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ニューフィル内での出来事などを徒然なるままにつづってみました。


7月9日

 うっとおしい日々が続いていますが、練習場へ向かう私の心にも、晴れようのない暗雲が立ち込めていました。それは、今日はあっチャンが休みだと分かっていたから。この頃頻繁に「お見合い」が続いているということは、いよいよアッチャンも私の手の届かないところへ旅立ってしまうかも知れないということ。そんな時に、嬉々として練習に行くことなどできるでしょうか。
 というのは、実はそんな深刻なことではなかったというのは、ウォームアップをしているところに大きな紙袋を抱えた30号が近づいてきて、「いつもお世話になっています。これ、実家のお土産です」と言いながら、「讃岐うどん」を手渡してくれた時に、明らかになりました。うどんは私の大好物、いささか強引に愛人に引き込んだものの、内心受け入れてもらえたか不安だったところでしたから、この暖かい真心には感激です。
 さらに、休憩時間には、今度は3号が、やはり「いつもお世話になっています」と、ハーブクッキーと紅茶の詰め合わせをくれたではありませんか。これで、もはや、あっチャンがいなくても生きてゆけるかも知れないという希望が涌いてきました。多分、来週からは、一つのこだわりから解放された、リニューアル私が登場することでしょう。
 もっと明るい話題としては、ちょっと前にカムバック宣言をしたコントラバスの和紀クンが、ついに姿を現した、というのがあります。最初は準備室の方で一人で練習していたのですが、最後になって、合奏に加わっていましたっけ。ヴァイオリンには、さらに入団希望者が来ていましたし、もはや、ニューフィルには団員確保に関しては何の問題もなくなったかに見えます。もちろん、ヴィオラでも。
 そんなわけで、フルートパートが一人しかいない(4号もお休み)という、極めて珍しい状況下で、練習は開始されたのです。バッカナールは本来はピッコロですが、アンサンブルのことを考えて1番を吹きました。ところが、これは全くの初見、指はピッコロよりもはるかに難しく、ちょっと大変でした。例によって、パート譜の休みの小節数は間違っていましたし。
 さて、こんなバカな話を毎回毎回、最近は練習以外でも話題を見つけて、時には「辛口」の表現で日記を書いてきたわけですが、このところ、このサイトが成長してくるのに伴って、内輪の冗談では済まされないようなリアクションが伝えられるようになってきました。もとより、まともに読まれてしまえば、一般社会ではほとんど通用しないようなどぎついネタが満載、それを一つのアイデンティティとして貫き通してきたわけですから、このような状況になってしまっては、もはやこれ以上書きつづけることは出来ません。今まで、何らかの形で楽しみと受け取っていただいてきた方には申し訳ないのですが、ひとまずこれで「ニューフィル日記」を打ち切らせていただきます。

7月8日

 きのうは、7月7日、新暦の七夕の日でしたが、よもや仙台で笹飾りなどを飾った人はいなかったことでしょう。もしそんな事をしようものなら、その家の主人は翌朝には簀巻きになって広瀬川に浮かんで・・・というのは、去年の日記のネタでしたね。もちろん私も七夕のことなどは思い出しもしないで、ヒレカツ先生と一緒に「マタイ」を聴いてました。先生も書かれていたように、会場は超満員、何でも、遅く来て座れなかった人には、入場料を払い戻していたようでしたね。ニューフィルでもそんな事態を経験してみたいものです。
 さて、今日7月8日は「ナンパの日」だとか。どこかの雑誌がきちんと制定した由緒正しいものらしく、「見知らぬ異性にアタックする日」と定義されているそうです。「異性」だから、女性のほうから「アタック」したっていいわけですよね。多くの愛人を抱える私としては、たまには女性のほうからナンパされたいものだ、と、感慨を新たにする日なのかもしれません。
 そのナンパにかけては右に出るものがいない例のパユがオケに参加しているCDのことは、前々回の日記に書きました。原稿を書くにあたって、その参加の事実を確実なものにしてくれたのが、さる掲示板への書き込みだったわけですが、今日になって、あの書き込みがもとで大変なことになっているということを、人づてに聞かされたしまったのです。私があの中で、執筆している雑誌の名前を明らかにしてしまったものですから、この掲示板を見ていたこのCDのメーカーの人が、「うちのCDの紹介文に他のメーカーのアーティスト(パユは他のメーカーの専属)のことを得意げに書くなど、許せないことだ。このライターは即刻クビにしろ。当分、うちから広告は出さないからそう思え」と、その雑誌の編集長に申し渡したというのです。私がクビになるのは一向に構いませんが、かわいそうなのは編集長。あの大メーカーから広告がもらえないことになると、おそらく「Magi」は廃刊になってしまうでしょう。彼の、この雑誌への思いを良く知っている私としては、居たたまれない気持ちでいっぱいです・・・。
 と、いうのは、もちろんウソです。ご安心下さい。ただ、その掲示板を見ていたパユのメーカーの人から編集長に「おたくのライターが書いてたね」ぐらいの電話があったというのは、本当の話です。さすが、パユの掲示板ともなると、業界の人もきちんとチェックしているのですね。この日記だって、誰が見ていることやら。もちろん「おやぢ」も(その原稿を少し水増しして、アップしました)。

7月6日

 この週末は、コンサート三昧になってしまいました。今日はオペラ、明日はマタイ、ともに3時間はかかる長丁場のヘビーな体験が2日連続というすごい予定です。
 最近は地方公演専門の外国のオペラハウスが、身軽なセットで仙台あたりにもしばしば来るようになって、生のオペラを体験できる機会が格段に多くなってきました。チケットもそんなに高くないし、以前ヒレカツ先生も見に行った「アイーダ」のように、とんだ掘り出し物に出会えることもあるので、これはなかなかありがたいものです。
 今日行ったのはシュトラウスの「こうもり」。チェコの「カルリーン・プラハ・オペレッタ劇場」という、オペレッタとかミュージカルを専門に上演している劇場です。以前日本に来た時は「マイ・フェア・レディ」が演目だったといいます。まあ、おそらく、普通のオペラハウスで演奏されるようなきちんとした「こうもり」は期待は出来ないでしょう。
 それにしても、ここのオーケストラのひどさといったら、想像をはるかに絶するものでした。オーボエなどは、とてもプロとは思えないお粗末さ、あえて言えばニューフィルのメンバーの誰が吹いても、彼よりは音楽的になるだろうと思われるほどです。ファーストは8人という小編成の弦にもかかわらず、アンサンブルはグジャグジャ、だから、序曲にシュトラウスらしさを求めるのがそもそも無理なこと、のっけから鈍重でセンスの悪いものを聴かされることになってしまったのです。
 しかし、それにもかかわらず、物語が始まってしまうとそんなオケのひどさがあまり気にならないほど、楽しむことができるようになっていました。もちろんドイツ語での上演、ジンクシュピールですから普通のセリフだけのところもありますが、例によってステージの両袖に置いてある字幕モニターで、言葉の不自由は全くありません。それに今回の字幕は非常に良く出来ていて、いかにもこの作品にふさわしいこなれたもの。「マジっすか〜」なんてのまでありましたから。歌手たちは、音楽的にはかなりレベルは低いものの、芝居はとても上手。何よりも、彼らは全員「日本人ではない」という点が、もっとも素晴らしいことです。ウィーンを舞台にしたこのオペレッタ、東洋人が出てきたりしたら舞台全体が興ざめなものになってしまうと感じる私の感覚は、もしかしたらいけないのかもしれませんが。
 同じ意味で文句なく楽しめたのがバレエです。夜会の場面とか、幕間の時間つなぎ(2幕と3幕の間は休憩なし)で、ふんだんにここのバレエ団が踊ったのですが、すらりと伸びた白い腕の美しかったこと。ひょっとして、短い四肢の日本人のバレエだけを見ている人には、一生バレエの楽しさは分からないだろうな、と思ったぐらいです。

7月5日

 毎月、月初めはMagiのための原稿執筆が恒例となっています。編集部から送られてくるサンプルのCD−Rを聴きながら、一緒に送られてきた資料を見ながら原稿を仕上げるというのが、基本的な手順です。もちろん資料といってもまず通り一遍のことしか書いてありませんから、自分の手で調べることも絶対必要。手元に参考資料がない場合に役立つのが、さまざまなサイトです。最近はレコードメーカーのサイトはちょっと前に比べて格段の充実ぶりですから、アーティストに関する基本的な情報は、ほとんど入手することが可能になっています。
 今月回ってきたアイテムは、ブラームスのドッペルコンチェルトとヴァイオリン協奏曲のカップリング、アバドの指揮でベルリン・フィルがバックを担当しているDG盤です。まずサンプルの音を聴き始めるわけですが、フルーティストの性としてどうしてもオケの中のフルートの音に耳が行ってしまうのは避けられません。ヴァイオリン協奏曲のフルートはちょっと地味で全く魅力は感じられなかったのですが、ドッペルコンチェルトの方はハッとするほど際立った音、ソロもとても滑らかで、ふんわりとした軽さがありました。瞬時にこれはエロオヤジ・パユに違いないと思い、資料を見てみたところ、録音年月は2000年5月、パユがベルリン・フィルをやめたのが2000年6月のことですから、この頃はまだ団員だったはず、やはり私の耳は確かだったことが証明されましたね。念のため、日本のユニバーサル・ミュージックのサイト(ここの新譜案内は、情報が早いので役に立ちます)も見てみましたが、ここにも同じデータが載っていました。大喜びで原稿には「パユのフルートのせいで、オーケストラの音は明るく軽め」とか書いて、さりげない薀蓄で付加価値を高めようという魂胆です。
 今回、編集部はこのアイテムにいくつかの資料を用意してくれていました。ところが、なにげに別の資料を見ていたら、そこには、まったく別の録音データが掲載されていたのです。それによると、2000年5月というのはカップリングのヴァイオリン協奏曲の録音データ、「ドッペル」はなんと200112月、パユはとっくに退団して、吹いているはずはないのです。
 しかし、この音はどう聴いてもパユ、一応「まるでパユのような音」と、原稿を直しました。ただ、エキストラとして参加したという可能性もあるので、さるパユファンが集う掲示板にこのことを書き込んでみたのです。そしたら、すぐさま、「団員から、200112月の録音にパユが加わった事を聞いた」という返事が書き込まれたではありませんか。やはり、私の耳は正しかったのです。もちろん、再度原稿を書き直したのは言うまでもありません。

7月2日

 7月だというのに、この寒さはなんなのでしょう。しかし、湿度がバカ高いときてますから、私が着いたときの練習場はまさに蒸し風呂状態でした。音出し寸前まで汗をかきっぱなし、これは最悪のコンディションですから、もう今日はよい音を出すのはあきらめようという気になるほどです。しかし、その頃から冷房が効き始めたようで、爽やかな風が天井から降りてくるのが分かります。チューニングが終わるあたりでは汗も引いて、とても吹きやすい状態になりました。
 もっとも、これは木管周辺だけの出来事だったらしく、1号さまのいらしたヴィオラ周辺は、相変わらず蒸し暑かったようですね。1号さまのおぐしが豊かに見えたのは、湿度のせいだったのでしょうか(個人攻撃はやめよう!そういえば、ロールシャッハ・テストのことを訊くのを忘れていました)。
 「葉子便り」だけは完成品が届けられていましたから、しできさんもそれをガイドに練習です。余談ですが、「葉子」と「便り」から「〜♪ラブレター フロム カナ〜ダ〜」を連想したしできさんって、いったい・・・(あっチャンは何のことか全く理解不能だそうです)。
 技術委員会があるというので、いつもより30分早く練習は終了の予定、休憩時間は新入団員(次号には6人掲載されるはず)の写真を撮ったり、パート内の希望曲をきいたりと、大忙しです。さらにもう一仕事、もはや恒例となった「Magi」の配達も。先月泣き言を言ったら、今月は潤沢に送られてきましたので、充分に行き渡ります。机の上に置いておきますので、興味のある方は持っていってください。もしかしたら、今日手渡すのを忘れてしまった人も(7号とか)いるかも知れませんが、へこまないで下さいね。
 その技術委員会、会場を東昌寺に移して行われましたが、なぜか3人ほどいつまでたってもやってきません。そのうちさっちゃんの携帯に連絡が入って、なんでも姫(6号)が駐車場の料金支払機を壊してしまって、後続の車が出られなくなってしまっているとか。大変ですね。それでも、10時ごろには全員揃って、いよいよ来年春の選曲です。いたずらに時間を無駄にすることが無益なことを悟り始めたメンバーは、極力話をまとめる方向に進み、なんと、11時には末廣さん向けの打診曲5曲が決まってしまいましたよ。フルートパート全員の願いを込めた「ドボ8」は、あいにく選に漏れてしまいましたが。いったい何が候補曲になったかは、いずれオフィシャル掲示板で公表されることでしょう。

これ以前の日記はこちらまで。


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