
 プリントゴッコで印刷された紙袋には、さまざまな資料やグッズを入れて、行事の際にゲストに配られます。そんな中で好評だったのが、仏壇用の小さな灰ならし。Jamesクンにも受けてましたし。
aventure number : 0235 date : 2003/10/6


今日の禁断 バルトーク?

 夕べは練習が終わってから場所を変えての技術委員会、それが12時過ぎまでかかってしまったので、家へ帰ってお風呂に入ったら、もはや1時を回っていました。しかし、私には、その夜のうちに仕上げなければならない仕事が課されていたのです。定期演奏会の準備も大詰め、練習の時には、プログラムのゲラがまわっていて、曲目紹介の執筆者が最後のチェックをしていました。私もその一人、実は、前回も「リュッケルト」で曲目紹介と、訳詞まで書いていたにもかかわらず、「他に頼める人がいない」というプログラム担当の徹サンのたっての要望で、今回も「ハチャコン」の紹介文を書いていたのです。特にミスタイプもなく問題ないと思っていたら、シューマンの解説を書いた当の徹サンが、「おれ、長く書き過ぎちゃったんで、Y江さんの分、もう少し増やしてもらえませんか」と言ってきました。確かに、見開きの曲目紹介のページ、私の文章の下にはかなりの空白があります。私としても、少し書き足りない部分はあったので、それは了承しました。「細かいことは『か』クンに」ということで。
 ところが、それを『か』クンに言ったところ、「明日印刷所に送るから、今夜中に原稿が来ないとぉ〜。」などという、到底実現不可能なスケジュールが告げられたのです。「レイアウトで何とかなりますから、無理だったらいいですよ」とも。確かに、これから技術委員会に出たら今夜中に原稿を仕上げるなんて、まず不可能です。しかし、私もかつてはプロのライターとしてさまざまな修羅場をくぐってきたオトコ、後任の「あがりはんた」にだけは負けたくありません(何の脈絡もありませんが)。やってやろうじゃないの。
 帰り際、3号が「のだめカンタービレ」を読んだと言うことで、CDの話で盛り上がりました。「すごく売れてるみたいだから、きっとお店にあるよ」と言った矢先、某サイトを覗いてみたら、初回生産分だけで販売が打ちきりになってしまうというショッキングな書き込みがありました。なんと言うことでしょう。私はまだ現物を手にしていないので分かりませんが、おそらく原作のマニアックな世界を存分に盛り込んだコアなリスナーをも満足させ得るだけのクオリティを備えているであろうこのCDが、そのような扱いを受けるなんて・・・。うっ、うっ、「あがり」も今頃泣き崩れているのでは。
【禁断崩し・・・235漣健児】
 233で登場していたので、よもや分からない人はいないと思ったのですが・・・。だいぶ前にも取り上げたことのある、訳詞家のペンネームです(さざなみけんじ)。本職は音楽雑誌の編集長、訳詞家と言うよりはプロデューサーとして、日本のポップスの黎明期を支えた人です。
aventure number : 0236 date : 2003/10/8


今日の禁断 ブラピ

 「パニック・ルーム」をテレビで見ました。これも、予告編を見てパスしてた映画、ただのホラー系のような印象しかなかったので、映画館では見ていません。しかし、これは、ぜひ大画面で見ておきたかった作品だったことに気づかされたのは、そのオープニングでした。キャストやタイトルが最初に出てくるシーンですが(最近は、これが全くない映画もありますね)その凝り方と言ったら。バックにはニューヨークの町並みが移っているのですが、その上に挿入されているテキストが、そこの建物のパースペクティブと完全に一致しているのです。つまり、あたかもビルディングの壁面から巨大な「JODY FOSTER」やら「FOREST WHITAKER」という文字が突き出ているような錯覚に陥ってしまうような、洒落た仕上げなのです。もしかしたら、物語に登場する隠し部屋=パニック・ルームを象徴するような意図があるのでしょう。しかし、こんな仕掛けはほんの序の口、続くシーンでのまさに雄弁すぎるほどのカメラワークは、圧巻でした。見かけ上のワンカットで建物の天井から床下を通って階下の部屋にそのままつなげるという、プロモーション・ビデオなどでよく用いられる手法を大胆に使って、言いようのない恐怖心を見事に表現しています。おまけに、次に何が起こるか分からないという緊迫したプロット、さすが、「セブン」や「ファイト・クラブ」のデビッド・フィンチャーらしい引っ張り方です。その2作のようなどんでん返しこそありませんが、こういう展開は私は大好き、だからこそ、映画館の暗闇の中で怯えまくりながら見てみたかったのですが。ただ、エンディングでSWATが押し入ってくるのはちょっとやりすぎ、せっかくのミステリーが、いきなり薄っぺらなアクションものになってしまいました。それと、新しいオンナを作って離婚したはずのダンナが、なぜあんな年寄りなのでしょう。
 ジョディー・フォスターはもちろん素敵、子役出身でここまで来る人もいるという、それこそダコタ・ファニングもこうあって欲しいという私の願望が顕在化した姿です。もう一人、好きなのがフォレスト・ウィテカー。どんな役でも、決して憎めないところが、得なところです。ここでも、結局は「優しい人」を演じていましたし。
 ところで、映画といえば、最近何かと話題の「のだめカンタービレ」が映画化されるという話があるそうですね。これも、情報源はやはり「あが」さんです。CDが初回限定の、レアアイテムになってしまうとあっては、映画に対する期待はいやが上にも高まろうというもの。いったい、どこまで話が進んでいるのでしょう。最も気になるのはキャスティングですよね。のだめぐらいはもう決定しているのでしょうか。監督は誰になるのですか?それと、音楽的な監修も、やはりきちんとした人を考えているのでしょうね。それから・・・。それと・・・。ん〜っ、ほんっっと、楽しみですね。第7巻もあした発売ですしね。
【禁断崩し・・・236バルトーク?】
 最後に「?」とあるのが、引っかけっぽいですよね。確かに、技術委員会では、バルトークの「中国の不思議な役人」のような、「到底実現不可能と思える曲」も候補に挙がっていました。しかし、これは、私が「役人はつまらないよ」と言ったことでボツ、さらに、その発言は、居並ぶ地方公務員の顰蹙を買ったのでした。
aventure number : 0237 date : 2003/10/9


今日の禁断 松田聖子

 というわけで、「のだめカンタービレ」第7巻を買ってきました。この巻では、ついに千秋のオーケストラが始動します。ヴェルトラウム・ホールという、まるで横浜のみなとみらいホールそっくりの座席を持つところでコンサートを開くというのです。名前もつきました。「R☆Sオーケストラ」。「ライジングスターオーケストラ」と読むのだそうです。プログラムは、メインは何とブラームスの1番。ニューフィルの春の定期と同じ曲ですよ。これも何かの因縁なのでしょうか。それで、コンチェルトが、モーツァルトのオーボエ協奏曲。序曲は何になったのかは謎、単行本ではコンサートが始まる前で終わっていますから、おそらく、「kiss」を読んでいる人には、コンサートが何で始まったかは、もう分かっていることでしょう。教えてくださいね。チェロの菊地君をフィーチャーしたスッペあたりの序曲でしょうか(違うだろうな)。
 表紙を開いて1ページ目から大きく壁紙に使われているのが、モーツァルトのスコア、おそらくベーレンライター版のリプリントでしょう。したがって、この巻ではこのオーボエ協奏曲の描写に驚くほどの力が注がれています。今までも、二ノ宮先生がこの作品を仕上げる際のリサーチというか考証については、生半可な知識では決して描くことが出来ないような、徹底したものが見られました。ここにきて、その手法というか、意気込みというものには、ある種の「意地」みたいなものが伴っていることを感じないわけにはいきません。決して突っ込まれることがないだけの隙のなさを何としても持っていようという、強固な意志を、そこからは見出すことが出来るはずです。それは、この曲を演奏するオーケストラの人数にも表れています。「オーボエ協奏曲の編成は35人!ファースト10人!セカンド8人!」というのが、千秋の言葉です。ですから、正確な編成は、1st:10、2nd:8、Va:6、Vc:4、Cb:2、Hr:2、Ob:2、それにソロオーボエを加えて、みごと「35人」となるわけです。もしかしたら、ソロは数えないで、Cbをもう一人増やしているのかも知れませんが。いずれにしても、低音にFgを加えたりはしない、オーソドックスな編成になっているわけです。さらに、ソリストの黒木君がリードを削っている描写なども完璧、少女マンガ、いや、全てのマンガの歴史の中で、オーボエのリードが正しい形で登場したのなんて、おそらくこれが初めてのことではないでしょうか。
 ですから、ここまで完璧さを追求したのであれば、表紙折り返しのイラストはぜひオーボエであって欲しかったと願うのは、間違ったことでしょうか。同じオーボエ族ではありますが、コール・アングレを使った協奏曲は、モーツァルトは作ってはいないはずです。それとも、これは狙っていたのかな。
 ところで、きのう書いた映画化の件、「あ」さん(だんだん短くなってく)がさる掲示板にこれ見よがしに書き込んでいたのですっかり信用してしまいましたが、前にも紹介した掲示板を見てみたら、二ノ宮先生自身が否定なさっているではありませんか。とんだ恥をかいてしまいました。
【禁断崩し・・・237ブラピ】
 ジェニファー・アニストンのご主人ですね(普通そういう言い方はしないか)。「セブン」と「ファイトクラブ」の両方に出演しているということで。近々、そんな映画ネタのショートカットを作る予定です。そのうちね。
aventure number : 0238 date : 2003/10/10


今日の禁断 タキシード

 定期演奏会まであとちょうど1週間になってしまいました。しかも、あした、あさってと指揮者練習をやったあとは、もう練習はなくなってしまい、いきなり県民会館でのゲネプロとなるのですから、大変です(と、今頃言われても)。
 そんな、切羽詰まった時期なのに、なぜか「ラ・ボエーム」などを見に来てしまうのですからしょうがないですね。といっても、これは海外のオペラハウスのような「プロ」ではなく、仙台オペラ協会という「アマチュア」の演奏、言ってみれば、お付き合いです。しかし、アマチュアとはいえ、オケはプロの仙台フィル、そして、指揮者が末廣誠さんですから、オーケストラだけでも聴きにいく価値は十分ににあるはずです。
 県民会館での2日公演の1日目、お客さんはかなり入っています。オケピットをのぞいてみたら、チューバではなく「チンバッソ」が置いてありました。すごいですね。プッチーニやヴェルディでは必ず使われるこの楽器ですが、本物を見るのはこれが初めて、ということは、今まで仙台に来たチェコあたりのオペラハウスでも持っていなかったのでしょう。弦の編成は、ファーストが10人ぐらいでしょうか、やはりピットの中ということで、かなり少なめです。
 客電が消えて、いよいよ末廣さんの登場、しかし、なぜかピンスポがあたりません。そのあとで登場した時にはちゃんと付いていたので、これは明らかなミス、裏方も緊張しているのでしょうか。こんな不手際はカーテンコールで、もう拍手がやんでいるのにソリストが出てきたりと、各所であったのですが、しかし、そんな些細なことは、末廣さんの指揮するオーケストラの素晴らしさで、全く気にならなくなってしまいます。弦楽器も、少なさを全く感じさせない存在感。末廣さんは、全曲暗譜、歌手たちとも絶妙のコンタクトを取りながら振っていますが、その自信に満ちた音楽作りには、改めて感服させられました。そして、その音楽がプッチーニ、これ以上喜びや悲しみを表現できないという、究極の甘さを持ったものですから、末廣さんの手にかかればものすごく雄弁なメッセージが伝わって来るというわけです。例えば、第4幕の幕切れあたりでは、ほとんどオーケストラだけで全ての感情を描ききっていることが如実に分かります。そうなってくると、はっきり言って歌などない方がよいと思わせられたりもします。
 そう、オペラ全体としてみると、オーケストラの完成度に比べたら、歌手には不満も残ります。しかし、これはあくまでアマチュアの公演、みんなが最大限の力を発揮して、その時点での最高のものを出しているのですから、「良くやったね」と褒めてあげるのがエチケットというものです。リリコ・レッジェロで、ちょっとミスマッチ気味のロドルフォにしても、アンドレア・ボチェッリのような「プロ」のオペラ歌手よりは、遙かに立派でしたし。
aventure number : 0239 date : 2003/10/11


今日の禁断 ビートルズ

 ちょっと前の天気予報では、この3連休は「行楽にはもってこい」の晴天続きということでしたが、いったいどうしたというのでしょう、今朝おきたら、「雨」などというものが降っているではありませんか。これはちょっと困ったことになりました。昨日と今日、市内各地で行われている「みちのくYOSAKOIまつり」が心配なのではありません。あんな、暴走族のような衣装で陳腐なリズムをバックに踊り狂う創造性に乏しいイベントなど、私には全く興味のないこと、雨で中止になろうがどうしようが、知ったことではありません。困ったのは、今日の練習にオケ合わせにやってくる瀬尾さんのこと。車で名取まで迎えに行くのはいいのですが、練習会場が小学校の体育館ですから、雨を遮るものなどありません。足下もぬかるみだらけでしょう。車から体育館に入るまでに雨でずぶぬれになってしまっては、瀬尾さんが、せっかく治った風邪がまたぶり返してしまうかも知れません。
 しかし、お昼近くになってお天気はまず回復したので、一安心、迎えに出かけることにしましょう。前もって地図で調べておいた奥さんのご実家は、すぐ分かりましたし、名取までの往復は、しょうもないYOSAKOIで渋滞が間違いないモール前は避けたので、時間は私の予定通り、会場の附属小学校に着いた時は、まだ楽器トラックが着いたばかり、椅子も並んでいませんでした。控え室も用意してなかったので、だだっ広い体育館の片隅に、椅子と小学生用の机を運んで、その辺を瀬尾さんたちの「陣地」にしましょう。「体育館なんて、何年ぶりだろう」なんて、瀬尾さんも結構楽しんでいるみたい。時間があったので、瀬尾さんの楽器なども吹かせてもらいます。とっても素直な吹きやすい楽器。しかし、そのあと同じ楽器を瀬尾さんが吹いたら、まるで別物のパワフルな音がしたので、吹き手によってこれほどの違いが出ることを再認識するのですが。
 定時になったので、いよいよ合奏の始まりです。ハチャトゥリアンのイントロに続いて瀬尾さんが入るところ、私もオブリガートを吹いているのですが、いきなりテンポが変わって、ちょっとびっくり。そう、今日の瀬尾さんは2ヶ月前とは少し違って、積極的に仕掛けてきましたよ。この前は聞こえにくかったソロが、ここだとすごく良く聞こえてきます。だから、前回バラバラだった掛け合いの部分は、極力聴いて合わせるように心がけたつもりです。そのあたりはMDを聴き返してみるとまだまだという感じですから、あとは本番が頼み。3楽章あたりも、この前とぜんぜん違う滑らかな吹き方になっていましたし、「お約束」ではなく、生身の対決という感じの、一瞬の油断も許されないような緊張が必要になってくることでしょう。それにしても、瀬尾さんの音の立派なことといったら、どうでしょう。2楽章で私が裸で吹く音が、これほど情けなく感じられるなんて。やはり、瀬尾さんはすごい。
 なんでも、瀬尾さんはこの演奏会に間に合わせるために、ステージ衣装を新調したそうです。コシノ・ジュンコ自ら採寸、デザインしたという世界に1着だけのドレス(とは言わないか)、気合いが入ってますよ。
【禁断崩し・・・238松田聖子】
 これはちょっと難しいぞ。これを解くためには、まず、「のだめ」第7巻を読んでいることと、松田聖子のあまり有名ではないヒット曲を知っていることが求められます。その両方に共通するキーワードは「ピンクのモーツァルト」。
aventure number : 0240 date : 2003/10/12

03/10/13-03/11/17