2281(14/7/2)-2300(14/8/9)

今日の禁断 タグ

 キリ番の時を逃してしまったのですが、数日前に私のブログのアクセス・カウンターが「500,000」になりました。この数字が多いのか少ないのかも分かりませんし、そもそもスタートした9年前などは、殆どカウンターのことなんか気にかけていませんでしたからね。それに、「ブログ」なんて言ってますが、私にとってはあくまでも本体のウェブサイト(ジュラシック・ページ)のコンテンツを、そのままコピーしただけのものなので、ブログは単なるお飾りものだったんですけどね。
 これを単純に計算すると1日あたりのアクセスは150ぐらいになります。でも、最近ではアクセスはまず200を下ることはありませんし、たまに300ぐらい行くこともあるかな、ぐらいの感じにはなってきています。ですから、最初からこのペースで来てれば、ほとんど1,000,000ぐらいになってもおかしくないのですから、最初の頃はいかにアクセスが少なかったかが分かります。次第に固定客もついてきて、まあ人並みのブログぐらいには成長したのでしょうか。それに伴って、本体のウェブサイトの方は、どんどんアクセスが減っていきますから、そう言うのが今のインターネットの流れなのでしょうね。もう一からチマチマつくるサイトの時代ではありません。
 ただ、このアクセス数に関しては、注意しなければいけないことがあります。つまり、急にアクセスが跳ね上がったので喜んでいると、それは殆ど「ロボット」によるものだった、などということが、解析を行うと分かってしまうからです。検索エンジンでは、データを集めるためにサイトやブログに検索ロボットを送りこんで、日々情報を吸い上げているのでしょうが、このブログの場合は「msnbot」というのが、多い時には数秒に1個、みたいな頻度でやってきます。なんだか、気持ちが悪くなってしまいませんか。
 かと思うと、見知らぬ人からコメントが寄せられることもあります。それは、きちんとブログへの感想やら、ありがたい情報などを伝えてくれるものですが、それに混ざってなかなか面白いものが来たりします。ついこの間来たのが「私の気持ちを、こんなに正確に代弁してくれるブログには初めて出会いました」というものでした。一瞬、本気で喜んでしまいましたね。私の書いたものが、他人の心の中に入ったなんて、素敵じゃないですか。でも、よくよく考えてみると、私は別に他人の気持ちを代弁したような文章なんて、まず書いたことがなかったことに気づきました。そうだったんですね。もう少し読み進むと「ぜひ、個人的にお話を伺いたいので、リンク先に行って連絡先を教えてください」とあります。これだったんですね。危ない危ない。いや、最初からそんなのではないかとは思っていましたがね。
 ブログというのは、そんないかがわしいことに使われるものではなく、あくまで私の個人的な記録です。ですから、去年の今頃に秋の定期演奏会のチラシが出来上がった、なんてことを知ることが出来ます。それから正確に丸1年経って、今年もチラシが出来上がりました。相変わらずの的確なお仕事には、感服です。
 これが、その第1稿、一見した時には、なんとエロな、という感想でした。なんとも魅力的なボディラインが、そこには横たわっているように見えたもので。でも、もしかしたら本気でそこをねらってたりして。「謎」ですからね。これからは、この原稿の校正(居眠りなんかしてられません@花子)から始まって、一連の宣伝活動が本格的に始まることになります。いつものことですが、ついこの間やったばかりなのに、と思えるのはなぜでしょう。小さくて分からないかもしれませんが、私はこの中で最低3か所のミスを申告する予定です。細部まで見える画像はそのあとでアップしますので、もうしばらくお待ちください。
aventure number : 2281 date : 2014/7/2


今日の禁断 キタラ

 仙台に、「音楽ホール」、つまり「コンサートホール」を作ろうという動きがあるそうですね。もうすでに駅前にあるではないか、という人もいるかもしれませんが、パチンコ屋の話をしているんじゃありませんからね。ははは。それならば、ちゃんとしたクラシック用の「コンサートホール」が旭ヶ丘にあるではないか、という人もいるはずです。確かに、正式な名称だと「日立システムズホールコンサートホール」というとてもくどい名前のホールがありますね。あそこは、なんたってプロのオーケストラ「仙台フィル」が定期演奏会を行っているホームグラウンドですから、正真正銘のコンサートホールではないでしょうか。
 でも、ちょっと待ってください。実は、私が何年か前に「コンサートホールの定義」というものをここに書いたことがあります。それによると、まっとうな「コンサートホール」と呼ばれるためには、次の次の3つの条件を満たしている必要があったのではないでしょうか。
1 .クラシック音楽に適した音響設計が施されていること
2. 収容人員が1000人を超えること
3. パイプオルガンを備えていること
 異論はあるかもしれませんが、この3つの条件は外すことはできない、というのが私の考えです。つまり、仙台市にはこの条件を満たすホールは一つもないことになります。さっきの「日立・・・・」では、1.と2.が満たされていません。最近出来た「萩ホール」では、惜しいかな3.がありません。
 逆に考えれば、この3つの条件を満たすホールは、仙台を除く日本中の大きな都市、いや、もっと小さな都市にでもすでにいくらでも建っているのです。はっきり言って、いまだにこういうホールを持っていない仙台市は、音楽文化について語る資格などないということになります。よく「楽都仙台」などという「標語」を見かけることがありますが、あれは真っ赤なウソ、よくもしらじらしくあんなことを言えるものだと、恥かしくなってしまいます。
 もっと切実なことを言うと、最近は仙台には外国のオーケストラが殆ど寄りつかなくなっています。演奏会を開こうとしても、使えるホールがないのですから、当たり前の話です。まだ、よその都市にちゃんとしたコンサートホールがなかった時代には、カラヤン指揮のベルリン・フィルなんかが当たり前のようにやって来たというのに、今では素通りして

 札幌や

 新潟や

 金沢に行ってしまうのですからね。
 仙台に「コンサートホール」を作ろうという話は、今に始まったわけではありません。というか、殆ど建設場所など具体的な話が決まっていながら、土壇場になって白紙撤回になってしまったことがありました。ですから、今回の動きも、全面的に喜ぶわけにはいきません。ただ、一応「震災復興事業」という建前があるようですから、期待できないわけではありません。なんたって、兵庫県には阪神淡路大震災の後では、あんなに立派なホールが建ってしまったのですからね。ですから、本気になって建てようとするのなら、あれぐらいのビジョンを持ってことにあたってもらいたいものです(でも、あそこはオルガンがなかったような)。
 求められている事業母体が宮城県ではなかったというのも、ある意味歓迎できるかもしれません。議会で憲法改正の意見書が可決されるような恥さらしの県には、絶対にそんな文化を担ってほしくはありませんからね。
aventure number : 2282 date : 2014/7/4


今日の禁断 カレー

 きのう、○イヤル・○ストに久しぶりに行ってみたら、なんかテーブルの上に違和感があります。
 何かが足らない・・・私の心は、そう叫んでいました。それは一体何なのだろうとしばらく考えていると、思い当たるものがありました。それは「呼び出しボタン」です。確か、オレンジ色のボタンがこのあたりにあったはず、なんか不便ですね。でも、そもそもこのお店には呼び出しボタンなどなかったような気がします。一応他のファミレスよりは高級だ、というイメージが、そんなところにもあったはずです。それが、いつのも間にかごく普通にボタンが付くようになっていましたね。それが、ここに来て再度「高級化」ということなのでしょうか。
 まあ、確かにあのボタンには居酒屋みたいな、ちょっと庶民的なイメージがありますね。やはり「レストラン」なのであれば、そんなものは使わないで、いつも店内のお客様の様子に細心の注意を払っているウェイトレスさんの方に軽く目くばせすれば、こちらに近づいてきて注文を取っていく、というスタイルを取るのが王道というものなのでしょう。
 確かに、そんなコンタクトによって、まだちょっと初々しいウェイトレスさんはやってきて、注文を取りました。そして、それが届いた時に、箸を頼みたいと思って、その人にお願いします。「レストラン」であれば、そこですぐ箸が出てくるはず。ところが、それからいくら待っても箸は届きません。そのうちに、その人はすぐ近くに料理を運んできました。さっきのリクエストは、すっかり忘れられていたことは明らかです。いくらボタンをなくして高級ぶっても、こんな基本的な接客の不備があるのでは、何にもなりませんね。
 そこで昼ご飯を食べた頃は、別に何事もありませんでした。なんとなく右足が痛いな、ぐらいの感じはあったのですが、普通に歩けますし、ものも持ちあげられます。しかし、家へ帰った頃から、一旦椅子に座ってしまうと、立ち上がる時に腰の右側や右足に激痛が走るようになっていました。これは私の持病。一度こんな状態なのに東京で合唱の本番があったので散々な思いをしたことがありましたからね。それ以来、何度かこの腰痛に襲われたことはあったものの、だいたいすぐに収まっていましたが、今回のはちょっと来てました。まあでも、一晩眠れば翌朝にはかなり楽になっているはずですから、仕方がないので布団に入ります。実は、その前にニューフィルの人から電話があって、七夕用の竹が欲しいというので、次の日の朝に竹やぶの前で待ち合わせしていたのですよ。それにも備えて、おとなしく養生しないことには。
 ところが、横になってしまうと、そのまま上を向いてじっとしている分にはなんともないのですが、右側に寝返りを打とうとするとまた激痛が走ります。左側は用心すればなんとか寝返りは打てるのですがね。これは、かなり重症です。
 そして、今朝になっても、やはり痛みはひきませんでした。これではとても竹取りの立ち会いなんか出来そうもないので、竹やぶの持ち主と、ニューフィルの人に私が行けないことを連絡です。それからは、もうひたすら布団の上で横になっていました。ただ、痛みは全然変わりません。そう言えば、昔買ったコルセットがあったことを思い出して、それを試してみました。
 しかし、それでも好転しないばかりか、横になっているだけで激痛、なんて、もっとひどい状態になってしまいましたよ。
 ところが、そんな激痛に耐えてしばらくしていると、なんとなく痛みが軽くなったような気がしてきましたよ。確かに、右側に寝返りう打つことも出来るようになってますし、おきあがってみると、ほとんど痛みはありません。どうやら、丸1日経って、なんとか元に回復したようですね。明日は普通になっているでしょうか。
aventure number : 2283 date : 2014/7/6


今日の禁断 アイアール

 もう、この2、3日は、とても感情の起伏が激しくなるような出来事にまとめて遭遇して、大変な目にあっています。まずはご存知、「痛み」ですね。慣れたこととはいえ、やはりほんのちょっと体を動かしただけでコントロール出来ない痛みに襲われるのは、辛いものです。でも、これがだんだん快方に向かってくると、不思議なことにそれは数日前の痛みと同じ強さなのに、はるかに弱いものとして感じられるようになるのですから、不思議なものです。まあ、そんな風に先が見えるものですから、変にビクビクしないで生活していこうと思っているのですがね。
 その「痛み」に見舞われた日には、とんでもない「怒り」にも襲われていました。ニューフィルの広報活動では、たとえば他の団体の演奏会の時にチラシを折り込む、といったようなちょっと団員の手に余るものは業者に任せています。それが、1年半前にちょっとした手違いで、今私が中心になってやっている各施設へのチラシやポスターの配布の仕事を、頼みもしないのに勝手にやってしまったのですよ。うちの団員が置きに行ったら「もう来てますよ」と言われて、それが発覚したのですが、その時には、こちらにはこういうシステムが出来ているので、そういうことは全部こちらでやります、ということをきちんと申し入れて、相手もそれにきちんと合意してくれていたんだと思っていました。現に、この前の演奏会の時に配りに行った時も、そんなトラブルがあったということは全然ききませんでしたからね。ところが、今回新しいポスターやチラシが出来上がって、その業者に渡す枚数を確認したところ、「ポスターを30枚以上寄こせ」という申し入れがあったそうなのです。実は、この前の演奏会の時も、なんだかポスターが足らなくて、結局全部の市民センターには行きわたらなかったことがあったので、今回は少し増やしてもらおうと思っていたら、やはりその時も30枚ほど持って行っていたそうなのですね。でも、実際にかちあったことはありませんから、おそらく持って行っただけで、どこにも配っていなかったのでしょう。いずれにしても、一度きちんと仕事の内容を確認したはずなのに、それを完全に反故にしてそんなことをやっていたなんて、許せません。これが「怒り」、結局その日は、「痛み」と「怒り」が重なって、ろくろく眠ることもできませんでしたよ。ま、その件は、幸い1年半前のやりとりのメールが残っていたので、それを「証拠」に、こちらのやり方を再度確認してもらうことで話はついたようで、一安心ですけど、そんな「使えない」業者しかいなくなってしまったのは、大きな問題です。
 そして、今朝襲ってきたのは「悲しみ」です。実は、そのメール自体は夕べ届いていたのですが、開いたのは今朝のこと、そこには、よく知っている方のお子さんがお亡くなりになったというお知らせが書いてありました。最近、年のせいか、涙腺が緩んでいるのを切実に感じているのですが、こんなメールを見てしまってはとても我慢なんかできません。それこそ「号泣」状態ですよ。メールを見ながら涙を流すなんて、かなり異様な情景ですが、仕方ありません。
 実は、そのお子さんには、2度ほどお会いしています。その前にも、SNSを通じて本当にちっちゃい頃からの写真をたくさん見ていましたから、とても他人事とは思えないんですよね。写真の中のその子は、どんどん可愛くなっていきますし、最後に会った時などは、もうすっかり大人びた顔立ちでした。
 連絡を取ってみたら、「1年と360日で星になりました」という返事が返ってきました。ほんと、あと少しで2歳のお誕生日を迎えるというところだったのに・・・これを読んで、またまた号泣です。あさって、「お別れ会」があるそうなので、最後のお別れをしてきます。その時も泣いてしまうのでしょうね。
aventure number : 2284 date : 2014/7/8


今日の禁断 テクノポリス

 YMOが出てきたあたりの坂本龍一は、本当にすごいミュージシャンだと思っていました。それは、それまでのロック、というかポップスのクリエーターには見られない、ほとんど「現代音楽」の資質まで備えた人格として、目の前にそびえていたのです。デビュー・アルバム「千のナイフ」などは、どこを切っても驚かされずにはいられない名盤です。確かに、この人だったら「現代音楽」の要素をきっちり取り込んだ(つまり、それまであった「プログレッシブ・ロック」の方法論をさらに超える)、真に革新的な音楽を作りだすのではないか、という予感さえ抱いてしまうほどの光を、彼は放っていたのです。
 多分、私の期待が大き過ぎたのでしょう。その後の坂本龍一は、世間的には大成功をおさめ、「世界的」な作曲家として認知されるようになっていましたが、それは私が望んだような姿では、全くありませんでした。「好みの問題」と言ってしまえばそれまでですが、彼が作り出す音楽は本当につまらないものになってしまいました。だいぶ前に何かのイベントのために作られた無伴奏の合唱曲がありましたが、これを見たらもうこの人は完全にダメになってしまったな、と思いましたね。もうその前にはすでに何の関心もなくなっていましたから、別にどうなろうと構わないのですが、それでも世間的にはまだ「大家」とみられているのが不思議でしょうがありませんでした。
 そのうち、この人はもう音楽をやめてしまったかのように、「社会活動家」としての露出が増えてくるようになりました(あくまで、個人の感想です)。それはそれで、若いころからの熱い情熱をストレートにあらわした論客ぶりは、なかなかのものでした。「大家」ならではの無防備さはご愛嬌。
 そんな坂本龍一の「一時休業」のニュースは、驚きをもって世間に迎えられたのでしょう。ただ、そのニュースには、「反原発の立場から、放射線治療は拒否する」という、とても信じられないようなコメントも含まれていたのです。いくら彼がアホだからっても、これはあんまりです。こんな、反原発関係者からも、医療関係者からも反発が必至のコメントなど、言うわけがありません。というか、こんな「非科学的」なことを言ってたら、本当に世の中から見放されてしまいますよ。案の定、これはスクープをねらった新聞社の捏造だったことが判明したようです。いろいろな意味で情けない話ですね。
 台風が近づいて、断続的に雨が降る中を、お葬式というか「お別れ会」に行ってきました。もう、同僚と一緒に会場のホールに入る前から、私は号泣モード、入り口でお母さんから「顔を見てやってください」と言われて祭壇の前に行ってみると、そこにはたくさんのお気に入りのおもちゃが並べられていました。そして、その前に本当に小さな棺が置いてあります。顔なんか見てしまったら、もう完全に泣き出してしまうことは分かっていましたが、もうその時点ですでに涙はあふれています。もう何があっても怖くありません。覚悟を決めて棺の中をのぞくと、その顔は、本当に安らかな表情でした。「もう、ぼくは苦しくないんだから、泣かなくたっていいんだよ」と言っているようでした。
 会場には、彼のお気に入りだったというCDが流れていました。モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」のヴァント編曲のフルート四重奏曲版、なんというおませなチョイスだったのでしょう。献花も終わり、その花が御親族の手によって棺に入れられている間に、それはツェルリーナがマゼットに向かって歌うアリア「Vedrai, carino, se sei buonino」になっていました。「いい子にしてたら、素敵なお薬をあげるわね」というテキストに、きっと彼は癒されていたはずです。
aventure number : 2285 date : 2014/7/10


今日の禁断 カルメン

 なかなか充実した一日でした。午前中は、1週間後に本番を迎えるという「杜の都(半角空け)合奏団」の練習です。会場が広いところだったので、私はレコーダーを持ち込んで演奏を録音することにしました。ここで客観的に自分の音を聴いて、1週間の間に出来ることは修正する、という、このところニューフィルでもやっている方法を、この合奏団でも実践です。
 別にこの前書いたのを読んだわけではないのでしょうが、今日はついに管楽器のメンバーが全て揃いました。ですから、管の間のバランスやタイミングなどもチェックできることになるでしょう。今日の練習は、指揮者のダメ出しがハンパではありませんでしたから、それに対する反応もしっかり録音されているでしょうし。そんなわけで、私はまわりの管との細かい調整を行ったり(出来ていたとは限りませんが)、指揮者の要求に応えたり(これも、出来ていたとはかぎりませんが)、4時間みっちり合奏に参加します。
 そのあとの予定があって、どうも晩ご飯は遅くなりそうなので、お昼ご飯は少し多めに食べることにして、家へ帰る途中にある「櫻家」で、350gものロースカツを食べてみました。体によくないのは重々分かっていますが、これで、空腹に耐えることはできることでしょう。
 一旦家に帰って、さっきの録音を聴いてみると、さすが24/96で録ったD100、素晴らしい音が聴こえてきました。ちょっと金管に隠されて、木管はあまり聴こえてきませんが、弦楽器はとても美しい音色が聴こえます。なにも知らないで聴いたら、どこか名のあるオーケストラの演奏のように聴こえなくもありません。ただ、静かになったところでの細かいアンサンブルの乱れや、ちょっと難しいところのトゥッティの音程の不備など、細かいところではいろいろうまく行っていないところも見当たります。まあ、このあたりはあと1週間の個人練習で克服できるのではないでしょうか。私の場合は、木管内のアンサンブルがあまりしっくりいってないところが数知れず、これは、最後の合奏の時に修正しなければいけないでしょう。
 そして、夕方には次の予定のために、地下鉄で駅前に向かいます。こんな、確かきのうの夜に撤去されたはずの旧X橋の跡を見下ろせるようなすごいロケーションです。
 ここの会議室で、ニューフィルの来年春の演奏会の曲目を、指揮者と一緒に話し合おうという会議があったのですよ。
 なんか、うまい具合にかなりスマートな曲目のリストが出来上がって、会議は大成功、なかなか楽しそうな演奏会が実現できそうです。
 それが終わったら、すぐそばの、焼酎の種類がハンパではない居酒屋で、指揮者の歓迎会です。もちろん、私は焼酎などには目もくれず、ソフトドリンク完全制覇に向かいます。タン塩がおいしかったですね。
 なにしろ、他の演奏会で付き合いの長い指揮者ですから、飲み会は盛り上がります。気が付いたら、もう地下鉄の最終の時間になっていたので、あわててお開きに。それから駅に走ったら、案の定最終の地下鉄は酔っぱらいだらけ、そいつらの声がやかましくて、車内アナウンスが聴こえないほどです。Sさんみたいに乗り越したりしたのではシャレになりませんから、駅に着くたびにその駅名をしっかりチェック、無事目的の駅で降りられました。
aventure number : 2286 date : 2014/7/13


今日の禁断 カルパッチョ

 最近はめっきりなくなりましたが、ひところよくFacebookに怪しげな友達リクエストが来てましたよね。プロフィール写真がいかにもあり得ないケバいギャルで、全くどこを見ても私には接点がなさそうな人から届くのですから、まあ普通は無視してしまいますが、どうやらそれはアカウントを盗む手口だったのだとか。油断のならない世界です。実際、最近「私のアカウントから、サングラスの宣伝が発信されてます」みたいな書き込みを見かけたりしますから、もしかしたらそんなところの仕業なのかもしれませんね。
 ですから、最近来た「○youkai ○endaiopera」さんからのリクエストも、パッと見た時には、そんなイカサマではないか、というような気がしました。この字面から、なんか外人さんのような気がしたのですね。なんとかペラさんみたいな、ラテン系の名前。もちろん、そんな知り合いは全く思い当たりませんから、即刻拒否しようと思ったのですが、試しに名前を入れ替えてみると、どうやら少なからぬ関係のある団体のように見えてきました。そういうこと、ありますよね。登録する時に姓と名が入れ替わってしまうこと。ただ、この団体の場合は別にそんな区切りがあるわけでもなく、もし切るにしても「○ndai」のあとで切れば、たとえ入れ替わっても、少しは分かりやすくなっていたものを。
 正体が分かったので、そこに行ってみたら、確かに、すでにお友達になった人の中に、知っている人、もちろんその団体に関係のある人がいたので、喜んで承認させていただきましたよ。なんか、まだ出来たばかりのようで、私が十何人目かの友達ということでした。こういう、新しいところは、なんか初々しくていいですよね。それから着々と友達を増やして、今ではもう70人近くになったようです。
 でも、普通、こういう団体だと、Facebookではなく、Facebookページとして登録するような気がするのですがね。最近は、カバーのレイアウトなども同じになってしまったので、いまいち区別がつかないかもしれませんが、この二つはかなり使い勝手が違っていますから、この団体がFacebookというのは、なんともこちらのスタンスも決まらなくて、居心地が悪いのですけれど、他人のことですからどうしようもありません。
 もちろん、私の場合は、私個人としてはFacebook、広報担当者としてはFacebookページを管理しています。その、仙台ニューフィルのFacebookページは、何か重要なことがあった時だけ更新という、ゆったりとした運用に徹していますから、なにもない時はほったらかし、そのうち「もっと宣伝に力を入れましょう」みたいなメールがFacebookの本部から届きます。大きなお世話だと言いたいですよね。その代わり、なにかあった時にはすごいですよ。最近も、いきなりリーチが増えたもので、今度は本部は逆にびっくりして、「宣伝効果が期待できますから、広告を出しましょう」とか言ってきます。その手には乗りませんよ。もちろん、「広告」というのは有料ですからね。
 つまり、このところのトピックスと言えば、秋の演奏会のチラシのデザインが決まった、というのと、来年春の演奏会の内容がかなり固まった、ということなんですが、いずれも何人かの方にシェアされて、かなりのリーチを獲得しているものですから。
 その、一番新しいものは、おとといの飲み会の前に行われた委員会で決まったことなのです。普段はそういう時間がかかりそうなものは、練習が終わった後に、会場を移してやったりするもので、終わるのが12時近くになってしまいます。そこで、今回は指揮者のスケジュールに合わせて、土曜の夕方という時間帯に設定してくれたのですね。結局、そのあとでみんな揃って別会場で飲んだりするわけですから、帰るのは12時過ぎというのは同じになってしまうのですけどね。
aventure number : 2287 date : 2014/7/14


今日の禁断 アトラクション

 Facebookをやってられる人はお気づきだと思いますが、今回も定期演奏会へ向けてのカバーが出来上がりました。いえ、もちろん作ったのは私ではなく、チケットやポスターなどのデザインを一手に引き受けてくれているニューフィルの花、ショートカットにしたら松たか子さんそっくりになったチェロのOさんです。毎回、チラシのデザインのモチーフをそのままに、横長のカバーに再構築するという作業、出来てしまえば当たり前のように素晴らしい仕上がりになっていますが、そのデザインをきちんと仕上げるには、もしかしたらチラシよりも大変なのではないか、という気がします。本当にいつもありがとうございます。
 最近、Facebookページの規格が変わって、カバーとプロフィール写真との位置関係が個人Facebookと同じになりました。ですから、今まではそれぞれにプロフィール写真が入る位置を考慮して別のカバーを作ってくれていました。でも、今回は同じものが1枚で済むのではないかと思っていました。そうしたら、Oさんは、わざわざ別のものを作ってくれたのですね。確かに、写真の位置は変わりませんが、タイトル(名前)の文字が、Facebookページでは名前の下にカテゴリーが入って2行になっているので、その分の空間が必要なのですね。私はそこまでは考えていませんでしたよ。
 こちらが「個人」用。
 そして、こちらが「ページ」用。違いが分かりますか?ピアニストの写真と文字が、全体に上がってますね。
 ただ、その「カテゴリー」というのがちょっと気になります。私が登録をした時には「オーケストラ」というのがなかったので、仕方なく「楽器」というのを選んでおきました。でも、カバーを変えて全体を見てみると、どうも「楽器」ではなんか間抜けです。そこで、この際そのカテゴリーをきちんと設定しようと思ったのですが、やはり「オーケストラ」はありません(選択肢の中にあるものしか使えません)。それどころか、今までの「楽器」もなくなっていました。仕方がないので「ミュージシャン・バンド」にしておきました。それしかないんですから仕方がありません。でも、どこかで「オーケストラ」というのを見かけたような気がするのですが、あれは気のせい?
 ついでに、もし私の職場がFacebookページを作ったらどういうカテゴリーになるのか調べてみたら、「教会・宗教関連団体」というのが最も近いかな、という感じでした。でも、やはりこれだと「オーケストラ→ミュージシャン・バンド」以上に違和感があるというか。やはりアメリカが発祥の地ですから、日本固有のものはそもそも対象にはなりえないのでしょうか。
 そんな「団体」ですが、これからが忙しい時で、それに備えての印刷作業を、今日行ったところです。何を印刷したかというと、やはり「会報」というあたりが、どこへ行っても同じようなことをやっている私です。5月末に開催した行事を中心に、その年の活動をまとめる、というB5で4ページの冊子です。それをB4の用紙に両面印刷して半分に折る、という、いつもやっていることと全く同じ仕事なのですね。ただ、こちらはそのスケールが違います。いつものだと16ページのものを100部ですから、400枚印刷すれば終わりですが、こちらは1200部作らなければいけませんからね。まあ、そのあとは折るだけですから、まあ印刷すればそれでOKだと思ったのですが、単純に考えてもいつもの4倍時間がかかるわけで、お昼ちょっと前に始めたものが、終わったのは夕方でしたよ。
 こんな感じで、あとの「折り」は、折を見てぼちぼちやればいいかな、と。
 その時にやったコンサートの写真も、こんな感じに入れました。
aventure number : 2288 date : 2014/7/16


今日の禁断 エニグマ

 なんでも、明日からは3連休になるそうなのですね。このところ、目の前のことに追いまくられて、やっと気が付きました。つまり、あさっての本番の次の日はお休みになるので、思いきり弾けられる、ということになります。というより、あさってが本番という気がまるでしないのが、ちょっと問題です。やっぱり、半年間ダラダラと練習を続けないと、本番のような気になれないようなカラダになってしまったのでしょうか。
 あるいは、ニューフィルの場合は、もう本番の3か月以上前にはポスターやチラシが出来上がりますから、そんなのを持ってあちこちをまわったり、といった仕事をこなしながら、じわじわと本番モードに近づいて行く、という「過程」が必要なのでしょうか。
 今度の演奏会も、そんなスケジュール通りに、チラシやポスターが出来上がり、さっきそれの袋詰めをやって来たところです。これがあれば、いよいよ本格的な広報活動が始まることが自覚できるわけです。それを私が配る分+あさっての本番の時に挟み込んでもらう分を持ってみたら、結構な重さになっていましたね。それを駐車場の車まで運ぶ時に、もしここでまた腰痛が起こったらどうなるのだろう、なんて考えてしまいましたね。チラシに押しつぶされて、通路に横たわっているなんて、なんともみじめ。でも、幸い何事もなく、車に収めることが出来ましたよ。
 このところ、毎回チラシなどを持って行ってくれる人が増えているのが、嬉しいことです。別に特定の人に「やってください」とお願いしているわけではないのですが、「これだけ行くところがあって、まだ担当者が決まっていません」という伝え方をすると、しばらくして「うちのそばです」なんて申し出てくれる、という感じです。そんな、言わば手作りの宣伝活動の結果、市内のほぼすべてのホールや市民センターにチラシなどがいきわたることになったのですから、これはとても素晴らしいことのように思えてしまいます。というか、これがアマチュアの活動の原点ではないか、というような気がするのですよね。みんな忙しいので、出来ることはお金を出して業者にお願いする、という姿勢は、こと広報活動に関してはあまり当てはまりません。というか、そこまでやってくれる業者なんてありませんって。
 ところで、前にCD900STを自宅で使うと、コードが短いので延長コードをつけたら音が悪くなったということを書きましたが、それはやはり間違いないことが、何度も聴き比べていると分かってきます。前の時は、標準サイズのものがないので仕方なくミニプラグの延長コードを買ってきて、両端にアダプターをつける、ということをやっていたので、接点が多すぎて音が劣化したのでは、と思っていたのですが、その後、標準の延長コードというものがちゃんとあることを知って、それを試してみました。ただ、それは最短でも3mのものしかありませんでした。ただ、ケーブル自体はミニプラグ用よりも太くなっているので大丈夫かな、と思ったのですが、やはり長過ぎたのか、それをつなぐとミニプラグほどではなくても確実に音が悪くなるのが分かるのですよ。
 それをはっきり気づかせてくれたのは、昔買ったオフコースのベスト・アルバムです。最初、延長コード付きで聴いていると、コーラスあたりが明らかに歪んでいます。昔のマスタリングはこんなものなのかな、と思ったのですが、ハタと気が付いてそれを外して直でつないだら、全然違って、しっかりしたコーラスが聴こえてくるではありませんか。
 これが、自宅のCD棚の一部です。3年前に全部ぶちまけられてから、ただ放り込んであったものを、徐々に元に戻すようにしているのですが、いまだに元通りにはなっていません。でも、こんないい音で聴けるようになったので、また聴き直すためにも、埋もれて分からなくなっているCDがなくなるように、きちんと並べ替えなければ。
aventure number : 2289 date : 2014/7/18


今日の禁断 ジュピター

 「杜の都 合奏団」の本番が終わりました。長い一日がやっと終わった、というところでしょうか。ニューフィルでは味わえないなんか特別な充足感と、同時に疲労感に襲われて、グッタリしてます。
 なにしろ、この演奏会は指揮者のNさんが、ほんとにお一人で殆どの仕事をこなしていますから、今日の本番に向けて楽器を運ぶ、なんてこともやってます。ですから、会場の準備には間にあわないので、代わりに私が鍵をもらったりすることになっています。開けてもらえるのが9時なので、それまでにはメンバーは集まっていますから、その前に手続きをしておかないと、時間が無駄になってしまいます。私としては遅刻は許されません。そこで、かなり早めに家を出て、8時半には会場に着きましたから、まず鍵をもらいに事務室に行ったら、受け付けは出来るけど、5分前にならないと鍵は渡せないと言われました。まあ、どこでもそんな対応なのでしょうから、これは仕方がありません。
 その5分前には、殆どのメンバーが集まっていましたから、中に入ったらすぐステージの設営です。これも私が任されていたので、山台の組み方などを他の管楽器奏者と相談して決めたりします。そうすると、会場担当のお兄さんが、必要なものを揃えてくれるので、すぐ終わりました。いつもの設営に比べれば、かなりコンパクト。
 このお兄さんは、こちらでステマネなどは用意していなかったので、結局ステージに出る指示を出したりしてくれていましたね。それと、録音の仕事もやってくれていたようでした。録音用のコンソールがあったので見てみたら、CDに直接録音するレコーダーと、そのバックアップとして、SDカードにファイルを記録するレコーダーがあるようでした。しかし、それとは別にTASCAMのDSDレコーダーがありましたよ。最近のホールではこんなものも使っているんですね。でも、そのお兄さんにきいてみたら、「それは、DVDの音声だけを録音する機械です」なんて、わけのわからないことを言ってましたね。もしかしたら、そういうことは専門外だったのかもしれません。案の定、本番では後半のCDの録音に失敗してしまったそうです。まあ、SDカードのバックアップがあったので、大丈夫だったそうですが。
 まずはゲネプロから始まります。きのうの練習で、もう殆ど完成されているほどのものに仕上がっていたように私には思えたのですが、Nさんはあくまで最高のものを求めて最後のダメ出しを行います。ただ、私のコンディションは、きのうが最高、何もしなくても自然にポイントが見つかったのに、今日になったらそれが微妙にうまくいきません。あくまで私の問題なので、他の人が聴いてもあまり分からないはずですが、確実に私のストレスは高まっていました。
 ゲネプロは終わり、気を取り直して、まずはチラシの挟み込み作業を手伝います。もちろん、出来たばかりのニューフィルのチラシと、あとは他の団員の関係しているものが2種類、こういうことは、なかなかやる機会がありませんから、貴重な体験です。
 それが終わったらお昼ご飯、私は楽屋で他の管楽器の人たちと食べ終わってロビーに出てみると、弦の人たちが楽しそうにみんなで食べていました。せっかくなので、Sさんご自慢のコーヒーを頂きます。
 本番になったら、ステージの暑さでコンディションはさらに悪化、そのケアに神経を使っていると、つい緊張が切れて2ヶ所ほど、かなりハデなミスをやらかしてしまいました。これはちょっと悔やまれます。でも、今回は、全ステージを1人で吹ききるという、ニューフィルではまず体験できない「全乗り」でしたから、実際にこういうハードさも味わえて、とても楽しい勉強になりました。
 打ち上げでは、この企画は今回限りの一発オケではなかったことが分かり、また新たな体験が期待できそうです。こんな、ハードだけれど得るところの多い演奏会だったら、ぜひ参加したいものです。なお、今回の入場者数は134人だとか、私には上出来だったような気がします。演奏会が始まる前に、ホールの前にいたBさんに、カメラを渡してたくさん写真を撮ってもらいました。こんな写真は予想外、他に撮っていた人はいなかったようなので、なによりの記録になりました。
aventure number : 2290 date : 2014/7/20


今日の禁断 イズミティ

 おとといのコンサートの入場者数は134人ということでしたが、今日職場に出勤して、このコンサートに来ていた社長の話を聞いたら、「160人以上はいた」ということでした。職業柄、そこに来ている人が何人いるのか数えてしまう癖があるようで、それはかなり正確な数字であることは今までの経験で分かっていますから、この人数も信頼できるのではないでしょうか。ですから、これはなかなかの数字なのでは、という気がするのですがね。
 その話で、プログラムの曲目解説がなかなか分かりやすくて面白いと言ってくれました。まあ、それは私が狙っていたことなので、ちゃんと伝わっていたな、とうれしくなりましたね。この前ニューフィルに「展覧会の絵」の解説を書いた時もそうですが、私がそういうものを頼まれた時には、よく国内盤のCDに載っているような解説文みたいなものは絶対に書くもんか、という強い気持ちを持って臨んでいます。なにしろ、ああいうものはヘタをすると半世紀ぐらい前に書かれたものを平気で使い回したりしていますから、いかにも高飛車な、殆ど「お勉強」をさせられているような文章が平気で出回っていますからね。基本、楽曲アナリーゼなのですが、そんなものは普通の人が読んだって分かるわけはないのですよ。そういう不毛な解説にはならないように極力配慮、それでいて必要な情報はしっかり盛り込むという、言ってみれば初心者が読んでもマニアが読んでも楽しめるようなものを目指しているのですが、どうだったのでしょうか。今回の解説の全文を、貼り付けておきます。
演奏曲に寄せて

「ドン・ジョヴァンニ」序曲
 本日の演奏会のメインの交響曲は1788年、モーツァルトが32歳の時に作られたものですが、その前の年、1787年に作られたオペラが「ドン・ジョヴァンニ」です。「ドン・ジョヴァンニ」というのはイタリア語での読み方、本来のスペイン語だと「ドン・ファン」という、天下にその名を知られた女たらしの名前になります。どのぐらいの女たらしかというのは、レポレッロという従者がいつも持ち歩いている「今までものにした女性のカタログ」(ほんとですよ)で分かります。それによるとその数は5ヶ国合わせて2065人ですって。そんな無茶をするものだから、最後は、ついさっきものにしたばかりの女性の父親の亡霊に、地獄へ連れて行かれてしまいます。その時に流れる音楽が、この序曲の最初に聴こえてきます。それはまさに身の毛もよだつようなおどろおどろしい音楽です。
 しかし、それが終わると一転して明るく軽快な音楽に変わります。そんな不道徳で悲惨な内容ではあっても、これはあくまでエンターテインメントとしての「オペラ・ブッファ」ですから、まずはお客さんに喜んでもらえるような音楽で心をつかむというのが、この頃のオペラのお約束です。
 このオペラは、初演されたプラハでは熱狂的な大成功をおさめます。それに気を良くしたモーツァルトは、これをウィーンでも上演するために、新たに何曲かの新しいアリアを作るなどより完成度の高いものに改訂しました。しかし、そんな期待とは裏腹に、翌年の上演に際してのウィーンの聴衆の反応は冷ややかなものでした。
 そんな様子に見られるように、この頃のモーツァルトのウィーンでの人気は、明らかに下り坂となっていたのです。数年前までのまさに飛ぶ鳥を落とす勢いの人気作曲家の姿は、もはやここにはありません。かつては200人近くのお客さんを集めた、彼が新作のピアノ協奏曲や交響曲を演奏する「予約演奏会」も、もうチケットを買ってくれる人はわずか、もう少しすると、予約したのはモーツァルトの最大の後援者だったヴァン・スヴィーテン男爵ただ一人などという悲惨なことになってしまいます。
 そんな状況にもめげず、モーツァルトは、それまで彼が作って来たものとは一味違う、当時としては革新的な技法を盛り込んだ交響曲を、ほんの2か月足らずの間に3曲立て続けに作曲します。それが、変ホ長調(第39番)、ト短調(第40番)、ハ長調(第41番)の、後に「3大交響曲」と呼ばれる作品たちです。演奏する当てもないのになぜこんなに交響曲を作ったかについては諸説ありますが、この3曲をまとめて出版するつもりだったというのがおそらく正解でしょう。本日の演奏会では、この中から「39番」と「41番」が演奏されます。

交響曲第39番
 モーツァルトは、ハイドンによって整えられた交響曲という形式を美しい旋律の流れや、陰影に富む和声の移ろいによって磨き上げ、さらに深みのあるものにしました。しかし、この作品では、そのハイドン以来の伝統に背くようなあることが行われています。それは、オーボエの代わりにクラリネットを起用したという管楽器の編成です。モーツァルトは、このまだ歴史の浅い楽器の音色をいたく気に入っていたようで、折に触れてこの楽器を重用しているのですが、ここに来て交響曲の「定番」であったオーボエをあえて外して、そのクラリネットを主役に押し上げたのです。彼の交響曲の中で、木管楽器がフルート、クラリネット、ファゴットの3種類だけというものは、これ以外にはありません。それは、変ホ長調という格調高さと優雅さを兼ね備えた調性で作られたこの交響曲のサウンドを仕上げる役割を存分に果たすものでした。
 第1楽章は、まさに格調の極みともいうべき堂々たるフランス風の付点音符に支配された序奏で始まります。続く主部はうって変わって軽快な3拍子となりますが、そのテーマはあくまで優雅でしなやか、時折聴こえてくる2小節分を大きな3拍子ととらえたリズム(「ヘミオレ」といいます)がとても粋な味わいを添えています。
 第2楽章でもとても明るく美しいテーマが現れます。しかしそれは最後にチラッと暗めの表情を見せる油断のならないもの、案の定、その後にはちょっと厳しい音楽に変わります。しかし、どんな時でも最初のテーマは必ず現れて癒しを与えてくれます。
第3楽章では、とても元気なメヌエットに挟まれたトリオの部分がポイントでしょう。ここではクラリネットの二重奏による極めつけの優雅さが味わえます。フレーズの最後を繰り返すフルートや、合いの手のホルンはあくまでクラリネットの召使い。
第4楽章のテーマは、ディズニー・アニメの「不思議の国のアリス」の中で、庭に咲く花々が歌う「きらめく昼下がり(All in the Golden Afternoon)」という曲と非常によく似ています。この曲を作ったオリバー・ウォレスは、きっとこのかわいらしいテーマが記憶のどこかに残っていたのでしょう。しかし、音楽の方はヴァイオリンの名人芸が延々と続くスリリングなものです。テーマの冒頭のモティーフがパートの間でやり取りされるバトルも、最後まで目が離せません。ただ、やはり冒頭のモティーフによるいともあっさりとした終わり方には、なんだか肩透かしを食らったような感じがしませんか?それはまるでモーツァルトが「なんちゃって」とふざけているみたいで、とてもユーモラス。

交響曲第41番
 モーツァルトの早すぎる死によって、図らずも最後の交響曲になってしまったこの作品は、結果的にはそれまでの交響曲には見られなかったさまざまなアイディアが盛り込まれ、彼の最高傑作として、あるいは交響曲の未来への可能性を開いたものとして、多くの人に愛されるものとなりました。同時代の興行師ザロモンが、この作品のまさに神のようなたたずまいに対して、ローマ神話の最高神の名前である「ジュピター」というニックネームを与えたことにより、より広く親しまれることにもなります(最近ではこの名前はもっぱらホルストの「惑星」の中の「木星」に対して用いられることが多いので、注意が必要です)。
第1楽章で序奏なしにいきなり始まる主部の冒頭は、たった4小節で男性的な逞しさと、女性的な繊細さという相容れないテーゼをともに表現している驚くべきものです。さらに、トランペットとティンパニによって祝祭的に盛り上げられる部分と、弦楽器が時にはリリカルに、時にはかわいらしく歌い上げる部分との対比も聴きどころ、この楽章は素敵なメロディでいっぱいです。
第2楽章では、ヴァイオリンは弱音器を付けて神秘的な音色で迫ります。それは確かに美しいメロディには違いないのですが、何かいつものモーツァルトのようななめらかさがちょっと不足しているようには思えませんか?それは、その時代の様式からあえて離れて、少し前のバロック時代の様式を導入したためです。その、まるでバッハのオブリガートのようなちょっといびつなフォルムは、モーツァルトの手にかかるといとも華麗な装飾に変わるものの、どこかひねくれた味が。
第3楽章は、高いところから低いところに音が降りてくるという、まさに自然に逆らわないテーマのメヌエットです。しかし、中間部のトリオの後半にさりげなく登場する「ド・レ・ファ・ミ」というモティーフを見逃すわけにはいきません。
そのモティーフは、第4楽章で大活躍するテーマの重要なパーツ。例えばベートーヴェンの第5交響曲の「ジャジャジャジャーン」というモティーフのように、ありとあらゆるところに顔を出しています。そこに、それとは全くキャラクターの異なるモティーフが絡みついて繰り広げられる壮大なポリフォニーの世界こそが、この作品の最大の見せ場、こんな突拍子もない交響曲なんて、それまで誰も聴いたことはなかったはずです。もちろん、これもバロック時代の様式を巧みに取り入れたもの、そこからは、3年後の遺作「レクイエム」での「キリエ」の二重フーガの姿が見えてはこないでしょうか。
aventure number : 2291 date : 2014/7/22


今日の禁断 ペ・ヨンジュン

 東野圭吾の最新の文庫本がなんと2ヶ月連続で出るそうですね。まずはその第1弾を買ってきて、さっそく読んでしまいました。ほんとに、この人の本は読み始めると他のことをほったらかして最後まで読みたくなってしまうのが、困ったものです。
 今回は、別に文庫の書き下ろしではなく、ちゃんとハードカバーが3年ぐらい前に出ていたものでした。でも、なぜか広告などには「文庫化」という言葉がなかったのは、ある種の作戦なのでしょうね。もちろん、私はハードカバーは一切買わないことにしていますから、そんなものに引っかかることはあり得ないのですが。
 これも、いかにも東野さんらしい、一見無駄と見えるものがしっかり伏線になっていたといった、油断のならない構成でした。これが映画やドラマになった時のキャスティングを考えてみると、ホテルマンになりきって潜入捜査を行う刑事役は、なんたって阿部寛でしょう。というか、もしかしたら彼に「あてて」書いたのではないか、と思えるようなところが、ありませんか?ただ、そうなると加賀恭一郎と重なってしまうのが問題ですね。そのコンビとなるフロントクラークは、仲間由紀恵・・・と、思いっきり「トリック」ですね。そして、最後に明らかになる犯人は清水ミチコとか。
 これを読み終えるのに呼応していたように、WOWOWで韓国版の「容疑者Xの献身」が放送されていました。タイトルは「容疑者X 天才数学者のアリバイ」ですって。でも、これは「邦題」のようで、原題は「Perfect Number/Suspect X」というしゃれたものでした。とは言っても、映画の方はそんなおしゃれでスタイリッシュなものでは全然ないところが、面白いところ。つまり、日本版(というか、オリジナル)でそんな「おしゃれ」を一身に背負っていたガリレオ先生が、この韓国版には登場してこないのですよ。
 ですから、事件の捜査は刑事が一人で頑張ることになるのですが、実は彼が「天才数学者」の高校時代の同級生だった、という設定で、ガリレオの役割をきちんと果たすことになります。もう一つ、実際に最初の殺人を犯す親子は、ここでは叔母と姪という設定です。最初はそんな細かいところで変えてどうするのか、と思ったのですが、よく考えてみると原作での女の子は実の父親を殺す手助けをしてしまっているのですよ。これはあまりにも残酷、というか、無神経な設定ではないでしょうか。韓国版は、そこのところを考慮して、より自然な形に修正したとは言えないでしょうか。
 そんな、日本版に比べると奇を衒わない淡々とした語り口で物語は進んでいくように感じられます。なにより、キャラクターが自然で素朴な感じ。天才数学者は、まさに原作にあるようなとことんさえない男に見えますが、その最大のポイントは、今ではまず見られない大きなフレームのメガネでしょうね。こんな「時代遅れ」のメガネひとつで、見事にこの役を語っています。そして、彼が思いを寄せる「おばさん」は間違いなく日本版の松雪泰子を超えた可憐さを持っています。これだったら、自分が犠牲になっても絶対に守りたくなりますって。
 ですから、最後の原作とも日本版とも違う結末にも、このキャストだから納得させられるのですね。いかにも素直な心情を反映させたこの結末は、この映画の目指すものが日本版とは全く異なる事を見事に物語っています。
 韓国の映画なんてまず見ないので、これらのキャストがどういう人たちなのかは全く分かりませんが、唯一、「冬ソナ」で「キム次長」を演じていた人が捜査課長かなんかをやっていて、なんかホッとさせられましたね。
aventure number : 2292 date : 2014/7/24


今日の禁断 ゴルゴ

 このところ、やることが山積みで多少テンパっているところです。先ず最優先は来週発行されるはずの「かいほうげん」の作成なのですが、もうすべてのページのネタは揃っているのに、なかなか実際の作業が進みません。そこに、先週の演奏会の録音が届いて、その編集をやることになったので、そちらにも時間が割かれてしまいます。いや、これは、ベタで前半と後半がそれぞれ1枚ずつのCDに入っているものを、曲や楽章の頭出しをしてCD1枚に収めるという仕事ですが、これは単純に余計なところをカットしてトラックをいくつか作り、あとはそれを並べてCDに放り込めばいいだけですから、1時間ぐらいで簡単に終わってしまうと思っていました。でも、それで作ったCDを聴いてみると、まだ余韻が残っているのにブッツリ切られて、すぐ次の曲が始まる、なんてところがたくさん見つかってしまいました。波形を見てもう音はなくなっただろうと切ったところをよく聴いてみたら、まだティンパニの音だけがかすかに残っていた、というようなところです。これではちょっとまずいので、もう1度編集のやり直しです。まあ、CDからリッピングした元のデータから、もう1度切り抜くというだけの話なのですけどね。
 そんなわけで、金曜日の午前中いっぱいを予定にないことに使ってしまったので、やはり「かいほうげん」を仕上げることはできませんでした。いや、最初からどうも無理なような気はしていたので、もうこれは家へ持ち帰って作業をやれ、ということだったのでしょう。なにしろ、今日の午前中だけでは到底終わらなかったので、そもそも金曜日中に仕上げるのは無理だったことが分かりましたから。
 残りの仕事は明日に回すことにして、暑い中街に出かけました。もう溶けてしまいそうな暑さ、一番ひどいのは駐車しておいた車の中が蒸し風呂、いや、まるで坩堝のようになっていることです。いくらエアコンをかけても、そう簡単に気温が下がるわけではないので、これには参りますね。
 久しぶりに駅に行ったら、地下の売店は夏祭りモード、こんな「仙台土産」のTシャツが見つかりました。
 気持ちは分かります。「これでいいのだ!」を「仙台弁」でしゃべらせた、ということなのでしょう。しかし、これは仙台人にしてみれば、「誤訳」以外のなにものでもありません。正しくは「これでいいのっしゃ」ではないでしょうか。これを見て本気にする人が出てくるのが、心配でたまりません。ついでに、このキャラは「天才バカボンのパパ」であって、決して「天才バカボン」ではありません。
 2階に上がって仙台駅のコンコースに行ってみると、いつのも七夕とは様子が違っています。この時期には必ず天井からつりさげられている吹き流しが見当たらないのですね。これは、この屋根の工事が始まっているためです。奥の方に足場が組んでありますが、これがこれからこちらまで伸びてきて、この天井が全く別のものに変えられるのだそうです。それが七夕期間中にも行われるので、なにも飾ることはできないのだとか。大変ですね。
 それだけではなく、駅の東口は今すごいことになっています。自由通路を出てみると一瞬今までの景色はどこへ?と思ってしまったのは、そこにあったかつてのヨドバシの店舗が、きれいになくなって更地になっていたためです。
 そして、これはかつてはX橋(「エックスばし」ですからね。「ばつばし」ではありません)と呼ばれていた跨線橋が、一夜にして撤去されたために、その下をくぐっていたトンネルがなくなってしまった、という風景です。その昔のトンネルの写真が、下の画像です。
 車なんか通れなくなっているのでは、と思っていたのですが、逆になにもなくなったために、あっさり通れてしまいました。いずれはここに、奥にある道路と同じものが作られることになるのでしょう。
 そういえば、「ジュラシック・ページ」のトップページも、少し変わりました。今まで下の方にあった入団者募集のバナーのうち、チェロのものは募集の必要がなくなったので撤去しました。もう一つのヴァイオリンの方はまだ残してありますが、これも少しリフォームしてあります。
aventure number : 2293 date : 2014/7/26


今日の禁断 ムスビマル

 東北地方は今日梅雨が明けたそうですね。本当はもうだいぶ前から明けていたような気がしますが、おそらくこれはあとで修正されるのでしょう。ですから、きのうはもう完全な夏空のもと、特に用事もなかったので、秋保に新しく出来たというなんとかというところまで車でドライブしてきました。
 ちょっとした「道の駅」程度のものかと思っていたら、かなり広大な敷地にいろいろなものがこれから出来るだろうな、という感じのところでした。とりあえず完成しているのが、この、まさに「道の駅」の建物です。
 こんなかわいい、お米のパックがありました。こういう農産物の他に、お菓子屋さんのテナントがあって、そこが関係している商品がいっぱい置いてありましたね。本来はお茶屋さんなのですが、こんなに商品展開をしていたなんて、知りませんでした。なんせ、「くずもち」まであるんですからね。いたるところで試食が出来るようになっているうえに、冷たいお茶のサービスもあって、それだけでお腹がいっぱいになりそう。
 案内コーナーに行った時に目についたのが、「田んぼアート」の案内チラシです。一度現物を見てみたいと思っていたのですが、なんでも車で行けばすぐそばに、堂々たる「アート」を見ることが出来る場所があると書いてあったので、さっそく行ってみることにしました。
 それは、いつも練習に使っている広瀬文化センターのそば、向かい側の錦が丘に上っていく道の途中に、旗が何本も立っていて、ちゃんと駐車場への案内がありました。
 これがその「田んぼアート」です。向こうに見えるのが広瀬文化センター。
 足元のウサギを、さっきの端の上から見ると別のものになるというので、行ってみたら。
 確かに。
 ただ、最近の「田んぼアート」だと、こういう、「真上から」見るという構図ではなく、ここのような「遠くまで見渡す」ということを前提にして、遠近法を使って真正面に見えるようにデザインしているところが多いのではないでしょうか。そこで、さっきの写真をPhotoshopで加工して、「真上から」見たように変形してみました。
 そうしたら、さっきのアングルでは見えなかった、背景の山(蔵王でしょうか)まではっきり見えるようになりましたよ。せっかく作ったのに、今のままではここまで見えることはないのが残念です。来年は、このような「遠近法」まで考慮したら、よりインパクトが増すのではないでしょうか。いや、今のままでも充分にインパクトはあって、実はほとんど感動ものだったのですがね。
 そんなに遊び歩いていても、「かいほうげん」の方は、無事出来上がりました。これで、明日印刷のトラブルさえなければ発行出来るはずです。最後のページが、かなりのスペースがあったので、ほんとだったらそこに団員のご家族の御不幸などを掲載すべきだったのかもしれませんが、それは記録として私の胸の中にとどめておくだけにして、やめることにしました。その代わり、思いっきり明るい写真が見つかったので、それを載せてあります。
aventure number : 2294 date : 2014/7/28


今日の禁断 モリヤ

 もう7月も終わりですね。暑い日が続いていますが、ここは夜には少しは涼しくなりますから、東京みたいなまるで熱帯の未開地みたいなどうしようもない暑さに苦しめられることはあまりありません。ほんとに、だいぶ前に東京で夜を過ごした(変な意味じゃないですよ。コール青葉の演奏会が、真夏にあったのですよ)時などは、絶対にこんな未開地には住みたくないと思いましたね。そう、都会ぶってどうしようもないヒートアイランドと化したあの街は、未開地以外のなにものでもありません。オリンピックですって?冗談でしょ?
 ニューフィルの練習場である市民センターのホールは、なんせ窓を開けることのできない団体が使うものですから、この時期は冷房は欠かせません。しかし、なんせお役所のこと、いくら暑くても6月までは絶対に冷房を入れてくれないという掟がありますから、もしその時期に気温が高くなったりすると地獄です。ところが、7月に入ると、まるで手のひらを返したようにキンキンに冷やしてくれますから、これは逆の地獄、うっかりして半そでのTシャツ1枚などで行こうものなら、あまりの寒さに凍えてしまうことになります。ですから、いくら暑い日でも、必ず上に羽織るものを持っていくことは、決して忘れることはできません。
 ということで、きのうの練習の時にも、出来上がったばかりの「かいほうげん」の束といっしょに長袖のシャツを持って会場に向かいます。おかげさまで、何事もなく印刷作業と、その後の製本作業が終了し、予定通りに発行することが出来ました。考えてみれば、この前に発行したのが5月末ですから、ほぼ2ヶ月の間が開いてしまったことになります。
 実は、きのうは前半は降り番。ですから、後半の出番に合わせてゆっくり行けばいいのですが、私の場合は演奏会のチラシやポスターをみんなに持って行ってもらうために、始まる前にそれらを倉庫から出して机の上に並べておく、という仕事が、乗り降りに関係なくあるものですから、一応定時には行っていなければいけません。そんなものを全部用意し終わったところで、一旦外に出て近くのスーパーで夕食を食べることにしました。きのうは確か土用の丑の日ですから、本当はうな重でも食べればよかったのでしょうが、そんなわけにもいきませんから、スーパーで買ったパンとジュースで慎ましい夕食です。
 あそこのスーパーには、そういうお弁当なんかを食べられるスペースがあって、お茶なんかもタダで飲めるようになっていますから、そこに座ってパンをかじっていると、買い物を終えた男性がやってきて、今買ったばかりのウナギのかば焼きのパックを、やはり備え付けの電子レンジで温め始めましたよ。その人は、缶ビールも買っていたようでした。そうか、こういう手もあったな、と納得です。でも、ビールを飲んで練習に行くわけにはいきませんし、そもそも私はお酒は全く飲めませんからね。
 それから練習場に帰っても、まだ前の曲は終わっていません。一旦、最後までやったら、「では、全曲通しましょう」ですって。確かに、早いものでこの曲はこれが指揮者練習前の最後の合奏になってしまいましたから、これは必要なことでしょう。でも、やっぱりベートーヴェンは大変ですね。
 それが終わるのと同時に、新しい「かいほうげん」をみんなに配ります。休憩時間には、読んでもらえることでしょう。と、次の曲に備えて音出しをしていたら、チェロのKさんが忍び寄ってきて、「これ、間違ってません?」と聞いてきました。たしかに、チェロの入団希望者だったはずの人が、なぜかヴィオラになっていましたよ。いやあ、何度も見直したのに、これは気が付きませんでした。他人の帯コピーを笑ってる場合じゃありません。
aventure number : 2295 date : 2014/7/30


今日の禁断 エッシェンバッハ

 「明日こそは言おう」と思っているうちについ機会を逃してズルズルと先延ばしにしていたら、とうとう8月になってしまいましたよ。いや、そんな、この先の人生が変わるような大変なことでは全然ないのですが、先週の土曜日に県民会館というか「東京エレクトロンホール宮城」にニューフィルの秋の定期演奏会のチケットを置いてきました。一応今週の月曜日からは販売を開始してくれるということなので、あの、ホール正面入り口の左手にある事務所に行けば、もうチケットを買うことが出来ますよ。
 その他にも何か所かプレイガイドにもお願いしてあるはずですから、おそらくそちらでも入手できるようになっているのではないでしょうか。普通に考えれば。まあ、任した業者がそれほど「使えない」とは思いたくないもので。
 来週からは、いよいよ職場での本番が始まりますから、今のうちが少し余裕があるということで、たまっていた録画を片づけることにしました。まず、ウィーン・フィルのシェーンブルン・ライブです。もう、お正月の「ニューイヤー」と並んで完全に映像パッケージとしての需要が固定化した感のあるこのイベント、確かにちょうどお正月から半年後の5月29日に開催されたようでした。どちらもすでにDVDやBDが発売になっていますから、その元の映像も「解禁」となったので、BSで放送していたのでしょう。
 確か、去年あたりは雨が降っていて、そんな中でカッパをまといながら聴いていたお客さんがかわいそうでしたが、今年はなんだかずいぶん寒かったみたいですね。
 ORFがちゃんとポリエチレンのカッパを配っていたのですね。そんな客席のカットと、あとは、最初に見た時こそすごいと思ったカムキャットによる「空撮」のカットがやたら使われていたのが、もうそろそろ目障りになってきますね。もう、カメラワークが完全にマンネリ化してますから、逆にウザく見えてしまいます。というか、あんなだだっ広いところでコンサートをやること自体が、すでにマンネリになっていると思うのですが、やはりこれは貴重な収入源なのでやめるわけにはいかないのでしょうね。
 この映像を、今まではスピーカーで聴いていたのですが、今回はヘッドフォンで聴いてみることにしました。そうすると、野外にもかかわらず、録音自体はかなりクオリティの高いものであることが分かります。やはり、どんなにひどい映像を付けても、演奏だけはまずきちんと聴かせなければ、というような最低限のところは押さえておこうということなのでしょう。ただ、映像と音声の間にすこしタイムラグがあるのが気になります。特にピアノ・ソロでは、これだけずれているとなんだか録音に合わせて指を動かしているみたいに見えてしまいますから、ちょっと困ります。でも、これはおそらく中継の問題でしょうから、売り物であるBDなどではきちんと修正されているのでしょう。
 しかし、しばらく聴いていると、やはり普段BDで聴いている音とはちょっと違っていることに気づきます。もちろん、これは分かっていたことで、BSの音声はACCという圧縮音源ですから、BDのPCMと同じクオリティになるわけがないのですね。まあ、画像がHDですから、そちらにデータを使われれば、音声の方は、少し我慢してもらおうということなのでしょう。
 ところが、その画像自体も、BSとBDでは全然違っていることも、この間の飛行場の「後宮」を見比べているうちに分かってしまいました。これは、単純に音声だけの比較をしていた時に、たまたま気が付いたことで、まさか画像にまでこんな「間引き」が行われているなんて、思ってもみませんでしたね。「4K」とか言ってますが、本当は今のBDの規格で充分だったりするのかもしれませんよ。騙されてはいけません。
aventure number : 2296 date : 2014/8/1


今日の禁断 ヤマハ

 ふと気が付いてみると、ニューフィルの公式サイトが、ちょっと目を離している間に、更新されるべきところがほったらかしになっていました。まずは、団員のデータ。現在何人いるのかというリアルタイムのデータが、半年以上そのままになっていましたよ。そうしたら、たしか80人を超えていたメンバーが、いつの間にか79人になっていましたね。これはピンチです。でも、この間の練習の時に1人入団希望者がいましたから、また80人になったかな、と思っていたら、今日の掲示板で、「退団届」を出していた人がいたので、また同じです。
 さらに、「かいほうげん」のPDF化も、2回分たまっていたので、手を付けたところです。これでやっと、春の演奏会の公式写真をアップすることが出来ました。
 今日は暑い中、チラシやポスター配りを兼ねて街に行ったついでに、これもこの間の練習の時に案内があった輸入楽譜フェアに行ってきました。あいにく、みんなすでに持っているものばかりだったので、楽譜は買いませんでしたが、あの時に配っていた引換券でクリアファイルをもらってきました。
 「音楽用語」なんてい言うから、それこそ「アンダンテ」とかそういう言葉の解説だと思ったら、そうではなく、普段よく使う音楽に関する言葉を、英独仏伊の4カ国語に訳したというすぐれものでした。これがあれば、「誤訳」をすることはなくなるのではないでしょうか。
 と思っていたら、やっぱりちょっと怪しげなところはありました。
 どこがどうだ、とは言いませんが、なんか「現場」の感覚とは微妙に違っているところには、「やっぱりな」と思ってしまいます。「パート譜」と「オーケストラ譜」って、どこが違うのでしょう?この「引換券」はまだたくさん残っていますから、練習の時に持って行って下さいね。
 きのうは、初めて天文台に行ってきました。いつもすぐそばを車で通ったりするので、一度きちんと中まで見てみたかったのですよね。まず、こんな大きな建物が目に入って、てっきりこれが天文台の本体だと思って写真を撮ってしまったのですが、これは実はプラネタリウム、本体は反対側にあることに、あとで気が付きました。
 ご存じのように、ここは最近、以前の場所から移転して全く新しくなっています。その、昔の、西公園にあった時代の天文台には行ったことがあったので、多分その時には目にしていたはずの天体望遠鏡が、こんな風にエントランスに展示されていたのには、嬉しくなってしまいました。
 実は、その天文台に関しては、ちょっと忘れられない思い出があるものですから。その時は、中学校の見学で行ったのですが、この望遠鏡の前で天文台の台長さんから色んなお話を伺う、という、授業の一環だったと思います。たまに、台長さんがこちらに質問したりするので、まあ、それが分かった人は答えたりするという、確かに「授業」みたいなものではありました。私も、他の人が答えなかったので、大したことではないのですが一つ答えたりしていました。
 それが終わって、みんな外に出ることになった時に、その台長さんが私に向かって「ちょっと、君残ってくれないか?」というのですね。なんだか、後片付けみたいなことをやらされたあと、台長さんは「君、天文台に弟子入りする気はないかい?」と私にきくのです。どうやら、さっきの、私にとっては大したことではなかった答えに、台長さんはえらく心を動かされたようなのですね。その目は、まさに天才少年を見つめている目でした・・・なんちゃって。
 別にその時は私は天文学にはそんなに興味はなかったので、そのお申し出は断ったのでしょうが(このあたりの記憶は、はっきりしていません)、あの時本気になっていたら、今頃は全く別の道を歩んでいたかもしれませんね。
 そんな、なつかしい台長さんの写真も、飾ってありましたね。
 ちょっとびっくりしたのは、こんな案内です。普通、展覧会などでは絶対に写真撮影は許されないものですが、ここでははっきり「撮影可」とありますよ。考えてみれば、これはこういう施設では本来の姿なんですよね。そんな当たり前のことをごく自然に表示しているというあたりに、あの台長さんの優しい笑顔が重なります。なんか、そんな「伝統」みたいなものが、建物は変わっても受け継がれているような。
aventure number : 2297 date : 2014/8/3


今日の禁断 ドライ

 今日はニューフィルの練習日ですが、パート練習の降り番なので私はお休み、そこで、家から七夕祭りの前夜祭である花火大会を見てみようと思いました。今年は、例年とは打ち上げの場所が違っているので、もしかしたらいつもは山影でちょっと見えにくくなっているのが、少しは改善されるのではないか、と。しかし、7時から始まった花火は、例年以上の悲惨さでした。家から見てほんの少し右にポイントが移動したのですが、そこはさらに山が高くなっていて、もう完全にその陰に花火が入っているじゃないですか。全く見えないのに音だけは盛大に聴こえてくるという、一番腹が立つパターンですよ。
 実は、腹が立つことが朝にもありました。いつものように洗濯機に洗濯ものを入れてスタートさせると、なんだか水が途中で止まってしまいます。最近、ちょっと色んなところがおかしくなっていて、たびたびエラーが出ているのですが、これはそれより重症。仕方がないので、お風呂の水をバケツで入れて無理やり動かします。そうしたら、予想通りまた途中で止まってしまいましたよ。そんなことでゴタゴタしていたら、「花子とアン」の頭の部分を見損なってしまったじゃないですか。どうしてくれる!
 どうも、水の配管のリレーあたりがもうダメになっている感じ、これは○OSHIBAの製品なのですが、買ってすぐに残り湯給水のポンプがダメになってしまいましたから、そもそもそういう系統に欠陥があるというのが、この会社の特徴なのでしょう。でも、もうこれは買ってからほぼ丸15年経っていますから、まあ良くもった方だ、と言えなくもないのかもしれませんが。これを買った時には、自宅のすぐ向かいに家電スーパーがあったので、そこに歩いて行って買ってきたのですが(「持ってきた」わけではありません)、もうそこはなくなっていたので、朝一でヨドバシに行ってきましたよ。
 洗濯機の情勢にも流行があったようで、ひところドラム型の洗濯機がデビューした頃には、洗濯機売り場がそれで占められていた、ということがあったような気がします。普通の、上から出し入れする全自動などはもう時代遅れだと言わんばかりに、ドラム型が展開されていて、しかも価格が軽く20万円を超えるようなベラボーなことになっていましたよ。ところが、ヨドバシに行ってみると、なんだか様子が違います。確かにドラム型もありますが、主流は昔ながらの、つまり今まで使っていた全自動と同じものになっていたのです。やっぱりそうですよ。あんな、いちいちかがんで出し入れしなきゃいけないような洗濯機を、我慢して使うような主夫なんて、いませんってば。
 そこで、並んでいる中からノーマルな全自動を見てみると、○OSHIBAが相変わらず幅をきかしていますが、これはもう絶対買わないことにしていたので、残るは○ITACHIと○ANASONICということになります。CMのキャラクターが「嵐」と「西島秀俊」ですから迷いますが、操作パネルの位置が○ANASONICでは洗濯槽の向こう側という、信じられないような使いづらい場所ですから、ここは「嵐」の勝ち、めでたく、明日には届けてもらえるようになりました。15年前には、確かその日のうちに来てもらえたんですけどね。
 そこまで話を付けてから、職場に向かいます。土曜日のイベントへ向けての準備が控えていますからね。きのうになって届いたノベルティの袋詰めです。それが、こんな「うちわ」ですね。
 左はよくある、真ん中に穴が開いたタイプですが、これはそれに似ているようで、ちょっと違います。というか、これを袋に詰めながら、いったいどうやって使うのだろう、と、ついつい考え込んでしまいます。穴が開いてはいるのですが、それは切りこみだけで、ふたのようにくっついていますし。
 思いあぐねて、書いてあった商品名を頼りに検索したら、すぐ見つかりました。こちらに、動画までつかった説明がありましたよ。
 こういうことですね。腕を動かさなくても、手を握ったり開いたりするだけで風が来るという「型破りな発明」なのだそうです。確かに、言われなければ使い方も分からないほどですから、「型破り」なのは分かりますが、なんか、どうでもいいような気がしますけどね。
aventure number : 2298 date : 2014/8/5


今日の禁断 クラスター

 きのうは、広島に原爆が投下された時から丸69年経ったという忌まわしい日でした。核分裂のエネルギーを殺戮の目的に使用するという人類の歴史の汚点については、いくら語り継いでも終わることはありません。そんな、いっそこの世からはなくしてしまった方がいいに決まっているものを、「平和に利用」するなどという愚かなことを考え出した人がいるものですから、原発事故が実際に起きてしまったら途方に暮れてしまっているのです。それはまあ未体験のことだったのでしょうから仕方がないとして、それが分かったのだったらもうそんなものは使うのをやめようとするのが「人類の叡智」というものなのではないでしょうか。替わりはいくらでもあるんですからね。「語り継ぐ」というのは、そういうことなのです。
 世が世なら、こういう時にはそんな愚かなことへの反省も込めて、「広島」の名を冠した感動的な「交響曲」あたりが演奏されていたのかもしれません。音楽には言葉を超えてそのようなメッセージを伝える力があるのでしょうからね。しかし、あいにくそのようなことは事実上不可能な状態になってしまったのは、ご存じのとおりです。
 その代わり、ということでもないのでしょうが、今年の同じ日には別の「広島」を聴いたらいいのでは、とSNSで呼び掛けている人たちがいるのだそうです。それは、ポーランドの作曲家ペンデレツキが作った「広島の犠牲者に捧げる哀歌」という作品です。52人で演奏する弦楽器群(ヴァイオリン24、ヴィオラ10、チェロ10、コントラバス8)は、決して耳には心地良くない音を奏し続けます。人によっては、これらが阿鼻叫喚の世界から生まれた叫び、うめき声とも聞こえるでしょう。弦楽器ならではの微分音の重なりや、畳み掛けるように迫る激しいノイズは、激しいインパクトを与えます。これこそは、まさにこの日に聴くべき音楽なのだ、と彼らは訴えます。
 ただ、「交響曲」の方の「広島」がきのう演奏されなかったのにはいくつかの理由がありますが、その中でも、この曲が最初に作られた時には、広島や原爆とは全く関係のないコンセプトによっていた、ということが分かってしまったことが、かなり大きな要因だったことは明らかです。「広島」が「後付け」であっては、演奏する意味はありません。
 実は、それと全く同じことが、ペンデレツキの作品にも当てはまるのです。作曲者は、この前衛的な作品にふさわしい、なんとも即物的な「8分37秒」というタイトルを用意していました。これは、単に楽譜通りに演奏した時の演奏時間です。ところが、これを実際に演奏したところ、なにか「手ごたえ」を感じてしまった作曲者は、もう少し分かりやすいタイトルにしようと考えます。そこに折よく、ポーランドのオーケストラが日本での演奏旅行でこの曲を演奏することを知り、それならばと、日本人作曲家の友人の意見なども取り入れてつけられたのが、今のタイトルなのです。その、いわば論理のすり替えによって、この曲は大ヒット、まさに「現代音楽」を代表する作品となってしまいました。つまり、これは「交響曲」と全く同じ「後付け」で、人気を獲得したのですよ。それを知っていれば、「この曲こそ、8月6日に聴くべきだ」などとは、誰も言えなくなってしまうと思うのですが、どうでしょう。
 そんな、見当はずれなやり方で大切な日を過ごすのではなく、日本人ならではのやり方で亡くなった方をしのぶシーズンが始まっています。その準備のために新しい竹の枝を用意しようと、竹やぶに行って大きな竹を切ってきました。その時に、いつも使っている電動チェーンソーのチェーンが、外れてしまいました。少し緩んでいたのですね。それを調整しようと思って、昔買った時の取説を探してみたら、こんな風にオーディオ製品の取説の間に入っていましたよ。世の中は、そんなミスマッチで成り立っているのですね。
aventure number : 2299 date : 2014/8/7


今日の禁断 ルーヴル

 今日の最高気温は、24.6℃ですって。どうりで涼しいはずす。8月9日というのは、毎年恒例の職場のイベントがある日ですが、ほぼ例外なく暑〜い思いをすることになっているので、終わることにはクタクタになっているものですが、今年は本当に楽に過ごすことが出来ました。なにしろ、扇風機を回していると寒いぐらいですからね。
 このイベントは午後に行われるので、私の仕事である受付業務はお昼ちょっと前に始めています。まあ、少し早目に来る人もいますからね。ところが、今日は、もう午前中から「午後は都合が悪いので、早めに来てみました」と、受け付けだけを行う人が異様に多いのですよ。このところの天気予報は、間違いなく「午後は大雨」と伝えていますから、そんな時にわざわざ来るよりも、まだそんなに降っていない午前中に来ようという人が多いのでしょうね。最初はいちいち対応していたのですが、こんなだったらいっそのこと受付の時間を繰り上げようと、もう10時ごろには受け付けを開いてしまいました。
 中に座っている分には本当に涼しくて気持ちいいのですが、やって来たお客さんたちは、みんな大汗をかいて「暑い、暑い」と言っていますね。気温は高くなくても湿度はかなり高いようで、そんな中を歩いてくるとやはり暑くなってしまうのでしょう。でも、いつもはあんまり役に立たない本堂のエアコンも、このぐらいの涼しさだったらちゃんとききますから、一歩中に入れば心地よい涼しさに包まれるはずです。でも、あとで聞いたら、冷房がききすぎて寒いぐらいだと言っている人もいたようです。難しいものですね。
 実は、最近ではお寺の本堂のなかで、座布団を敷いて座っている、という風景にはほとんどお目にかかれないようになっています。もはや、時代はこういうところでも椅子に座る、という風に変わりつつあるのです。ということで、とても300人分の椅子などは置いてないので、さる業者から借りることになります。それは、並べる都合もあるのできのうの夕方に持ってきてもらったのですが、ちょうどそのあたりはかなりの雨が降っていて、トラックで運んできた業者さんはずぶぬれになっていましたね。
 今日は、予報通り午前中は雨は降らず、午後になっても降りそうで降らない、という状態が続いていました。降りだしたのはちょうどイベントが終わった時、ですから、今度は椅子を回収に来た業者は、またもや雨の中をトラックに椅子を積む作業にいそしまなければなくなりました。そして、全部の椅子を運び終えた時に、一応数のチェックをするために、荷台に登ってもうびしょぬれになりながら(傘は持って来なかったようです)1個1個数えています。それで数が合えばそんな苦労も報われるのですが、なぜか1個足りないのだそうです。きのう持ってきた時には数をチェックしていなかったので、かわいそうですがどうしようもありませんね。来年頼む時には、ちゃんと数を確かめることにしましょう。
 と、ほんとに珍しいお天気の、8月9日でした。実は、今朝Facebookを見ていたら、ビートルズの公式ページが「今日は『アビー・ロード記念日』です」と書き込んでいました。あの有名なジャケット写真(↓)を撮影したのが、45年前の今日だというのですね。
 確かにそういう日があることは知っていましたが、それが毎年のこのイベントと同じ日だとは知りませんでした・・・と思ったら、それは時差の関係で、「きのう」の書き込みだったのでした。それにしても、こんな服装で過ごせるなんて(裸足の人もいますが)、ロンドンは今頃でも涼しいんですね。パリはどうなのでしょう。
aventure number : 2300 date : 2014/8/9

14/8/11-14/9/18