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末廣さんとの次の定期の曲目が、マーラーの交響曲第5番に決まりました。有名な曲ではありますが、何といってもマーラー、ある程度音を聴いて「予習」をしておかないことには、この複雑な音楽を理解して演奏することは困難でしょう。もちろん、皆さんの中には、すでにこの曲を演奏したことがある方もいらっしゃることでしょうし、生の演奏をお聴きになったこともあるでしょう。CDだって何枚もお持ちになっていることでしょうが、ここでは、敢えて、私が最近聴いてすっかりハマってしまったCDをご紹介しようというわけなのです。
それは、ダニエレ・ガッティという人が、ロンドンのロイヤル・フィルを指揮して録音したものです。ガッティという1961年生まれのイタリア人指揮者、つい最近ボローニャ歌劇場を率いて来日していましたが、それほど知名度の高い人ではないはずです。かくいう私も、このロンドンの名門オーケストラの現在の音楽監督である彼のことは、今回初めて知ったのですから。とりあえず「マラ5」の新しい演奏を聴いてみようと、何の先入観もなしに聴いてみたこのCD、しかし、それは私のマーラー観を根底から揺るがしてしまうほどの強烈な体験を与えてくれたのです。
第1楽章の冒頭、トランペットの葬送行進曲のテーマを聴くだけで、まずガッティ・ワールドに誘い込まれます。とても物悲しい音色で一吹き「タタタター」、しかし、次の「タタタター」は一瞬の間を伴って現われます。このためらいがちの重い歩みが、この楽章の性格を特徴付けています。続く弦楽器のテーマもやはりこんな、いつまでたっても先に進まない、かといって決して重苦しくはないという、不思議な雰囲気を持っています。そして、しばらく経って出現するにぎやかな部分は、まるでお祭り騒ぎのような明るさ、この対比の格差がたまりません。
第2楽章は、嵐のような激しい音楽ですが、ガッティはここから、とても振幅の大きい、雄大な風景を見せてくれています。トゥッティでも決して雑にならないような知的なコントロールが、メンバーの一人一人に徹底されているので、出てくる音はあくまでクリアです。木管のリズムに乗って弦楽器がゆったりしたメロディーを奏でる部分は、歌い方がとても自然。かなり濃い表情付けをしているにもかかわらず、聴こえてくる音楽は何の抵抗もなくすんなり心に入ってくるという、魔法のような表現です。
第3楽章はとてもオシャレ。3拍子の扱い方が自由自在で、その場面に応じてさまざまなリズムを見せてくれます。薄い音でワルツを踊るところなど、まるで夢を見ているよう。
第4楽章の有名な「アダージェット」では、弦楽器は徹底して暗い音で弾き続けます。一見甘美さとは無縁の音色ですが、そこからとてつもなく深い歌を紡ぎだすのが、やはりガッティの魔法。いつの間にか、マーラーがこの曲に望んだ響きはこういうものに違いない、という確信すらわいてきます。
終楽章、とても複雑な、多くの声部が入り乱れている音楽ですが、ここで全ての声部にはっきりとした主張が、それぞれに生命力を持って込められているというのは、驚異的です。まったく別の動きをしているものが、オーケストラ全体として見た時には全てが同じ方向を向いている、という強烈なドライブ感に支配されて、この曲は壮大なクライマックスを迎え、果てるのです。
と、まあ、つたない表現で私の感じたことを書き連ねてみましたが、もちろんこれは皆さんに実際に聴いていただいて、この驚異的な世界を体験していただくのが一番なわけです。あるいは私とは正反対な印象を持たれるかもしれませんし、末廣さんが求めているものとは全くかけ離れた演奏であるのかもしれません。しかし、私自身は、この演奏を聴いて、マーラーの持つ世界が今まで思っていたものよりもずっとずっと広いものであることを、初めて認識させられたのです。
正直言って、これだけのものを私達の演奏で表現することなどできっこないという、恐れさえも抱いてしまいました。そういう意味で、「参考演奏」としては、あるいは不適当なものなのかもしれません。しかし、一つの理想の世界として、一度は聴いておくべきCDであると、確信をもって言い切ることは出来るでしょう。
このCD、録音されたのは1997年、1998年には国内盤もリリースされました。当時の「レコード芸術」では「特選盤」という評価を得たもので、それなりのセールスは上げたのでしょうが、それから4年も経ってしまえば、この程度の「新人」は忘れ去られてしまいます。おそらく、国内盤(BMGファンハウス/BVCD-1503)は今では入手できないのではないでしょうか。しかし、ご安心下さい。私の伝手で、輸入盤が1枚1,500円で手に入ることになりました。ご希望の方は、掲示板、メール等で私までご連絡ください。
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aventure number : 0012 |
date : 2002/8/1 |
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