SOMEDAY MY PRINCE WILL COME

お茶の水博士が夢に出たあ!

おさだ まさあき


 ベートーヴェンの第九の練習を終えホテルに戻り、綿飴の様に柔らかいベッドに沈み横になって深い眠りに入る迄、たいした時間はかからなかった。
 こんな夢を見たのは初めてだった。
 色は白黒だった。というより16ミリの傷だらけのモノクロの映像そのものだった。その映像の手前に透明な水の表面みたいな壁があって、水の表面は柔らかく揺れていて、その向う側の白黒の映像が幻覚を見る様に大きく揺れて見える。どうしても思い出せないが無機的な単純なリズムの音楽が流れていた。楽器は安物の電気オルガンだったと思う。無機的とはいえ、呪われた様にとにかく単純に、同じリズムが繰り返し繰り返し鳴り続いていた。揺れた水の表面の壁の向う側にモノクロで部屋の扉が見える。洋館にありそうな木製の大きな扉のノブに看板が下がっていて、締め切りに間に合わない小説家の極限状態、と書かれている。その扉を開けたくなって、揺れる水面の壁を透明人間の様に簡単に通り抜け、扉を開けたらどう見ても、というよりどう思い出しても鉄腕アトムに出てくるお茶の水博士にそっくりな老人が突っ立っていた。その部屋は恐らく彼の書斎だ。老人はこっちを見て僕と目が合うと、絶叫して目を吊り上げて僕を目掛けて飛び掛かって来た。単純な音楽がただひたすら流れていた。すべてモノクロの世界だ。寺山修司の映画、トマトケチャップ皇帝を観ているみたいだと思った。 僕は老人の絶叫と表情がとても面白くてゲラゲラ笑いながら子供の様に逃げ回った。部屋を飛び出して庭まで駆け出して遠くで爆弾が落ちる音がした。それは一定のリズムである間隔をキープして爆発を繰り返していた。その爆音とまるで無関係に単純なリズムの安物の電気オルガンの音楽が、ただひたすらBGMとして流れっぱなしだ。芝生の庭で老人が爆発のリズムに合わせて体を震わせて跳びはねていた。表情は完全にいかれていて、彼はもはや人間の形をした壊れた生物体だった。僕は芝生に腰掛けてひたすら跳びはね続ける彼をじっと見ていた。滅多にお目にかかれないシュールな現場に一人だけ居合せてとっても得した思いがした。モノクロの世界を爆発のリズムと電気オルガンの音楽が充満していた。爆発のリズムがどんどん大きくなって老人のシュールなダンスが一層激しくなったところで目が覚めた。
 部屋のドアをノックする音が聞こえる。
 爆発のリズムと全く同じリズムでノックが続いていた。そのとき自分は洋服のままで眠り込んでいたことに気が付いた。部屋の明りも点いたままだった。AM3:22。ノックを繰り返すドアを開けて驚いた。そこに立っていたのはいつも行くバー・ギムレットの常連仲間であるダンサーのレイコだった。
 入っていい?
 いいけど、どうしてここが?と戸惑って部屋にレイコを通した。
 このホテルに今日泊まるって、先週云ってたじゃない。
 レイコはソファに腰掛けて、カルチェのバックからダンヒルの煙草を取り出し火を点けた。煙がレイコの目線に拡がって、オサダサンはいつも前ばっかり向いて生きてられて羨ましいわ、と呟いた。黒いレザーのミニスカートから長くて細い脚が伸びていた。レイコは黒が好きだ。その日も黒のシャネルのレザーのブルゾンの下に黒のウールのタートルネック、黒のミニスカートに踵のところにカルヴァン・クラインの銀のロゴがある黒のストッキング、カルチェの黒の靴には赤いリボンの形をした飾が付いていた。
 その赤かわいいね。
 あなたは赤い色が好きなのよね。
 赤いワンピースに深い感動を覚えた10代の終わりから赤色には敏感になっていたし、自分はこれまで、ワンポイントに赤い何かを身に着けて来た気がする。テキーラ・サンライズの底に溜ったグレナデンシロップの赤色も、遠い優しい記憶を甦らせてくれる思いがいつもする。優しい記憶が甦る時、決まってシューベルトの即興曲のop.90の3番が身体中に柔らかく流れ出す。
 テーブルの上にはバド・パウエルとビル・エヴァンスとアバドのマーラーのCDジャケット、読みかけの村上龍の小説、ヴォルビックのハーフボトルが無造作に並んでいた。それを見たレイコは、ビル・エヴァンスの
SOMEDAY MY PRINCE WILL COME が好きなの、と云って微笑んだ。僕もだよ、僕は立ち上がって窓の前まで行って、目の前の東京タワーを眺めた。赤坂の小高い丘に立つスノッブなホテルの42階の部屋から眺める東京タワーがうつろな光りを放っていた。それは戦意を喪失した兵士の目の輝きだ。部屋にレイコの香水の香りが拡がっていて、ダンヒルの煙草のにおいは気にならなかった。
 沈黙の時間が経ち部屋の明りが突然消えた。外を眺めていた僕が振り向くと、暗闇に東京タワーのうつろなオレンジの灯りに照らされて青白く浮かぶレイコの裸身があった。
 170はある長身のレイコが少女みたいに羞んだ。
 あなたが仙台に行ってる間にキヨシにプロポーズされたの。それであたしOKしちゃった。今日があなたと会える最後の夜よ。

 二人がベッドから眺める夜明けに、巨大な針葉樹の様な東京タワーの影が張り付いて見えた。白い夜明けがオレンジ色に染まりながら見事なグラデーションを完成させていた。
 あなたに会えたことを心から感謝するわ。バーでいつか話してくれたパルジファルとブルックナーの話はとっても楽しかった。仙台に行こうかと思っていたの。
 僕は黙ってグラデーションを見続けた。
 というのは半分以上僕の創作で、シュールな夢から覚めてノックするドアを開けると、ホテルのそうじのおばちゃんが突っ立っていて、掃除は何時にすればいいでしょう、と低くしゃがれた声でそう云った。
 AM11:33。チェックアウトの時間はとっくに過ぎていた。
 慌てて荷物をまとめてロビーにおりる。フロントの茶髪でロングの女性はまだまだ現役のヤンキーといっても遜色無く、顔色は悪く、寝不足で顔は腫れて、レシートを持つ左手の甲に根性焼きと思われる跡が3ヵ所あった。云うまでも無く愛想は悪かった。
 9階建の、町田という東京都であっても神奈川の植民地として屈辱的な町に君臨する安ホテルSを出て、フロントの無愛想なヤンキーにさっき見た夢のシュールな老人を一度見せてやりたいと思って歩いていたら、後ろからさっきのヤンキーが、おきゃくさまー、とメゾソプラノが風邪を引いたみたいな悲鳴を上げて駆けて来た。彼女のヤンキー人生始まって以来の最高速度と思われる勢いは、どう見てもオランウータンの駆け足だった。息を切らして彼女は、御客様、あたし御客様に一目惚れしました、もうヤンキーはやめます。とは云わず、ハーハー云いながら、おつりー、と1320円を握った手を出した。我々はお釣りに関してまるでノーマークだったのだ。彼女の差し出した右手には根性焼きの跡は確認されなかった。右手に火の点いた煙草を持って自分の左手に押し当てたのだと思ったら、全てに納得が行った。煙草の火はやっぱし熱かった?とは云わず僕は笑ってありがとうと云った。そして、このお釣りでお昼ご飯でも食べて下さい、などと決して云わず素直に受け取ってヤンキーと別れた。少し歩いて振り返ると、雑踏の真ん中でいつまでもこちらに深々と礼をしている彼女がいた。そして更に 向こうにはホテルの仲間が大勢出てこちらを見届けて拍手して喜んでいた。よく見ると、白くて長い帽子を被ったコック長、ベルボーイ、支配人までもがこちらを見て笑って手を振っていた。この瞬間ヤンキーはやっと一人前のホテルの従業員としてスタートしたのだ。どこからか島田歌穂の歌が聞こえて来て、まるでドラマ・ホテルのラストシーンだった。というのはまるででたらめで、9階建の安ホテルSを出て町田の駅までぶらぶら歩って、濃いコーヒーが飲みたくなった。ビル・エヴァンスがたまらなく聴きたくなったのは云うまでも無く事実だった。

 1996年10月27日朝、アルコールとコンサートの興奮と少年みたいなときめきが混じりあって化学反応した身体が本能的に冷たい空気を吸い込んでいた。朝歩く広瀬通りは不思議だ。いつも夜しか歩かない街は、目的と時間を変えただけでこうも景色が違って見えるものだ。よく流れ着いたカフェ・バー・LIGHT QUARTER Ave.が入っているぐれーのビルが健康的な朝日に照らされているのをみると、何か付き合いだした女性の、化粧前のすっぴん顔を初めて見た時みたいな微妙な気分になった。
 熱くて濃いコーヒーが飲みたくて、ビル・エヴァンスの
SOMEDAY MY PRINCE WILL COME がたまらなく聴きたかった。
 書き出したら止まらない喜び、何をどう表現していいか分からない感激、泣きたくても涙が出てこない嬉しさ、すべてが優しく柔らかになれた瞬間を与えてくれた仙台ニュー・フィルハーモニーの皆さんどうもありがとう。

 とここまで書いた原稿をバー・ギムレットの常連達に見せて笑われた。
 あたしが何でオサダサンに裸を見せるわけ?
 身長154センチのダンサーのレイコだけが真剣な目をした。レイコにとってカルチェやカルヴァン・クラインなどとは生れてこの方無縁で、ブランドといえばむしろアディダスのスウェットやナイキのシューズの方がピンと来るらしい。確かにヘビー・スモーカーではあるがいつもマイルド・セヴンを吸っている。やや太めで愛嬌のある顔をしているので以前ドリフターズのテレビのコントにも出たこともあった。いつも黒いジャージを履いて仕事でもらった黒のスタジャンを身に着けて、ストッキングを履いた足など未だ嘗て見たことはない。仕事ではあるだろうけど。黒い服は好きで着てるんじゃないの。それしか無いのよ。レイコの真剣なエキサイトは常連達の笑いの壺を容赦なく刺激した。だけどみんなから好かれるタイプだ。と本人から云われてそう書いてみた。仙台のコンサートの話にも花が咲いた。ブルックナーの演奏前に思わぬ緊張を演出してくれたコガユクンに盛り上がり、弁護士のシラカワが1996年改訂版だと云ってみんな頷いた。その後コガユクンはサッカーで足を挫いて入院しているみたいだ、と僕が付け加えると、入院かあ、看護婦かあ、おいしいなあ、と阿佐ヶ谷の劇団員 のツカモトサンがニヤニヤすると、今頃看護婦さん達に片っ端から声をかけて、退院してからの作戦を練っているさきっと、と僕は云わなかった。

 とここまで繋げた原稿をまた常連達に見せたら、レイコがドリフのコントなんてでたらめ書かないで、と云ってピーナッツの殻をこっちに投げた。 そのコンサートのビデオないの?バーテンダーのスズキサンが云ったら、俺も、俺も、とみんなで手を上げた。
 相変わらず仙台の話がみんな気に入ったみたいで、しかもコンサートを聴きたかったとみんなが口を揃えていた。オーケストラの人達にも会ってみたいわ。独身の男性はいるかしら。レイコだけは目的が違っていた。何よりも仙台に残し忘れたCDの話は、みんなの本質的な興味と僕のおっちょこちょいな性格をはっきりさせた。
 仙台か、行ってみたいな。オサダサンは今度いつ?12月23日と24日、仙台フィルハーモニーのコンサート。と云ったところで、1年で一番忙しい日だだめだよ、とみんなが見栄を張った。12月14日神奈川県相模大野で第9を振るけど・・・、合唱足りてるかしら?タカコがどさくさに仕事をしようとして、仕事もいいけど早く男を探して2人で聴きに来いとは云わず、足りてるよ、と一言で片づけた。
 もしこの悪友たちが本当に仙台に来てくれたら、その時はもちろん僕がふる仙台ニューフィルハーモニーの演奏会で、出来たらロシアの作曲家のコンサートで、ロシアたばこの匂いが立ち込める様な噎せ返るやつがいい。 そんな話をしたらバー・ギムレットの常連達が拍手をしてくれて嬉しくなった。ビル・エヴァンスの
SOMEDAY MY PRINCE WILL COME を聴きたくなってマスターにギムレットと一緒にリクエストした。
 仙台まで聴こえるくらいボリュームを上げてくれ、とは云えなかった。そんな事云ったら、「だったらヘレン・メリルの
WHAT'S NEW ? じゃなくていいの?」とレイコにからかわれそうだったから。
 もしみんなが仙台で揃ったら、カフェ・バーLIGHT QUARTER Ave.に連れて行ってあげるよ。と云ったら店中で万歳が起きた。ただそこのテキーラ・サンライズがとっても美しい朝陽のグラデーションなんだ、っていうことはまだ誰にも云っていない。

 皆さんお元気ですか。私はこの通り全開です。この原稿は恐らく1万字以上の校訂と、バー・ギムレットの常連達の検閲と協力を経て、やっとここに完成を見ました。またお会いして一緒に熱い音楽をしたい思いで一杯です。もし東京にいらっしゃる事があればいつでも声をかけて下さい。
長田雅人